英雄大戦 − War of Conductor −


  ポザネオ市の港湾地区。アーカイア人の中でも一握りの人間しか知らない施設、ポザネオ島と本島を繋ぐ海底トンネルのポザネオ側出入り口で、ひびきのミリアルデ・ブリッツとツムギの緋色のシャルラッハロートが対峙していた。
  すでに白銀の暁はトロンメルの王都エタファを目指し、トンネルを抜け、本島の半島を移動中であった。だがそれはひびきが知り得ることではなく、対するツムギが、引き揚げる合図を待っている都合にのみ関係していた。
  ひびきのミリアルデは右手で剣を構えていたものの、反対の左腕は操作に反応せず、右足も付け根に受けたサウンドランサーの痛撃により、立っているのがやっとの状態である。それでも彼女は負けん気から、緋色の奏甲へ一撃を打ち込む機会をうかがっていた。
  対峙するツムギの緋色の奏甲は、音叉の柄を長くしたようなサウンドランサーを正面の地面に立て、両手でそれを持って仁王立ちしている。
  にらみ合う一瞬、緋色の奏甲がわずかに姿勢を揺らした。サウンドランサーに頼って立っていたのである。その隙を突き、ミリアルデは左足で跳躍するようにして、緋色の奏甲に躍りかかった。
  緋色の奏甲は、操縦に機体がついていかない部位があるらしく、振り下ろされる剣を受けるのに、部分的にぎこちなさを見せる動きで、サウンドランサーを持ち上げた。
  ミリアルデの剣は、サウンドランサーの音叉となっている部分を横から打ち据えた。音叉の振動音が、2機の奏甲が戦っている空間を満たす。ノイエンの歌がかき消され、ミリアルデの反応が急激に鈍化する。緋色の奏甲がサウンドランサーを大きく取り回し、野球のバッターのように、柄の側でミリアルデを横から打とうとするのを、ひびきはスローモーションのように感じつつ見ていた。かくしてミリアルデの半身に、強烈な一撃が命中した。
「きゃぁっ」
  コクピットは激しい轟音と振動に翻弄され、ひびきは悲鳴をあげた。強烈な衝撃に、奏座の保護機能も追いつかず、ひびきは大きく振り回され、奏座から放り出されそうになる。ミリアルデは左から受けたその攻撃で、機体ごと横に投げ出された。一瞬の無音の次に落下の衝撃が、さらに彼女を襲う。
「い、いた〜っ。」
  衝撃と振動で気が遠くなりそうな自分の意識を、ひびきは必死に繋ぎとめる。その彼女の意識は、倒れたミリアルデに上半身を起こす動作をさせた。まだ奏甲の手は剣を握っている。考えも無く、ひびきはそれを緋色の奏甲に向けた。ミリアルデはまた片膝を立てて機体を起こす。そのとき<ケーブル>が震えた。
『ツムギ、お戻りになって。体勢は判明しました。』
  音叉の共鳴音はおさまり、ノイエンの歌と、そして別の歌姫が英雄に語りかけているのが、ひびきにも聞こえた。ひびきは朦朧とする意識の中、自分がつかまえて話そうとしていた相手が<ケーブル>の向こうにいるのに気づいた。
「あ・・・、貴女が白銀の・・・歌姫・・・ね。ほんとのことを・・・帰れないとか、教えてよ。ソルジェリッタも知らないことなんて・・・奇声蟲になるとか隠してたとか。」
  混乱しているひびきは、まとまった質問をすることができない。だが、声の主は応えた。
『あなたがひびきさんね。ソルジェリッタの機奏英雄殿。
  「男」が幻糸によって奇声蟲化すること、評議会がそれを歌姫大戦より隠し続けていたこと、今回の奇声蟲の襲来を、英雄の処分も含め黄金の歌姫がご不在のうちに片付けてしまおうとしていること、すべて事実です。
  「男」は、幻糸に体を蝕まれ、おぞましい存在に変貌してしまうのです。』
「どう・・・して?アークって、魔法の力・・・なんでしょ?それがなんで・・・」
『わかりません。女性は体内に幻糸が悪い形でははびこらないようなのです。なにかしらの形で体外へ排出しているのかもしれません。
  歌姫大戦で「男」は奇声蟲化し、アーカイアではない空間に追放されました。それは表の歴史から抹消たのです。ですが、真実は明かされるべきです。
  私は自らの機奏英雄を、むざむざ奇声蟲などにはしません。その方法もじき見つかる。
  いえ、もう確立できるはずです。幻糸の害であっても織り歌で解決できます。実際に機奏英雄がいて、わかったことも多いのですから。』
「それでも今回の手段は・・・、戦わなくたって。」
  質問を発するひびきは、会話に集中することで、失神しようとする意識を立て直しつつあった。
『評議会が真実を隠そうとしているゆえです。いくさを引き起こすのは、議会の十二賢者たちです。』
「けど、原因はあなたの演説じゃないの!」
  ひびきの感情的な言葉は、冷静なツムギの声にさえぎられた。
『フォルミカ、現在位置は?』
『エタファの、もっとも南にある防衛線にかかるところです。』
英雄大戦 − War of Conductor − 『では、そろそろ僕も行かないといけないな。
  よかった。君を叩きのめさなくてすみそうだよ、ひびき。戻って音羽をつれて、白銀の暁へくるといい。蟲にならないですむ。』
  ツムギはそういって、トンネルの入り口へ、無防備にきびすをかえした。
「まてぇっ!」
  再び左足を使って跳躍し、ミリアルデは緋色の奏甲に切りつけようとした。
  だが渾身の一撃も、緋色の奏甲には通用しなかった。無理な状態から繰り出した攻撃はかわされ、反撃にサウンドランサーの石突きが、ミリアルデに打ち込まれる。
  いくらかは剣で防ぐものの、ミリアルデの各所で衝突音がした。またしても、ミリアルデは攻撃の威力に押されて後退する。それへの追い討ちが先ほどと同じように、横からの一撃として炸裂する。
  またしてもミリアルデは損傷を増やし、横倒しになった。コクピットのひびきも、奏座が支えるとはいえ、上半身はそれまで以上に激しく振り回された。
  体に力が入らず、ひびきは奏座に体を預けた。向きを変え、サウンドランサーを杖がわりにトンネルの中へ歩行していく緋色の奏甲を、かすんでいく視界の中で懸命に追う。
「待っ・・・て、どうして・・?先輩っ!なにが・・・」
  ひびきの問いに、ツムギも白銀の歌姫も応えない。かわりに苦しそうなノイエンの声が聞こえた。宿縁でなくとも、支援した奏甲の損傷が、影響をしているのだ。
『ひびき、最高評議会が十二賢者の総意で白銀の歌姫を議長から解任、歌姫としての階位と権限を剥奪したわ。彼女を支援するヴァッサァマインも、敵国だと宣言した。
  それを受けてトロンメルのゼロッテ女王と、シュピルドーゼのデュミナス女王は、即、ヴァッサァマインへ宣戦布告するって。』
「宣戦・・・布告?それじゃ戦争になっちゃうじゃない。」
『そうね、戦争だわ。いままでなかったアーカイアの国同士、人間同士の絶対奏甲をつかった戦争が始まったってことよ。』
「ハル・・・フェア・・・・は?」
  ひびきは敵が去ったことで気が緩み、意識を保つのが辛くなっていた。すでに視界に緋色の奏甲はいない。見えているトンネルの暗闇への落下感と共に、意識が薄れていく。
『ハルフェアとファゴッツは、まだなにも宣言していないらしいわ。そりゃそうでしょうね。一方は離れた場所で軍備は少ないし、ファゴッツは地理からすれば、戦場になりかねない。慎重にもなるよ。』
「ソルジェ・・・リッタは戦争の手伝い・・・は、しないの・・・ね・・・」
『ひびき?ひびきっ!』
  ノイエンが呼びかけたが、ひびきは意識を失っていた。無論、ノイエンがどうやって最高評議会の敵国布告や2大国の宣戦布告について知りえたのかを、疑問に持つ余地はなかった。


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