立ちふさがる騎士 −The knight prevents −


  ポザネオ市の被害は、ひびきたちが町へ入った北からの大通りを中心に広がっていた。通りの両側の建物は倒壊していて、基礎の枠だけが残り、絶対奏甲の足跡が無数に残っている。それもただ歩いただけのものではなく、武器の打ち込みのために機体重量がかかた、人にとっては深い穴と言えるものもある。町の外から見えた煙は、焼け出された人々が戸外で煮炊きなどを行うためにあがっているもので、戦いそのものは終わっている様子だ。
  ひびきは降りようとしないノイエンをミリアルデ・ブリッツの手に乗せたまま、その大通りに入った。コクピットの近くへ持ってこられたミリアルデの手の上で、ノイエンも声を失っている。百年以上にわたって平穏を保ってきた、最高評議会が置かれたアーカイアの最重要都市が、よりにもよってアーカイア人自身の手によって傷ついているのだ。
「ノイエン!白銀の暁が移動するとしたら、どこ?」
「え!?えと、このまま通りに沿って、港の方へ。本島につながる海底トンネルを目指したはず。」
「海底トンネル?そんなのあるんだ?」
「う、うん、歌姫しか知らないし、高位の歌姫サマしか使えないんだけどね。」
  ひびきは、大通りをミリアルデで進んでいった。町の人々は、奏甲の歩行音と振動におびえ、ミリアルデの姿が見えると動けるものはすぐに姿を消す。通りには老人や怪我をして動けない者や、2度と動かない者が布や板をかぶせられているものが残された。アーカイア人であるため女性ばかりで、ひびきの目にはなおいっそう悲惨に映る。
  そして一区画に1体から2体の、撃破された奏甲が倒れていた。ひびきはコクピットを見たくなくて、目をそらす。だが彼女は脳裏から、紫月城でコクピットを剣で貫かれたナルドのリーゼ・ミルヒヴァイスを追い出せないでいた。

  この移動の間、ひびきもノイエンも無口でいたが、明らかに港湾地区とわかるエリアへ到着して、ひびきが尋ねた。
「どうして白銀の暁も、それを追いかけてるっていう奏甲とかも、もっとがいないのかしら?」
「破壊されてる奏甲の数と、町並みの荒れ具合から見ると、この当たりでは勝ち負けが決まっちゃってて、あんまり派手にやらなかったみたいね。追撃と防衛の部隊は、町の入り口からしばらくのところで、ほとんどやられたか、残った奏甲は丘か南へ撤退してる・・・んじゃないかな。うん。」
「どっちに行けばいいの?もちろん、白銀の暁の方だからね。」
「あっちの地区の、桟橋の間の場所。公園として整備されて、隠されてた出入り口があるはずよ。」
  ノイエンが説明しながら指差した方へ、ひびきはミリアルデを向かわせた。

  トンネルの出入り口は整備の跡形もなく、奏甲が数機並んで出入りできるほどの巨大な口が開いていた。それを背に、一体の奏甲が立っている。ひびきも見たことがある音叉の柄を伸ばしたような槍を持ったその奏甲は、緋色のシャルラッハロートであった。その周囲には、2機のシャルラッハロート2と1機のリーゼが撃破されていた。
「ヤバっ!ひびき、おろして、はやく!わたしが歌ってあげるからっ。」
  ひびきは、警戒はしたもののノイエンほど危機と感じていなかった。だが、ノイエンをおろして再びトンネルの入り口へ向かいだしたとき、それが間違いだと気づくことになった。
  姿を隠したノイエンが支援の歌を歌い始め、宿縁ではない為に弱いものの調律が成立し、ミリアルデは戦闘起動した。その細い<ケーブル>に、相手の奏甲の英雄の声がかぶる。
『ここを通すわけには行かない。立ち去るか、奏甲と、悪ければ命を失うか、選ぶといい。』
  その声は、集会場の戦いで貴族種を倒すことを助けてくれた英雄の声であり、ひびきが思い当たる青年の声と思われた。
「先輩?蕪木 紡・・・さん、ですよね?
  白銀の歌姫に確認したいことがあるんです。通してくれませんか。」
『御空か。音羽も召喚されていたね。いまは来てないのか。変な縁だね、異世界まで来て。
  ここを通ろうとするなら、僕の敵だ。はやく彼のところへ帰ったほうがいい。』
  ひびきは、ツムギと戦いたいわけではなかった。だが、響のことを持ち出されたことが、彼女の感情を逆なでした。ソルジェリッタを振り切って飛び出してきた以上、このまま帰るつもりもない。
「どかないのなら先輩でも・・・。」
『ダメ、ひびき!奏甲はだいふガタがきてるみたいだけど、サウンドランサーを持ってるし、だいたい相手の歌姫は・・・』
「うるさいっ!」
  ノイエンを一喝して、ひびきはミリアルデを突出させた。ブリッツ・ノイエの両手剣を抜いて振りかぶりつつ、緋色の奏甲へ迫った。
  振り下ろされるミリアルデの剣を緋色の奏甲は槍の先で受け、勢いを逃がしながら、Uの字型の穂先でミリアルデの剣を引っ掛けた状態で、穂先を大きく回した。ミリアルデは剣の柄を取りこぼし、その剣はあさっての方向へ放り出された。
  ひびきはとっさにミリアルデを下がらせ、もとからミリアルデの装備である腰の剣を抜かせようとする。だが、その動きは、支援がソルジェリッタではないために遅く、ひびきはもどかしく感じる。それは歌っているノイエンの能力ではなく、ひとえに宿縁の歌姫ではないための事態である。
  だが、その遅さは致命的であった。抜きつつあった剣に、サウンドランサーが打ち込まれ、巨大な金属同士が衝突して火花が散り、ミリアルデは剣を抜きそこなう。
  ひびきはさらにミリアルデを後退させようとしたが、それよりも槍が繰り出されるスピードが勝っていた。連続で衝突音が轟き、ミリアルデの頭部の右の角が折れ、左肩の幻糸甲殻はひしゃげてひびが走り、右足の付け根を守る装甲が脱落し、その衝撃はコクピットのひびきを激しく揺さぶった。
  命中した攻撃の威力によって、ひびきの操作によらず、ミリアルデはよろめいて数歩さがる。その場で攻撃が命中した右足からくず折れて、ひざを地につけた。その動作には、損傷した機械が上げる不快な音が伴う。そして、左腕も操作が効かなくなっていることにひびきは気づいた。それでも残った腕で、剣を抜く。
  その前で緋色の装甲は、サウンドランサーを奏甲の正面に両手で地面へ突き立て、仁王立ちしていた。
『やめるんだ。奏甲が良くても、君の腕で宿縁の歌姫の支援もないようでは、僕は倒せない。僕の歌姫は白銀の歌姫、フォルミカなのだから。』
  ひびきは黙ってミリアルデを立ち上がらせた。奏甲の右足からは異音がし、操作感からすると、歩くことも困難なほどの損傷を受けているのがわかる。かろうじて抜いた剣を構えた。だがミリアルデは、すでに打ち込みができる状態ではない。
  ノイエンの、調律が弱い歌の中、誰かが自分より前を走っているときと同じ悔しさが、ひびきを内側から焦がす。負けられないという気持ちだけが、いまの彼女を支えていた。


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