戦乱の序曲 − The prelude to disturbed −


  道中、衛兵種数匹との遭遇戦を、ソルジェリッタの支援無く反応が鈍いミリアルデ・ブリッツで切り抜けたひびきが、白銀の歌姫の本拠地であると考えていた白月城に到着したとき、城はほぼ、もぬけの殻だった。ひびきが城の正面に近づいていくと、1人の少女が手を振って迎えた。彼女が現在、白月城にいる唯一の人間だという。
「わたしはノイエン。これでも"萌黄"の歌姫よ。よろしく。
  白銀の暁の人たちなら、白銀の歌姫の故郷のヴァッサァマインに向かって出発した後だよ。今頃はポザネオ市か、エタファに渡ってから、評議会に味方するトロンメル軍と戦ってる頃じゃないかな。」
  警戒して奏甲のコクピットから降りずにいるひびきに、彼女は言った。彼女の首には、石が輝く歌姫の首飾りと思わしきチョーカーがついている。服装は、ひびきが今まで会った歌姫の中で一番の軽装だ。短めの白いブーツからホットパンツまで生足で、腰のベルトからお尻側にかけて短いスカートが巻いており、皮の帯の先に装飾された金属の半円がついた尾が垂れている。さらに剣帯が巻かれ、剣を佩いている。
  上半身に着ているものは、アンダーウェアはウエスト、赤いベストはへそのラインまでしかない「へそ出しルック」だ。腕には、プロテクターのようなものをつけている。
  あまりクシを通していないとおもわせる跳ね具合の、実った麦の穂色のショートカットと、男の子のような凛々しさを兼ね備えた、はっきりとした目鼻立ちが、話し方と相まって彼女の活発さと正直さを印象付け、警戒心も緩ませる。
「あなたは?どうしてここに残ってるの?」
「わたし?えっとね、この騒ぎに混じってアーカイア本島に渡ってみようと思ったの。
  この島で生まれ育つと、他の土地へ行くのをすごく制限されるのよね。『技術や情報が拡散するのはいけない』とか言ってさ。
  だけど白銀の暁に参加するにも、機奏英雄サマと出会えてなくて。ここにきてみたけど・・・って所なの。」
  ノイエンと名乗った歌姫はハルフェアの歌姫の服装をしていたが、そう答えた。ひびきは、素直に彼女はポザネオ島生まれで、島から出てみたかった女の子、と信じた。
「そう。ここには誰も居ないんだ?」
「うん、出入り口もあちこち織歌で封印されちゃって、入れるところも限られてる。
  ところであなたは?こんなに立派な絶対奏甲に乗ってるからには、名のある歌姫の英雄サマなんでしょう?」
  ノイエンがひびきに聞いた。それに対して、ひびきはミリアルデに片膝をつかせ、自分も地面に降りてから名乗ろうとした。彼女が降りるまで、ノイエンはミリアルデをまざまざと見ていた。
「私はひびき。御空ひびきよ。」
「その奏甲は?」
「この子は・・・『ミリアルデ・ブリッツ』。」
「ブリッツ!それじゃあ、歌姫はソルジェリッタ女王かラナラナ姫ね!」
  ひびきは奏甲から歌姫を言い当てられてしまった驚きで、声を失った。
「ソルジェリッタだけど・・・奏甲から、歌姫がわかるの?」
「えっへん!これでも物知りなんだ、わたし。
  誰でもわかるもんじゃないよ。シャルラッハロートなんて、たくさんいるしね。だけど奏甲それぞれの違いが見分けられて、それが有名なら判ることもあるってことよ。うん。」
「ミリアルデはずっと隠されてきたはずよ。あなたが特に物知りなの?」
「えと、えと、黄金の工房にいたことがあってさ。そそ、勉強したの。えらいでしょ。」
  ノイエンは、ひびきから視線を急いではすずかのように、ミリアルデを見上げた。
「ミリアルデも具合を見てあげようか。それにしても、これがミリアルデ・ブリッツなのね。『十億の稲妻』『風の女王のつるぎ』。カッコイイね。」
「白銀の暁は行ってしまったのは、本当?どこまで行ったの?
  あなたも白銀の歌姫の演説を聞いたんでしょ?あれって、ほんとなの?」
「そんなに一度に聞かれても、答えられないよ。そう、私のことは『ノイエン』でいいよ。私も『ひびき』って呼ばせもらうからさ。」
「うん、いいわよ。で、どうなの?」
  ノイエンは、すこしの間、ひびきの目を見つめてから答えた。
「世界中がわからないんじゃないかしら。
  白銀の歌姫は最高評議会の議長だし、歌術の実力でも黄金の歌姫に次ぐといわれてる人だけど、今回言ってることはちょっと意外すぎて、すぐには信じられない。
  今は、それぞれの英雄と歌姫がどう考えて、白銀と評議会とどちらにつくかだね。あるいはどっちにもつかないか。
  今日明日、奇声蟲になっちゃうわけでもなさそうだし。ああ、だけど私の英雄様は、どっかで蟲になっちゃうのかしら。」
  最後の部分を、ノイエンは両手を挙げて、空を仰ぎ見ながら言った。
「奇声蟲はあらかた退治できたのに、蟲になっちゃうとか、帰れないとか、あんまりよ。これからどうなるのかしら。」
「これからか・・・。大変よ。」
「なに!?なにが大変なの?奇声蟲になっちゃうほかにも、なにかあるの!?」
  ひびきは、白銀の歌姫がいない空振りを、少しでも答えてくれそうなノイエンで埋め合わせようとするかのように、矢継ぎ早に質問した。ノイエンは、両手の手のひらをひびきに向けて、質問の奔流を停めるようなしぐさをした。
「待って待って、分かる範囲で話すから。ちょっと座って話そうよ。ね、ひびき。」
  そういって、ノイエンは今後の白銀や評議会の動きや、アーカイアの情勢の予測といったものをひびきに開陳した。それはポザネオ島内に居ながらにして知り得る範囲を、実は大きく逸脱していた。
「評議会お抱えの奏甲部隊と、評議会を支持するトロンメル、シュピルドーゼ両国で構成する連合軍、一方は反旗を翻した白銀の歌姫の下に集まる人たちの『白銀の暁』と、それを支援するヴァッサァマインとの戦争になるわ。歌姫大戦以来、戦争というような規模の戦いは、なかったのに。
  いまは白銀の暁がヴァッサァマインへの撤退戦をしているけど、国まで戻って体勢を整えたら、きっと事態は停滞する。
  ヴァッサァマインが英雄と歌姫をポザネオ島へあまり派遣せずに、自国に温存しているっていう噂もあるし、あそこまでキッパリと啖呵を切ったからには、切り札もあるのかもしれない。近いうちに中原が戦場になると思う。」
「中原?」
「トロンメル国内で一番、豊かな地方のこと。この島から見て、内海の対岸の東に広がる土地よ。人も多いし、食べ物もたくさん作ってるから、戦争で荒れると大変よ。
  はやいとこ黄金の歌姫が目を覚まして、みんなを叱り飛ばしてくんないと・・・。」
「そんな大事になる前に、白銀の歌姫に会わなくちゃ。」
「・・・ひびき、本気で言ってんの?」
「もちろん。そのために来たんだもの。ポザネオ市に向かったのね?」
「そ、それはそうだけど、これから行くの?奏甲を使って、人同士が戦争やってんのよ?」
「ポザネオ市って、どっち?」
  有無を言わさぬひびきを前に、ノイエンは両肘を張って、左手を腰に右手で両目を覆って、おまけにため息をついた。その右手で前髪をかき上げ、そのまま小麦色の髪の頭を乱雑にかく。
「ついて行ってあげる。このあと紫月城の船着場で船を捜そうかと思ってたけど、本島に渡るには、やっぱりポザネオ市からかもしれないからね。
  だけど戦争に巻き込まれたくないから、市の入り口までね。危なくなったら隠れるからね。」
  ノイエンは念を押した。それでもひびきは、案内と、なにより道連れができたのにホッとした。響が来てくれなかった事には、彼女なりにショックを受けていたし、知らない土地での長い時間を1人ですごすのは、辛いことでもあったからだ。
  そして間をおかず、2人はポザネオ市へ向けて出発した。その道中は、ノイエンがひびきを質問責めにしていた。女で機奏英雄である気分、ソルジェリッタの人柄、ミリアルデ・ブリッツの機能や操作感、そしてその質問の意図など、ほとんどノイエンが話しっぱなしだった。
  そしてポザネオ市が遠くに見えたとき、町から煙が行く筋か上がっているのがわかった。それはポザネオ市内で、戦闘があったことの証拠とおもわれた。


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