「だったら、やっぱり白銀の歌姫に聞くべきでしょ!?」 ミリアルデ・ブリッツのコクピットで、必要もないのにひびきは大声を出した。奏甲を起動して調律している相手は、いうまでもなくソルジェリッタである。居場所はかわらず、ハルフェアの王都ルリルラからである。 『いいえ、評議会や白銀の暁ということではなく、黄金の歌姫を信じるゆえです。いまの状況では、お姉様が・・・白銀の歌姫が、奇声蟲の損害で弱った各国や、母姫さまの不在をついて、混乱を引き起こそうとしているとしか見えません。 そのような人物に会いに行くのは、危険だと言っているのです、ひびき。』 「なにが危険よ!本人に直接確認したいだけよ。それが本当でしょう?機奏英雄が奇声蟲になってしまうのかどうか、ソルジェリッタだって知らないんでしょ。」 『それは・・・ええ。昨日の白銀の歌姫の演説ではじめて耳にしました。お恥ずかしいことに、わたくしの調査不足でしたわ。ですが本当かどうかは・・・。』 「だったら歌ってよ。白銀の歌姫のお城があるなら、早く行って問い詰めてやる。」 『いいえ、歌いません。わたくしは母姫様を信じます。』 「もういいっ。白銀の暁へ行ってみるわ。参加したいって言って行けば、入れてくれそうだもの。ソルジェリッタには頼まない。調律も切って!」 ひびきは、ソルジェリッタにそう言ったつもりだった。だが、明確に調律を切断せよ、という彼女の意識は、その能力を持つ道具が発動するトリガーを引いた。ひびきが身に付けている、ソルジェリッタから渡された首飾りと、腰の剣にはめられている宝石が一瞬だけ光った。 ひびきが気がつくと、ソルジェリッタの気配がまったく感じられなくなった。それでもミリアルデは、起動したままの状態に感じられる。宝石の光は、ささやかに石の中で揺らめく程度になっていたが、光そのものは消えていない。 ひびきは、石が宿す光と、ミリアルデが動くことを確認して、言った。 「あなたは一緒に来てくれるのね、ミリアルデ。よろしく。」 ひびきは、片ひざをついた姿勢をとっていたミリアルデを立ち上がらせる。奇声蟲の女王と戦った時のような軽快さはないものの、ルリルラ宮のホールで始めて動かしたときに比べれば、問題はない。 まだ朝を感じさせる陽光の中、薄く長い影を落としてミリアルデが起立した。足元にディーリや玲奈たちがいてなにかを叫んでいるが、2人ともそれぞれの歌姫に腕を引かれて、危ないからとミリアルデから引き離された。2人は自分の歌姫と口論を始めてしまう。 そうでなくても、昨夜から英雄と歌姫の口論はそこ、ここで見られた。白銀の歌姫による呼びかけを原因として、奇声蟲となってしまう不安を抱えた英雄と、明確な答えはできないが黄金の歌姫を信じるべきと言う歌姫、というのがパターンである。 答えがはっきりしない中で、説得力を持つ方が勝っていた。その結果、ひびきは気がついていなかったが、白銀の暁へ合流しようと部隊を離脱した奏甲も、すでにいた。 ひびきはミリアルデが歌が無くても動くことと、自分の剣と首飾りを結びつけて考え、さらに紫月城での経験から気づいたことがあった。ミリアルデを響のブリッツ・ノイエへ向ける。 ブリッツのところへ来ると、機体に装備されている大振りの剣を、鞘ごとミリアルデに取らせた。 そこへ響が走ってきた。ディーリと和司が彼に続く。ひびきは、コクピットのハッチを開けて身を乗り出し、幼なじみの男の子へ遠慮なく言いはなった。 「響、いっしょに白銀の歌姫を問い詰めにいくならそれでいいし、そうでないなら剣を貸して。」 言ってからひびきは、響に自分とラナラナを、天秤にかけさせることを迫る言葉だったと気づいた。だが言葉は引き戻せない。 響はその場で急停止し、走ってくるのに肩に担いでいた剣を、体の前で両手で持った。無意識に鞘ごと腰に持っていき、利き手で抜きやすいよう構える。かたわらに、遅れてラナラナが追いついてきた。 「どうするつもりだよ、ひびき。」 「昨日も言ったでしょ!白銀の暁に行くの。 ソルジェリッタが動かないなら、私が自分で本当のことを調べてみせる。白銀の歌姫の城へ行ってね。 さあ、一緒に来てくれるの?それとも、ラナラナ姫とここにいるつもりなら、剣を貸して頂戴。」 奏甲の巨大な手が、響の方へ差し伸べられた。響は躊躇していたが、やがて剣を奏甲の手の上に置いた。 「ありがとう。」 ひびきは奏甲の手をコクピット位置まで持ってきて、その剣を受け取った。あきらかに奏甲の調子があがったと感じる。その柄にある宝石は、波打つ光が封じられているといった風情だった。 「じゃぁ、みんな気をつけてね。すぐ戻るわ。」 ひびきはそうして、ミリアルデを野営地から出て行くほうへ歩かせた。隊長機が動くため、実際の作戦ではないのに呼び止められたりもしない。彼女とミリアルデは易々とハルフェアの陣を出て、翡翠の峰を下り始めた。 このときひびきは、白銀の歌姫率いる「白銀の暁」は、その名の通り白月城にいるだろうと、思い込んでいた。また直面する敵は、奇声蟲の衛兵種くらいしか、彼女の頭に浮かんでいなかった。 | ||
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