決着と真実 −The conclusion and the truth −


  奇声蟲の女王の頭を狙って、ミリアルデ・ブリッツに剣を振り下ろさせる。巨大なアゴによる攻撃や、突進を回避し、ディーリや玲奈、響と和司、コーダたちに牽制を任せる。ひびきは、常に奇声蟲の女王の頭部を意識して戦っていた。
  6機の絶対奏甲の英雄たちは、一言も発しないで戦闘に集中した。6機相手であっても、女王の手ごわさは減じた感がない。頭を狙うミリアルデの攻撃をいなしながら、玲奈の奏甲の片腕をもぎ、ディーリの草稿の太刀筋を避けると同時に、和司の奏甲に体当たりしてホール端まで吹き飛ばして各坐させた。響のブリッツはミリアルデと同型の、頭部の羽状の飾りを叩き折られた。
  陽動に徹するためか、積極的な切り込みをしないコーダを別として、奏甲の性能と歌姫の実力が、如実に示されていた。王家の華燭奏甲にして、風の女王ソルジェリッタを歌姫とするミリアルデは、中高生とはいえ陸上で鍛えたひびきが乗り組むことで、間違いなくこの戦場で最も強力な奏甲となっている。そして、2人の怒りが力を底上げする。
  奇声蟲の女王もこの奏甲部隊の前に、外皮の傷だけでなく足を一本失い、片目にもミリアルデの刃を受け、満身創痍と見えた。
  緋色の奏甲の姿は、すでに消えて久しい。そんな戦力比が切迫している激戦の中で、響、ディーリ、玲奈、そして機会と見たかコーダも、同時に奇声蟲の女王に切りかかった。
  次の一瞬、時間差で踏み込んだミリアルデの長剣が、奇声蟲の女王の頭部をまともにとらえる。同時に音叉の音も、拡声されていた織り歌もやんだ。

  ひびきが身に着けている首飾りと2本の剣の振動が高まり、甲高い破裂音が聞こえたかと思うと、彼女は貴族種にとどめをさしたときと同様に、違う風景、違う人物の視界を見た。
  草原に立ち、見上げる青空。そこに広がる自分の歌声と歌姫としての誇り。奇声蟲と戦うための武具の研究と建造。異界人でなければ動かないという矛盾を造りこむことへの疑問。歌姫の中での競争で手段を選ばず競り勝ち、まだいない機奏英雄の役を引き受けるため施された、年老いた12人の歌姫たちによる特特殊な歌術と発声器。みずから歌い、絶対奏甲という力を操り、奇声蟲と戦うことができる爽快感。奇声蟲を倒せるという開放感。
  そしてその副作用を知ったときの衝撃。自らが人でなくなっていく恐れと悲しみ。奏甲ごとアーカイアという世界を追放される絶望。恨みと幻糸の力が、どこでもない空間の中で奇声と交じり合い、混沌となり、自分の思考や意思がなくなっていく。
  ひびきは、アーカイアではないどこかへ、アーカイアの空を見ながら転落していく落下感を感じた。
  だが、彼女がそのビジョンを見ていた時間は、秒にも満たない刹那の間でしかなかった。

  奇声蟲の女王の頭部に必殺の一撃を食らわせたミリアルデが、ほんの一瞬、麻痺したように動きを止めたのを感知できたのは、コーダだけであった。元の世界においても人間同士が殺しあう戦場を知っているこの男は、その一瞬を、本能で利用した。
  ミリアルデの剣が食い込んでいる奇声蟲の女王の頭部を、キューレヘルトで蹴り上げる。深く刺さった剣は抜けず、ミリアルデは剣を手放して数歩、後退する。それを一目たりとも見ずに、蹴り上げられたあと力なく落ちてくる奇声蟲の女王の首を、キューレヘルトの剣で下から切り上げる。切断こそできないが、キューレヘルトの剣は奇声蟲の女王の首に食い込み、最後の一撃を形作る。
  このコーダがとった一瞬の行動を見て、死体への追い討ちでしかないことに気づける者は、この場にはいなかった。それほど瞬時の行動であり、ひびきは見てしまったビジョンに呑まれ、響、ディーリ、玲奈は自分の戦いに集中していたし、和司は動かない奏甲を立ち上がらせようと、自分の歌姫のエレナハと悪戦苦闘していたからである。
  くず折れる巨体をよけるため、その首に食い込んだ剣を手放し、コーダはキューレヘルトを後退させた。下がった位置で予備のコンバットナイフを奏甲に抜かせる。
「やったか!?」
  コーダは言った。そばの誰かに、最後の一撃がコーダの剣によるものだと確認させるための一言だ。
  だが響、ディーリ、玲奈、そしてひびきも、息を殺して、腹を床につけて死に体になっている奇声蟲の女王を見守る。だが、貴族種より大きいその黒い巨体が起き上がることはなかった。
『おわったよ。そいつは死んでる。コーダの剣で止めだったんだ。』
  動かないシャルラッハロート2の再起動をあきらめた和司が、コクピット・ハッチを開いて奏座から降りながら言った。奏座を出てもまだ近いために、歌姫との調律が切れておらず、その声はコーダのところへも<ケーブル>で聞こえていた。

  だれも喜びの声をあげられないほど英雄たちの疲労は重く、戦勝を祝う気分より、緊張感からの解放と、激戦が終わって息をついたという思いが、全員の心を占めていた。
『響、戻ろう。まだ外には貴族も衛兵もいるはずだし、ここの調査はカノーネ司令か、もっと上が話をつけると思うし。』
  ブリッツの奏座で、響は和司の声を聞いていたが、それよりも剣を手放してから動かないミリアルデのひびきが心配だった。奏甲の性能、歌姫の能力、そしてハルフェア王家の宝器があることから、ひびきのミリアルデに任せたが、集会場でおきたことをすっかり忘れていたのに気づいたからだ。貴族種のとどめを刺したとき、飛行機が見えたと彼女は言ったのだった。今回も何かを見て、ショックを受けているのではないか。
  響にも、ひびきがどうしてそのような幻をみたのかはわからない。奇声蟲が喰った人間の記憶でも保持しているのか、くらいしか、考えてみても浮かばない彼である。
  響は和司に応えないまま、棒立ちに立っているミリアルデの近くまで行って、ともに異世界に召喚された幼馴染の女の子に話しかける。
「ひびき、戻ろう。」
  その答えは、絶叫だった。
『なんなのっ!?奇声蟲って、いったい何なのよ?
  今度はアーカイアの人が見た様子だったわ。最後の攻撃が当たったとき・・・。』
  姿が見えない<ケーブル>を介したやり取りでも、ひびきが泣きながらしゃべっているのは明らかだった。
  ひびきがまぼろしを見たのなら、貴族種のときと同様に、その時点で奇声蟲の女王は死んでいたはずだ。コーダの一撃はなくても良かったかもしれない。響はそのことにかなり確信を持ったが、戦いなどの手柄でひびきが有名人になってしまうよりは、コーダの手柄にさせても良い気がした。
  だが、ひびきが見たことについては、広く聞かれてはいけないと響の勘が警鐘を鳴らしている。彼はひびきの言葉をさえぎって言った。
「ひびき。戻って、整理してからソルジェリッタ様に聞こう。ぼくらだけじゃ、わからないよ。」
『う・・・うん。そうね。わかんないよね。』
  ひびきは響にそう答えながら、倒した女王の所へミリアルデを進ませ、突き立っていた長剣を引き抜く。振り向いて、その剣をブリッツに差し出した。響はそれを受け取らせる。
  響はブリッツの視線で、コーダのキューレヘルトを見ておいてから、言った。
「和司、動けないのか?それじゃ、その奏甲はここに置いとくしかないね。
  ディーリさんと玲奈さんでしたよね。戻りましょう。
  中庭はハルフェア部隊が確保しているんだろ、ラナラナ?」
『うん。そこからなら安全に合流できるょ。』
  玲奈のシャルラッハロート2が、その手で和司をすくい上げた。持ち上げられた彼は、なにか大声を出しているようだったが、奏甲を離れて調律が途切れたらしく、<ケーブル>には聞こえてこなかった。

  ディーリは奇声蟲の女王の死体の向こうにある、玉座を見た。他の誰もが、戦闘の高揚が潮のように退いて、周囲の確認も満足にせず、まずは戻ろうとしていたからだ。
  その脇には、玉座の後ろに立てかけてあったものが倒れたかのように、一振りの剣が倒れていた。その剣の下には、剣を抱くかのような形で袖が回された貴紫のドレスが、玉座の後ろから流れ出たかのように広がっている。
  ディーリには知るよしもなかったが、それは闇蒼の歌姫が、英雄が持つべき剣を抱きしめながら、奇声蟲の女王を封じる織り歌を歌い、サウンドランサーによる歌術の拡大に耐えた末、命を失った跡であった。
  黄金の歌姫の<召喚の歌>も含め、奇跡の度合いが高い織り歌は、歌姫に極度の消耗を強いる。その行き過ぎた結果のひとつが、奇声蟲の女王さえもこの天守閣へ釘付けにした「封じ歌」を歌った闇蒼の歌姫の末路となったのである。
  そしてディーリも、奇声蟲だけでなく、他の歌姫たちの遺骸も点在する紫月城の天守閣を後にした。

  城外での戦闘は続いていたが、紫月城の中庭では戦勝を祝うハルフェア部隊の英雄たちの歓声が、彼らを文字通り「英雄」として迎えた。


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