闇蒼の歌姫の城(前編) − Castle of PURPLISH MOON −


『響、やっぱり出すぎなんじゃないか?交代の時間もとっくに過ぎてるぞ。』
「心配なんて、めずらしいねナルド。歌姫との調律も維持できてるし、状況は本陣に伝わってる。大丈夫だよ。」
  石畳が絶対奏甲の重さに軋んでいるのが、奏座でもわかる。
  響、ナルド、和司の3人は、紫月城の北側に城壁が崩れたところを見つけ、城内に入っていた。
  響は当初から城へ入るところを探していた。奇声蟲に襲撃されて戦ったはずであるのに、紫月城の周囲には奏甲の残骸は少なく、正面の門は閉じられている。だが聞かされている女王は見当たらない。
  そのため貴族と同じか、それ以上の大きさを持つであろう女王が、場内に入った場所があるはずであること、ことの解決が女王を倒すことなら、城内に侵入した女王をまず追い求めるべきと考えたのである。飛行する貴族を見たことも聞いたこともないことから、女王が飛行する可能性は低いと、彼は自分を納得させていた。

  場内に入ってからは、ほとんど奇声蟲に遭遇していない。衛兵種を数匹、倒したくらいである。だが城外とは、隔絶されつつあった。英雄同士は奏甲の機能のため話が届くが、歌姫は自分のパートナーとしか会話ができない。歌姫ティリスの結界の影響であることは想像できた。
  敵もひと気もない城内を、正門の側へ回り中庭に出る。その外向きの正門と中門の間に広がる広大な空間は、奏甲の存在も考慮されているらしく、彼ら3機の奏甲が入っていったくらいでは敷石が割れることもない。閉じられている中門の方を見上げると、奏甲が腕を最も伸ばしてやっと手が届くあたりに、中庭全体を見下ろすことのできるテラスがある。そのテラスがある小塔のむこうには、城の本体と、塔が何基もそびえている。
  響は、巨大建造物の迫力と存在感に圧倒された。それも男がいないアーカイアで、クレーンやブルドーザーのような、いわゆる重機がないのにもかかわらず建築されたのである。
「ラナラナ、この城の中のこと、わかるかい?」
『えっと・・・ごめんなさい、響兄ちゃん。ラナラナ、紫月城には行ったことないのょ。おっきな図書館があるのは知ってるけど。』
「そっか。わかった。」
  響はあらためて、正門、中庭、中門、テラスと、ブリッツ・ノイエの視線で見回してみた。中門も閉じられており、進むためには破壊するしかないと思われる。だが奏甲のことを考えて造られているなら、たった3機の奏甲では破壊や突破は難しいかもしれない。
『だけど響兄ちゃん、お城の奥にすごい結界があるの。ブリッツを通して感じるの。』
「なるほど。ありがとう、ラナラナ。さて、どうしようか。ナルド、和司。」
『中門のサイズからすると、まだ奏甲で入っていけそうですけど、門が頑丈そうですね。』
  和司がそう答えた。彼のシャル2から少し離れたところで、すでにナルドのリーゼ・ミルヒヴァイスがランスを腰溜めに構えていた。
『ほかに道がないなら、やるしかないだろ。
  ところで、やらかすまえに確認しときたいんだが、響も和司もどれくらい歌姫と話ができてるんだ?
  おれはミリヌの歌もほとんど聞こえない。おかげでこのリーゼも、反応が悪いような気がしてな。
  ここまでは城内とはいっても屋外だった。さらに城内に入ったら、奏甲の戦闘起動が途切れたりしないか。』
  これで響は、ナルドが弱気な理由がわかった。携帯電話の電波じゃないんだから、と笑い飛ばすことはできない。パートナーの歌声が弱い状態で、敵の真っ只中にいるのだから無理もない。
  奏甲の性能、英雄と歌姫の絆の強さ、歌姫の資質など、調律の強度がそれらのいずれによって決まるのかわからない。確実なことは、自分の歌姫の歌が聞こえないということは、戦場に立つ英雄にとっては死に直結するということだ。響は大丈夫だとうけあうことはできなかった。
「城内へ入る方法はわかった。歌姫を通じて外も知ってるだろうけど、やっぱり一度戻っておいて、先導するほうがいいと思う。
  いまからもどれば、エーアスト隊が次の4陣として出撃するころだ。戻ろう。」
  ナルドのリーゼが突撃姿勢を解く。
  響はブリッツ・ノイエを、来た方へ向けた。すると、そこには緋色のシャルラッハロート・アインが立ちふさがっていた。盾は持たず、抜き身の剣を構えている。
「あなたが、ひびきと一緒に貴族を倒した人ですね。」
闇蒼の歌姫の城(前編) − Castle of PURPLISH MOON − 『おまえたち、来るのが早すぎたな。』
「なにを言って・・・」
  響はその質問を最後まで言えなかった。緋色のシャルラッハロートが赤い影となって走る。次の瞬間、激しい破壊音が響き、リーゼのランスを持つ腕が切り飛ばされた。
『ウォっ!』
  ナルドが、腕を失うと同時に奏甲にとらせた反射的な回避行動は、腕を失ったためにバランスを失わせることになり、彼の奏甲は横倒しになった。立っていたらあったであろうリーゼの肩の高さを、緋色の奏甲の剣が空振りする。別の場所で、リーゼのランスを持った腕が落着して、激しい騒音を立てた。
『なにをするっ!』
  和司がいつになく吼え、彼のシャル2が剣と盾を構える。
「ラナラナ!いくよ。」
『はいっ。』
  響はすでに、緋色のシャルラッハロートを敵として認識した。奇声蟲と戦うための武具であるはずの奏甲で、人間同士が戦う。
  響はいまになって、ソルジェリッタが奏甲について説明するときの様子をさびしそうだと感じ、その理由がわかった気がした。きっと過去にも人間同士の争いに奏甲と歌姫は利用され、彼女はその歴史を知っているのだ。
  ブリッツを緋色の奏甲へ向けて一歩踏み出させる。
「そんな大昔の量産奏甲で、ブリッツ・ノイエに挑むかよっ。」
  そう言いながら、響は戦慄を禁じえない。目の前にいたにもかかわらず、リーゼを攻撃するため動いた緋色の奏甲を、一瞬見失ったからだ。
  リーゼに攻撃を加えた場所から、一歩下がった位置を取った緋色の奏甲に、響と和司の奏甲が対峙する。響はブリッツに盾を捨てさせた。大振りの剣を、両手で正眼に構えさせる。それは響が背中につけている人用のサイズの剣とひと組となっている、ハルフェアの宝剣である。
  ブリッツが踏み込むと同時に剣を振り上げた。渾身の一撃を見舞おうとする。緋色の奏甲も両手で剣を構え、ブリッツの一撃を剣で受け止めた。両者の剣が火花を散らす。
「和司!正門を開けるんだっ。これじゃ行き場がない!」
『わ、わかったっ!』
  つばぜり合いとなったブリッツ・ノイエと緋色の奏甲を背に、和司は正門へシャル2を走らせた。
  次の瞬間、剣に入れていた力を逃がされ、ブリッツはたたらを踏んだ。その隙に緋色の奏甲がなにかを投げた。それは狙いあやまらず、和司のシャル2の背中に命中した。
  和司の悲鳴が聞こえ、彼の奏甲は前へ転倒した。その背中に、奏甲サイズの短剣が突き立っている。
  響は正眼の構えを取り戻し、緋色の奏甲に対して体勢を立て直した。
「和司、和司、大丈夫かっ!」
『だ、大丈夫だけど・・・。エレナハ、聞こえてる!?
  くそぉっ。動け、動けっ。そいつを押さえといてよ、響。ブリッツの方が強いんだろっ。』
  泣き声と紙一重の声で、和司は応答した。彼の奏甲は、緋色の奏甲に向き合う形で立ち上がり、こんどはブリッツと緋色の奏甲に背を向けずに、剣と盾を構えたまま正門の方へ後ずさりしていく。当たり所が良かったのか、奏甲の機能に支障はないようだ。
「なんとかするから、正門を早く。ナルド、ナルド?無事?」
『ああ、なんとかな。俺は死んじゃいないが、機体はきつい。腕をなくしただけじゃなく、どっか歪んだらしい。いやな音がする。武器もない。』
「和司が門を開けたら、奏甲を起こして走るんだ。こいつの相手をするくらいなら、貴族相手に逃げる方がましだ。」
『違いない。』
  すでに響は、緋色の奏甲と一対一で戦って勝てるとは思えなくなっていた。和司の奏甲との間にブリッツを立たせたが、和司が門を開けるために背中を向けたとき、かばいきれるかどうか判らない。それでも全神経を集中して、緋色の奏甲と向き合う。
  かくして、和司の奏甲は正門に到達した。すこしの間があってから、彼のシャル2は剣を地面に突き立て、さらに盾を緋色の奏甲へ向けた。そのままの姿勢で、はずすべき門のかんぬきを確認するため、緋色の奏甲から視線をそらした。
  その瞬間、緋色の奏甲が動き、ナルドのリーゼが起き上がって駆け、響はブリッツで緋色の奏甲に討ちかかった。
『ガっぁっ』
「和司、はやくっ!」
  そういった響の目前で、リーゼが緋色の奏甲をさえぎる場所に立ち、腹部に剣を突き刺されていた。響の攻撃はかすりもしていない。
『くぅ、熱っ。自分も腕がなくなるとは・・・ぐはっ。』
「ナルドっ、ナルドっ!」
  響が呼ぶ声に反応しないまま、リーゼは残っている腕で、緋色の奏甲が剣を持っている手を捕まえようとする。だが、それより早く敵は後ろへさがり、剣をリーゼから抜いた。その刃に、奏甲を破壊しただけではありえない、奏甲の剣としてはほんの小さな赤い染みを、響は見た。
「だめだナルド!」
  そう叫んだ響が見守る中、リーゼは緋色の奏甲を追い、体当たりした。自動車の衝突のような金属板がひしゃげる音が大きく響き渡り、そして静まった。
  緋色の奏甲に寄りかかったリーゼの背面から、剣の先が突き出している。赤い細い筋が何本か、リーゼの背から剣の切っ先へ伸びていた。
『ひっぃ、いやぁ、ナルドさまぁ、ナルドさまっ。お返事を、ナルドさま!』
  ミリヌの絶叫が、響にはやけにはっきりと聞こえた。だが、すぐミリヌの声は聞こえなくなった。
『響兄ちゃんっ。ミリヌが倒れて、ナルドがどう・・・』
「あとだ、ラナラナ!」
  この敵に仕切り直しさせてはならない。響は捨て身で、リーゼをどかせようとしている緋色の奏甲に攻撃をかけた。寄りかかったリーゼの巨体をどけるまでに、肩と腕に一撃ずつ見舞ったが決定打にはほど遠く、自由になってからは、かわされ、剣で受け流され、ほんとうに足止めしかできない。
  それでも、和司が正門を開けるまでの時間は稼いだ。かんぬきがはずされ、和司のシャル2が門扉の一方を引いた。
  そこには新たな危険が控えていた。赤い巨体の貴族種が、かんぬきをはずされた正門の門扉を弾き飛ばすような勢いで突入してきたのである。
  爆発が起きたかのような大音響がして、正門の門扉は両側とも城内へ向かって開け放たれた。そこから貴族が1体と、無数とも思える衛兵種がなだれ込んできた。
『うわぁぁぁぁぁ。』
「和司、逃げて!相手しないで結界の外へ走れ!はやくっ。」
  響は、自らも言ったことを実行に移した。ブリッツで衛兵種を蹴散らしつつ、正門をくぐる。
  和司が脱出できたかどうかを今すぐ確認はできない。ナルドはどう考えても死んでいる。絶望が押し寄せて、嗚咽と吐き気が突き上げて来る中、響はブリッツを走らせることに集中しようとした。


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