新しき奏具たち − New Instruments −


『ひびきさん、右から来ます!』
「わかる!やぁっ!」
  玲奈に応えるひびきの気合とともに、ミリアルデ・ブリッツは編隊を組んで飛来した奇声蟲を切り払う。だが、ミリアルデは3匹のうち1匹を討ちもらした。そこを、玲奈のシャル2がハルバードで追い討ちをかけ、3匹編隊を全滅させた。
  寄り集まって戦っている3機の絶対奏甲に向かって、まるで戦闘機の編隊が襲い掛かるかのように衛兵種が編成を組み、組織立った波状攻撃を仕掛けてきていた。周囲でも別の小隊に対して、衛兵種は部隊に分かれ、波状攻撃のほか飛行できる蟲による陽動などまで行っている。そして、その向こうには、集会場とは比べ物にならない数の貴族が跋扈していた。
  機奏英雄の誰の目にも、貴族が衛兵に高度な戦闘指示をしているのは明らかだった。歌姫ティリスが率いる歌姫たちによる、奇声蟲が越えられない結界がなければ、奏甲部隊の第1陣が壊滅して、紫月城の奪還はすみやかに失敗しただろう。結界の外へ退避すれば済むという一点だけが、人間側の有利な点であったのだ。
『ひびき、玲奈、次はこっち!』
  ディーリの奏甲の正面から、4匹の衛兵種が地表をはい寄ってくる。それもバラバラに走り寄るのではなく、ひし形を構成するダイヤモンド編隊を組んでいる。
「玲奈、こっちのカバーお願い!」
  ひびきはそう怒鳴りつつ、ディーリのサポートをするためミリアルデを振り向かせ、剣を構え直した。
『ひびき、左と奥2匹を!』
「じゃ、ディーリは先頭と右の2匹、確実にやってよ。」
『当然!』
  ディーリのシャル2が踏み込み、先頭の衛兵種に切りつける。ひびきのミリアルデはその脇から左の1匹を突き、さらに踏み込んで、もう1匹を抜いた刃で切り払った。ディーリもほぼ同時に2匹目を倒す。
「元の位置へ戻って!」
  ひびきの声に、3人は奏甲を背中合わせに、お互いの背中をかばい合う体勢を取った。奏甲同士の肩が軽く衝突し、ドラム缶がぶつかるような鈍い音が、奏座に瞬間的に響く。
「ディーリ、玲奈、大丈夫?」
  隊列をすばやく取り戻せるということは、二人とも無事であるのだが、ひびきは言葉で確認しようとした。だが、かわりにソルジェリッタの声が入った。
『ひびき、第2陣が出撃します。エーアスト隊は結界の外へ退避を。』
「わかった。」
  だが、ひびきたち3人が結界の外へ退却するまでには、さらに1ダースの衛兵種を倒しつつ移動することを余儀なくされたのだった。

  結界の範囲縮小と同調して、各方面から一斉に前進したそれぞれの奏甲部隊は、結界が戦場の広さを想定した場所で縮小を止めたとき、その向こうの奇声蟲の構成に目を疑った。赤い巨体を持つ貴族種が、無数とは言わないまでも、紫月城をまんべんなく取り巻くくらいいたからである。
  そして、第一陣が結界内へ踏み込み戦端を開いて、さらに問題は深刻化した。衛兵種がいままでになく、組織立った攻撃をしてきたのだ。今までの奇声蟲との戦いから、衛兵種にはそこまでする知能はなく、貴族種が何かしらの方法で指令しているのだと考えられた。貴族種は個体での奏甲との戦いにおいて、かなり理知的な戦闘を行い、奏甲と英雄の損害を招いていたからだ。
  第2陣には、援護担当と貴族への突貫を行う担当に分かれ、頭をつぶす作戦が指示されてはいた。

新しき奏具たち − New Instruments −   そんな中、アーカイアの人々にも朗報はもたらされた。集会場で生き残った人々、その救援に来訪した人々の中から成立した英雄と歌姫のペアたちが、集会場の南西にある黄金の工房を経由し、奏甲を受領して駆けつけたのだ。さらにその奏甲部隊は、乗り手の決まっていない奏甲も輸送してきた。その中には新型の奏甲もあった。
  歌術の行使に適したように造られたヘルテンツァーは、歌術の国と言われるヴァッサァマインの部隊へ優先して配備され、ファゴッツの部隊でも英雄と歌姫の絆がより強いペアにも、少数が供与された。
  歌姫がいなくても衛兵種であれば容易に倒すことができるというプルプァ・ケーファという奏甲は、宿縁が見つからない英雄でも戦力とするため、さらに歌姫の犠牲が多いことに対処する、という理由で現世騎士団へまわされた。
  それ以外の補充奏甲は、シャルラッハロート・ツバイで、損傷した英雄を優先としてアインの置き換えが進んでいった。
  トロンメルは構成機体の多くが、すでにシャルラッハロート・ツバイであり、それ以外のフォイアロートで構成されている部隊は、別の奏甲を交えずに、その四脚の利点を活かして城への進入部隊とされたため、更新機体は少なかった。
  残るシュピルドーゼは、歌姫大戦時の上級機である華燭奏甲マリーエングランツが健在であったため、補充機は割り当てられない、という指示がポザネオ最高評議会の通達としていきわたっていた。これを知った一部の英雄には、それを批判するむきもあったが、そのほとんどが歌姫になだめられた。歌姫たちにとり評議会の指示とは、たたえ奉る黄金の歌姫の御言葉と同様のものであるからだ。

  かくして、ディーリと玲奈は旗機の護衛という理由から、同じシャル2でも黄金の工房が整備したばかりの機体と置き換えられた。
『新品同様で、貴族相手もすこしは楽になるかしら。』
『気は抜けませんよ、ディーリさん。さ、行きましょうひびきさん。』
「うん。あたらしい指示もあるし、なおさら油断は禁物よね。」
  新しい指示とは、いままでの全軍で城外から奇声蟲を順に排除していき、城を取り戻すという作戦から、フォイアロート単種構成の部隊と先鋒を務める部隊は、城外の奇声蟲殲滅を待たず城内へ進攻し、奇声蟲の女王の撃滅か、闇蒼の歌姫の安否を確認せよ、と変更されたことである。
『カノーネ司令の指示が出ました。エーアスト隊、出撃です。』
  リフィエが、ディーリに限らず、3人に呼びかけた。
「ソルジェリッタ、おねがい。」
『ええ。お気をつけて、ひびき。』
  ひびきはソルジェリッタが歌い始めてから、奇声蟲とは別の彼女の心配ついて、たずねるのを忘れていることを思い出した。
  そして今回も、まずは目の前の奇声蟲の女王討伐が先だと自分を納得させ、そのことをしまいこんでしまった。


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