思春期のバランス − adolescent balance of the mind. −


  戦場の上を、赤いボディーに巨大な白い翼を備えた絶対奏甲が舞う。時おり急降下し、地上の奏甲を援護し、損傷したり動けなくなった奏甲から機奏英雄を救助した。その機体―フォイアロート・シュヴァルベは、機数がそろえば、全力で戦うことができる奏甲ではある。だがこの時は数がなかった。高性能ではあったが操縦の難易度が高かったため、過去に出撃した機のほとんどが損傷した。
  そしていま、ひびきのミリアルデ・ブリッツの頭上で支援をしてくれているシュヴァルベの編隊が、今のトロンメル軍とシュピルドーゼ軍で合わせた、出撃できるシュヴァルベの全機であった。対奇声蟲で団結している両国の合意で、一時的という付帯事項があったものの指揮系統がトロンメル軍に一本化され、ようやく部隊の体裁が整い、支援に急行したという事情を、ひびきや響が知るのはのちのことである。

  一方の地上では、トロンメル軍からの支援であるマリーエングランツの部隊が、制圧エリアをハルフェア軍の何倍もの速さで広げていた。胴体から上は人型、腰から下は馬型4本足、現世で言うところの「ケンタウロス」型をした奏甲は、ミリアルデ・ブリッツと同じ華燭奏甲だといわれていた。歌姫の歌と英雄との調律により戦闘起動し、黄金色に輝くのはその証明ともいえる。数えるほどしかいないにもかかわらず、ハルフェア軍のシャルラッハロート種の倍する戦闘力を発揮し、奇声蟲をなぎ払っていく。
  これらのシュヴァルベ、マリーエングランツは、集会場救援作戦で、集会場へ到達できずに一時撤退した者たちであった。それだけに挽回の意気は高く、果敢な戦いを繰り広げることができたのかもしれない。それでも、支援部隊はその数が少ないゆえに、主戦力はハルフェア軍の部隊が勤め、一番隊のエーアスト隊では、旗機ミリアルデ・ブリッツを駆るひびきと2人の女性英雄は、やはり先鋒を務めていた。

  奇声蟲との戦闘が幕を上げた頃に比べると、奇声蟲の数はかなり減っていた。貴族種もドリッド隊が倒した一体を最後に目撃されていない。
  いまはその次で、ひびきを旗機とするエーアスト隊が前線にいた。その前には、もう少しのところに集会場の敷地が広がっている。
  ミリアルデ・ブリッツと2機のシャルラッハロート・ツバイが背中を合わせ、暴れまわる衛兵種をほふっていく。その3機の奏甲の移動や動きは、あからさまにミリアルデが引っ張っており、2機のシャルラッハロート・ツバイは遅れがちに追随している。
「ひびき、勘弁してよ!全力のミリアルデとじゃ、機体の性能差がありすぎる!シャルじゃ息切れしちゃう。聞いてるの?ひびき、ひびきってば!!」
  こらえ切れなくなったディーリは、ひびきに怒鳴った。それでもひびきからはなにも答えがなく、ミリアルデは従えるべき2機を置いて行きそうになるほど、激しく奇声蟲に打ちかかっていく。
「どうしたって言うの!?」
『ソルジェリッタさまがそばにいらっしゃらないのが、こたえているんじゃないかしら。
  今朝は明ける前に、響くんと話していたみたいだし・・・。元の世界での知り合いが近くにいても、歌姫との絆とは比べ物にならないのかもしれない。』
  玲奈は、ひびきにも聞こえているのをわかっているために遠慮がちに言った。だが、玲奈自身は知るよしもなかったが、一言多かった。
『異世界に知り合いと・・・ボーイフレンドと一緒に召喚された上に、そのことで悩むことができるなんて幸せよね・・・。』
  ディーリは密かに思った。自らの宿縁の歌姫であるリフィエに  ― 伝説では歌姫大戦で活躍した英雄たちは、もとの世界へ帰還したといわれている。だが「召喚の歌」と同様に、元の世界に戻る方法そのものは、下位の歌姫には知られていない。―― と言われた時の絶望感。
  そして魔法がある世界に召喚されたのなら、別の世界へ移動する魔法もあるはずだと考えてアーカイアで戦うことを決意した自分に、悲しみがこみ上げてくる。
「いいわ。ひびきをみならって、さっさと終わらせましょ。」
  黙っていて帰れるかどうかはわからない。帰る方法を自分で見つかるかどうかはもっとわからない。それでもディーリには、それをどうしても見つける必要があった。どうしても帰って会いたい人がいるから。
  ディーリの集中力が高まって、それに応え彼女のシャルラッハロート・ツバイが振るう剣は鋭さを増したようだった。

  別の絶対奏甲の部隊が、集会場から躍り出た。マリーエングランツ1機に、プルプァ・ケーファかシャルラッハロートが2機一組で随伴する隊列を取っている。それは騎士が従者を率いて駆け抜けるさまにも似ていた。護衛の2機は、ほとんどがスピアやハルバードなど、長い武器をふるっている。
  中には、随伴機がフォイアロート・シュヴァルベである場合もあったが、そのシュヴァルベはもはや翼を持っていなかった。飛行装置の残骸が、その背中に残っている。よくみれば、どの奏甲も傷だらけで、損傷が目立つ奏甲ばかりだ。
  それは、雲霞のごとき奇声蟲の壁を強行突破し、集会場へ到達した英雄たちだった。
『ハルフェアの支援に感謝する!
  区域を確保する。歌姫の陣ともども入城されたい。』
  力強い声が<ケーブル>に聞こえた。だが同時に伝わってくる雰囲気には、何日も歌姫とも会えず、周囲の奇声蟲に脅かされながら戦い抜いた者の疲れがうかがえた。
  その正面にいたのは、ひびきたちの小隊だ。
「えっと・・・」
『ありふれた受け答えすればよろしいですわ。わたくしの言うことを復唱してください。』
  とまどったひびきに、ソルジェリッタが助け舟を出した。起動時にお互いがいることを確認するのに短い言葉を交わしただけで、戦闘に入ってからは無言だったひびきを責めもせず、ソルジェリッタは語りかける。それに対する後ろめたさを押しやるように、ひびきはソルジェリッタの言葉を大きな声で繰り替えした。
「こちらハルフェア軍、旗機ミリアルデ・ブリッツ。ハルフェア軍を率い、機奏英雄ひびきと歌姫ソルジェリッタが奏でている!
  貴殿らのこのたびの健闘に敬意を表する。つつしんでわれらの歌姫たちと陣を進ませていただく。トロンメル、シュピルドーゼの両軍も支援に駆けつけている。貴殿たちの戦績は長くたたえられ、護られたものたちは感謝の念を忘れることはないだろう。
  いましばらく、奇声蟲討伐に力をあわせようではないか。」
  ひびきは、自分で声を出していて、演劇か時代劇のような言葉と感じていた。本来はソルジェリッタの言葉だったわけだが、こんな言葉遣いで人に対したことで、自分がどう思われるのかわからず、気恥ずかしくなった。

  ハルフェア軍が、完全に集会場に到達したのは、それから数時間後のことである。後方の歌姫や支援の人員全体からなる陣が到着するのには、マリーエングランツの護衛があっても危険な行程だったのである。
  集会場では、絶対奏甲がない機奏英雄と歌姫たちが、ある者は宿縁の相手とともに、ある者はパートナーが見つからないまま、自らの手に武器を持って身を守り、破壊されていく壁や建物を防壁として保持しつつ、抗戦していた。
  集会場に到達していた英雄たち、周囲の奇声蟲を倒しつつ到着したハルフェア、トロンメル、シュピルドーゼの合同軍が合流し、周囲の奇声蟲が一匹残らず討伐されたのは、それからさらに一日かかってからであった。


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