少年たちの岐路 − Boy's forked road. −


  響のブリッツのすぐ近くで、ナルドのリーゼ・ミルヒヴァイスがランスの先で何かを指し示した。
『響。右前方、かなり向こうだが、大型のヤツが見える。あれが貴族種ってやつじゃないか!?』
  ナルドが言った。確かに雲霞のごとくいる衛兵種の向こうに、ひときわ大きい奇声蟲が見える。
『いくぞ。ツヴァイト隊の貴族撃墜マークは俺がもらうぜ!』
「あせっちゃだめだ、ナルド!僕らが動いたら、陣形が崩れちゃう。」
  響はそう言ったが、ただ止めただけでナルドを押しとどめられない気がした。
「ラナラナ、あれはどれくらいのところにいるの?」
『まだ遠いよ。響兄ちゃんたちだけであそこにいったら、ほかの英雄さんが手助けできるようになるまでに時間がかかるょ。それに貴族だとしたら、おにいちゃんたちだけじゃ、とってもあぶないょ。』
  ラナラナが言うとおりだった。響の小隊だけで突出すれば、貴族種にてこずった挙句、支援も受けられずに孤立するだろう。
  「ナルド。だめだ。全体であちらに進攻するのでないと。貴族種相手には僕らだけで突進してはいけない!」
『ナルド、それよりここの確保です。次の交代までに確保域が増えてこそ、戦果ですよ。』
  理屈を出したつもりの響に加え、和司もナルドを止めにかかった。だが、響の視界の中で、ナルドのリーゼ・ミルヒヴァイスは向きを変えた。
『ハ!ヤポニシュはこれだから。ミリヌ、行くぜ!』
『やめときな!リーゼの機動力じゃ、いいエサだぜ!』
  自らもリーゼを駆るギネスが怒鳴った。その迫力に、ナルドのリーゼも突進を思いとどまった。響も、おもわずギネスの機体を振り返る。
『貴族種1に奏甲8機がかりがセオリーだ。リーゼはシャル種に対して重武装を目指しただけで、奏甲としての強さは大してかわらねぇ。一機で行ったら、あの貴族の前にたどり着いたとしても、あっという間に噛み砕かれて終わりだぜ。
  女でも願い下げだろうが、コックピットから引きずり出されて、バケモノの卵を産み付ける触手を体にブッこまれるのはゴメンだろ。』
  彼らの奏甲は休みなく衛兵種を屠っていたが、一瞬、かれらの間を沈黙が通り過ぎる。
「ナルド、どっちにしても、あっちは全体で目指している集会場の方向だ。じきに戦わなくちゃならなくなるんだから、いまはこの場を確保しよう。」
『・・・。わかったよ。』
  短くナルドが返事をした。
『響、あのシャルラッハロート・ツバイ、ハルフェアのかな?』
  気まずさを紛らわすように、和司が口を挟んだ。和司が示したほうから、1機のシャルラッハロート・ツバイが接近してくる。ハルフェアの所属なら持ち場は離れないし、伝言なら歌姫とケーブルを通じて伝えられるから、その機体のように移動することはないはずなのだ。
『梳か?なにやってた!』
『ギネス、よかった。調律がよくなくて。奇声蟲が多いせいかな。いまそっちに向かってる。
  例の奏甲は西へ行っちゃったらしいよ。追いかけなくちゃ。』
  響は、シャル2が移動しながら衛兵種を倒していることから、梳という機奏英雄が、ギネスと連絡が取れないほど調律に問題があるとは思えなかった。ギネスだけは、梳が彼の歌姫をかばっているのがわかったのだが、闖入者といってもいいくらいの面々の人間関係まで、響は知りようがない。
『こっちからも見えてる。合流したら追いかけよう。』
「ギネス!緋色の奏甲について、なにかわかったらおしえてもらえないかな?」
『どうやって?ハルフェア軍に響って宛名で、手紙でも書けってか。縁があれば、そっちこそ先にヤツに会うかもしれん。いや、ブリッツ・ノイエに乗ってるなら、そのうち直接会うことになるさ。
  先に俺たちが会えたら、そのときは新しく判ったことは教えるよ。』
「そうだね。それでいいよ、今度会ったときに。僕は音羽響。日本の漢字で、"音の羽が響く"って書くんだ。覚えといて。」
『おう。アーカイア向きな名前だな!
  俺はギネス・グラベローヴァ。ミドルネームも持ってるが、日本人は使わないんだよな。ミリアルデ・ブリッツの英雄はなんていうんだ?』
「御空ひびき。」
『ひびき・・・それもアーカイア向き・・・って女か!さては元の世界でのカノジョだな!?』
「い、いや、幼馴染なだけで・・・。」
  戦闘中だと言うのに、響の胸に、ひびきに告白したことと、その後の時間の苦い感情がわいてくる。だが、ギネスは別のことに驚いた声を出した。
『幼馴染!?カノジョは冗談のつもりだったんだが、そんな身近な人間が召喚されてるのか。どんな基準で召喚されたのかねぇ。
  緋色の奏甲の英雄も知り合いだって言ったな。それが加わって三角関係か!』
  衛兵種をハンマーで殴り飛ばしながら、ギネスはまったくかけ離れた漫画か週刊誌のような話題に転がっていった。
『元の世界の恋と、幻糸の宿縁とどっちにコケるか、この戦いが終わったら教えてくれ。しっかし、優男は苦労しそうだな!ヘマして命を落とすなよ。』
「ギネスもね。」
『ああ、もちろんだ。こんなことでくたばるかよ!
  梳!稼働時間がもったいねぇ。お互いは見えるし、すぐに西へ向かうぞ。戦闘稼動が切れないうちに、群れから離脱しないとヤバイ。
  トーデ!聞こえてんだろ。ちゃんと梳を誘導しろ。シャレでやってんじゃねぇんだ。』
  ギネスはトーデに釘をさしたが、返事を返したのは梳の方だった。
『えぇ〜、そんなぁ。聞こえてたよ、ハルフェアの隊長機って2機とも日本人なんでしょ。自己紹介くらいさせてよぉ。』
『残念だな。おれもミリアルデ・ブリッツの女英雄には会ってない。我慢しな。いくぞ。ついて来い!』
  グリーンのリーゼが響の小隊から離れていく。
「ナルド、和司、気をつけて。一機減る。」
『わかった。』
『了解。』
  ナルドと和司がそれぞれ応答する。元の3人に戻るだけとはいえ、ギネスほどの戦力がなくなれば、1人あたりが敵対する奇声蟲の数も戻る。ギネスがいた間より負担が増えることになるのだ。
  ドリッド隊との交代の時間は、まだ先だ。


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