男の子の辛抱 − Boy's endurance.  −


  梳(けずる)は、文字通り「必死」という状態だった。目に付く奇声蟲をとにかくヒットする。照準が出て、コントローラーで操作するわけではなく、自分の視線と思考によりシャルラッハロート・ツバイが剣で敵を打ってくれるのは、運動神経にさほど自信がない彼にはなにより助かる点だった。
  だが、パートナーの歌姫トーデは、相変わらず深刻なピンチだと彼女が考えないと、同行してきたギネスにも助けを求めさせてくれない。毎度のことだったが、彼女との宿縁は、なにかの間違いでないのか、と思ってしまう。
  それでも彼女の顔を見ると、怒る気力がどこかへ行ってしまうのが、自分がダメな男だと悩んでしまう15歳の梳である。
「トーデ、お願いだからギネスのリーゼがどこにいるか教えてよ!
  さっきの英雄の見間違いでなければ、探してる奏甲はもう西に離脱しちゃってる。早く追いかけなきゃ。
  こいつの戦闘起動の時間だって、もうそんなに残ってないんだろ?」
  梳の言葉に応えが返る。だが、ハルフェアの英雄と歌姫たちのようにクリアな調律が成り立っておらず、言葉は途切れたりかすれたり、乱れたりする。奏甲の戦闘起動に影響が出るほどではないが、歌姫がいる場所が遠い証拠である。
『西には・・・蟲も障害も少ない・・すわ。梳さまがもうす・・腕慣らしをそこでされても、全然っ、平気ですわ。
  貴族・・・会ったら、そう簡単には行かない・・・ませんが。』
  梳はトーデとの危機感の差に、頭を抱えたくなった。いいまでこんな巨大な奇声蟲の群れに突入したことはない。その上、今回は1つの群れのなかに何匹もの貴族種がいるという。これほど危険な状況は初めてかもしれなかったが、トーデが自分を鍛えようとしているには、あまりにも手厳しい。
  だからといって、本当に梳の命が危うくなったとこもないところが、彼女の優れたところであるのかもしれない、と思わないでもない。
「ギネスとは早く合流しなくちゃ!大事な任務なんだよ!?」
『そうで・・ね。その・・・も梳さまは強くなっていただかないと。試練・・わ。』
  冷静なトーデの思考に梳が肩を落としそうになったとき、別の奏甲から声をかけられた。梳の周囲はハルフェア軍であるから、声をかけてきた機体もハルフェア所属であろう。そのシャルラッハロートは、梳の機体とは異なるアイン型だった。
『おい、君はツヴァイト隊の奏甲じゃないな。梳っていうのは君か。』
「はいぃぃ、ごめんなさい、ごめんなさい。」
  梳は所属していない集団に、1人で入り込んでいることが後ろめたくて、思わず謝ってしまった。会話しつつも、2機は周囲の奇声蟲を打ち払い続けている。戦場は、のんびり立ち話をするような場所ではない。
『なにあやまってるんだ。ギネスっていう連れがいるんだろ?我々の隊長機と一緒にいるらしいぞ。伝言してくれとさ。』
「あ、ありがとう。探してみるよ。ほんとにありがとう。」
『気にするな。とっととこんな厄介な害虫退治は終わらせて、お互い無事に帰ろうぜ。』
  梳は、なかなか見ることの出来ないトーデの笑顔を思い浮かべると同時に、召喚されたことで中断してしまった、受験勉強から開放された高校生活を思い浮かべた。
  いったいどっちへ帰るのだろう。そもそも元の世界に戻る方法があるのだろうか。あったとして、自分はトーデと別れて元の世界へ帰るだろうか。
  衛兵種を切り飛ばしたと同時に、そんな思いを仕舞いこんだ。当面は奇声蟲を退治し、頼まれごとを片付けなければ、その次はない。
「そうですね。ご武運を・・・おっと。」
  梳の奏甲の足に飛びつこうとした衛兵種を、盾を下げてさえぎる。盾で弾いた奇声蟲を反対側の足で踏み潰す。
「ハルフェアの隊長機、たしかミリアルデ・ブリッツか。シャルラッハロートとは全然、違うんだろうな、かっこよくて性能良くて。目つきはワル顔で、角がついてたりして。
  さて、どこかな・・・。」
『旗機なら戦・・中央、一番の激戦地にいる・・・ですわ。もち・・・行かれますよね、梳さま。』
  梳はため息をついた。苦労する方、苦労する方へ誘導されている気がする。
  今回組んでいるギネスは、梳よりはるかに腕が立つから、このような戦場でも平気かもしれないが、ギネスも梳の肩に苦労を積むことに加担しているのでは、という疑いが彼の脳裏を掠める。
  それでも、トーデのいる世界を救う行動の一部だと自分を納得させ、梳はシャルラッハロート・ツバイを、奇声蟲の密集度が高い、ハルフェアの部隊で最も突出しているところへ向けた。
  しばらく移動すると、シャルラッハロート・シリーズでも、リーゼ・ミルヒヴァイスでもない、白くて角があってカッコいい、シャルラッハロートシリーズよりすこし大柄の絶対奏甲が、遠目に見えてきた。その隣ではグリーンのリーゼ・ミルヒヴァイスが、梳にはお馴染みになった、巨大なトンカチを振り回しているのも見える。
「あれがミリアルデ・ブリッツかぁ。白くて角があって・・・主役機って感じだね。」
『ギネスさ・・・ると、あれはブリッツ・ノイエという姉妹・・・うですわ。ミリアルデ・ブリッツは、第一陣だったので、すでに交代・・・自陣へ下がっているとか。残念でしたわね。』
「そうなんだ・・・。ハルフェアって、そんなに主役機を沢山持ってるの?」
『梳さまの言う主役機が、高性能機と・・・とであれば、わかっている中では、ハルフェアにはブリッツタイプの2機くらいしか知られていませんわ。
  その2機も・・・大戦で損なわれ、外装だけが都のルリルラに飾られ・・・と言われていたのです。
  ですけど、それって偽装だったのですね。さすがはソルジェリッタさま。ハルフェアの風の女王は深慮遠謀でおられますわ。学ばなくては。』
「トーデはそれ以上、複雑に物事を考えなくてもいいと思うけどな・・・。」
  梳はトーデの言葉に、直接的な言葉を避けて答えた。だが、続いたトーデの返事に、すでに今日何度目かの深いため息をつくことになった。
『とんでもありませんわ。梳さまのため、精進いたしますわ。フフフ。』


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