少年たちの邂逅 − Boy's crossroad. −


  ラナラナの歌を背に、衛兵種を切り倒していく。向かってくる奇声蟲を盾で止めたり、殴ったりして動きを封じ、本命の剣で止めを刺す。それを何度繰り返したか、響はもう数えるのをやめていた。それどころか、それをしながら考える余裕さえできていた。
  緋色の絶対奏甲は姿が見えなかった。この戦場から、すでにいなくなっているのかもしれない。周囲でも多数戦っている、量産機という印象のシャルラッハロートの中で、一機だけが赤ければ目立つはずで、それも強いのであればなおさらだ。だが、響の視界内でも、ツヴァイト隊の展開域内でも、赤い絶対奏甲はみあたらない。
  女の子の歌を背景に戦うというシチュエーションが、可変戦闘機のアニメを響に思い出させたが、そのアニメでの敵は歌に文化を感じる異性人、つまりは"人"だった。害虫であるだけいまの戦いの方が気楽で、歌姫の歌が敵に影響を与えるのではなく、自分のプラスになるのが、とてもファン心理をくすぐるな、といったことを、彼はつれづれに思い浮かべた。
  ブリッツ・ノイエの肩に飛行型衛兵が衝突した。とっさに振り向き、盾で叩き払う。その奇声蟲に響のブリッツ・ノイエが剣を振り下ろす前に、別の機体の武器がその衛兵種を粉砕した。
  巨大なハンマー―柄が長いどでかいトンカチ―を構えた、リーゼ・ミルヒヴァイスが仁王立ちしていた。ナルドのリーゼとは違う機体だ。それも響は見覚えがない。
『油断禁物だぜ。ハルフェアの隊長さん。ようやく見っけたぜ。』
「ありがとう。えっと・・・。」
  ケーブルを介して会話が届く。だが相手の歌姫の存在感が薄く、遠くにいるのかと思わせる。だとしても、奏甲側で意思疎通の相手を特定すれば会話は成り立つ。それは幻糸が大気中に満ちているからかもしれない。
  その会話から、ふてぶてしい雰囲気は受けたが、歳は響と変わらない感じだ。声が若い。
『ギネスだ。』
「ありがとう、ギネス。だけど君はハルフェアにはいなかったよね?」
  その会話の間にも、響のブリッツと、ハンマーを構えなおしたリーゼは、衛兵種を蹴散らしている。
『ああ、さっき地べたを走ってきて、たどり着いてね。探し物があって来たんだ。』
  ギネスのリーゼは、その巨体でも扱いに苦労しそうなハンマーを器用に取り回し、隙なく奇声蟲に対峙している。
『ここまで一緒に来た仲間の奏甲と、その仲間と一緒に探している赤い奏甲だ!』
  響のブリッツが、飛行型の奇声蟲を空振りした。さらにブリッツへ向かってくるその蟲を盾ではじき、足元に墜落したところを蹴り飛ばす。
「緋色の奏甲なら、第一陣がここで戦っていたときにいたらしいけど、もういない。相手にしていた貴族種が倒された後、いなくなったんだ。このあたりにはきっともういないよ。」
『そうか。わかった。
  もうひとつは、梳(けずる)って英雄とその奏甲だ。同型機ばっかりうじゃうじゃいて、わかんねぇ。やつの歌姫が意地悪なのか、いよいよとならないと、どこにいるかも言ってこねぇ!』
  言葉の区切りにあわせて、リーゼがハンマーを打ち下ろす。感情が入っていたのか、今回の一撃は強く、大きな音が響いた。
「それは僕の歌姫に聞いてみる。この辺りにいるなら、ハルフェアの誰かが伝言できるかも。ラナラナ!」
  助けてもらったというほどの事は無く、よそ者に助力する理由は響にはないが、緋色の奏甲とその英雄に関しての情報が得られるかもしれないと考えた。どうしても、緋色の奏甲について知る必要があると、彼の勘が告げていた。彼自身は「ライバルの赤い機体」ということを気にしすぎだと、反省する部分もあったのだが。
「ラナラナ、梳っていう英雄に呼びかけるよう、ツヴァイト隊のみんなに伝えてくれ。ギネスはブリッツ・ノイエといるって。」
『わかったょ、響兄ちゃん。』
  指向性の無い呼びかけが、ケーブルを伝って波紋のように広がっていく。他所にいる歌姫と意思の疎通をするには別に歌術が必要だが、同じ陣に一緒にいる歌姫たちの間ではケーブルが干渉するのが当然で、強い意志をケーブルに投射するとケーブルからの音漏れとして、別の英雄と歌姫の調律側で拾うことができる。この方法でツヴァイト隊の機奏英雄には呼びかける。近くに隊ではない英雄がいれば、だれかが伝言してくれるだろう。
「それで、その緋色の奏甲って誰なの?それに乗ってる機奏英雄は名乗らなかったけど、僕とひびきを知ってるって言ったんだ。ひびきは一番隊の隊長機のミリアルデ・ブリッツに乗ってて、そいつと一緒に貴族を倒したんだ。」
『一番隊?じゃあ、これは第2波か。総大将を探してたんだが、着くのが遅かったんだな。』
  ギネスの答えから、彼が探していたのがブリッツ・ノイエではなくミリアルデ・ブリッツであることに、響は気づいた。
「ミリアルデと、このブリッツ・ノイエは姉妹機らしいからね。全体の指揮は、本陣にいるカノーネが執ってる。」
『ヤツが用があるのは絶対奏甲部隊らしいから、それはいいんだ。
  あのカスタムのシャルラッハロートは、白銀の歌姫のパートナーの機体らしい。残念ながら名前まではわかってないがね。
  白銀の歌姫ってのは、最高評議会の議長って偉い歌姫サマだ。奇声蟲討伐の全体の指揮も執ってる。各方面の状況も戦況も集まってきて、なんでも知る事ができる立場だ。
  なのになぜか、あの緋色の奏甲をわざわざ各国の部隊が戦闘をしているところへ、断りなく派遣してるんだ。特に戦陣の中心になる大将機のを助ける形でな。俺と梳は、その目的を調べてるってわけさ。』
「ギネスたちの調査は、誰の指示なんだい?」
『おおっ、いいところに気づくな。けーどーな、それは秘密だぁ。女の頼みは断れない、くらいは教えてもいいがな。』
「歌姫から頼まれるなら、女の人しかいないだろ。思わせぶりに言うなよ。」
  響のツッコミに、ギネスの豪快な笑い声が響いた。ケーブル越しに感じた年齢にしては、ずいぶん大人じみているというかオッサンぽいと、響は思わずにはいられない。
『アーカイアでも、権力とか派閥とかがあるのさ。面倒なことさ。』
  ギネスの言葉は、ため息を伴っていた。


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