「やっと行けるな。」 響はブリッツ・ノイエの奏座でつぶやいた。<ケーブル>に耳を澄ましていて、ひびきが貴族種と遭遇して苦戦していること、それを誰かに助けられていることが遠く聞こえていた。赤いシャルラッハロートに、自分たちを知っていると言った機奏英雄が誰なのかも気になる。 彼がそこまでとらえることができたのは、ラナラナとの調律の度合いが高い証拠だが、それは彼の焦りがそのままラナラナへ伝わってしまうことを意味する。彼はそうとは知らず、ひびきのために焦っている自分をラナラナへさらけ出していた。 とはいえ分別のある響という男の子は、その焦りを行動に出そうとはせず、飛び出して指揮官に叱咤されるようなことはない。軍隊の行動では、団体での統率力が勝敗を分けることを、読んだり見たりして知っていた。 歌姫と後方支援部隊の護衛を担当していた、ハルフェアの第2陣であるツヴァイト隊は、陣の確保時に全力の戦闘起動をしたあとは、部隊の中で索敵と迎撃を交代で担当することで戦闘起動の時間を節約した。絶対奏甲は単なる歩行移動や監視であれば、歌姫が歌い続けなくてもこなすことが可能だ。敵に相対するときに全力が出ていれば、そのときだけ、戦うことができる。 その任務が効果的に行われていたことは、衛兵種の死骸が周囲にいくつか放置されていることが証明していた。必要に迫られた奏甲が、そのときだけ姫が歌い、戦闘起動し、戦い、駆逐したのだ。 だが、奏甲の護衛があるからといって、奇声蟲を目で見て恐れに呑まれてしまう歌姫も1人や2人ではなかった。奇声を発生されれば、なおさらである。それを克服するのは、歌姫の機奏英雄への信頼の強さだけであった。 指揮官のカノーネの司令が発せられる。 「エーアスト隊の歌姫は、英雄に交代に備えるように伝えよ! ドリッド隊はセーフモードで起動、護衛位置につけ!護衛の遂行手順は、ツヴァイト隊と同様。位置に着いたら交代で任務を遂行し、第3陣での全力戦闘まで温存せよ!」 響はブリッツ・ノイエに抜刀させた。もう一方の腕には盾を構える。ひびきのミリアルデ・ブリッツは腰に2振りの剣を装備し、彼女はその一刀を両手で使う。それに対し、姉妹機であるブリッツ・ノイエは、ミリアルデのそれよりもひとまわり大きい刀を一振り装備する。それは片手でも両手でも使える大きさに納まってはいたが、響は片手で持つことにし、一方には防具を持つことを選択した。 「ツヴァイトっ!リート、フォルテェーッ!!」 カノーネの号令が下された。 「ラナラナ、行くよ!」 『はい、お兄ちゃん!』 ラナラナが歌い始め、周囲の歌姫たちも戦闘起動のために歌い始めた。稼動を制限していたツヴァイト隊の奏甲が、全力の戦闘起動を始める。 後方より、ドリッド隊の奏甲が歩いてきて配置に着いた。それと交代に、戦闘起動したツヴァイト隊の奏甲は前進を始める。 「ナルド、和司、行こう。」 『おう。』 『行きましょう。我々が先鋒です!』 ナルドにはミリヌが、和司にはエレナハが歌っている。響のブリッツに2人の奏甲が並ぶ。 和司の機体は響の護衛ということからシャルラッハロート・ツバイ。反対側のナルドは、重量級のリーゼ・ミルヒヴァイスを乗機としていた。ナルドの奏甲は、奇声蟲出現が多発し始めた最近、建造されはじめた新型機である。体格が大きく、重量級という分類をあてがわれ、武装もシャルラッハロート型にくらべ大型のものが装備される。 秘匿されていたシャルラッハロートと、秘密裏に改修された同ツバイばかりの中で、数が少なく、携えている巨大なランスを含めリーゼは異彩を放っていた。 『ブリッツ・ノイエに続けぇっ!』 その巨体を駆るナルドが、周囲を鼓舞する。 ツヴァイト隊は、第2の波となって奇声蟲の壁へ向かった。 「ラナラナ、ミリアルデ・ブリッツはどこ?旗機を確保しなくちゃ。」 『もっとまっすぐ行って、ちょっと左。やっつけた貴族種が見えるから、すぐわかるとおもうょ。』 「よし。」 ラナラナは、幼いながらケーブルで行き交う情報を拾って状況を把握していた。ただ、響が別のことを聞こうとしたら、彼女がひびきの周辺状況に過剰に詳しいことを発見したかもしれない。だが響が注意を払っていたのもミリアルデ・ブリッツであり、ひびきだった。 ツヴァイト隊は、エーアスト隊が切り開き、確保した地域を突き進んでいく。数匹の衛兵種が針路上にいたが、進撃の妨げになるべくもない。その先頭を行く響は、まもなく倒した貴族種からさほど離れない場所で戦っている白い奏甲と、片腕を失った奏甲、胸の装甲板に陥没がある奏甲の3機を見つけた。その場所へブリッツを走らせる。 戦列まで出てくると、さすがに何匹もの衛兵が向かってくる。タイミングよく2体を一刀で切り捨て、1体を盾の縁で殴って頭部を陥没させる。 「ひびき!ディーリ、玲奈。交代だ。さがって。」 響は目の前の貴族種の状態を確認して驚いた。脚が2本と、首を切断されて倒されている。ルリルラ宮で聞いた、奏甲と貴族種の戦力比からは、ミリアルデと2機のシャル2だけでは考えられない。華燭奏甲であるミリアルデの戦闘力がシャル2の2倍あったとしても、姿が見えない緋色のシャルラッハロートの戦闘力は、絶対奏甲4機に相当しかねない計算になる。 『響!来たの。』 いままさに衛兵種を切り倒すミリアルデから、ひびきの声が<ケーブル>経由で届く。言葉はそっけないが、心理的には安心していることが伝わった。援軍か、響だからかはわからなかったが。 『響隊長、あと頼むわ。私の奏甲は胴体にダメージを受けちゃったし、玲奈の方は片腕食われてる。』 「了解。急いでさがって。ツヴァイト隊が来たところを通れば、奇声蟲にはほとんど会わないで済むよ。」 『おお、お手柄じゃねーか。貴族種撃破とは!3機だけでやったのかい。さすがは王家の奏甲、華燭奏甲だけあるってぇわけだ。』 ナルドが感心して言った。彼は緋色の奏甲については気づいていないようだ。彼のリーゼ・ミルヒヴァイスは、早くもエーアスト隊の3機よりも前に出て、長大なランスで奇声蟲を屠っている。 『ねぇ、響。貴族種を倒したときにさ、見えたんだ。海と空と飛行機が・・・。』 「後にしてください、ひびきさん。ディーリさんと玲奈さんは、一刻も早く陣へ後退しなくては、危険です。」 傷ついた女性英雄の奏甲を守るようにして衛兵種を叩き切っているシャル2から、和司がさえぎった。彼の奏甲も、剣と盾の装備だ。和司は、その盾で弾き返した衛兵種を、返す刃で突き刺した。 『あ・・・、うん。頼むね響。ディーリ、玲奈、行こう。』 白い機体、ミリアルデ・ブリッツが、2機のシャル2とともに戦列を離れた。同時に、響は気にしていた緋色の奏甲のことを聞きそこなった。 『エーアスト隊、後退して!』 ひびきが隊長として号令をかける。彼女と彼女の隊が貴族種を倒したこともあり、周囲のエーアスト隊の機奏英雄たちは、ひびきの指示に素直に従うようだった。 響はブリッツ・ノイエを、倒された貴族種の上に登らせた。確信があったわけではないが、まだ奏甲が乗っても崩壊はしない。くずおれているとはいえ、貴族種の背は奏甲の腹くらいの高さがある。高い位置に立ち、白いブリッツ・ノイエがひときわ目立つ。 「ツヴァイト隊!次の交代までには、ドリッド隊と陣が一緒に前進できるよう、確保地域を広げるぞ!」 ブリッツが刀を振り上げ、閧の声を上げた。 『おーっ!』 応える声が広がっていくと同時に、戦列の入れ替わりが完了した。各所でツヴァイト隊は本格的に奇声蟲との戦闘を始め、戦闘で傷ついたエーアスト隊の奏甲たちは、陣へ向かって移動していく。 「始めるよ、ラナラナ。」 『うん。』 「だいじょぶ。奏甲は傷つけないよ。ラナラナを傷つけないためにもね。」 『うん!がんばって、お兄ちゃん!』 目の前からひびきがいなくなり、彼女を心配しなくなった響が、自分のことを考えてくれていることをラナラナは喜んだ。その喜びは響の元に、ラナラナの声の張りの良さとして届いた。 | ||
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