貴族種は難敵である。絶対奏甲4機が一度に相手をしていて手こずるのだ。それも、そのうちの1機はハルフェア女王が支援する華燭奏甲ミリアルデ・ブリッツであり、機奏英雄は力を得た御空ひびきである。これにツムギが駆る緋色のシャルラッハロートがいるからこそ、ひびきの護衛のシャルラッハロート・ツバイを2機を合わせ、たった4機で対抗できている。 これが通常のシャル1やシャル2のみであったら、倍の8機で対峙しなくてはならないとされるほど、強大な戦闘力を持つのが「貴族種」である。そしてまさに、彼女たちが対決しているのとは別の貴族に対し、ハルフェアの英雄たちは8機から10機の奏甲で、その周囲にいる衛兵種とも渡り合いながら戦っていた。 目前の貴族に、ひびきは大きな傷を与えてはいた。6本のうち1本の脚を切り落とされたその貴族は、突進こそできなくなったが、奇声をたびたび発する。片目だけであるのに頭から伸びる衝角で、まとわりつく4機の奏甲に攻撃を加えていた。それでも命中を繰り出すのは、ほとんどがツムギのシャル1か、ひびきのミリアルデである。 その上、鳴き声で無数の衛兵が呼び寄せられる。それも羽根を持つ飛行型が、移動力にすぐれるためか傷ついた貴族の周りを飛び回り、ひびきたちをさえぎっていた。 『しまっ・・・!!』 ようやく、貴族の身体に剣を突きたてたその一瞬、動きが止まったディーリのシャル2を、すばやく体の向きを変えた貴族の衝角が横殴りに一撃する。自動車の衝突音のような音がして、巨人が地に転倒する。 『ディーリ!?』 <ケーブル>にリフィエの悲鳴のような心話が響き、歌術の旋律が乱れる。遠話は思い浮かべる思念の言葉であるたため、実際に声に出しているリフィエの歌は途切れてはいない。 『ディーリさん!』 「ディーリ!返事して!」 玲奈とひびきの声も重なって、彼女を呼ぶ。 『アィム、オーライッ!歌を乱さないでっリフィエ!』 リフィエのシャル2が群がろうとする衛兵種を剣で横に一閃なぎ払い、他の衛兵が群がってくる前に立ち上がり、再び戦闘態勢をとる。その奏甲の胴は、貴族の衝角が衝突した部分が大きく陥没していた。 その一方で、緋色の奏甲が貴族の注意をひきつけている。 『敵から目を離すなっ!』 <ケーブル>を通して緋色の奏甲の若者の声が届く。注意を戻した瞬間、玲奈のシャル2は、振り下ろされた貴族の衝角に左肩を砕かれ、寸断された左腕が離れた場所へ音を立てて落ちた。 「きゃぁっっっ!」 「玲奈ぁっ!」 ひびきの叫びの中、無事な右腕でハルバードを構え直しながら、玲奈のシャル2は貴族の攻撃範囲内からさがった。 それでも別の衛兵が近づけば、それに武器を振るわなければならない。玲奈のシャル2は、片腕を失って取り回しが悪くなったハルバードを捨て、腰のショートソードへ右腕を伸ばす。そして抜刀ざまに、羽つき衛兵を切り飛ばし、足元に這い寄った羽根なし衛兵を蹴り飛ばした。 「よくも!」 玲奈のシャル2が体勢を取り戻せたことを見ると同時に、ひびきは貴族に向かっていった。 『チっ、うかつなコだなっ。』 若い男が舌打ちする。緋色の機体が貴族を間に、ひびきのミリアルデと相対的な位置を取り、反対側から貴族へ攻撃を繰り出す。 貴族は残っている脚を効率よく使い、その場ですばやく向きを変えた。振り回される衝角を緋色の奏甲が避ける。反対側では、後ろ足の一本が持ち上げられ、ひびきのミリアルデ・ブリッツに迫る。 ミリアルデはそれを右肩で受け、その貴族の後ろ足に渾身の力で切りつけた。大きな木材が裂けるような音が轟き、ミリアルデの剣は奇声蟲の外皮を叩き割り、切り下ろす途中で止まった。ひびきはミリアルデを後ずさりさせ、剣を手前に引いて、さらに切り下ろした。 これにより貴族は2本目の足を失った。それでも、さらに奇声を大きく発しつつ、残った4本の足を使って向き直り、衝角でミリアルデを打ち据えようとする。 ひびきは、正面に見えた貴族種の衝角とその頭に対し、切り下ろした剣を持ち上げて、ミリアルデに構え直させようとした。ミリアルデが両手で振り上げた剣は、迫ってきた貴族種の首を下から切りつける形になった。 『そのまま上へ振り抜けっ!』 ケーブルからの声で気づき、天まで届けとばかりに、ひびきはミリアルデに剣を上へ持ち上げさせた。硬い抵抗があったが、ミリアルデは肘を伸ばし、その全身を大きく伸ばし、剣を掲げるように両腕を真上へ上げ、斬った。刃の針路上の抵抗が切り飛ばされる。 衝角を下に、貴族の巨大な頭部が体から離れてゆっくりと地面に落下する。衝角が地面に突き立ち、頭部自体が地面に直立した。 貴族の頭部が落ちていく目の前の風景と二重写しに、ひびきは幻を見た。赤い翼のプロペラ複葉機。それが青い空と青い海との間を孤独に飛ぶ。その下に現れたアーカイアの大地。歌と酒と戦と奏甲、そして愛した女。そして別の場所へ排除される恐怖と無力感。圧倒的な戦闘力の青い奏甲に、どこでもない場所へ生身で放り込まれ・・・。 幻が消えたとき、足を2本と頭部を失った貴族の胴体が、音を立ててくずおれた。足が折れて腹から地面に伏せる。 「玲奈、ディーリ、いまの見た?飛行機と奏甲と・・・。」 『なに!?見えるのは蟲と味方でしょ! 私も玲奈も奏甲がガダカタよ。すぐさがる?それともミリアルデで頑張る? あの赤い機体のおにーさんは、ハルフェアの人じゃないでしょ。頼るの不安だわ。』 ディーリの応えで、幻を見ていたのは自分だけなのだと、ひびきは悟る。 貴族が倒れても、周囲の衛兵種が消えてしまうといったことはない。ボスを倒せば雑魚も消えるのは、ゲームの中のことだけだとひびきは思う。 「さがろう。部隊の入れ替えももうすぐでしょ。今の私たちで別の貴族に会ったらひとたまりもない。」 言っているそばから、ミリアルデは剣を振りかぶり、群がる衛兵種を倒す。頼るにも、緋色の奏甲は貴族にとどめをさした時点から、すでに姿を消していた。 幸いなことに彼女たち3人の周囲に、新たに貴族が現れる気配はない。そして最初に突撃を行ったエーアスト隊の機奏英雄たちに、歌姫が仲介して交代の段取りが伝えられた。 | ||
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