学ぶべき技 − The skill which it should learn −


  ハルフェア軍は、貴族種に果敢に立ち向かう大将機、輝きを発するミリアルデ・ブリッツを目にして、勢いを増した。
  ひびきを先頭に突撃をかけたエーアスト隊が戦闘を始めてから、それなりの時間は過ぎており、機奏英雄と歌姫たちは部隊の入れ替え時刻を気にし始めたころではあった。
  だが、覚醒したひびきのミリアルデ、同部隊のシャルラッハロート・ツバイ2機に、緋色のシャルラッハロートを合わせた4機が、貴族種に大きなダメージを与えたことは、周囲で貴族種が吠えたノイズを浴びた面々にも、戦う気力を取り戻させていた。

  貴族種を追い詰めるミリアルデをひびきに託し、ソルジェリッタは支援の歌を歌いながら、異なる挑戦にかかろうとしていた。緋色の奏甲の英雄と歌姫が、自らとひびきのことを詳しく探った方法を思い出しつつ、再現しようとしたのだ。
  あのとき、相手が情報を得たのは<ケーブル>からあふれた歌を拾うことによって得たのではない。意識的に相手の調律を読み取っていたのだ、という確信がソルジェリッタにはあった。
  機奏合一が成った今、ソルジェリッタには、はるか離れているとはいえひびきの気合とミリアルデのアークドライブのパワーという支えもある。多少難易度が高い技であっても、会得する自信があった。
  まずは、ひびきの護衛のディーリと玲奈のシャルラッハロート・ツバイに、順に試みてみた。すでに知っていることを拾うため、元からの知識か、その瞬間に得た知識かの区別は怪しかったが、対象の英雄、歌姫、奏甲についての知識が"読み取れ"た。
  ソルジェリッタは、それを単機の奏甲から、ミリアルデを起点とした"範囲"に対して試みた。すると驚いたことに、ミリアルデとの相対的な関係として、どの奏甲がどこにいるのかが把握できた。そして少し注意を振り向ければ、それぞれの奏甲の性能、装備、搭乗者、歌姫、そしていまどういう状況であるか、<ケーブル>でのやり取りまでが、すべて"読み取れ"た。もしかすると、今の時点では開放されていないミリアルデの秘密まで、あからさまに知られたのではないかと、背筋が寒くなる。
『これは・・・姉姫さまは、これですべてを見ているの?
  あの緋色のシャルラッハロートは、そのためにひびきとわたくしの前に現れた・・・?
  余程高位の歌姫が誰かから授かるか、わたくしのように可能であることを確信する機会がなければ、身に付けられない歌術だけれど・・・。』
  他国であれば、奏甲の所有や運用、あてがわれた英雄と歌姫といったことは、評議会の知るところである。もし奏甲を持つペアが各国の軍への所属を拒否したとしても、奏甲を持つ以上は整備などのため、時をおかず黄金の工房の知るところとなる。
  だがハルフェアは、そしてその女王は、そうはいかなかった。
  歌姫大戦以降、評議会や黄金の工房、そして評議会の直轄で存在するといわれる諜報機関からさえ、大規模な転移施設である<翼の門>と、戦での決め手となる奏甲群を隠していた国がハルフェアなのである。このような情報が筒抜けとなってしまうことは、黄金の歌姫から託されたハルフェアの統治者としての勤めの一つを遂行できないことを意味した。
  対抗する手段が必要だった。だが<ケーブル>でのつながりを、他のペアから隠す方法や、相手を選ぶ方法をソルジェリッタは知らない。そうする必然もないからだ。奇声蟲と戦うことは、アーカイア全体の共同作業であり、それを遂行する奏甲同士が、それぞれで秘密を隠している必要が、本来はないからだ。
『わたくしの知らない技・・・知らない歌。これも姉姫様は、ご存知なのかしら。』
  ソルジェリッタは、今度は緋色のシャルラッハロートに焦点をあわせてみた。一瞬にしてその奏甲が、黄金の工房の配給した機体とは別物だとわかる。新規に建造されたと思わせるほど幻糸精度が高い幻糸鉄鋼の骨格に、転換率も高いアークドライブを搭載し、シャルラッハロートの外装をかぶせている。その内部の高出力に影響され、外装が緋色に変化しているのかもしれない。シャルラッハロートの設計の古さを打破するほどの性能はないものの、歌姫大戦において特別に建造された機体である可能性は高い。奏者はツムギ。
『そして歌姫は、きっと・・・。』
  だが、それが判明する前に軽いショックを感じ、さえぎられた。直後から、<ケーブル>のつながりの上に、緋色の奏甲をとらえることができなくなった。
  ミリアルデとひびきの感覚では、緋色の奏甲が奇声蟲に対して剣を振るっていることを、目で見ている。だが、ソルジェリッタの感覚では、ミリアルデから見たその位置に奏甲の存在を関知できない。
『遮断されたんだわ。自分たちの交信と支援の調律はそのままに、それ以外の歌姫が<ケーブル>を走査することを妨げるなんて・・・。けれど、これを学び取らなければ・・・。』
  ソルジェリッタは、ひびきの心理状態に注意を向けてみて、高揚しているいまなら、宝剣の威力も考慮に入れ、引き続き任せても大丈夫だと判断した。2人の護衛と、周囲のハルフェア部隊もいる。それにもうすぐ部隊の入れ替えどきでもある。
  ソルジェリッタはひびきを支援する歌を歌いつつ、<ケーブル>を思い通りに調整する歌術を習得することに、注意を分散させた。
  これを習得し、さらに絶対奏甲の<ケーブル>に頼らない方法を見つけて結びつければ、闇蒼の歌姫が守る黄金の玉座の謎さえ、解けるかもしれない。だが、その技を学ぶことに集中したため、彼女は相手の動機「なぜ、その技でハルフェア軍の状況を知ろうとしたのか」という思考を失念した。それは大きな落とし穴であった。
  なぜなら、ソルジェリッタが確信していたツムギの歌姫とは、ポザネオ最高評議会の議長にして、黄金の歌姫を補佐する最高位である「三姫」の一人、歌姫としての実力では黄金の歌姫に次ぎ、アーカイアの歌姫三指に入る権限と階位を持つ、白銀の歌姫、その人であったからである。
  各国の状況を、正しく把握、提供させる立場も権限も持っていながら、自らの機奏英雄を派遣し、秘密裏に、それも必要以上に細部までことを把握する必要がある理由が、穏やかなものではなかったことを、後に彼女は思い知らされることになる。

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