「来るぞ!」 機奏英雄、蕪木 紡―ツムギは、3人の女機奏英雄に注意をうながした。目前の3機については、パートナーが<ケーブル>ごしに詳しく知らせてきていた。 ハルフェアの大将機を守っているシャルラッハロート・ツバイ2機は、それなりに戦えるようだが、御空ひびきのミリアルデ・ブリッツが華燭奏甲としての力を発揮しなくては、彼自身が操る特別なシャルラッハロートがいたとしても、貴族種を行動不能にするのは困難を伴う。さらに周囲の奏甲は、それぞれ別の奇声蟲の相手をしていて手が空いていない。その上、この集会場近辺にいる貴族種は目の前の一体だけではない。 そもそもシャルラッハロートは、改良機であるツバイも含め100年以上も前に建造された奏甲であり、現在ではとても性能がすぐれているとは言いがたい。手に入らなかったものの、集会場の強行進行に投入された四脚の華燭奏甲や、新型のフォイアロート・シュヴァルベの方が、彼の緋色のシャルラッハロートより設計上の性能は高い。 そんな思考を一瞬で脇に流し、ツムギは自機を迫り来る貴族種へ向けて走らせた。相手の取る進路上に黙って待ち構えるのではなく、自らイニシアチブを取るため、わざと相手の視界に入り、無駄な衝突が起きそうな位置に飛び出す。戦いに集中した彼の意識には、すでに3人の女英雄のことはなかった。 目の前で緋色の機体が飛び出していく。貴族種は、予想と違う場所での激突を避けようと、かすかに姿勢を変え進路をずらした。 「いまっ!ディーリ、玲奈、来て!」 ひびきはミリアルデを、前に立っていた2人のシャルラッハロート・ツバイの間を抜け、その向こうへダッシュさせた。 1拍おいて、ディーリと玲奈の奏甲が追随する。 先ほどまでの動きが嘘のように、ミリアルデは滑らかな動きで貴族種に接近する。貴族種は緋色の奏甲に気を取られたのか、無傷な目でそれを追っていた。ひびきたちの側には剣で傷ついた側を見せていたのだ。 「いやっーっ。」 ひびきの掛け声とともに、肘を引いて力を溜めていた剣を、ミリアルデが風のごとき速さで突き出す。その機体と刀身は力あふれるためか、輝きを発していた。 その切っ先が、音を立てて貴族種の外皮を突き破り、左前足の付け根に深々と突き立った。 剣を突き立てられた貴族の衝角が、天を突くかのように上へ向けられ、牙のある口から、圧力を感じるほど強烈で強大な吠え声が轟き渡った。 ただの吠え声ではない。周囲で戦っていた英雄たちと、彼らを支援陣地で調律していた歌姫たちは、この世とは思えないほど強烈な悪寒と苦痛に襲われた。 何人もの歌姫が耐えられず嘔吐し、強いめまいに倒れ、あるいは失神して歌を途切れさせた。現地では英雄が自失し、奏甲は麻痺したように一瞬棒立ちとなったり、歌姫との調律を失って戦闘稼動が途切れる奏甲もある。 圧倒的な威力を持つ大音量の奇声蟲の咆哮、<ノイズ>をくらったのである。 それでも、ディーリと玲奈、それぞれの歌姫であるリフィエとカレンは挫けることなく、ひびきに続いて吠える貴族種に一撃を浴びせた。 ひびきも突然わいた気分の悪さに嗚咽しながらも、ミリアルデに剣をねじらせ、違う方向へ刀身を力いっぱい引いた。足の付け根と切断された足の両方の切断面から、気味の悪い体液が噴出する。それを避けようと、女英雄の駆る3機は武器を引いて後ずさった。距離をとって、3人ともが奏座で自らの気分の悪さをこらえ、パートナーの歌声を改めて感じようとする。 ひびきの与えた切り返しの一刀で貴族種の左前足は切断され、地響きを立てて倒れた。 『やるじゃないか、ハルフェアの女大将。』 緋色の奏甲から若者の声が届いたが、ひびきは聞いていなかった。ついに成ったソルジェリッタ、ミリアルデ・ブリッツとの機奏合一。そこからあふれる力とソルジェリッタの声とは別に感じられる、かすかな音色―言葉にするなら「ルリルラ」となるだろう―の響きに彼女は魅了され、酔っていたのだ。 「この・・・ちから。感じる!ソルジェリッタの心が。聞こえる、歌姫の織歌が! これが幻糸と歌の奇跡、ルリルラの奇跡なんだっ。 これがほんとうのミリアルデ・ブリッツっ!!響けぇーッ」 『ええ、ほんとうの歌はここからです。はじめましょう、ひびき!』 勢いに乗り、傷ついた貴族種へ攻撃を仕掛けていくミリアルデ。その機体からは、まぶしいほどの幻糸の輝きが放たれていた。 『届いたっ!ひびき!!』 ミリアルデが貴族種へ突進し、シャルラッハロート・ツバイ2機の間を駆け抜けたその瞬間、はるか離れた王都ルリルラで、ソルジェリッタはひびきとの一体感に満たされていた。歓喜が身体の芯を駆け抜け、体が熱くなる。目頭には涙があふれそうになる。自らの五感は言うまでもなく、ひびきの五感、そしてミリアルデ・ブリッツの感覚機が伝える視覚以外の細かい感覚情報をも感じ取り、把握ができる。 ミリアルデが与えた一撃で貴族種が上げた強力なノイズにも、歌が揺らぐこともなくソルジェリッタは耐えた。真に宿縁で結ばれた機奏英雄に、それにふさわしい絶対奏甲と調律が成り立った喜びがあり、心を込め魂を奮わし歌うことができれば、彼女はアーカイアでも屈指の歌姫の一人であることを証明することができる。 はるか西のポザネオ島の戦場において、ひびきが機奏英雄として覚醒した自分に声を上げていた。 『この・・・ちから。感じる!ソルジェリッタの心が。聞こえる、歌姫の織歌が! これが幻糸と歌の奇跡、ルリルラの奇跡なんだっ。 これがほんとうのミリアルデ・ブリッツっ!!響けぇーッ』 「ええ、ほんとうの歌はここからです。はじめましょう、ひびき!」 ハルフェアに伝わるミリアルデ・ブリッツ、風の女王にして歌姫ソルジェリッタ、そして女王にふさわしき機奏英雄、御空ひびきの機奏合一は1つ難関を越え、ようやく奇声蟲に立ち向かえるようになったのである。 | ||
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