赤き戦の使者 − Red alert's messenger of warfare −


  2機のフォイアロート・シュヴァルベの機奏英雄と、カノーネの会話のボリュームが大きかったのは、お互いの名乗りだけであったが、ミリアルデ・ブリッツの可聴性能によって、ひびきは続く会話も聞き取ることができた。
  わずかに南下すれば、それだけで奇声蟲の大集団に遭遇するであろうこと。さらに南に集会場があり、パートナーが確定していない機奏英雄と歌姫が多く集められていること。そこは数刻前から、おびただしい数の奇声蟲の襲撃を受けており、応援の求めに対して急遽、シュピルドーゼ部隊から飛行型と、四脚で大型の絶対奏甲から成る部隊が、奇声蟲の大群を突破し、救援として集会場へ入ったこと。
  その進攻戦のため、シュピルドーゼ部隊は集会場へ向かった部隊と、その部隊を離れた場所から支援する歌姫たちとその護衛という、2つに分かれてしまっていること。
  目の前のフォイアロート・シュヴァルベも、元は隊長機を加えた3機構成の小隊として集会場到達を目指し出撃したものの、貴族種と呼称される大型奇声蟲と遭遇、その貴族一匹と、百匹もいるのではないかと思われるほどの衛兵種との戦いで苦戦し、隊長は撃破され、武器も底を突き、2人は撤退を判断したこと。
  そのような内容を、機奏英雄の2人のうち1人が報告口調で話していたが、話が進むにつれて崩れ、感情が昂った話し方になっていった。
「とにかく、数が半端じゃないんだ!
  南の遠くにけぶってるところが見えるだろ。あれがそうさ。あの土煙は、奇声蟲が多足で地面を引っかいて移動するせいで起こってる。
  衛兵種なんぞは、いくらかデカイ奴でも一体一体は絶対奏甲の敵じゃないさ。だがやたらに数がいやがって、その上に強さの次元が違う貴族種がいるんだ。あの砂嵐みたいな状態で視界の悪い中では、うかつに空中で高速移動することもできない。味方のシュヴァルベに衝突しちゃ目も当てられないし、羽を持ってヨタヨタ飛ぶ奇声蟲もいやがるからな。
  そのうえヤツラ、貴族種には知恵がある。武器を持つ腕を狙ってくるなんて序の口さ。オレらの動きを見て指揮官と分かったのか、隊長を先に攻撃してくるわ、飛行機能の弱点とも言えるノイズを盛んに発してみたり、衛兵種もコントロールしていた。攻撃に波があって、陽動をかけられたり手薄な部分を突かれたり、手ごわいんだ。
  人並みか・・・いや、人と戦っていると思うくらいが丁度いいかもしれない。あんたらも気をつけたほうがいい。
  ・・・ああいや、お気をつけください。」
  表情の険しいカノーネの様子を見て、話していた機奏英雄はとっさに丁寧な言い方に直した。
「了解した。貴殿たちはこのまま本陣へ帰投されるとよい。飛行できる絶対奏甲の支援はほしいところだが、われわれは貴殿たちの絶対奏甲を修復する部品や、フォイアロート・シュヴァルベが装備するのに適切な武装も持ち合わせていない。
  知らせてもらえた情報だけでも大変、助かった。我々は、光輝城の守備を任務として来島したが、ここからでも光輝城の無事はわかる。目標を変更して、ハルフェア派遣軍は集会場の救援に向かおう。
  その旨、シュピルドーゼの指揮者にお伝え願いたい。集会場において外部から孤立しつつも奮闘している機奏英雄も歌姫を介して、援軍が行くと知れば、士気も上がるだろう。」

「ああ言ってるけど、いいの?」
  学校で色々な決め事をするとき、意見を言い合ったり、多数決を取ったりすることが多いことが当たり前になっているひびきは、軍隊のやり方で、カノーネが指揮官として行動を一人で決めているのに違和感を感じ、ソルジェリッタに確認した。
『ええ、カノーネは後ほどわたくしの判断を、ひびきにお尋ねになって確認されるでしょうけど、彼女の判断は正しいと返答してあげてください。
  集会場にはアーカイア全域から、パートナーが確定していない機奏英雄と歌姫候補のアーカイア人が集められています。
  特に、いままでの歌姫の称号を得る難関が、機奏英雄と出会うだけに簡素化されたため志望者が殺到したそうですから、かなりの人々がいらっしゃるはず。集会場の救援は急務でしょう。』
「そうなんだ。わかった。」
  ひびきが見ている前で、2人の機奏英雄はカノーネに敬礼してから、自分たちの絶対奏甲へと戻っていった。
  カノーネは2機が去るのを待たず、振り向いて号令をかけた。
「我々は、奇声蟲の群れに襲撃を受けている集会場を救援するため出発する!
  しばらく南下し、その後、陣をかまえて集会場への通路を確保する戦闘を開始する。通路を確保し次第、部隊全体で集会場へ入る事を作戦目標とする。通路確保成功時の移動開始のタイミングをはずさぬよう、合図を聞きそこなうことがないように!」
  指示を発するカノーネの向こうで、2機のフォイアロート・シュヴァルベが、ひざまづいた姿勢から、ゆっくりと立ち上がった。翼を広げて一振りすると、大きく広げてから飛翔する。
「歌姫は、各自の機奏英雄に内容を伝えろ。準備ができ次第、移動を開始する!」
  歌姫と機奏英雄の交信で、<ケーブル>が溢れかえるのが、ひびきにもわかる。
赤き戦の使者 − Red alert's messenger of warfare −   もちろん、ひびきはカノーネの言葉がすべて聞こえ、どうするかわかっていたし、いずれにしろソルジェリッタは、はるか東方のルリルラにおり、この場の歌姫たちの中にはいない。
  いよいよ戦い、という状況に、そのほとんどが男性であるハルフェアの機奏英雄たちは奮い立った。
  自分たちの地球での戦争とは異なり、巨大とはいえ相手は害虫。世界に対して単純に悪であるから、政治や正義を疑う心配もない。ひびきや響を含め、奇声蟲との実戦を知らないハルフェアの機奏英雄たちは、害虫駆除に巨大ロボットで挑むといった風に状況を理解し、軽く考えていた。
  アーカイアでの政治や国家間の力関係の均衡を知り、この戦いと、その後のことを考えることが、別世界の人間に一朝一夕でできるはずもない。
  カノーネがミリアルデ・ブリッツを見上げていた。ソルジェリッタの意思を確認するのに、同調で結びついているひびきに尋ねようとしているのだ。ひびきはミリアルデに膝立ちの姿勢を取らせ、奏座を低い位置に持っていきハッチを開けた。周囲で絶対奏甲の動作音や移動のための喧騒の中、質問されるまでもなく、ひびきはカノーネに向かいソルジェリッタの言葉を叫んだ。
「聞こえてたよっ!ソルジェリッタは、あなたの判断で、正しいってっ!」
「ひびき殿っ、かたじけないっ!先頭を頼むっ!」
  徒歩であるカノーネに歌姫たちと後方支援部隊をおいていかない速度ではあったが、ハルフェアの旗機ミリアルデ・ブリッツを先頭に、ハルフェア派遣軍は南へ動き出した。

  2機のフォイアロート・シュヴァルベは、意気あがるハルフェア派遣軍の上空で一度、円を描くように旋回すると、その傷ついた翼に陽光をきらめかせながら、北へと飛び去っていった。

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