召喚者の眠り − The summoner is sleeping −


  屋根のあるホールから陽光あふれる草原へ。ハルフェア派遣軍は、確かに転送施設から別の場所へと部隊ごと運ばれていた。
  ひびきは<ケーブル>を介す<調律>により、意識が結びついているソルジェリッタのアドバイスを受けつつ、彼女なりに自らの機体で周囲の情報を集めていた。
『念じれば「わかる」はずです。絶対奏甲の感覚に関する機能が、すべてあなたのものとして活用できるのですから。』
  ひびきは地上10メートル程もある絶対奏甲の目線で、自分たちが出現した草原を見渡してから、視線を近くへ戻した。カノーネが指揮を取り、陣営を整え始めている。
『ポザネオ島の南東寄りの平原で間違いありませんわ。カノーネの指示に従って、布陣してくださいな、ひびき。』
  ミリアルデの、ほとんど足元といってもよい場所で指揮を取るカノーネから、ひびきは視線を上げて、再び周囲の土地を見渡す。絶対奏甲の目で見ていると、視線の方位がどちらであるのか「感じ」られて、わかる。
  目に付くものといえば、南の地平にもやがかかっているのか、天気が悪くて日陰となっているように見える。それ以外には、北西に塔が幾棟か立っているのが望遠できる。
「あれは、どこかの町?」
  ひびきは北西に見える建物について、まるでそこにいるかのようにソルジェリッタへ質問した。そしてソルジェリッタも、一緒に見ているかのように答える。<ケーブル>を介した調律のなせる技である。その中でも、ハルフェアとポザネオ島という長距離を越え、機奏英雄と絶対奏甲に<調律>できるのは、ソルジェリッタくらいである。
『あちらは黄金の歌姫の居城です。正式には「光輝城」と呼びます。
  ほかにポサネオ島には、黄金の歌姫を補佐する「三姫」にあたる白銀の歌姫、闇蒼の歌姫のお2人の城と、赤銅の歌姫の「黄金の工房」があります。それに最高評議会がアウトリテート議事堂を構えるポザネオ市が、現在位置からですと北にあります。
  現在、評議会の人員が各国と協力して、それぞれの場所で絶対奏甲部隊が手分けをし、襲撃してくる奇声蟲の群れを退治する戦いをしているはずです。
  特に、ポザネオ島全体を守っているはずの結界が弱まり奇声蟲の襲撃を許してしまった原因を、アーカイアの「知の司」とも言われている闇蒼の歌姫が、自らの居城で解き明かそうとしているところです。
  白銀の歌姫は、評議会議長である責務として迎撃全般の指揮を取っていらっしゃるし、赤銅の歌姫は絶対奏甲を一機でも多く稼動させるため、工房の総力を上げて絶対奏甲の再生や修理、開発を行っています。
  黄金の歌姫は「幻糸の門」を、他の次元と結びつけるための一大秘歌術「召喚の歌」をお歌いになられたために消耗され、深い眠りに入っておられます。おそらく、あの光輝城で。見える限りでは、光輝城は、襲撃されている様子ではないようですね。
  黄金の歌姫のお早いお戻りを願うばかりです・・・。』
  ひびきは、出会ってから初めて不安の感情をソルジェリッタから感じた。だが、そのことで問いを発しようとする前に、ミリアルデが発した警告で、彼女は何かが近づいてくるのに気づいた。
  自分に向かってボールが飛んでくるような圧迫感がして、その方向である南を睨む。するとカメラのズーム機能のように、遠くの点に見えていたものが拡大され、背中に羽を供えた天使のようなシルエットが近づいてくるのが、2つ見えた。
  それは見る見るうちに近づいて来ると、ハルフェアの部隊からは少し離れたところへ着地した。その時点でひびきには、2機とも「翼を持った赤い絶対奏甲」であることが見えてわかっていた。
  それらをひびきは当然のように行っていたが、高性能機であるミリアルデ・ブリッツだからこそ可能なことであった。ハルフェアの絶対奏甲で、彼女の機体に比肩する性能を備えているのは、響とラナラナのブリッツ・ノイエのみであり、事実、ひびきと同じタイミングで2体の飛行型絶対奏甲を確認できたのは、彼女のほかは響とラナラナだけであった。
  細身の赤い機体が立ち上がりながら、その背中の白い翼を一度大きく広げ、整えながらたたむ。それはひびきのミリアルデや響のブリッツを除いた、飾り気の控えめなハルフェアの絶対奏甲に比べると、いかにもヒーロー然とした姿だった。
召喚者の眠り − The summoner is sleeping − 『あれは「フォイアロート・シュヴァルベ」タイプです。黄金の工房の新作なのですが、かなり操縦が困難で既存の部隊運用から逸脱することもあり、空を飛ぶことができるという特性を活かすため、主戦力ではなく個人技に長けた機奏英雄や偵察に当てられています。あとは機体の姿かたちが端正なことから、階位の高い歌姫の機奏英雄による使用が多いと聞きます。
  このお2人は傷つき方からして、かなり危険な目に会っていらしたようですね。』
  ソルジェリッタが言うように、傷ついた2機は損傷の多い四肢には、すでにひとつの武器もない。さらに一方の機体は、右の手の先を失っていた。
「どうするの?何か教えてくれるかな?」
『このあたりに展開している部隊といえば、シュピルドーゼの所属のはずです。ですからカノーネが色々聞いてくださいます。彼女はシュピルドーゼの人ですから。
  他のことも、彼女に任せて大丈夫ですよ。彼女に協力してあげてください。』
「うん、わかった。」
『そうそう、彼女は歌姫でもいらっしゃるのだけど、「歌姫のカノーネ」とお呼びすると、なぜかお怒りになるの。そう呼ばないように、ひびきも気をつけてあげてくださいね。』
  ケーブルを伝ってくる感情を確認するまでもなく、ひびきはソルジェリッタが楽しそうに微笑んでいる場面の想像がついた。彼女はカノーネが怒るのを知っていて、たまにわざとそう呼ぶに違いない。
  少しだけ離れている着陸地点から、歩行してきたフォイアロート・シュヴァルベは、2機ともに地面に片膝を突いて低い姿勢をとった。奏座から機奏英雄が降りてくる。ハルフェア側からはカノーネと数人の護衛が進み出た。
  ひびきはカノーネたちが何を話しているかを聞こうとした。と、澄ました耳に対応して感度を上げたミルアルデの聴音装置に、名乗りを上げる声が大きく響き渡った。
「俺たちはシュピルドーゼ派遣軍、第六飛行隊第二小隊だ。隊長を失い武器もなく、撤退するところだが、突然、進路上に貴部隊が現れたため寄らせてもらった。責任者はどなたか?」
「任務、ごくろう。私はハルフェアに任官しているカノーネだ。この部隊の指揮を任されている。何があったか聞かせてもらえるか?」
「カノーネ・・・指揮官。お噂はかねがねうかがっております。お会いできて光栄です。」
  カノーネがシュピルドーゼの軍服を着ているためか、すぐに彼女の名前と地位が、彼らの頭の中で結びついたらしい。2人の機奏英雄は、あまり綺麗ではないものの敬礼を返す。どちらも男で召喚された人だが、言葉や礼儀はシュピルドーゼ軍の規律に従っているようだった。
  その中でも、カノーネは自国を留守にしていても噂になるほどの、有名人らしい。
  ひびきは続く会話を聞こうと、ミリアルデ・ブリッツの奏座で耳を澄ませていた。

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