宿縁スタートライン −Line of Fate−


  それはルリルラ宮の中で、女王であるソルジェリッタの部屋の扉さえ控えめに見えるほど大きく、華麗な装飾を施され、さらに歩哨による警備までされている、巨大な扉であった。
「さあ、見せるべきものってのを、見せてもらいましょうか。」
  鍵を開けた歩哨に礼を言っていたソルジェリッタに、ひびきが言った。幼いころから変らず、怖いもの知らずで、誰にでもずけずけと話す彼女に、響はすこし眉をひそめる。
「お慌てにならないで、ひびき。鍵はもうひとつあるのです。
ラナラナ、これから私が織る歌を、覚えておくのですよ。」
「はい、お姉さま。」
  ソルジェリッタはラナラナの返事を確認すると改めて姿勢を正し、胸のところで両手を合わせ、息を深く吸い込んだ。そして歌を織りなす。
  廊下に反響するゆっくりとした歌声に合わせるように、開錠された扉がひとりでに開き始めた。ソルジェリッタの周囲の幻糸が発光し、極めて細い光の線条として目に見える。かすかな光を帯びたその糸の先は、開き始めた扉へ伸びている。扉が内側に開いていくとともに、ソルジェリッタの歌声が扉の向こうで広い空間に反響しているのがわかった。
  扉が開ききり、ソルジェリッタは歌うのを終えた。彼女の周囲と扉の間で踊っていた幻糸の発光も消える。
「さ、こちらへどうぞ。おふたりとわたくしたち姉妹の絶対奏甲が、お待ちしておりますわ。」
  ソルジェリッタは自ら先頭で扉をくぐった。女王は敷居をまたいでから、ほんの短いメロディを口ずさむ。すると暗かった扉の向こうに明かりが灯り、中の様子が見えるようになった。
  ソルジェリッタに続いて踏み込んだひびきと響は息を呑んだ。眼下に広がるのは、野球場か、ローマのコロセウムといった風情の広大な空間であった。ひびきたちは地面にある扉から入ったことからすると、そのコロセウムは地下に向かって掘られていることになる。ルリルラ宮の裏の丘の地下が、丸ごと広大な施設となっている。
  コロセウムの中央には、背中合わせにふたつの巨大な椅子がある。そこに座っているのは、人の何倍ものサイズの巨人だった。中央には背中合わせで2体が座り、コロセウムの客席に当たる場所にも、何十体もの巨大な人型が座っている。
  やさしい明るさの中で、遠目にも中央の2体は、周囲のものより突起や装飾が多く、体格も若干ながら大きく見える。
「これって・・・ロボット?それともただの大きなヨロイ?」
「すごい・・・これを操って戦うのなら、巨大ロボットだよ、ひびき・・・。」
  ひびきと響は驚きに歩みを止め、ラナラナだけが平気な顔で、ソルジェリッタについていく。歌姫である姉妹二人は、コロセウムの中央へ、階段になっている通路を下っていく。機奏英雄を呼んだり、待つそぶりはない。ついてくるのが当たり前と思っているかのように。
  だが、ひびきにも響にも、降りていく義務感を感じていた。いままで説明されても腑に落ちなかった「宿縁」の意味が、そこへ行けば明らかになるという気がする。
  2人は、互いがそのような確信を持ったことまでは悟れないものの、相手がコロセウムへ降りていくつもりなのは明白だった。だから相手を一瞥するだけで、2人とも何も口に出さずに、それぞれの歌姫の後を追って階段を降り始めた。4人は合流しても、コロセウム中央に到達するまで無言だった。4人の歩く音だけが小さく響く。
  そして、巨大な背中合わせの座と、そこにすわる巨大な甲冑姿を見上げるところまで到達すると、ソルジェリッタは歩みを止め、2人の機奏英雄と己の妹を振り返った。
「ご紹介しましょう。ひびきとわたくしの絶対奏甲『ミリアルデ・ブリッツ』と、響様とラナラナの『ブリッツ・ノイエ』です。
  双方とも、ハルフェア王家に伝えられる宝機にして、ハルフェア軍の旗機。力強い守護者ですわ。」
  その言葉は、ひびきの心にも響の心にも、しっかり刻み込まれた。宿縁の実感とともに。
  小さな車ほどもある足から脛が伸び、座った姿勢で曲げた膝が、見上げた上方に見える。胴体のほとんどは、見上げる位置からでは足や座に隠れて見えないが、さらにその上方に、甲冑の兜と人のそれを模した顔を備えた、武者とでも言いたくなるような頭部がある。
「絶対奏甲とは、かつて奇声蟲を撃退した歌姫大戦の折に考案され、黄金の工房によって実現化された奇声蟲殲滅兵器です。機奏英雄、歌姫、そして絶対奏甲の力が、このアーカイアを守る剣となるのです。」
  ひびきも響も、言葉にするのは難しい感覚を受けていた。目の前の巨大な甲冑と歌姫と自分という三者の結びつき、お互いにそれぞれの存在を必要とする、といった強い連帯感。それぞれは別の個性、別の存在でありながら、三位一体とでも言うような、心が納得し受け入れ、信じられる一体感と運命を感じたのだ。
「稼動する絶対奏甲の数は少ないのですが、周囲の絶対奏甲をお任せする機奏英雄と歌姫も若干名おります。その方々と、歌姫と認められているのに機奏英雄を得ていない者たち、一方で歌姫と出会うことができていない機奏英雄たち、そして評議会には歌姫として認められていないものの、歌術の才能があると思われる者たちを連れ、わたくしたちも明日の午後には、転送施設を用いてポザネオ島へおもむきます。」
  ひびきと響は「転送施設」や「ポザネオ島」といった言葉や、その移動がなんのために行われるかを、ソルジェリッタに問い返すことも思いつかないまま、二人にとっては「異世界の巨大ロボット」としか表現できない「絶対奏甲」を、ただ見上げていた。

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