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旋律の交わり− Crossing of Melody −


  ソルジェリッタは侍女の先導もないまま、ひびきを連れて廊下を進んでいく。階段の上り下りはないものの、ルリルラ宮へ来たときとは異なる通廊を通っていることくらいは、ひびきにもわかった。それだけ広い場所に、複数の出入り口と、それらを結ぶ通廊が幾本も広がっているということだ。
  部屋を出るときは手を引っ張られていたが、いつのまにか2人は腕を組んでいた。小柄なひびきと、彼女より背の高いソルジェリッタがアンバランスに並ぶ。ひびきは部屋で迫られたこともあって、長衣一枚だけで腕に触れるソルジェリッタの豊かな胸元を意識せずにいられない。とはいえ、なにかしらの安心も同時に感じていた。
  玄関に当たる場所は小さなホールとなっており、外向きの大扉から室内へ絨毯が敷かれ、部屋の左右の壁際には小棚に花や明かりが置かれ、大きな絵画も飾られている。その絵画には、1人の女性を囲むように5人の女性が描かれていた。
  ひびきがこの時、しっかりその絵を見ていれば、その1人がソルジェリッタであるだけでなく、のちに出会う彼女の運命を大きく翻弄する高位の歌姫たちのことを、この絵をきっかけにソルジェリッタから聞き出せたかもしれなかった。
  だが、アーカイアへの召喚と聞かされた話を許容することで一杯だったひびきは、その機会を得られなかった。ソルジェリッタの言葉が、その絵とひびきの結びつきを防いでしまう。
  「ラナラナはわたくしの妹なのです。ラナラナの機奏英雄は、どのような方でしょう。楽しみですわ。
・・・ですけど、機奏英雄が男性だとしても、『恵みの塔』を一度も訪れていないラナラナに、機奏英雄に抱かれてほしいとは、頼めませんわね。」
オトナな話題に、またもひびきは、赤面して、言葉をなくしてしまう。そのうちに、到着を知らせる声がかかった。
「ラナラナ姫様の、お帰りぃっ。」
音を立てて、正面の大扉が外へ開いていく。ひびきからは自動的に開くように見えたが、実際には外に門衛がいて、彼らが引き開けている。
  開いた戸のすぐ外に、ひびきよりすこし高いくらいの背丈と、その胸あたりまでの背丈の組み合わせが、明るい戸外を背景にシルエットで見える。背が低いほうが女の子らしく、高めのかわいい声で、盛んに話しかけているのがわかる。
  「ここがルリルラ宮だょ。ラナラナの住んでるとこ。
  ラナラナは上手に教えてあげられないけど、ソルジェリッタ姉さまなら、きっと難しいことも教えてくれるょ。」
  「お帰りなさい、ラナラナ。機奏英雄と出会えたなら、今日からあなたも歌姫ね。」
ソルジェリッタが声をかけた。入ってきた2人の背後では、大扉が閉められつつあった。
  「あ、ただいまぁ、お姉さまっ。」
  そういうと背が低い影が、1人でソルジェリッタの方へ走り寄り、両腕を広げて待ち構えたソルジェリッタに正面から抱きついた。
  丁度その時、正面の大扉が完全に閉じた。閉まった扉の前に、ラナラナと宿縁で結ばれた機奏英雄として立っている人物を見て、ひびきは凍りついた。自分より少し背が高く、細い印象の体躯。癖のある髪を、手櫛だけでとかしたのであろう、無造作ヘアの頭。
  不細工ではないが、頼りになるかどうかの確信を持たせてくれない優しげな顔。それは、ひびきの時間ではまだ一昨日、彼女に告白した男の子、音羽響その人だった。そして彼も、ひびきの姿を認めて驚いている。
  「な、なんであんたがいるのよっ!?」
  「ひびきこそ、なんでだよ?召喚されるのは、どっちか片方なのが定番だろ。」
  「なに言ってんのよ、アニメや映画じゃあるまいしっ。なによ、わたしを好きだとか言っといて、そんな幼い女の子と運命で結ばれてるなんてっ!幼児趣味だったの、あんたって!?」
  「響兄ちゃんの知り合いなの、この人?」
  ソルジェリッタの腰に腕を回したまま、振り向いたラナラナの一言が、ひびきと響を口げんかの入り口で踏みとどまらせた。
  「うん、そうだよラナラナ。元の世界での幼馴染なんだ。」
  「そうよっ、なんでもないけどねっ。」
  2人は複雑な心境で、そう答えた。
  ひひぎは、響に会ったことで、かえって異世界へ呼び出されたことを意識し、その不安のなかで彼がいることで感じる大きな安堵感を覚えた。その反面、ソルジェリッタから聞かされた「宿縁」の話から、響とラナラナの関係を彼の襟首をつかんで頭を揺さぶりながら問いただしたい激しい衝動もあり、その2つの感情の落差に笑い泣きしそうになっていた。
  響は、召喚も宿縁も自分で選んだのでなく、気づいたらアーカイアにいただけで、ひびきもそうであるはずだと、確かめたかった。
  だが、風の女王ソルジェリッタは、そんな2人の気持ちを汲んだり、心のすれ違いが解消することを、のんびり待つような性格ではなかった。
「さあさあ、まだ出会いは終わっていませんわ。響様、ひびき様、わたくしたち姉妹の機奏英雄としてルリルラ宮へいらしたからには、ハルフェアの二柱の守護者にも会っていただかなくてはなりません。
  さあ、参りましょう、みなさん。ご案内いたしますわ。」
  響とひびきの方を振り向いているラナラナを、やさしく離しながら、ソルジェリッタが言った。
  「ヒビキさま、ですか?響兄ちゃんと仲良くしてくださぁい。
響兄ちゃん。お姉さまの機奏英雄と仲が悪いなんて、ラナラナ、ヤだょ。」
  「大丈夫だよ、ラナラナ。君のお姉さんの機奏英雄と僕が、仲が悪いはずないだろ。」
  やさしげな響の言葉が、ひびきはしゃくにさわる。幼い女の子に接するのに優しい言葉をかけるのは当然だと思いつつも、それがうらやましいと感じてしまい、さらにその感情をいだく己に腹が立つ。
ソルジェリッタは、ラナラナが響のかたわらへ行ったのをみると、また、別の通廊へ一行を導いた。
  ひびきは、おさげが振れるほどの勢いで、ソルジェリッタが向かう方へ体を向けたが、歩き出す前にひと目だけ、響とラナラナを振り返った。普段のルーズな格好で、ポケットに手を突っ込んでいる響の腕に、幼いながら腕を組むラナラナ。
  ひびきは、小学生のころに好きになった学校の先生を思い出した。立派な大人で年齢差もある先生へ、一人前のつもりでラブレターを書いたことを思い出し、独りで赤面する。響が、その先生のようにラナラナを見ているだけだといいなと、考えていた。それが嫉妬だと気づかないままに。
  一行は、その宮殿のあるじであるソルジェリッタの先導で、ルリルラ宮の、また別の奥へと進んでいった。

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