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お姫様の部屋 −Room of Princess−


「わたくしの部屋へ、ようこそ。今日は一番のお部屋を使う日ではなくて、申し訳ないのですけど。」
  ソルジェリッタは、ひびきをいざなった。
  4人の護衛はこの建物、ルリルラ宮についたところで分かれ、建物に入ってからは、入り口で待っていた別の女性が、ソルジェリッタとひびきを先導した。その案内も、ソルジェリッタの部屋の前、通ってきた廊下にあったドアの中でも、もっとも豪勢な装飾がされた入り口の前で、ソルジェリッタにさがるよう指示を受け、別室に控えていると言い残して去っていた。
  部屋に入ると、なんといってもベッドがひびきの目を強烈にひきつけた。ひびき自身の部屋の半分よりも広く、四隅には柱が立ち、その上には天蓋が付き、そこから何枚も垂れ幕がさがっている「お姫様の」とつけるにふさわしいベッド。
  そして、ひびきが立ち尽くしている部屋の入り口から、そのベッドまでの間に、さらに自分の部屋がもうひとつ、楽々入る広さがあることに圧倒される。入り口とベッドの間の空間にはテーブルセットがあり、その上には花が生けてあり、ティーセットがセッティングされている。壁沿いには、姿見になるほどの大きい鏡が、壁のくぼみに三枚はめ込まれ、鏡台がしつらえてある。
  これだけ豪華でも、この部屋は一番ではないという。
「寝室と、テーブルや鏡台が一緒になっている、こんな狭いお部屋にお通しするなんて、はしたないと思われるかもしれませんね。
  ですけどわたくし、親しい人ほど、格式ばった部屋よりも、この部屋のように近いところでお話できる方がよいと思っていますの。」
  ひびきには、寝室とテーブル、鏡台が別の部屋ではないことと、はしたないことのつながりがわからない。ひびき自身の部屋は、四畳半にベッドもテーブルも鏡台も一緒である。
  この部屋の主であるソルジェリッタはマントをはずし、テーブルセットの椅子のひとつにそれをかけると、鏡台へ向かった。
  三枚の姿見の中に立つと、自然に三方から自分の姿を確認できる。正面には、多数の小瓶が置かれた化粧台が据え付けられている。ソルジェリッタはその化粧台の小ぶりな椅子に腰を下ろした。ブラシを化粧台の引き出しから取り出し、髪を整え始める。
「楽になさってくださいな。わたくし、髪は自分で手をかけないと気がすまないのです。
  仕えているものたちから、王族とあろうものが自ら髪をいじるなど、品位が落ちるなどと、うるさく言われるのですけれど。」
  ルリルラ宮までの通りを来る間、歩いて体を動かしたことで気を取り直しつつあったひびきは、いくつか質問もしたのだが、歌術、召喚の門、黄金の歌姫、奇声蟲といった理解の及ばないことばかり返された。そのため目的地についたら質問攻めにしてやろうと、意気込んでいたつもりだった。だがいま、部屋のたたずまいに圧倒されてしまい、話すどころではない。
  髪をすきつつ、ソルジェリッタが言った。
「どうなさったのですか?どこでもお座りいただいてよいのですよ。あたたかい飲み物もありますから、控えている者を呼んで、入れさせましょう。それとも冷たいものを持ってこさせましょうか。」
  その言葉で視線をティーセットへ移すと、確かに注ぎ口から湯気が上がっている。ひびきは電気ポットを思い浮かべたが、置いてあるティーセットは、歴史の教科書に写真が載っていたヨーロッパの陶磁器といった雰囲気で、とても保温の機能があるようにはみえない。
  家電製品で便利になった世に生まれ育ったひびきは、主人が帰ってくるのにあわせて、臣下が沸かして置いておくという仕事をしていること、その贅沢さにまでは、気づくことができない。
「道中でも、すこしお話しいたしましたけれど、どこからご説明すればよろしいでしょうね。」
  髪を整え終わったソルジェリッタは、化粧台から離れ、立ち尽くしているひびきのほうへ歩いてきた。そばへ来ると、ひびきの手をとってテーブルの方へ連れて行く。
「リトネ。飲み物を整えてもらえるかしら。テーブルに用意してくれているお茶でいいわ。」
「はい、ソルジェリッタ様。ただいま参ります。」
  返事が聞こえた中で、ソルジェリッタはひびきをテーブルの端の方に位置する椅子のひとつに座らせると、彼女とテーブルの角を挟んで向き合えるように、自分の椅子の向きを変えて、座った。
  ルリルラ宮内を先導した女性が、別の入り口から入ってきた。その入り口は家具かカーテンの陰にでもあるようで、入ってくるのは、ひびきからは見えなかった。リトネと呼ばれたその女性は、浴場にいた3人や、ソルジェリッタがしているような首飾りはしていない。
  テーブルセットまで来ると、ソーサーとカップを並べ、湯気の上がっているポットから飲み物を注いだ。
「ありがとう、リトネ。そういえば、ラナラナはいるのかしら?」
「ラナラナ様は、指輪の導きが現れたとおっしゃっられ、お出かけになりました。それからまだお戻りになっておられません。お戻りになられたら、お知らせいたしましょうか。」
「ええ。おねがい。
  指輪ということは、あの子にも機奏英雄が現れたのですね。今日はめでたい日ですわ。今夕の晩餐は、祝祭の第二の献立にしてほしいと、厨房に伝言をしておいてくださいな。」
「承知いたしました。菓子でもお持ちいたしましょうか。それとも、ほかにご用はございますでしょうか。」
  リトネは2人分のお茶を注ぎ終わると、さがってよいかどうか、主人に尋ねた。
「かまいませんよ。ありがとう。」
「それでは失礼いたします。」
そういって、リトネは部屋から退出した。
「さあ、機奏英雄のひびき様。なにからお話いたしましょうか。」
ひびきは、ソルジェリッタのエメラルドグリーンの瞳にまっすぐ見つめられ、自分が理解できるように答えてもらうには、どう質問すればよいのか、一生懸命に考え始めた。

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