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第十四話「裁きを下す者」

 その声がVARSの基地に届いたのは、海浜市がカルラの攻撃からようやくに復興して日常を取り戻し、瞬兵たちも彼女を喪失した哀しみから立ち直った、そんな頃だった。
『地球人たちよ』
 声が、響いた。
 それはひどくやわらかで、男のようでも女のようでもあり、音楽のようでもあれば言葉のようでもあった。夢の中で紡がれる言葉のように不確かでありながら、石に刻まれた文言のように明瞭だった。
「? え? ナニ? いまの声?」
 瞬兵は驚いて椅子から跳ね上がった。それがVARSの誰かの声、あるいはコンピュータの合成音声でないことは明瞭だったからだ。
「……この声は、アスタル、我が師、大いなる意志アスタルだ」
 そう言ったのは、瞬兵の傍ら、机の上でメンテナンスを受けていたバーンだった。バーンのメンテナンスはVARSスタッフの担当だが、バーン自身は昔のように瞬兵の手で細かいパーツを調整されることを好んでいた。
「映画でみたよ。テレパシーっていうんでしょ?」
「そうだな……聞こえるレンジを絞っているが……もしかすればグランダークに傍受される可能性もある」
「そこまでして伝えなければならない内容ということ……か」
 洋にも聞こえているようだった。彼は耳をそばだて、メモを取る用意をしていた。
『そして我が意思を継ぐ聖勇者たちよ』
 アスタルはゆっくりと、存在を確かめるように語りかけた。
『勇気……希望……正義……忠誠……自由……聖勇者らよ』
「…………」
 勇気と希望が、バーンとスペリオンのことを指していることは間違いない。では、正義と忠誠と自由もそうなのだろうか。そしてそこに、“純真”、すなわちステラの名はなかった。彼女は……喪われたのだ。
 聖勇者があのように昇華(バーンはそう表現した)ことは、かつてなかった。それが何をもたらすのかは誰にもわからなかった。ただわかっていることは、絶望し、下を向くことは勇者には許されないということだけだ。
『永劫の闇、グランダークはこの物質宇宙に顕現せんとしている。決戦の地は、地球圏。いまこそ参集し、最後の戦いに臨むときだ』
「グランダーク」
 瞬兵がその名を口にすると、部屋の気温が何度か下がったように感じられた。もはやそれは、御伽話の魔王の名ではなかった。ステラの命を奪い、街を焼き、人々を苦しめる現実の脅威だった。
 それに立ち向かうことができるのは、VARSと聖勇者を置いて他にない。

『……忘れるなかれ、我が子らよ
 強き光は、強き影を生じる
 ……忘れるなかれ、我が子らよ
 善と悪……
 すべては、揺れ動くもの
 すべては、自身の中に潜むもの
 ……忘れるなかれ、我が子らよ
 光と闇……
 元は同じ、混沌より出でしもの
 忘れるなかれ、我が子らよ……
 双方そろいて、全てとなることを……』

 やがて、アスタルの言葉は、始まった時と同じように、虚空へと溶けて行った。

 * * *

 C-Naゼネラルカンパニーの会長室に愛美とロンロンが呼び出されたのは、その夜のことだった。
「すまないね、君たち。忙しいところを呼び出してさ」
「そういう社交辞令はいいです」
「本心だよ。これからするのは面倒な話だからね」
 長介はコーヒーを勧めた。もちろん、淹れたのは傍らの秘書だが、少なくともその香りは上質のもので、もてなそうという意思は伝わってきた。
 愛美とロンロンは椅子に座り、コーヒーに口をつける。香気と苦み。金のかかった味だ。金は誠意そのものではないが、金で誠意を示すことはできる。長介の出して来たコーヒーは、そういう味がした。
「国連にね、グランダークから降伏勧告があった」
「!」
「地球人を奴隷化しろ、ということらしくてね。まあ、表沙汰にはなっていないが、早晩マスコミがスッパ抜くよ。で……超AIシナプスの話になる」
「軍事利用ですか」
 愛美は柳眉を顰めた。
 何度目なのだ、この会話は、と思ったが、長介の話の流れは、これまでのものとは異なっていた。
「僕がこれまで言ってたのは防衛利用。でも今度のは軍事利用だ。無制限に、あらゆる国家に対して。グランダークとの戦争をするために」
「会長はそれがイヤなんですか?」
 ロンロンは首をかしげた。金儲けのチャンスだ、と飛びつくと思っていたのに。
「特許を手放せってことだよ。無制限にAIのノウハウを解放しろと来た。戦争に勝っても、その後はどうなる? 世界中の国が、超AIシナプスのテクノロジーを手にいれる。コントロール不能な混乱が訪れるだけだ」
「……そうですね。私たちだって、ワイルドバーンガーンやグレートバーンガーンに何が起きているか、きちんと把握しているわけではないのに」
「珍しく意見が一致したね」
 長介は苦笑いをして、コーヒーに四個砂糖をいれてから口にした。いくらなんでも甘すぎるだろう、と愛美は思ったが、自分が飲むわけではないのにどうこう言うのは避けた。自分の墓穴は自分で掘るものだ。
「ワイルドバーンガーンに搭載された三体のAIは、いわゆるシンギュラリティ、すなわち我々の認識を超える特異点に到達したと考えられマス」
「もはや彼らが何を考え、何を判断しているのか、我々の知性では認識することができない……そうだね」
「そうなります。それは、“心”を持っていると考えてもよいでしょう。単に形通りのチューリング・テストに合格できるという意味ではありません。ワイルドバーンガーンのAIには自我が存在します。バーンやスペリオンと同じ、ホンモノの意識が」
「ますます量産できないねえ」
 長介は砂糖を四つ投じたコーヒーを美味しそうに飲んだ。墓穴を掘らずんば墓地を得ず。
「それだけじゃないわ」
 愛美は大きくため息をついた。
「というと?」
「バーンの証言では、グランダークというのは知性体の悪意そのものです。これは、“人間の”あるいは“生物の”という意味ではありません」
「! そうか」
 長介はコーヒーカップを取り落としそうになった。決して愚かな男ではない。むしろ明敏なのだ。彼は愛美とロンロンの危惧していることを理解した。
「安易にシンギュラリティに到達した超AIシナプスを量産すれば、それがグランダークの餌になることもありえる。たとえばマッハスペリオンがダークギルディオンへと堕ちたように……そういうことだね?」
「イエース」
 ロンロンはおどけて言った。おどけて言わなければ、とても重苦しさに耐えられそうもなかったからだ。
「そうでなくても、シンギュラリティに達したAIが我々人類に対してどのような振る舞いを行なうかはまったくの未知数です。フェイルセーフは多重にかけていますが、そもそもそんなものが意味を成さないから特異点なんです」
「わかってる、わかってるよ」
 大げさに長介はため息をついた。
「だがいい線だ。その線で行こう」
「というと?」
「つまりさ」
 長介はビジネスパーソンらしい悪辣な顔になった。
「地球の危機だから超AIシナプスを差し出せ、と連中は言ってきてる。こっちは、シンギュラリティに達したAIを解放すればそれこそ地球の危機になるかもしれん、という論陣を張って時間を稼ぐ」
「じゃあ、その間に、グランダークを倒す?」
 ロンロンはこともなげにそう言った。
 他に選択肢がなかったからだ。
 地球全体がグランダークと“戦争”する。ちょっと聞けば合理的で、感動的でさえあるストーリーだが、それが意味するものは地球人類全体が壮絶な悲劇に巻き込まれるということだ。その憎悪と悲しみは、グランダークにとって、最上の御馳走だろう。それこそ甘い甘いコーヒーのように。
「それしかないよねえ」
 長介も首肯した。
「だってそうしてくれなきゃ、地球が終わっちゃうんだもん。正義を貫いた結果、人類が滅ぶんじゃ本末転倒もいいとこだ。そのためのVARSだろ?」
「もちろんです」
 愛美はうなずいた。
 そのために、これまでの長い間準備してきたのだ。
 彼女は手にしたタブレットの映像を、壁面のモニターに投影し、簡単なプレゼンを始めた。
 最初は首を傾げていた長介だったが、やがて話を聞くにつれ、表情は明るいものになっていった。
「よし、これで行こう! VARSのメンバーよ、地球を頼む!」
 三人はそれぞれにうなずいた。
 大人の責任というものを果たすときが来たのだ。

 * * *

 長介の危惧はあっという間に現実になった。
 勇気あるマスコミはあっという間にグランダークからの最終通告をスッパ抜き、数時間後には世界中のネットにその情報が流れていた。
「ネットで見たぜ。グランダークってのが、敵の親玉なのか?」
 翌日の教室の机の上で、大地がそう言ったのも、親たちが恐怖に怯えているからである。
「そうらしいな」
 洋はあくまでクールに振る舞っていた。
 もちろん、自分たちが知っていることを語ることはない。
 あくまでも自然に接することを、瞬兵と洋は自然に学び取っていた。不安と恐怖は、グランダークの餌なのだから。
「でもさ、バーンガーンがいるだろ? それにあの赤いロボットも。きっと、バーンガーンとVARSが、グランダークをやっつけてくれるさ」
 誰かがそう言った。
 瞬兵は、そう言ってくれることが嬉しかった。
(そうだよ)
 瞬兵は密かに、バーンブレスを撫でた。
(バーンのこれまでの戦いは無駄じゃない。みんながバーンのことを信じてくれている。だから……きっと大丈夫だ)
 だから、瞬兵は笑った。
 辛くて、怖いからこそ、笑うことにした。
「そうだよ。バーンガーンがみんなを守ってくれる」
 瞬兵の言葉は、怯える子供たちに、しみいるようだった。
「そうだよな」
 また誰かがつぶやく。
「これまでだって、私たち、バーンガーンに守られてきたんだもん」
「きっと、大丈夫だよ」
 その声は、学校中に広がっていった。

 * * *

「ねえ、瞬兵」
 菜々子が瞬兵を廊下で呼び止めたのは、昼休み、給食を食べ終えて食器をかたづけてからのことだった。
「どうしたの?」
「ちょっと話があるんだけど……いい? グランダークのことで」
 菜々子はおずおずと、その名前を出した。
「……うん」
 ふたりは屋上へと移動した。
 今日日、小学校の屋上が開放されているのは珍しいことではあったが、瞬兵たちの小学校では屋上に太陽電池パネルと水耕プラントが設けられ、憩いの場として、また子ども達が環境問題について考える場として使われている。
「ネ……グランダークの基地ってどこにあるの?」
「え」
 瞬兵たちは実のところ、いまだにそれを知らずにいた。
 ギルティとダークギルディオンとして彼らに操られていた洋とスペリオンも、その本拠地からテレポートで海浜市に出撃した記憶しか持たないために、自分たちがどこにいたのかは知らずにいた。いや、知らされずにいたのだ。
「ごめん……わからないんだ。突き止めて攻撃しなくちゃいけないんだけど」
「そうだよね。あのね。ひみつ探偵さんって……いたでしょう?」
「ああ……あの……ちょっと変わった」
 ちょっとどころではないが、瞬兵は言葉を選んだ。他人を格好や言動で決めつけるのはよくないことだからだ。父からも母からも、そのことはよく言いつけられていた。たとえそれがイモムシのかぶりものをして通学路に徘徊する怪人であったとしても。
「あの人にね、朝、話を聞かれたの。この学校に、悪の宇宙人が潜んでるんじゃないかって」
「悪の宇宙人?」
 瞬兵は思わず、呆然としてしまった。
 自分たちの敵はナイトメアだ。出来の悪いヒーロー映画じゃあるまいし、ここに来て突然の第三勢力なんて展開はありえないだろう。
「私もそう言ったんだけど……でも、あの緑色のぶよぶよした怪物がこの屋上にいるのを見たって」
「あ!」
 瞬兵はようやくそこで思い当たった。
「ガストのことだ! あいつ、学校に来たからね!」
「そっか。普通の人は、ナイトメアを見たことないものね」
 戦っている瞬兵や、ナイトメアに拉致されたことのある菜々子にとってはともかく、市井の人々にとって(そして市井とは言いがたいひみつ探偵にとっても)ナイトメアとは毎回街を襲ってくる怪ロボットのことなのだ。
「他に何か言ってた?」
「うん……ひみつ探偵さんは、宇宙人が月に向かって飛んでいくのを見たって。だから、きっと月に基地があるんじゃないかって」
「月に……」
 瞬兵は考え込んだ。
 他人を格好や言動で決めつけるのはよくない。
「ありがとう。姉ちゃんに話してみるよ」

 * * *

 敵の基地が月にあるのではないか。
 瞬兵の言葉を受けたVARSの動きは、早かった。
 ナイトメアの怪ロボットが放つ、地球上には存在しない粒子。その粒子の痕跡が、月の裏側から海浜市に向かって伸びていることを、VARSとNASAの衛星がキャッチしたのだ。
「すごい! こんなに早く分かっちゃうものなんだね」
 瞬兵は目を丸くした。
「いやいや……まあ、そこはあれやけどな。もっとはよ気付け、って話やけどな」
 まさるは苦笑した。
「コロンブスの卵ってやつよ。変数が多すぎたノ。月ってアイデアが出てきて、ようやくデータが絞り込めた」
 ロンロンはべたー、とデスクにへたり込んでいた。彼女とまさるがすさまじい勢いでデータを解析したから、これだけの速さで敵の本拠地の位置が絞り込めたのだ。
「それに、ナイトメアの粒子が解析できたんはカルラの……ステラのおかげや」
「ステラの?」
「せや。彼女が最後に色々話してくれたやろ? あの時に、バーンとスペリオンのセンサーが、データを拾ってくれたんや。あれでようやく、ナイトメアっちゅうのが物理的にはどういう存在なんかが解析できた。ステラちゃんはワシらに協力してくれたようなもんやな」
「それが出来たのは、スペリオンがいてくれたおかげだ。私のセンサーだけでは、データを精査しきれなかっただろう」
 バーンはそう補足した。ステラの死は、無駄ではなかったのだ。スペリオンとの友情を取り戻したことも。単にわかりやすい正義のためにステラやスペリオンを武力で打ち倒してしまっていたら、この結果は得られなかったはずだ。
 勇気。誰かを助けようとする勇気が、この希望を導いてくれたのだ。
 瞬兵はそう信じたし、それは正しいことだった。

 * * *

 その月を、縁側ごしに祖父・厳五郎は見ていた。
 手にした杯の清酒に、月が映る。
「なあ、瞬兵」
 晩酌の相手をしていたのは、瞬兵だ。もちろん手にしているのはサイダーだが、こうして祖父と時間を過ごすのは、彼に取って楽しいものだった。
「なあに、じいちゃん?」
「本当に、月へ行ってしまうのか?」
「……うん」
 それは家族で何度も話し合われたことだった。
 バーンガーンの勇気の源である瞬兵が同行しなければ、月にいるグランダークを打ち倒すことはできないだろう。それが、VARSの、そして他ならぬ姉である愛美の結論だった。
「ボクが行かなきゃ……バーンと行かなきゃダメなんだ。グランダークは憎しみの想念で出来てる……地球上の核ミサイルを全部打ちこんだってグランダークは倒せない。ううん、きっともっと強くなるだろうってバーンは言うんだ」
「そうじゃろうな。ワシも、原子爆弾でグランダークが倒せるとは思わん。そんな単純な相手なら、バーンたちも苦労せんじゃろうから」
 厳五郎は手の中の杯を一気に干した。
「それでも、行かせたくはない。たとえ何もせなんだら、地球がこのまま滅んでしまうとしてもじゃ」
「…………」
 瞬兵はじっと聞いていた。
 そうするべきだと思ったからだ。
「親父の話を、したことがあったかな」
「ひいおじいちゃんの?」
 瞬兵はかぶりを振った。
 そういえば、話に聞いたことはない。
「もうずっと昔……日本と中国が戦争をした時に、親父は大陸の戦場に行った。お国を守るため……まあそういうことになっておったがな。まだ、十代じゃった。オフクロと結婚をして、本当にすぐの出征だったと聞いておる」
 厳五郎は空を見ていた。
「親父は、帰って来なかったよ。今でも、徐州の土の下にいる」
「そうなんだ……」
「オフクロはひとりで、ワシを育ててくれた……親父にはな、きっとやりたいことがあったろうと思うよ。鉄砲を握って、野垂れ死になんぞしたかったわけではなかろう。だからなあ、瞬兵。おまえを名付けるときに、ワシはお前を兵隊にしたかったわけではない。つわものになってほしかった。瞬間瞬間で、正しいことを、自分の意思で選べるように。だから、お前が選んだことに、もう反対はせん。ただなあ」
 厳五郎は徳利から酒を注いだ。
 いつもなら家族の誰かが止めるのだが、今日は止めるものは誰もいなかった。
「子どもを戦地に送り出すのはな、これは、大人の無能を示すことだ。わかっておる。他に選択肢はないのだ。バーンも愛美も、好きでおまえと洋くんに責任を押しつけたいわけではないのだと」
「じいちゃん、ボク」
 瞬兵は言葉を絞り出した。
 涙をこぼさないようにしながら。
「ボク、帰ってくるよ。かならず帰ってくる。みんなと一緒に」
「ああ」
 祖父は瞬兵の肩に手を置いた。
 記憶の中より、小さな手だった。
「帰ってきておくれ。正義も、地球も、どうなっても構わん。自分の命を優先してかまわん。それだって勇気なんじゃ。忘れんでくれ。父さんも母さんも姉さんも、みんな、おまえがいない地球なんぞほしくはないんじゃからな……」

 * * *

 VARSが白鯨型大型移動要塞モビィ・ディックと機動部隊を準備したのは、その一週間後だった。
 愛美とロンロン、そして出資者であるC-Naゼネラルカンパニーは、ありったけの機動部隊と資材をかき集め、モビィ・ディックに詰め込んだのだ。
「なんとかペイしたよ。いやペイすることになった、かな」
 苦笑交じりに、長介がそう言った。
「超AIシナプス技術の拡散は安全保障に影響するでしょ、って話をしつつ、うちの会社で月の裏側を調査し、グランダークに関する一件を解決することで国連から金を引っ張ることにした。まあそれ自体はただ同然の契約なんだけど、その過程で得られるこっちの宣伝効果は莫大だからね。超AIシナプスとモビィ・ディック周りのスピンオフ技術の期待だけでうちの株価は天井知らずさ……ま、君らが失敗したら、僕は首をくくるわけだけど」
「その時は地球もなくなってますから」
 愛美はにべもなかった。
 この際は自分たちの作り出したものが軍事用に転用されなければそれでいい、と考えるしかない。
 なりふり構わず勝つことだけ考えればいい……というのは、アマチュアの考え方だ。今日日高校野球だってそんなことは考えない。
(勝つのは当然。問題は、勝った後の事よ)
 それが大人というものだった。

 * * *

 九十度上向きになったモビィ・ディックのシートに、瞬兵と洋は座っていた。シートに固定されたバーンとスペリオンも一緒だ。
(もうすぐ、宇宙に上がるんだ)
 発射の時のGは、ギリギリまでモビィ・ディックの重力制御が軽減してくれるということだったが、それでも相当なショックはかかるから、と愛美が説明してくれた。もちろん瞬兵と洋は勇気があったので、それに耐えることを決意した。星の海に行けるワクワクのほうが、怖さを上回った。
 それでも……もちろん、それでも、モビィ・ディックに取り付けられた巨大な化学燃料ロケットブースターの大きさを見ると、怖くないというわけにはいかない。もしブースターが爆発したら? もし打ち上げの角度がずれて海に落ちてしまったら? 瞬兵がちらりと、亡くなった愛美の婚約者のことを思い出してしまったのは無理からぬことだった。
(ううん、姉ちゃんのほうが、きっともっと不安なはずなんだ。ボクが大人になって、姉ちゃんを守ってあげなくちゃ)
 瞬兵はそういう目配りを覚えつつあった。バーンとの出会い、ギルティとの戦い、カルラとの別れ。いろいろなことがあって、瞬兵は少しずつ、本当の勇気、人をおもんばかって大切にするということを理解しつつあった。
 だから、別のことを話す。
「ね、バーン。他の聖勇者さんたちって、本当に来るの?」
「あぁ、必ず来る」
 バーンの言葉に淀みはなかった。彼は心から、仲間たちを信じているのだ。
「会えるの楽しみでしょ?」
「たのしみ?」
「うん、だって久しぶりでしょ? 他の仲間に会うの」
「……あぁ、そうだ。考えてみればそうだな」
「ボクも楽しみだな、バーンの仲間に会えるの」
「そうか?」
「うん、バーンやスペリオンとどんな話をするんだろう? って考えるだけで楽しみすぎる!」
「? 話?」
「やっぱり、バーンは結構いじられキャラなの?」
「やっぱり? いじられ??」
 瞬兵の言葉は軽くバーンを困惑させた。洋が軽く肩をすくめる。
「あいかわらず、緊張感ないな?」
「そんなことないけど……緊張しても仕方ないじゃん?」
 瞬兵は静かにつぶやいた。
「バーンだっているし、洋だって、スペリオンだって一緒でしょ?」
「もちろんだ、瞬兵」
 むしろ、バーンの声音のほうが、わずかに固かった。
「バーン?」
「すまない。それでも、瞬兵やみんなを危険にさらすことには変わらない。私は……」
 不安を口にしようとしたバーンを、瞬兵は微笑みで制した。
「大丈夫だよ。バーン。ボクたちは、勝つよ」
「瞬兵?」
「だって、ここまで来たんだもの。そして、これから行くんだもの」
 瞬兵の視線の先には青い空が、そして星の海があった。

 * * *

 すさまじい打ち上げのG(それでも、少し前までの宇宙飛行士たちが耐えたものに比べればなんでもないということだったが)に耐えた後、瞬兵たちが見たのは、それはそれは素晴らしい景色だった。
「うわあ……!」
 誰もが目視窓にしがみついて、声もなかった。
 地球だ。
 青い青い、水の星の輝きだ。
 どこまでも広がる海、信じられないほど巨大な雲、大地の雄大なかがやき、夜の面に煌めく星々のような人家の灯り。
 何もかもが、美しかった。
 瞬兵と洋はもちろん、愛美も、まなぶたちも、バーンとスペリオンですらも、その輝きに見入っていた。
「あれが全部……人の生きてる世界なんだな……」
 洋もいつものクールさを少し忘れて、興奮した声を出した。
 教科書や動画で見るのとは全然違った。視界のすべてが、あの青い星なのだから。
「すごいね……」
 瞬兵にも洋にも、誰にも、国境などは見えなかった。
 ただ、地球だけがあった。
 どこまでも青く広がる、世界の輝きだけがあった。

 * * *

 月の裏側は、闇に覆われていた。
 比喩的な意味ではない。
 その向こうに見えるはずの星々も、足下に見えるはずの月の大地も、真っ黒な闇に沈み込んでいる。
「なんなの、これ……」
「ダークマターを観測!」
「いやいやお嬢、暗黒物質ってそういう意味とちゃうから!? あれは宇宙の総質量から見ていまだに計測されてない質量、別に真っ黒な物体やない」
「むしろ、極小のブラックホールに近い現象かもしれないワ」
 ロンロンはモニターを見ながらそう言った。
「赤外線、紫外線、可視光線、電波、……あらゆる波長の電磁波を吸収する空間よ。地球から見つけられないのも道理だワ~。むしろ、暗黒物質を相転移させることで、こういうフィールドを造れるってことかもしれないわネ。現代物理学がひっくり返るわヨ~。生きて帰れればだけど」
「戻ったらノーベル賞のメダルでオセロをしましょ」
 愛美は苦笑いをした。宇宙意識体と遭遇してからこっち、科学の常識はひっくり返ってばかりだ――それこそオセロのように。月の裏側にファンタジーみたいな闇が広がっていたって、もう驚くことではない。
 そして、その闇の中央に、鈍く輝く巨大な城があった。
 月の上空に城そのものが浮いているのである。
「時空城……」
「本当にあったのか」
 バーンとスペリオンが、ほぼ同時にそう言った。
 その名前は、愛美たちも知っている。聖勇者たちの古い伝説に伝わるという、グランダークの居城だ。永劫の闇に覆われ、人々を呪い続けるという虚無の城。
 かつてスペリオンが、そしてステラが囚われていた領域だ。
 虜囚であったスペリオン自身、自分たちがいた場所が時空城であるという確信を持てずにいた。グランダークの領域にいたときの記憶は悪夢に似ていたからだ。だが、時空城を外から見た今、ひどく認識ははっきりとした。間違いない。あの闇に沈んだ禍々しい城こそが、グランダークの領域、その中心なのだ。
「大質量物、転移してきます! 本艦と時空城の中間!」
「敵か!」
 闇が、蠢いた。
 空間がプラズマの紫の光を引いて巻き、収束する。
 その中央に、緑青の毒々しい光、蛍光色の粘液、おぞましい朱色のオーラをまとった、巨大な、モビィ・ディック以上に巨大な肉の塊が顕現する。
「グヘグヘグヘ……」
 その声は、直接彼らの耳に響いた。 
 世の美しいものを呪う声、世の正しいことを嗤う声。
「ガスト!」
「そ~だよぉ~~早く出てこいよ、聖勇者ぁ~!」
 その声は、彼らを挑発するものだった。
 もちろんそんなことは、愛美にもバーンたちにも、見通せることである。
「だが、選択肢はない。瞬兵!」
「うん! このままじゃ、モビィ・ディックがやられちゃう!」
「出撃後は、通信が阻害されて連絡不能になる可能性がある。その場合、モビィ・ディックは月軌道を周回、我々の帰還を待ってくれ。最悪の場合は、月重力圏を離脱してくれて構わない」
 そう言ったのは、スペリオンだった。どこまでも冷静な勇者なのだ。
「了解よ、スペリオン。でも、重力圏の離脱は最後の手段にさせてちょうだい。あなたたちを見捨てるのはごめんだし、一度離脱をかけたら、再度時空城にアプローチをかける推進剤が心許ないわ」
「わかっている」
「まずは、ガストに引導を渡すとしよう」
 バーンとスペリオンの言葉に、瞬兵と洋が揃ってふたりのコマンダーを構える。
「ブレイブチャ―――ジ!! バーンガーン!!」
「ファーヤーチャーージ!! マッハスペリオン!!」
 避けられない戦いの時だ。
 少年と勇者は、そのためにここまで来たのだから。
 
 * * *

「龍神合体! バーンガーン!!」
「鳳凰合体! マッハスペリオン!!」
 バーンガーンとマッハスペリオン、蒼と朱の勇者が、ガストの前にたちはだかる。
 だが、20メートルを超える聖勇者たちと比較しても、ガストはあまりにも巨大だった。
「グヘグヘッヘッヘッヘ……しばらくみねぇうちに、ちっさくなったんか? 聖勇者?」
 巨大なものは、その動きが鈍重に見えても、その末端の速度はむしろ小さいものより早い。
 それはガストも例外ではなかった。
「しぬえろぉぁーーーー!!」
 巨大なガストはとぐろに巻いた首をハンマーのように使い、バーンガーンとマッハスペリオンに攻撃を仕掛けてきた。
「は、早い!?」
「デカいだけじゃないのか!?」
 バーンガーンはもちろん、マッハスペリオンですら、回避するのが精一杯だった。それほどの速度だ。
「ガストめ……これだけの力を……!」
 ガストの全身から放たれた溶解液を、ふたりの聖勇者は必死に回避する。月の重力に引かれて溶解液が雨のようにゆっくりと落ちていく。
「パワーもスピードも向こうが上だ!」
「合体するぞ、瞬兵!」
「うん!」
 瞬兵と洋の決断は早かった。
 もちろんバーンガーンとマッハスペリオンに異存はない。
「「友情合体!! グレートバーンガーン!」」
 マッハスペリオンのパーツが炎となって分離し、バーンガーンの各部にビルドアップされていく。
 それはバーンガーンとマッハスペリオンの、そして瞬兵と洋の友情の力だ。
 その力は単に一足す一ではない。むしろ二乗。
 速度も、装甲も、パワーも、バーンガーンをはるかに上回る。
 だが!
 グレートバーンガーンが胸部から放った火焔、ハイパーフレイムバーストの一撃を、ガストは翼のはばたきで苦もなく消し去って見せた。
「どうしたどうしたァ!」
「バカな! これは……私の知っているガストと違う!」
 マッハスペリオンが戸惑いを見せた。
 ガストには、グレートバーンガーンと真っ向パワー勝負をするような力はなかったはずだ。むしろ奸智に長けた悪党のはずである。
「ガスト! 貴様、まさかセルツに改造されたのか!?」
「せるつぅ? ダレやぁ~?」
 デカガストはうつろな目でぬるぬると言い、口角からぶつぶつと泡を吐いた。
「ぶひゅ~ひゅ~ひゅ~ひゅ~! ごろず~! みんなぶちぶちにきって、べとべとにしたる~!!」
 そう言って首に腕に翼と、ガストはあらゆる部分を伸縮させ、グレートバーンガーンへと襲い掛かった。
「くっ!」
 黄金の翼を輝かせ、後退するグレートバーンガーン。だが、ガストの眉間に填まった紫色の宝石から放たれたビームが、聖勇者を追う。
「ギルティ! ギルディオン! おまえのせいやぁ~ ワシがこんなになったのも! カルラが取り込まれたんも! あの鎧ヤロウがデカい顔すんのも! オマエが全部ワルいんや!!」
「ガスト!?」
「アイツは最初っからワシらをダマしてたんや! 地球はええとこや! 星はいい感じで汚ねぇし、人の心もいい感じで汚れてる。なんで人間は自分のやってることに目を背け、ウソをつく! 汚いものを出してることを認めろや! 汚さから逃げた愚かな霊長類よ!」
 ガストの言葉は支離滅裂だった。
 あきらかにその正気を奪われている。
 憎悪に囚われたまま、ガストの口に巨大なエネルギーが収束を始めた。
「逃げて、グレートバーンガーン!」
「だめだ、瞬兵! 射線上にモビィ・ディックがいる! 今下がれば……!」
 グレートバーンガーンは全エネルギーを防御へと回すことを決めた。
(せめて、瞬兵と洋、スペリオンだけでも脱出させるべきか……!)
 彼が密かにそう決意したその時。
 ガストの口から、巨大な荷電粒子の嵐が放たれた。
 そのエネルギー量は、VARSの計算では、グレートバーンガーンの防御フィールドをも貫通するほどのものである。
 誰もが、次の瞬間に起きる悲劇を予感した。

 しかし、爆発も、爆炎も、何も現われなかった。
 ただ、ガストの放った光条が、消えたのだ。
「ぐえっ!?」
「ふむ。しょせんこんなものか」
 グレートバーンガーンの前に、光輝く巨人が立っていた。剣を手にした、光輝く巨人。
 鋭い瞳の輝きは、聖勇者とよく似ていた。
「遅かったな!」
「何をしていたんだ?」
 バーンとスペリオンは、その巨人を知っているようだった。
「遅れたことは私のミスだ。謝ろう。何分、ヤツラがつれてけとうるさくてな」
 光の巨人は苦笑したようだった。その表情を見て、瞬兵と洋は、この巨人にも自分やバーンたちと同じ“心”があるのだと感じた。
「お前たちには、もっと大きな役割がある。この程度の敵は私で充分だそこで見ていろ」
 巨人はそう言って、光の剣を構えた。
「そうか、バーン! 聖勇者なんだね!」
 瞬兵の言葉に応えるかのように、光の巨人は輝く剣を真一文字に構える。
「勇気の、そして、希望の源の少年よ、遅くなった! 我が名は正義の聖勇者ジャッジ! 醜悪の化身ガストよ! 我がさだめに従い……貴様をジャッジする」
 ジャッジの伸ばした左手から輝く帯が伸び、ガストの巨体を拘束した。
「ぐあぁ!! なんやぁ~~!!」
「醜悪、怠惰を好むのは貴様の勝手。だが、それを人類に強要することは……罪」
「きょうようなんぞしとらんわ!!」
「ほう? 勝手に人々をナマケさせたり、ごみを広げたり、それを人類が望んでいたとでも?」
「そうや、みんなおおよろこびやった!」
「否! 誰もそんなことを望んではいない!! 故に罪!」
 ジャッジの手にした剣が巨大化し、さらに光を増して行く。
「判は決した! 滅せよ!! 醜悪の化身!」
 ジャッジは肩ごしに太刀を構え、そして振り下ろす。
「ジャッジメントソード、法刃一閃!」
 光の刃は、ガストを両断した。
 炎の中に、醜悪の化身が包み込まれていく。
「なんぎゃ~~~~~!! わしゃなんもしてへんで!! ばぐやろご~~~!!」
「お前も犠牲者であることは、わかっている……」
 ジャッジの言葉には、怒りはなかった。
 むしろ、そのように産まれてしまったものへの悲しみがあった。
 怒りがあるとすれば、ガストを生み出し、操ったものへの怒りであろう。
 すなわち、グランダークへの。
 そしてそれは、ジャッジとともに戦うバーンガーンと瞬兵にとっても、同じことであった。
「行くぞ、時空城へ。残る聖勇者たちも集まってくるはずだ」
「ああ!」
 ジャッジの言葉に、グレートバーンガーンが唱和する。
 時空城へ!
 すべての宿命が集結する場所へと――!