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第十三話「勇気と希望」

 濃緑色の液体が、セルツの視界を満たしていた。
 悪の想念が形を取ったナイトメアといえども、物質世界に顕現している以上はその身体性から逃れることはできない。聖勇者たちの戦いで傷ついた彼の体を癒やすには、それなりのエネルギーと時間とが必要だった。
 それ故にセルツは自分のために造られた治療ポッドの中に身を沈め、沈思黙考の中にあったのである。
「お父様」
 液体の向こうから、カルラの声がした。
 どのような表情をしているのかは、ポッドの中からはうかがい知れない。
(聖勇者をコントロールするというのは、無理があったのかもしれんな)
 それはセルツの弱気というよりは、冷静な自己観察であった。彼には下等な生命体のように焦りのようなものはない。むしろプログラムのように、実行した結果を解析し、それを修正し実行するのみである。
 治療ポッドの液体が波を打って排出され、セルツの肉体を闇が凝った甲冑が覆う。兜の奥で、瞳が紅く光った。
「カルラか」
 カルラは傷つき、打ちひしがれていた。
 セルツの顔を見て安心したのだろうか。操り人形の糸が切れるように、くたっ、と床に倒れ込む。セルツの腕が、その体を優しく抱き上げた。あるいは、優しく見えた、といってもいい。
「私は、セルツ様のむすめ……」
 カルラの言葉はうわごとのようだった。その頭を、セルツの左手が撫でる。
「ああ……そうだ」
 鉄仮面の奥で、緋色の瞳が輝く。
「今治してやるぞ、私のかわいい娘」
 その言葉は、娘を案じる父のものとしか聞こえなかった。ナイトメアの否定する愛という感情を、あたかもセルツが持ち合わせているかのように。
「そして体が癒えたら、私の仇を討て。聖勇者を殺すのだ……」
 カルラを安全な場所へと運び終えると、セルツは再び待つことにした。その肉体はいまだ再生しきっていない。だが常に時はナイトメアの味方だ。彼らには無限の時間が存在するのだから……。

 * * *

 傷ついたバーンは、VARSの秘密基地で修理を続けていた。そのボディはあくまでトイロボのものだが、だからこそメンテナンスには精緻な集中力を必要とする。
 幸いなことに、バーンはそうした作業に理解があり、また協力的だった。彼からすれば原始的であろう地球のやり方を尊重し、自分のボディがどういう状況にあるかを逐一伝えてくれるのだ。
 瞬兵はそんなバーンを見守り、みずからもメンテナンスに協力していた。何しろ、最終的なバーンのシステム構築はハードウェアでもソフトウェアでも彼のカンが頼りなのだから。大人の技術者たちだけでは、わからないことが多すぎた。
(結局、瞬兵とバーンの絆こそが、最大の武器なのだ)
 それはVARSの大人たちの共通認識であった。

 * * *

 奮闘する瞬兵の背中を、洋とスペリオンはじっと見ていた。
 今さらのようだが、あの親友は、本当に楽しそうにVARSというメカニックに正面から取り組んでいく。愚直なまでに、相棒を信じる。それが瞬兵の強さなのだろう。
「カルラが聖勇者だってことは、いまの瞬兵には言えないな……」
 聞こえないほど小さな声で、洋はスペリオンに囁いた。
「情報共有をしなくてもいいのか?」
「いや、やめておこう。バーンが傷ついている今、瞬兵に余計な心労はかけたくない。あいつが戦えなくなるのは、困る」
「わかった」
 スペリオンは言葉少なにうなずいた。
 学校でカルラと交戦したことそのものは、もちろん報告してある。あくまで、ステラの正体だけを、今は隠す。
(たとえステラが聖勇者で……オレと同じようにナイトメアに操られているとしても……戦わなければ、ひどいことになってしまうんだ)

 * * *

 そんな中、アメリカのVARSから来た女、ロンロンはタンクトップに作業着といういかにもテックワーカーというファッションに身を包み、バーンのシステムに胸を躍らせていた。
「もともとおもちゃのくせに、バトルだけじゃなくて合体とか? アンビリーバボォなのよ、ユーたちは!」
 カタコトになっているのは、ノリである。
「どうなんですか、ロンロンさん。バーン、直りそう?」
「そりゃあね、原理的には」
「原理的?」
「テセウスの船って知ってる? 船の帆柱や舵輪や舵を新品に取り替え続けると、やがて元の船の部品はなくなってしまう。さて、それではすべての部品を取り替えた船は元のテセウスの船なのかしらん?」
「えっと……全部のパーツを取り替えたバーンも、元のバーンじゃなくなるかもしれないってこと?」
「そうなるかもしれないんで、慎重にやらなきゃいけない」
 ロンロンは大げさに肩をすくめた。アメリカ人がそうするように、というよりは、アメリカ人がそうであろう、と思われているパブリックイメージを演じるのが楽しい様子であるようだった。
「聖勇者の力でVARS形態からロボットに巨大化するでしょ? でも、ロボットからVARSに戻った時にも、戦闘時のダメージはVARSに残ってる。わかるよね?」
「はい。ボクがメンテナンスしてますから……」
「それがどういう理屈かはわかってないんだけど」
 ロンロンは忌々しそうだった。科学者の常で、自分が理解できないものがあると、それを解き明かしたくてジリジリしてしまうのだ。
「同じロジックで、VARSの関節や素材の強度もまた、ロボットになったバーンに反映されるって考えられないかな」
「バーンが頑丈になれば、バーンガーンも強くなる……」
「それでなくても度重なる戦闘で、バーンのフレームはガタガタだったからね。で、抜本的にテコをいれてみた。金属パーツを宇宙船用の特殊チタニウム合金にして、フレームのほとんどをカーボン化。民生用のABS樹脂だったパーツも、軍用グレードの強化プラスチックに換装」
「ほ、本当に別物だ……!」
 瞬兵は驚愕した。
「もちろん、電子部品や基礎的な設計はいじってない。そこをいじると何が起きるかわからないからね。でも、これで相当頑丈になったはずだよ」
「……大会には出られないか……」
 今さらではあるが、瞬兵はそれが残念だった。
「不満?」
「せっかくヒロが帰ってきたのに、決勝戦の続きが出来ないのが残念で」
「できるよ~」
 ロンロンは快活に笑った。
「平和を取り戻したら、いくらでもできるよ。平和になったら、すぐにバーンをただのオモチャに戻してあげるよ。それに」
「それに?」
「今回のバージョンアップでは、バーンとスペリオンの雪辱を果たしたいって気持ち、友達を大事に思う気持ちだって反映しているよ」
「えっ、それってハードウェア的になんとかなるものなの!?」
「乞うご期待」
 ロンロンはいたずらっぽく微笑み、それ以上のことは瞬兵にも教えてくれなかった。
 本来なら持ち主の自分を無視してそんなことをされたら怒ってしまいそうなものだが、不思議とその笑顔を見ていると、信頼して任せてしまおうと思わせるものが、この科学者にはあった。

 * * *

 そのバーンは、ゆるやかなまどろみのうちにあった。
 機械と精神生命体の境界にあるバーンは、眠りを必要としないし、夢を見ることはない。だが、そのコンピュータ・システムをVARSのメインフレームに接続している間、彼の意識は広大なネットワークに接続され、拡散していく。それは、瞬兵の見ている夢と同じようなものであるのかもしれない、とバーンは感じていた。
「……バーン」
 遠くから、あるいは彼の内側から声がした。懐かしい声だった。
 同じネットワークに接続されているスペリオンの声だ。当然ながら、その声は人間たちには感じ取れない。バーンとスペリオンの機体がデータ交換を行なっているとしか認識できないだろう。
「カルラのことか」
「ああ」
 ふたりの“会話”は厳密な意味で言葉を介したものではないが、人の言葉に起こすと、こういうことになる。それは、親友同士の、言葉少なに通じ合う触れあいのそれに似ている。
「カルラの記憶にはプロテクトがかけられている。それも機械的なものではなく、呪いに近いものだ。聖勇者の記憶に近づくことで、思考にジャミングがかけられるとみていい」
「だが、何故だ。人質であるならば、我々にカルラが聖勇者であることを告げなければ意味がない」
「――カルラの存在そのものが、グランダークの封印に関わっているのかもしれない」
「……ふむ」
 グランダークは完全にこの宇宙に顕現したわけではない。依然としてアスタルの及ぼした封印は健在である。アスタルの力は、グランダークが蘇った時の戦いで大きく減じているが、グランダークの存在そのものの重しとして、聖勇者は機能しているはずだ。
「聖勇者であるカルラをコントロールすることで、グランダークを完全に蘇らせようとしている……ありえるな」
「ああ。セルツがオレと洋を乗っ取ったのも、同じ理由だろう……だが、気になっているのはそれだけではない」
「? どういうことだ、スペリオン」
「………………」
 スペリオンは、思考フローの中で一拍を置いた。慎重に演算を繰り返し、出力するデータを吟味しているのだ。
「ステラにはあれだけの強度のプロテクトを施し、別の記憶をすり込み、セルツが父親として振る舞うことまでした……だが、オレと洋は洗脳されたわけですらない」
「……ギルディオンとギルティは、おまえたちを乗っ取ったナイトメアではなかったのか?」
「そうだ」
 スペリオンの言葉は短いが、臓腑から絞り出されたような痛切さがあった――人間風にいえばそうなるだろう。
「あれはセルツの与えたリングによって増幅され、オレたちに憑依した心の暗黒面――絶望の罪が形をとったものだ。他者ではなく、オレたちの中にあったものにすぎない。今も、オレの中にはギルディオンがいる」
「………………」
 バーンは、スペリオンにかける言葉を持たなかった。
 聖勇者は本来、善そのものである存在だ。だが、物質の世界に顕現した時、その心には悪の側面が生まれるということなのだろう。バーンはそれを責めようとは思わない。自分とて、瞬兵を失うようなことがあれば、どれほどの絶望を感じ、どれだけの憎悪を抱くか、想像するうことしかできないからだ。
 だからこそ、その闇に屈してしまったことは、親友にとって最大の恥辱であろう。
 それを慰めるような言葉は、戦士にはいらない。
 ただ、沈黙のみが答えであり、優しさだった。
 バーンにとってスペリオンは、瞬兵にとっての洋がそうであるように、莫逆の友であるのだから。

 * * *

 夕陽が沈み始め、そろそろ大人たちが瞬兵と洋を帰宅させようと考え始めた頃。
 サイレンが鳴り響き、緊急を示すライトが真っ赤に光った。
「敵襲!?」
 瞬兵と洋は同時に跳ね起きた。
 ナイトメアがまた動き出したのだ。
「姉ちゃん! バーンは出撃できるの!?」
「もちろんよ」
 愛美は微笑んで、サムズアップした。傍らのロンロンも一緒だ。
「メンテナンスだけじゃない。パワーアップもしたって言ったでしょ? さっき言った通り、バーンはピカピカの新品さ」
「それじゃあ!」
「ああ、行こうぜ、瞬兵!」
 ふたりは走り出した。
 いよいよ、瞬兵と洋、バーンとスペリオンが肩を並べて戦う時がやってきたのだ。

 * * *

 海浜ドームの周囲は、炎に包まれていた。
 カルラの〈カリスト〉と、彼女に率いられたナイトメアのロボット軍団が、都市を無差別爆撃していたのだ。
「さぁ、出ておいで、聖勇者ども! さもなくば……!」
 もちろんそんな言葉は必要のないものだった。
 蒼い雷鳴と真紅の炎。
 バーンガーンとマッハスペリオンの二機が、ドームから出撃してきたからだ。
「来たか、聖勇者バーン!」
 カルラの火線が、バーンガーンに迫る。その攻撃を、バーンガーンは重装甲で真っ向から受け止め、眼下の街の盾となった。
「すごい! ビクともしないや!」
 バーンガーンの内部で、瞬兵は目を丸くした。姉とロンロンによるチューンナップは、彼の予想以上の効果を発揮していた。
「ああ、これなら行けるぞ、瞬兵!」
「うん! やろう、バーン!」
 その言葉に応え、バーンガーンが身構える。今度は反撃の番だ。
「スパークキャノン!」
「マッハショット!」
 雷鳴と砲弾が夕闇を切り裂いた。その一撃一撃が、巨大な戦艦をも吹き飛ばすだけの威力だ。
 だが、カルラの〈カリスト〉を包む漆黒のオーラは、それらの攻撃をものともしなかった。まるで宵闇に懐中電灯の光がかき消されるように、スパークキャノンとマッハショットの威力が吸い込まれてしまったのだ。
「気をつけて、バーン! これまでの〈カリスト〉と違うよ!」
 瞬兵は即座に判断を下した。そして敵を侮るようなこともなかった。彼は歴戦の戦士ではなかったが、歴戦のゲーマーであったからだ。状況判断は何よりも大切で、バーンを支えるために必要なものだった。
「このアタシが、地獄へ叩き落としてあげるわ!!」
 〈カリスト〉の火力は圧倒的だった。巨大な黒鳥が翼を広げ、羽根をまき散らすように、ビームとミサイルの嵐がバーンガーンとマッハスペリオンに襲い掛かる。一撃一撃は装甲を貫通することはなくても、街を守り、回避出来ない二機に取っては波状攻撃は十分な脅威であった。装甲の隙間に、関節部に、じわじわとだが火箭は突き刺さり、二機の戦闘力を奪っていく。
「クッ…! なんてパワーなんだ…」
「怒りだ……カルラの怒りと絶望が、強大な破壊の力を与えているんだ」
「セルツめ……どんな記憶をカルラに植え付けたというんだ!?」

 * * *

 炎が唸り、衝撃が響く。
 それは絶対障壁に守られた瞬兵と洋にすら伝わってきた。
「このままじゃまずいよ、ヒロ! バーンガーンとマッハスペリオンの最大火力で……」
「ダメだ!」
「えっ」
 いつになく洋の語気は荒かった。
「二人にカルラは倒せない」
「どうして……!?」
「………………」
 洋は少し沈黙し、ややあって口を開いた。
「カルラは聖勇者……バーンやマッハスペリオンと同じ存在だ」
「えっ!?」
 一拍おいて、瞬兵は洋の言葉の意味を理解した。
「じゃあ、ヒロやスペリオンと同じに、操られてるの!?」
「そう思ってくれていい……」
 洋は自分が結局今その事実を語っているのなら、出撃前に語っておくべきだったか、と歯がみをした。だが、どちらであれ、起きた事態に変わりは無かっただろう。瞬兵がためらわず出撃してくれたことで、街の被害が少なくなったと考えるしかない。
(どうする……オレはどうするべきなんだ……!?)

 * * *

「フフフフ……見事だカルラ……我が娘よ……」
 突然、暗い曇天の空を破って、禍々しい声が戦場に響いた。それは音声としても、通信波としても、人の耳と機械の耳とに平等に聞こえてきた。世を呪う者だけが発する、深淵からの呼び声だった。
 雲間に映し出されるのは、甲冑姿のセルツの姿。
「聖勇者はカルラ、汝の討つべき仇だ。倒せば、その痛みはすべて消える」
「セルツ! 貴様、カルラを惑わせて……!」
 怒るバーンガーンの叫びは、虚空に空しく吸い込まれる。
「カタキ………聖勇者はカタキ!!」
 カルラの絶叫、そのうめきと共に、黒いオーラは増大を続けて行く。オーラの闇は〈カリスト〉に従うロボット部隊をも飲み込み、その威力を増大させていた。
「カルラ……いや、ステラ!」
 だが、バーンガーンは彼女を救うことを諦めない。
 なぜならバーンは聖勇者であるからだ。
 絶望の中でこそ、輝く勇気。瞬兵の与えてくれる勇気が、被弾したバーンの回路に光を灯す。
「キミは聖勇者! アスタルの眷族なんだ!」
「ステラ! 騙されるな! オレたちは、この宇宙の未来のために戦ってきただろう!」
 マッハスペリオンも唱和する。
 ふたりにとって、カルラはかけがえのない仲間だ。伸ばした手を引っ込めるようなことはしない。決して。
 だが、手が伸ばされ、言葉が紡がれても、届かないことはある。
 〈カリスト〉を包み込んだ漆黒のオーラは暗黒の炎そのもののエネルギーとなって噴出し、カルラのシルエットの姿を取る。その噴出は雷鳴を呼び起こし、空を禍々しい雲が覆う。
「聖勇者は……死ね!」
 カルラの絶叫とともに、雷鳴が奔った。
 漆黒の稲妻が大気を引き裂き、プラズマの帯を描く。
「やめろ! カルラ……!」
 その電撃は、バーンガーンを叩き、マッハスペリオンを灼いた。もはやそのパワーは、聖勇者二機を同時に相手どっても、まったく引くものではない。
 それでも、洋は叫んだ。
 彼女の苦しみは自分の苦しみだ。かつてギルティに墜とされていた時に自分の魂が上げたのと同じ悲鳴を、眼前の少女が上げていることを、洋は理解していた。
「今のお前は、セルツが生み出した記憶に、ニセの人格に支配されてるだけだ!」
「黙れ、ギルティ!」
「オレとお前は同じなんだ! グランダークの操り人形になるな! この世界を呪うだけの存在に――! おまえは、おまえだ!」
「黙れぇえええええええっっ!」
 〈カリスト〉から闇が噴出した。

 * * *

「ボソンとフェルミオンを感知!」
「空間湾曲や! アネゴ! まずいで! あの黒いモヤモヤは、ブラックホールみたいな重力の歪みや!」
「あの向こうから何か出てくるってことか……」
 司令室で、愛美は歯がみをしていた。
 敵はこれまでのように、単なる破壊ロボットではない。
 もっと超常的な何か、聖勇者が戦っている悪の根源そのものなのだ、と今さらのように実感していた。
「それだけやあらへんで! 空間湾曲がこのまま増大したら、海浜市は木っ端微塵や! 避難民のシェルターなんか潰されてまうで!」
「…………!」
『セルツだ』
 そう言ったのは、モニターの中のバーンガーンだった。
 苦しみながらも、データを転送してきているのだ。
「大幹部の!? でも、セルツはあんたたちが倒したはずじゃ……!」
『間違いない。あの闇からはセルツと同じ波動を感じる。ヤツはカルラを媒介にして、この次元宇宙に帰還しようとしている』
「だとしたら……」
 愛美は慄然とした。
(あのシステムはぶっつけ本番で使っていいものじゃない……! プロトタイプもいいところ、試験も何もしてないヤツだ。せめて三日、いいえ、一日待ってくれれば、こんな状況で試さずに済むのに……けど……)
 司令官はいつも孤独なものだ。正解のないテスト、多数の人命のかかっている意地悪な試問に、適切な情報もないまま即答せねばならない。今の愛美がまさにそれだった。

 * * *

「あの人……泣いてるの……!?」
 瞬兵には、その黒いカルラのオーラが、悲しんでいると見えた。
 みずからの魂を削り、絶望する、そんな叫びだ。
(あの人を、助けなくちゃ)
 瞬兵にも、彼女のことをバーンや洋たちが隠していた理由の察しはつく。少し前の自分なら、戸惑って戦えなかったかもしれない。
 でも、今は違う。
 今は戦う勇気がある。戦わなければならない道理がある。
 それが、瞬兵がバーンガーンの中にいる理由、ともに戦う理由なのだから。

 * * *

 海浜ドームのハッチが開き、〈モビィ・ディック〉の巨体がゆっくりとリフトジェットで浮上していく。
 その環境では、まさるが悲鳴を上げる計器と格闘していた。
「姉御! どうにか行けまっせ!」
「みんな行くよ! バーンガーンたちを援護するんだ! 高出力エネルギー砲、発射準備!」
「無茶言わんといてください! ロボットアニメちゃうねんや、そんなスクランブルしてすぐにブッ放せるような主砲ちゃいますねん!」
「なぁにぃ!? ここでやらずしていつやんのよ!」
「精神論で機械は動きませんわ!」
「ぐぅぬぅ~」
 いかに無茶な愛美とて、まさるの正論を受け入れざるを得なかった。主機の出力が上がりきらないうちに主砲を発射すれば、エンジンごと吹っ飛びかねない。高価かつ無意味な光のスペクタクルになってしまう。
 だが、目の前ではバーンガーンとマッハスペリオンが追い込まれていた。そして漆黒のゲートは今まさに開こうとしている。状況はギリギリであることは間違いない。
『お困りのようねぇ』
 モニターに大写しになったのはロンロンだった。
「ロンロン!? 今、あんたに構ってる場合じゃないんだけど。つうかどこにいるの!? モビィ・ディックに乗ってると思ってたんだけど……」
『あ~まだシークレットベースにいるよ~。ね、主砲が無理でも、デッカい花火なら用意できそうよ』
「花火?」
 愛美はロンロンの言葉の意味を図りかねた。
「あんたもエンジニアなら、もっとはっきり物を言いなさいよ」
『Surface-To-Air Missile』
 流暢なネイティブの発音で、ロンロンはさらっとそう言った。
「は?」
『略してSAM。日本語に訳すと地対空ミサイル』
「そんなもんどこにあったのよ!?」
『本社の防衛軍向け倉庫からちょこっと』
 ちょこっと、で済む問題ではない。軍需物資の横流しである。いったいどう長介に言い訳すればいいのか、と愛美は内心で頭を抱えたが、背に腹は代えられない。なにしろ緊急事態なのだ。
『じゃあ30秒ほど待ってね~』
「30秒!?」
 愛美はロンロンの言葉の意味を察した。そして、海浜ドームとカルラの射線上には、〈モビィ・ディック〉の巨体がある。
「まさる、急速回頭!」
「やってます!」
『みんなうまいこと逃げてねぇ~! 5! 4! 3! 2! 1!』
「後で海に投げ落とす!」

『FIRE』

 “テキサスの爆弾娘(ボンバーガール)”ことロンロンが静かに告げると同時に、海浜ドームから無数のミサイルが発射された。どうやって持ち込んだのかは、まったくの謎である。
(この女、エンジニアになってなかったら稀代のテロリストになってたに違いない……)
 愛美はそう確信し、以後は核弾頭並みに危険なものとして扱うようスタッフに徹底しようと心に誓った。
「!」
 “花火”の嵐が、カルラの〈カリスト〉に殺到し、爆発の炎を上げる。
 もちろん、爆発で航空機の外郭に穴を開け撃墜するための兵器であるSAMの爆発で、巨大戦闘ロボットを破壊することはできない。だが、無数の爆発はカルラの虚を突き、バーンガーンとマッハスペリオンが脱出する隙を作るには充分だった。

 * * *

「危なかった!」
「ああ……今のカルラは普通じゃない」
 瞬兵と洋は息をついた。
 バーンガーンとマッハスペリオンは間合いを取り、改めて戦いの構えを取る。少しでも市街地から引き離しつつ、だ。
 だが、ふたりの表情は暗かった。
 目の前のカルラのオーラは、いささかも衰える様子がなかったからだ。いや、それどころか空間湾曲はさらに増大を続けている。一刻の猶予もならない。今や、この街のすべては、セルツが復活するための生贄なのだ。
「カルラは完全に闇の力に支配されている……」
「倒すしか、ない……か」
「ダメだよ!」
 瞬兵は反射的に叫んだ。
「だが、瞬兵」
「諦めちゃダメだ、バーン!」
 瞬兵の瞳は、しっかりとカルラを見据えていた。
「カルラはバーンとスペリオンの仲間なんでしょ!? だったら助けないと! あの人は、助けを求めて叫んでいるんだ。だから……!」
「瞬兵」
「バーンは、勇気の聖勇者なんだ。そうでしょ?」
「そうだ」
 バーンガーンのカメラアイに、光が灯る。
『だったら、あたしにも手を貸させてもらうわ』
「姉ちゃん!?」
『バーンガーンとマッハスペリオン、二機に仕込んだ最後のシステムを使う。そうしなけりゃ、カルラを覆ってる闇のオーラを突破できやしない』
「最後のシステムって……まさか」
 二機の改造プランを見ていた瞬兵には、ある程度のアタリはついていた。追加されたジョイント。強化された関節部。増設されたメモリとそれに伴って拡張された制御プログラム。それらはすべて、単にバーンガーンたちの戦闘力を増大させるだけのものではない。
 もっと別の……
『バーンブレスにキーワードを転送したから、それを読み上げて! あんたと洋の声紋が、プロテクトを外すキーになってる』
「コレが?」
「キーワード?」
 姉の言葉に従い、ふたりがキーワードを見る。
「え~~っ!! カッコ悪いよォ……」
「これ、本当に読み上げるんですか」
 そこに表示されたキーワードは、なかなかに羞恥心をそそるものだった。思春期のとばぐちにさしかかった少年たちには、ちょっと読み上げることがはばかられるものである。
『シャラーーップ! グズグズしてると地球が滅びちゃうよ! 男だったらバシッと、覚悟を決めなさい!』
「いや、イマドキ男だったら、はないでしょ」
『そこじゃない! やるのよ!』
 愛美は完全にロボオタの眼になっていた。瞬兵はこうなった時の姉が言うことを聞かないことをよく知っていた。
 それに何より、キーワードの趣味について議論している場合なんかじゃない。
 目の前にいるのは、危機に陥ったもうひとりの聖勇者、そして脅威にさらされる街の人々だ。
 ふたりはそれぞれのコントローラーを手にした。
 姉の言葉ではないが、やるしかないのだ。
「行くよ! バーン!」
「行くぞ! スペリオン!」
 少年たちのふたつの声がひとつに唱和する。

「友情合体!」

 言葉にしてみれば陳腐なものだったかもしれないが、そこに込められた想いは本物だ。バーンガーンがカルラを思う気持ち、瞬兵と洋が互いを思う気持ち。
 それは力だった。
 言葉は力であり、力は勇気だった。
 そこに乗せられた熱い想いが、誰かのために祈られる純粋な希望が、光となる。
「ブレイブッ!」
「ファイヤー!」
「チャーージッ!」
 バーンガーンとマッハスペリオンの声もまた、唱和した。
 二機の聖勇者は、天へと舞い上がる。勇気と希望、そのふたつの力を背中に乗せて、雲を貫き駆け上がる。
 マッハスペリオンの五体が分割され、装甲パーツへと変形していく。
 それは紅蓮の流星となり、バーンガーンの四肢を覆っていく。
 友情が形を取った、装甲。
 あるいは大いなる勇気と希望の聖勇者。
「グレートバーンガーン!!」
 青と赤の輝きをまとい、光輝く黄金の翼を背負って、グレートバーンガーンは暗雲を切り裂き、カルラを見下ろしている。
「これが、グレートバーンガーン……!」
「大いなる力だ……大いなる力が、私の中に満ちてくる……」
 瞬兵も、バーンも、その力に驚愕していた。
 ふたりの聖勇者がひとつになることなど、バーンの知らない力であったからだ。
「どんなまやかしをなそうとも!」
 カルラの〈カリスト〉が吶喊する。
 そのオーラは巨大な漆黒の爪を形成し、グレートバーンガーン目がけて振り下ろされた。
 だが、その爪はグレートバーンガーンの光にはじき返される。
「ムダだっ! カルラ……今のおまえには、私を、私たちを倒すことはできん!」
「バーンガーン!」
「これが、勇気と希望の力だ!」
 バーンガーンの言葉には、もはや迷いはなかった。
 カルラを闇の中から救い出す、その意志だけがあった。
「行くぞ、バーンガーン!」
 スペリオンの炎が、グレートバーンガーンにまといつく。
「闇に落ちたオレに、その資格はないかもしれん」
 その炎は、巨大な剣を形成していく。
 そう、マッハスペリオンは装甲へと変形するだけではない。そのシステムは、グレートバーンガーンの武器へと変わるものでもある。闇を払い、光を呼び起こすための武器。憎しみを打ち倒すための、宇宙で唯一の武器だ。
「フェニックスブレード!」
 巨大な剣が、グレートバーンガーンの手に握られる。
 その光は、暗い雲を打ち払い、恐怖する人々にまるで太陽の輝きのように見えた。
「不死鳥の……」
「剣!」
 瞬兵と洋も、その光に震える。
 それは、ふたりが生み出したもの、そしてバーンガーンとマッハスペリオンの魂がひとつとなったもの。
 かつて闇に堕ちたスペリオン同様の境遇にあるカルラを救うための、希望の力。
「うおおおおおおおおおおおおおっっっ!」
 黄金の光の粒子を引いて、グレートバーンガーンが突進する。
 大上段に構えるのは、紅く輝くフェニックスブレード。
「カルラ……いや、ステラを取り込みし嫉妬と羨望の怨念よ! いまこそ、その闇の鎖、意志をこの剣で断つ!!」
 掲げた刀身に稲妻が走る。その煌めきが、闇を切り裂く。
「フェニックスブレ―――ド!!!」
 振り下ろされた刃は、歪んだ空間ごと、怨念と嫉妬の炎ごと、〈カリスト〉を真っ二つに両断した。
 そして――

 * * *

 砂浜に、カルラは横たえられていた。
 はかなく、美しい人だ、と瞬兵は感じていた。
 そのカルラを、洋は必死に抱き起こしている。
 もう少しで、VARSの救急隊が来るはずだ。もう敵の反応はない。空間湾曲も消滅した。街は、人々は救われたのだ。
「うっ……ヒロ……?」
 カルラはゆっくりと体を起こして、洋の頬を撫でた。
「そこに……いるの?」
 もう、目が見えていないのだろう。
「ステラ……! 動いたらダメだ!!」
「ヒロ……スペリオン……ゴメンね。アンタたちの言葉、わかってたのに……信じられなくて……」
 カルラは、一言一言を、絞り出すように紡いだ。
「自分の記憶を否定したら、今までのアタシを否定するような気がして、つまらない意地を張っちゃった。聖勇者のくせに……バカだよね」
「違う」
 そう言ったのは、ふたりを見下ろしているマッハスペリオンだ。
「それは、ナイトメアに支配された意識によるものだ。記憶は自我を形成する……その記憶を否定することは自我の否定だ。受肉した聖勇者ならば、自我を守りたいと思う。セルツは、そこにつけ込んだんだ。ステラ、お前は悪くない」
 その言葉は、優しかった。どこまでもマッハスペリオンは希望の聖勇者なのだ。
「そうだ! そうだよ……なのに、オレたちはステラを助けられなかった……!」
 洋は自分が涙を流していることに気が付いた。そして、らしからぬその涙に、慌てた。それは子供が流す涙ではなく、もっと大人の流す、熱く、哀しい涙だった。
 ステラの指が、その涙をぬぐう。
「ありがとう、ヒロ……」
「ステラ!」
「そんなことはないよ……そんなことはない……あなたたちが勇気と希望を示してくれたから、私の意識はグランダークから解放された……聖勇者は死んだりなんかしない。意識が宇宙(そら)へ昇華されるだけ……だから、また会えるよ」
 微笑むステラの漆黒に覆われた体が、徐々に純白の天使の姿へと変わっていく。それがきっと、本当の彼女の姿、“純真”を司る聖勇者としてのものなのだろう。
 そして、その姿はだんだんと透き通り、光へと還元されていく。いつの間にか昇っていた、月と、夜の星々のように。
「バーンガーン……」
「瞬兵、私たちには何もできない」
 バーンガーンは優しく、そして寂しそうに首を振った。
「見守ってやってくれ。あれが、ステラという聖勇者なんだ」
「うん……」
 瞬兵は見ていた。
 少女が光に還元されていくのを。
 光が、帯になって、星空へと伸びていくのを。
 それは狼煙だった。
 ひとりの聖勇者は星の世界へと帰り、聖勇者が、勇気と希望と純真とが健在であることをここに示した。
 それは始まりなのだ。
 勇者聖戦の。

 * * *

「カルラが昇華しただと……?」
 闇黒の玉座に座すグランダークは、セルツの言葉にいぶかしげな答えを返した。
 その眼前にひざまずくセルツの甲冑は、すでに完全に修復されている。
「それで……貴様は蘇ってここにいる。何故だ? 海浜市のゲートは消滅したのではないのか?」
「カルラのゲートは外ではなく内に開かれました。グレートバーンガーンとやらがカルラを打ち倒した時、あれの中にあったダークマターは凝縮し、私に注ぎ込まれたのです」
「何もかもお前の筋書き通りというわけか」
 グランダークは不愉快そうだった。
 世界の悪の想念が形を成したこの魔神が、愉快などという感情を抱くこともなかったが。
「筋書きなど……滅相もありません。すべてはグランダーク様の大望成就のため」
「まあよいわ。聖勇者の一柱がこの世から消えたとなれば、もはやアスタルには我を封印する力はない……バーンガーンの善意なるものが、聖勇者の墓穴を掘ったのだ」
 グランダークは鷹揚そうな表情を作った。それは寛容さというより、道具にすぎないセルツが何をしようと自分には関わりないという傲慢さの表われだった。
「時空城は? 完成したのか?」
「城の完成も最終段階です。ほどなく、よきお知らせができるかと……」
「急ぐのだ、時空転移が可能となれば、我は死すら超越する」
 グランダークは恍惚の表情を浮かべていた。彼の望みは永劫の支配。宇宙の開闢と終焉の連鎖さえも超えて、存在し続け、万物を呪い続けること。それこそがグランダークの望みだった。彼はこの宇宙に刻まれた呪詛そのもの、怨恨の最初の結び目であったからだ。あらゆる悪意はグランダークから始まり、そしてグランダークに帰結する。彼が永劫に存在し続けることになれば、あらゆる宇宙は、ただ悲しみだけに覆われることになるだろう。
「セルツよ……残る聖勇者を……グレートバーンガーンを倒せ! 我が復活を確たるものにするのだ!」
「ハッ」
 グランダークは満足げに闇に消えていった。

 * * *

(セルツの奴、やはりなんかかくしてんだな)
 ガストはグランダークの広間の影に身を潜め、セルツの動向を見ていた。そして不満げに――なぜなら彼が満足することはなかったから――その場をぶつぶつつぶやきながら立ち去って行った。
「カルラはこっちの手の内にさえあればよかったはずなんだな……殺す必要はなかったんや。殺すんなら、最初に殺せばよかったもんな……それなのに、わざわざグレートバーンガーンにけしかけて消滅させた……これは、何かあるよな……突き止めないとなぁ……」
 そのガストの首筋に、白銀の刃が突き立てられた。
「意外だったよ」
「!」
 刃の主は明確だった。
 つい先ほどまで、玉座に傅いていたはずの男だ。
「ここまで生き残ったのはその疑い深さあってということか。褒めてやろう、ガスト」
 漆黒の血がしぶき、どさり、とガストの醜い姿が広間の黒い石の上に叩き付けられた。まるで踊りを終えた操り人形が崩れ落ちるように。
「ちょうどいい。お前も利用させてもらうぞ……」