novel

第十一話「復活のスペリオン」


「お姉ちゃん! ヒロは? ヒロはどこへいったの!?」
 戦いの後、瞬兵が最初に気にしたのはもちろん洋のことだった。
 言うまでもない。
「病院よ」
 姉、愛美は事後処理のためにVARS基地のキーボードを叩きながら、振り返らず答えた。冷酷なわけではない。今回の戦いはあまりにも規模が大きすぎたため、愛美が処理しなければならない事項が多すぎるのである。そのひとつひとつに、たくさんの人の人生がかかっているのだ。弟にだけいい顔をすることはできない。
「あれだけのダメージを受けたんだ。集中治療するのが当然でしょ?」
「大丈夫なの!?」
「大丈夫だと思うわよ……まだ断定はできないけど」
 姉の言葉には、エンジニアらしい慎重さがあった。何しろ、人類で初めて異種知性体によって拉致された少年なのだ。
「洋はスペリオンに守られてたから、外的な負傷はないみたい。多少、衰弱はしてるけど、栄養的なものだそうよ。ただ……精密検査の必要はあるし、スペリオンのことも調べなくちゃいけないから、VARS USAが収容したわ」
「えーー!? あのVARS USAですか!?」
 忙しそうに走り回っていたさとるがその言葉を聞いて立ち止まった。
「そ。アイツがどーしてもって言うからさ。まぁ、技術も知識も間違いないし……」
「アイツって、姉ちゃんの友達の?」
 VARSのアメリカ支局に姉の友達がいるという話は、瞬兵も聞いていた。確か、彼女も一目置く科学者だ。
「そ。C-Naジャパンのラボには任せたくなかったんだもの。だから大丈夫よ。信頼できるスタッフだから」
「……わかった」
 不安がなかったわけではない。
 でも、今はヒロが帰ってきたことを喜ぼうと思った。
 目の前の事象の中から、よい所を見つけて素直に切り替えることができるのは、瞬兵の美点のひとつなのだ。

 * * *

「私とマナミさんが捕まってた島って、宇宙開発事業団の土地なんだって」
 海を見ながら、菜々子はそう呟いた。
 あの戦いから一夜明けた、昼下がりのことだった。
 目の前に広がるコバルトブルーの海はどこまでも綺麗で、地球が侵略されていることなど微塵も感じさせることはなかった。
「宇宙開発事業団……って、マサトさんがいた……?」
「あの時……お兄ちゃんが、帰ってきたのかと思った」
「ナナコ……」
 瞬兵は菜々子がどれだけ深く傷ついたかを改めて悟らされた。
 遺体のない葬儀で、どれだけ菜々子が悲しみをこらえていたか、よく覚えている。
 だから、兄の姿を模したギルティの行為は、少女の魂を深く、深く傷つけたのだ。
「だって、ずっと信じてたんだもん! ……お兄ちゃんは、宇宙で死んでなんかいないって! 帰って来るのが、少し遅れてるだけなんだって!! ……だから、すっごくうれしかったのに……」
 菜々子の瞳から、涙がこぼれた。これまで抑え込んでいた感情と一緒に。
「お兄ちゃんのフリして、私のことだますなんて! ひどいよ、ヒロ……!!」
 菜々子はその場にペタリと座り込んだ。
「ナナコ……!」
 彼女が洋を憎むのは当然だと思えた。
 あれは悪い宇宙人に取り付かれていたのだ、という説明では、納得できないだろう。それほどに、ギルティの行為は残酷だった。
 けれど。
 菜々子が洋を憎み続けることなど、瞬兵には耐えられるものではない。
 だから、こう続けたのだ。
「ねえ、ナナコ……。今すぐじゃなくていいから、いつか……ヒロを許してあげて」
 けれど、菜々子は激しく首を横に振った。
「イヤ! 絶対にイヤッ!!」
「!」
 瞬兵はその迫力に気圧された。
 それは、瞬兵がまだ知らない、むき出しの怒りだった。どうしようもなく傷つけられた人間が放つ怒気だった。
「ヒロを許すなんて、今は絶対にできないし、先のことなんて知らない!!」
 だから、駆け去って行く菜々子を、瞬兵は追えなかった。追ったところで何を言えばいいかわからなかった。
「ヒロもシュンペイも、大っキライ!」
「ナナコ……」
 瞬兵はようやく、戦うということがどういうことで、それが人の心にどういう傷をもたらすかを理解しつつあった。

 * * *

 一方。
 他ならぬその“傷”をもたらしたグランダークの居城。
 冷え冷えと果てしなく広大な玉座の間に、魔人が傅いていた。
 セルツ・バッハである。
「ただ今戻りました、グランダーク様」
「うむ……収穫はあったようだな?」
「は……ギルティを引き出した際に得たデータでは、アスタルのほどこした封印の鍵は、聖勇者バーンと奴の勇気の源に……」
「聖勇者の……勇気の源……?」
 それはグランダーク自身にも聞き慣れぬ言葉であるようだった。聖勇者が物質的な形を取って顕現していること自体が、グランダークもまだ知らぬ奇蹟に属する行為であったからだ。
「セリザワシュンペイという、人間の少年です……」
「それで……? 他にも、何かつかんだのか?」
「いえ……子細には依然、これからの検証が必要かと」
 セルツ・バッハもまた、愛美がそうしたように、慎重に言葉を選んだ。彼らもまた形を持つがゆえに、言葉に束縛される存在であった。たとえ主人と使徒という関係であっても、互いの心を読み取り、理解し合うことはできないのである。
 理解し合うという概念そのものが、彼らの憎悪するものであることもまた確かであったが――
「そうか。もう下がってよいぞ」
「はっ……」
 一礼すると、セルツ・バッハは闇に消えた。
 後に残った沈黙を、グランダークの独白が圧する。
「……セルツめ…………」
 その言葉を聞いた者は、誰もいなかった。

 * * *

 その、長い回廊。
 純白の甲冑を纏ったセルツ・バッハは悠然と歩んで行く。
 そこには白、という色彩の持つ気高さのようなものは感じられない。ただ死蝋の冷たさがあるのみである。
 どこまでも続く、静謐な死の気配――
 それがセルツ・バッハという魔人が体現するものであった。
 その彼を待っていた人影がある。
 黒い翼をし、青ざめた肌を持つ少女の姿をした今ひとりの魔人。
「お父様……」
 彼女はセルツをそう呼んだ。
「……カルラか。ここではその呼び方で呼ぶな……と、言ってあるはずだ」
「も、申し訳ありません。セルツ様……」
「……それでいい」
「ギルティがセルツ様だと、気づかなかったとは……。私は、まだまだ未熟者です」
「気づかなくて当然だ。ヒロと私は、完璧に融合していたのだからな」
 セルツの言葉は、どこまでも冷ややかだった。夜の砂がそうであるように、温かみの欠片もない声だった。
「用はそれだけか……?」
「…………はい」
「そうか……」
 それだけ言うと、セルツ・バッハはもはやカルラなどそこにいないかのように、また悠然と歩き出した。
「出撃なさるのですか?」
「検証しなければならないことがあるからな……」
 カルラはただ、その背中を見送るのみである。
「お気をつけて、お父様……」
 そしてまた、カルラも回廊の虚空へと跳躍し、姿を消した。
 ――後に残されたのは、無明の闇。
 その闇が、蠢いた。
 虚無の空間と思われていたそこに、口が開き、血走った瞳が覗く。
 ガストである。
「ビックリしたなぁ…あの小僧がセルツだったとは…」
 ガストは獣のように飛び出た目玉をギョロつかせて、しばし考え込んでいるような顔をした。
「そうだな…兄ちゃんの言う通りぢゃ。きっと、セルツはあの小僧から何かを盗んだんだな」
 ガストは誰かの声を聞いているようだった。
 彼のかつてあった今ひとつの“頭”。それはガストが兄と呼ぶ存在、“ゴーダ”である。彼は今も、そこにいないゴーダの声を聞いているのだ。少なくとも、ガスト自身はそう信じていた。
「ん。わがってる。すぐに手を打つんだわさ。兄ちゃん」
 その瞳から妖しい光を放ってそう言い残すと、ガストは闇に消えていった。

 * * *

 翌朝。
 瞬兵は学校に向かう前に、早い朝食を済ませるとVARSの秘密基地を訪れていた。バーンを検査したい、とまさるに頼まれたからである。
「ねえ、まさるさん。バーンもそうだけど、サポートメカの三匹は大丈夫なの?」
「アイツらは……正直わからん」
 まさるはボリボリと頭を掻いた。徹夜明けであるようだった。
「なにせ、あんなことになるとはワシにも予測できんかったからな」
「そんな、エライことだったの?」
「あぁ、まさか、バーンと三匹が即興で合体シークエンスから武装エネルギーゲージの確保まで調整してまったんやから」
「???」
 瞬兵にはまさるの専門用語がいまいち理解できなかった。
「う~ん、わかりやすく言うとVARSの大会で、ぶっつけ本番で特殊変形合体して、スペックにない裏技ビーム作って出しちゃった! ……って感じかな?」
「ふぇぇえ!? すっごーい!」
 機材を運んできたさとるが補足してくれたので、ようやく瞬兵にも理解できた。
「え? じゃあ、ピーちゃんは!?」
 出勤してきたひろみが、さとるに詰め寄る。
「わからない」
 さとるは首を横に振った。
「オリジナルの超AIシナプスの損傷が思ったよりひどくて……三機ともどこまで元に戻るかわからないんだ」
「治るの?」
「わからない。システムの全容はC-Naの中でも愛美さんと限られたメンバーしか理解できていないんだ」
 さとるは整備班の帽子を目深に被りなおした。
「大丈夫や! アイツらには根性がある!」
 まさるがキーボードをたたきながら言った。
「大したもんや、あれだけのムチャ合体したくせに、本体のバーンガーンとボンにはほとんどダメージがない。アイツらはサポートメカとしての役割を全うしたんや」
「全うした……って、死んだみたいに言わないでよ!」
「アネゴが、バーンとガーンガッシャ―のメンテ終わったら何とかするゆうてたさかい、大丈夫やって」
 まさるはひろみをなだめるように言い、画面に向かった。
「お姉ちゃんが……?」
 まさに噂をすれば影。
 自動ドアが開くと、姿をあらわしたのは愛美であった。
「何やってるの、瞬兵! 油売ってないで学校へ行きなさい! バーンのことは私たちに任せて!」
「え!?」
 瞬兵はそこでようやく、弾かれたように時計を見た。
 すでに、タイムリミットを大きく超えている。
 瞬兵はバーンに一礼すると、学校へと駆けだした。
 地球を守る聖勇者の勇気の源であっても、まだ小学生なのだ。地球を守る前に、学校に行かねばならない。

 * * *

 VARSの基地から学校はそれほど離れてはいない。
 しかし、走らねばならない時間ではある。
 車に注意しつつ、瞬兵は走る。
 もちろん、誰にもぶつからぬようにしながら、である
 だが。
「あっ!」
 瞬兵は老人にぶつかってしまった。
 いや、確かにそこに老人などいなかったはずなのである。
 瞬兵は不注意な子供ではない。
 だが、まるで虚空から現われたかのように、老人は確かにそこにいた。
 跳ね飛ばされ、瞬兵の体がごろ、と路上に転がる。
「あいたたた……」
「大丈夫か? セリザワシュンペイくん……」
「は、はい。大丈夫です……」
 ゆっくりと起き上がりながら、瞬兵は首をかしげた。
「……あれ? なんでボクの名前を……?」
 瞬兵は老人をじっと見た。
 黒い瞳の奥が、まるで深淵のように虚ろに瞬兵を覗き返していた。
「……あの? どこかで…………」
「おやおや、もう忘れてしまったのかい?」
「な、何を……!?」
 老人は音もなく瞬兵ににじり寄った。
 音がないのは、老人だけではない。
 瞬兵の周囲からは、走る車の音も、飛ぶ鳥の羽音も消えていた。
 無音の空間の中、皺だらけの顔が瞬兵を見下ろしている。
「今日はキミに用があって来たんだ。セリザワシュンペイくん……」
 老人が瞬兵の名を呼んだのと、老人の姿が灰とかき消えたのは同時だった。
 代わりにそこに立っていたのは、白く、はてしなく白い甲冑を纏った魔人だった。
 セルツ・バッハである。
「私と一緒に来てもらおう」
 セルツがそう囁くと、瞬兵の肉体から力が一気に抜けた。全身の関節を抜き取られたようだった。声さえ発せぬまま、瞬兵は路上に転がった。
「これで準備はできた。後は…………」
 セルツが腕を振ると、そこにはもう誰もいなかった。

 * * *

 愛美のバッグの中で、スマートフォンが振動していた。
 C-Naの会長室へ向かうエレベーターの中である。
(まったく、こんな忙しい時に呼び出しをかけて……)
 もっとも、スポンサーが至急の呼び出しをかけた理由はある程度察しがついていた。やむを得ないこととは言え、派手にやり過ぎた。
 ため息をひとつつき、スマホを確認する。
 祖父からのショートメッセージだった。
(瞬兵が学校に着いていない……?)
 昼休み前になっても学校に着かないことに不審を覚えた教師が、保護者に連絡をいれたらしい。
(何かあった……?)
 司令室のひろみに対応するよう連絡をいれたのと、エレベーターのドアが開いたのは同時だった。

 * * *

 街を見下ろすC-Naの会長室は、ちょっと見ると飾り気のない質素な部屋だが、机も窓も照明もどれもヨーロッパ製の一流品で、よく見ればとんでもない金がかかっていることがわかった。足下の絨毯など、足首まで沈みそうな代物で、1平方メートルあたりの価格は愛美の給料を超えているであろうことは明白であった。
 そのデスクに座る椎名長介は、ニコニコした表情を崩さずに愛美に応対した。
「芹沢隊長」
 笑っているが、目はちっとも笑っていない。蛇のように冷酷なビジネスパーソンの顔だ。
「あのロボット、いつから作ってたの?」
「バーンガーンのことですか?」
 隊長じゃないですから、というツッコミを飲み込んで、愛美はわざと問い返した。
「アレは、宇宙ナントカ体だろ? そっちじゃないよ。トラと鳥とドリルの方だよ?」
「あ……」
 愛美はさてどうやって言葉をつないだものか、と少し悩んだ。腹の探り合いはエンジニアの領分ではない。
「あんなデカいの……三匹もさ。しかも、バーンナントカと合体しちゃうとか? すごいよね」
「あ、あぁ、アレは、彼らが勝手に……」
「もう、完成してるんでしょう? バトルプログラム」
 長介の瞳が、じっと愛美を見ていた。
 蛇の瞳だった。
「イヤ、そこらへんは、まだまだ……」
「超AIシナプス、それはキミが作って取得したキミのパテントだ。だから、超AIシナプスは我が社の資産ではない! それはもちろんそうだ!」
 長介は立ち上がって大仰に語り始めた。
(あぢゃぁ~、始まった)
 愛美はこの舞台俳優気取った長介のこの“語り”が苦手だった。これが始まると、長いのである。
「だが! C-Naで作ったロボットは、違う! アレはVARS開発室製のロボットなんだろ?」
「おもちゃのVARSをアップサイジングしただけです」
 愛美は自分でも無理のある言い訳だ、と思った。
 思えばこうなることはわかっていた。何かもう少し、策を講じておくべきだったかもしれない。だがあの時は、地球の運命と弟の生命が最優先だったのだ。
「バトルプログラムのリミッターがどうとか、通信ログがあがってたらしいけど?」
 パッドをフリックしながら、愛美に詰め寄る長介。
「ちょっと、敵につかまってたんで……わっかんないですねえ~」
「……」
 沈黙が流れる。
「……他にもなんか作ってるでしょ? そろそろちょうだいよ!」
「……できてないから!」
(会長はどこまで知ってるんだろう?)
 愛美が今回のサポートメカ以外にも秘密裏に開発を進めていることは事実である。そのために、湯水のような予算が投下されていることもまた事実である。したがってスポンサーがそこに興味を持つのもまた当然であり、社会人として問題のある行動を取っているのはどちらかといえば愛美のほうである。
 そんなことはわかっているが、わかった上で自分の正義を優先するのが、芹沢愛美だ、というだけのことだ。
(ひろみから漏れてることはないと思うけど、どこまで知ってるかわかりゃしないなぁ)
 巨大プロジェクトの機密保持ほど難しいものはない。特に、味方に対してはそうだ。このさい、謎の侵略者のほうがよほど与しやすいとすら言える。
「芹沢隊長、このまま地球防衛隊モドキを気取るのはいいが……」
「モドキ?」
「キミたちだけで手に負える相手なのか? 私はそこも心配なんだよ……ひろみもいるんだから」
 長介は父親の顔を作ってみせた。
 その理屈も、わかる。
「わかっています」
「キミの作った超AIシナプスは、素晴らしい。もっと広く活用すべきだ。ましてや、いまは地球の危機。いま、広めずにいつ広げるつもりだ?」
 長介の顔は、さっきまでのちゃらけた笑顔と打って変わって真剣だった。こちらが本音なのがよくわかる。
「……超AIシナプスの戦闘用プログラムへの転用は危険だと、何度もお話ししています。ゲームとして成立しても、実際の"殺し合い"となった時に、AIに情報を入れれば大丈夫という考えは、大きな間違いです」
「わかってるよ。AI技術の無人兵器への転用は、人間の意志が介在しない虐殺のトリガーを引くことになりかねない。オペレーターがドローンを動かしている現在でさえ、その倫理的問題はあるんだ。誰が殺人の意志を決定するのか、それさえ定まらないまま機械に戦争を任せるのは危険過ぎる。そういうことだよね?」
「超AIシナプスは自ら成長するAIです。正しい教育をしなければ、恐ろしい敵にもなりかねない」
「だったらその正しい教育を行うためのプログラムを作ってくれ。超AIシナプスは地球の未来を変えるものだ。真人くんだって、そう言ってたじゃないか」
「!」
 真人の名前を出されると、愛美はどう言えばいいか一瞬わからなくなった。
 そう、AI技術そのものは善でも悪でもない。いや、行き詰まりを迎えつつある人類文明へのよき道標となる可能性も大いにある。それは、真人の言ったことだ。
 だが、それは長介の言う通り、技術者のエゴだけで決めてしまってよいことなのか?
 無人兵器が無人兵器の判断で戦争を行なうのは悪だ、と愛美は思っている。だが、バーンやAIロボットたちが自分たちの判断でナイトメアと戦うのは悪だ、とはとても思えない。
 その違いはなんだ? どこにあるのだ?
 ――愛美にはわからなかった。
 だが、長介はそうではなかった。
「C-Naの未来のためにも、超AIシナプスの技術開示を決めてくれ!」
 そう、笑顔で言うのだ。
 開示した瞬間に、防衛産業にAI技術を供与しようとするのはわかっている。あるいは、米軍に。
「……善処します」
 愛美は足早に会長室を後にした。
 力ずくで引き留めようとしなかったのは、長介という男が愛美に示している敬意の一端であるのかもしれなかった。

 * * *

 同時刻。
 VARSのメンテナンスルームで、バーンは瞬兵を案じていた。
 何かあれば瞬兵がバーンブレスで呼んでくれるはずだ。だが、それにしてもあの真面目な瞬兵が誰にも何も言わず学校を休むというのはおかしい。
 その時だ。
 バーンの電子回路に、キーン、という金属音が響いた。いや、人間の頭蓋骨のように音が反響するはずはないのだが、意識体であるバーンにはそう感じられたのだ。
「なんだ……?」
 バーンの意識が、闇の中に堕ちた。
 
 * * *

 まるでプラネタリウムのような星の浮かぶ空間に、バーンの意識は浮かんでいた。
「ここは……」
「バーン、よく私の招きに応じてくれた」
「!」
 空間の中に、またひとりの意識体がいた。
 セルツ・バッハ。白き魔人だ。
「何の真似だ」
「サカシタ・ヒロの体に入り込むことによって…こういうことができるようになった……ということだ」
 セルツは落ち着きはらっていた。そもそもこの魔人に動揺という概念があるのだろうか?
「彼の精神とつながっていたことで、発現した新たな能力…というべきか? 理由は私にもわからんがね」
「それをわざわざ私に披露するために招いたのではあるまい。用件を言え、セルツ!」
 バーンの周りの景色は先ほどからぼやけ、動いているものはバーンだけだった。セルツは、半透明なイメージでバーンの目の前に顕現している。だが、このセルツが実体でないことは明らかだった。銃を振り回したところで問題は解決しない。バーンにできることは、セルツを問い詰めることだけだ。
「キサマのパートナー、セリザワシュンペイは預かった」
「何……!?」
「助けたければ、私のところまで来い」
 セルツの姿が、はっきりと形を結んだかと思うと、白い闇がバーンの意識を覆い尽くした。

 * * *

「バーン! どうしたの!?」
 モニタリングしていたひろみが、心配そうにバーンを見下ろしていた。
「瞬兵が、危ない!」
 バーンは回路を引きちぎると、光を纏って飛翔した。
「ちょっと待って、バーン! まだ修理だって終わってないのに!」
 だが、ひろみの言葉はバーンには届かない。流星となって飛び出していったバーンに追いつくのは不可能だ。
 今のひろみにできることは、愛美を呼び出すことだけだった。

 * * *

 セルツの気配は、あまりにも露骨だったから、バーンが魔人を見いだすのは難しいことではなかった。
 臨海地区の、広大なタワーマンション建設現場。セルツの気配はそこにあった。
「どこだ……!? 出て来いセルツ!!」
「よく来たな、聖勇者」
 セルツの声がどこまでも冷たく響き渡った。
「我が愛機、デスマレフィックがお相手しよう」
「!」
 バーンの眼前に、墓石のような建設中のマンションを背にした、白い巨人が出現した。それは死神のようにも、純白の甲冑のようにも見える、バーンガーンと同等以上のサイズを持つ巨大ロボットだった。
「瞬兵はどこだ、セルツ・バッハ!!」
「案ずるな、いまは無事だ。私を倒すことができたら、会わせてやる」
 セルツの声には、冷たい嘲弄の気配があった。あらゆる美と善を穢し、冒涜するものの言葉だった。
「キサマ!!」
「あぁ、聖勇者は“力の源”がないと戦うことができないんだったか?」
「じゃあ、ムリだな」
 〈デスマレフィック〉の巨大な斧が、バーン目がけて振り下ろされた。
「くっ!」
 とっさに回避するバーンだが、その足下で激しく大地が裂ける。
 戦力の差は歴然だった。
「さあ、踊れ! ココがキサマの死に場所だ!!」
 白い巨人ののばした掌から、無数の光弾が放たれる。バーンのすぐ側で木々が燃え、鉄骨がヘシ折れた。
「バーンマグナムッ!」
 VARS形態のまま、バーンは銃を発射する。
 だが、文字通りの豆鉄砲だ。とうてい〈デスマレフィック〉の装甲を貫通できるものではない。
「どうした……、それでも攻撃しているつもりか? 堕ちたものだな、聖勇者!」
 〈デスマレフィック〉の斧が横薙ぎに振られた。その暴風だけで、VARSサイズのバーンは吹き飛ばされてしまう。大人と子供どころではない。象とアリの戦いだ。
(セルツの言う通りだ……私の力だけでは、戦うことすらできない……!)
「ハハハッ! 絶望に染まるがいい!!」
 〈デスマレフィック〉が吹き飛ばされたバーン目がけ、光弾を放った。光の中に、バーンの意識が飲み込まれていく。
 その時だ。
(バーン……)
 確かに、バーンの耳にはあの懐かしい声が聞こえたのだ。
(瞬兵……!?)
(バーン)
(私には……君が必要だ。君の持つ聖なる心がなければ、私は戦えない)
(本当にそうなの?)
 バーンの意識の中で、瞬兵は不思議そうに首を傾げた。
(バーンだって感情を持ってるよ。僕のことを心配して、笑ったり泣いたりしてくれるじゃない)
(だが……感情は我々意識体には存在しないエナジーだ)
(そんなことないよ)
 微笑んで、瞬兵は首を振った。
(だってバーンに心がなかったら、ボクたち、友達にはなれなかったよ)
(トモダチ……?)
 それはバーンのまだ知らない認識だった。聖勇者には、兄弟姉妹はいても皆同志だ。同志は友達ではない。同じ目的のために戦う同胞だ。だが、瞬兵の言おうとしていることは、違うことなのだとわかる。
(バーンの中にだって、きっと聖なる心があるよ!)
(私の中に聖なる心が……?)
 瞬兵はいつもバーンを驚かせる。だが、今日はとびきりだった。離れて初めて、バーンと瞬兵はもっと繋がれたのかもしれなかった。
(勇者って言葉はね、勇気ある者って書くんだよ。だから……バーンにも、勇気はあるはずだよ!)
(瞬兵……)
 破壊寸前まで追い込まれた機体の中で、何かが目ざめようとしていた。
「私の中に聖なる心があるのなら……目覚めてくれ! 私の勇気!」
「何をするつもりだ……!?」
「勇気を持てば、私にも! できるはずだ!!」
「な、ん何だと!?」
「ウォォォォォーーッ! ブレイブッチャーッジ!!!」
 バーンの中から光が溢れた。
 それは瞬兵が与えてくれた光であり、バーンの中に最初から宿っていた光だった。
 たったひとり、〈デスマレフィック〉に立ち向かった勇気。その勇気はバーンの中にずっとあったものだ。誰かを想い、自分を信じ、危機に立ち向かう力が。勇気がバーンの力へと変わる。
「そして、救うんだ! 私の友を!!」
 バーンはそう叫び、曇天を仰いだ。
 光が、分厚い雲を切り裂く。
「ガーンダッシャーーーーーッ!!!」
 空間に裂け目が生じ、虚空からバーンのサポートメカ、ガーンダッシャーが現れる。バーンの雄たけびに応え、ガーンダッシャーが逆噴射をかけ、変形が始まった。
「ターーーッ!!」
 ガーンダッシャーに飛び込むバーン。その瞳に輝くのは紛れもない勇気の光だ。
「龍神合体! バーンガ―ンッ!!」
 勇気。
 成長した瞬兵の勇気と、バーンの中に目ざめた勇気が巨大な力となって、雷鳴まといしバーンガーンの姿を成す。
 その全身に纏われた黄金色のプラズマが、闇を引き裂いて輝く。
「バカな!」
 〈デスマレフィック〉を駆るセルツは驚愕を禁じ得なかった。
 意識体である聖勇者が、自ら感情を生み出すなどということは想定外も良いところだった。物質的なボディを得たことは弱体化に過ぎないと考えていたが、そうではなかったのだ。
「うおおおおお!」
 バーンガーンは吼え。
 たったひとりの戦い、だがしかし彼の中には確かに勇気があった。瞬兵の勇気、そしてバーンの勇気。ひとりであって、ひとりではない。その感覚は、意識体であったときには感じたことのないものだった。
 勇気がデュアルランサーの先端に集中し、虹色の光になる。
 跳躍したバーンガーンは頭上に高々とランサーを掲げると、真っ向唐竹割りに振り下ろした。
「インペイルノヴァ!!!」
 一閃!
 光の刃が、〈デスマレフィック〉を文字通り両断する。
「……見事だ、聖勇者……」
 〈デスマレフィック〉は光の中に溶け消えていった。
 だが、その消滅を見届け、人型に戻るバーンガーンは、依然として戦闘態勢を解こうとはしなかった。
(あっけなさ過ぎる……これが本当に、セルツ・バッハの最期なのか? それに、瞬兵は……)
 その時だ。
 他ならぬ〈デスマレフィック〉が、バーンガーンの背後に無傷のまま現出したのである。
「この時を待っていたぞ! 貴様がエネルギーを使い果たす時を!」
「セルツ! キサマはたった今……!!」
「アレは私の影だ。残念だったな」
 セルツが笑った。邪悪な笑みだった。
「さあ! 本番はここからだ 決戦にふさわしい場所へ、移動しようではないか!!」
 〈デスマレフィック〉から伸びた漆黒の闇が、バーンガーンを包み込んだ。そして、闇が晴れた時には、バーンガーンも〈デスマレフィック〉も、どちらの姿もなかったのだ。

 * * *

「バーンガーン、消滅!」
 二機の戦いをトレースしていたさとるが驚愕の声を上げた。
 すでに愛美もC-Naから戻ってきている。
「バーンガーンのエネルギー反応を、トレースして追うのよ!」
「あきまへんわ!」
 まさるが天を仰いだ。この生真面目な技術者がダメだという時は、本当にダメなのだ。
「強力な磁場にジャミングされて、追跡できへん!」
「お姉さま、このままじゃシュンちゃんとバーンが!」
「わかってる!」
 ひろみに言われるまでもない。敵はまず瞬兵をさらい、次にバーンをさらった。狙いはあまりにも明白で、しかも周到だ。
 だとしたら、こちらも相手が予測していない手を打つしかない。
 たとえそれが、味方への背信であろうと、だ。
「さとる、アレを出すわよ!」
「へ、 アレって、アレですか……!? そりゃ燃料は積んでますから発進くらいはできますけど」
「いま出さないでいつ出すのよ!? さとる! 総員発進準備! まさるはバーンブレスの反応見ててよ!」
「りょ、了解です!」
「んな、せっしょーなぁ~! ぶっつけ本番でっせ!」
 仁王立ちになり、愛美は決意を決めた。
 逃げたい、投げ出したい、そんな気持ちは彼女にだってある。
 だがやらねばならない。かかっているのは家族の幸福と地球の運命だ。どちらもないがしろにしていいものではない。
(もう、家族を失うのはゴメンなのよ)
「モビィ・ディック! 発進!!」

 * * *

 海浜ドームの廃墟が、大きく割れた。
 密かに建造されていた発進口が開き、巨大な白鯨型の戦艦が浮上する。
 これこそがVARSの最終兵器、空中戦艦〈モビィ・ディック〉、C-Naの金を湯水のように注ぎ込んだファイナルウェポンであった。
 もはや、個人が運用してよい兵器ではないのは百も承知である。
 横領スレスレのマネをして建造したことが問題になってお縄になるか、それとも全世界を救ったヒロインになるか。
 芹沢愛美という稀代の戦略家の一世一代の大ばくちが始まろうとしていた。

 * * *

 樹海の中で、瞬兵は身を起こした。
 体中が奇妙に痛むが、出血はしていないようだった。
 意識もはっきりしている。
 そして何よりも、視界の先には、懐かしい姿があった。
 蒼穹の色をした、美しい巨人。
 バーンガーンだ。
「バーン!」
 瞬兵はバーンガーンに駆け寄った。バーンガーンには損傷こそないが、エネルギーを放出した後なのか、負荷がかかって関節にスパークがかかっているのが見て取れた。
「助けに来てくれたんだね、……ありがとう!」
「ああ。瞬兵は大丈夫か?」
 バーンの声はいつも通り優しかったので、瞬兵はますますほっとした。どんな危機でも、バーンと一緒なら乗り越えられると信じているからだ。
「うん、大丈夫! ……あれ? でも、どうして バーンガーンに合体してる……? バーン、合体できるようになったの!?」
「瞬兵のおかげだ」
「ボクの……!?」
「ああ。瞬兵のおかげで、私にも勇気が芽生えたようなのだ」
「ホント……!?」
 瞬兵には、心の中でバーンと会話した記憶はない。
 だが、バーンが自分とのつながりで勇気を手にしてくれた、ということはわかる。そう、瞬兵とバーンはトモダチなのだ。
「おしゃべりは、それくらいにしてもらおうか」
「!」
 虚空から、冷たく呪わしい声が響いた。魔人、セルツ・バッハだ。
「セルツ! キサマ……!!」
「聖勇者と聖なる心の持ち主が、そろった、か……。では、2人には私の実験に、つきあってもらうとしよう」
 セルツが鎌を振るうと、大地に雷鳴が轟いた。
 激しく揺れる地面から瞬兵を庇うように、バーンガーンが動く。
「知っているか? この辺りの地域は、特殊な磁場で包まれている」
 セルツはふたりを、まるで実験室のモルモットでも見るかのように一瞥した。
「特殊な磁場……!?」
「気をつけて、バーン! なんだかイヤな予感がするんだ!!」
「イヤな予感……?」
 激しい地鳴りがした。
 同時に、割れた地面から、これまでに倒されたナイトメアのロボットたちが立ちあがってくる。
「これは……!」
「受け取れ、バーンガーン! これがオマエの生み出した絶望だ!」
 セルツの哄笑が響き渡り、地中から蘇ったロボットたちが一斉にバーンガーンへと襲い掛かる。それはまるで、ゾンビ映画のゾンビのようだった。
「いかん、瞬兵!」
 バーンは自分の機体の中へと瞬兵を収納し、手にした剣を縦横に振るって、次々とゾンビロボットたちを薙ぎ払った。
「もとより一度倒した敵……二度も倒されるわけがない!」
「バーン!」
「む!?」
 バラバラにされたはずのロボットたちは、手だけ、足だけになってさらにバーンガーンに群がってきた。砕かれたロボットたちの怨念が、バーンガーンを取り囲んでいるようだった。
「バーン! このままじゃ、つぶされちゃう!」
「くっ……! どれだけ破壊しても蘇ってくるとは……!」
 だが、バーンガーンは諦めない。
 砲弾を発射し、雷鳴を放ち、剣を振るい、手足となったロボットたちを分解していく。
「やはり、お前たちの存在が、グランダーク様の復活を阻んでいる……」
 セルツはその姿を見て、何かを悟った様子だった。
「ならば、私自身の手で葬ってやろう、聖勇者!」
 四肢をゾンビロボットに絡め取られたバーンガーンに、〈デスマレフィック〉が迫る!
 その巨大な斧が振り下ろされた時、戦場を閃光が満たした。
 光芒が、〈デスマレフィック〉を撃つ!
「増援だと!?」
 上空に出現したのは、〈モビィ・ディック〉だった。巨鯨の各所に搭載されたビーム砲が火を噴き、バーンガーンを包むゾンビロボットを分解していく。

 * * *

「バーンガーンを拘束していたロボット群、無力化を確認! お姉さまの推理通り、電磁波によって機体を動かしていたものと推測されます!」
「こっちから逆位相の電磁波をブチ込んで、黙らせればオダブツっちゅうわけや!」
 〈モビィ・ディック〉の艦橋では、ひろみとまさるが快哉を上げていた。
(ぶっつけ本番なのに、本当によくやる……)
 愛美もまた、満足げに首を縦に振る。
 そう、ここからはバーンガーンだけの戦いではない。人間と宇宙意識体の総力戦だ。

 * * *

「助かった!!」
 跳躍したバーンガーンが、〈モビィ・ディック〉の艦首に飛び移った。
『このまま吶喊よ!』
 愛美の号令一下、〈モビィ・ディック〉が急加速、〈デスマレフィック〉へと突撃する。その先端に仁王立ちするのは、デュアルランサーを構えたバーンガーンだ。
「覚悟せよ、セルツ!」
 バーンガーンの両肩に装備されたスパークキャノンが、殺到するゾンビロボットを次々と破壊していく。砕けたロボットの破片に、〈モビィ・ディック〉の砲が止めを刺す。
「バーン、あいつきっと何か企んでるよ!」
「わかっている。先ほどとは違う……逃がしはしない!」
 バーンガーンの怒りがプラズマと変わり、青い装甲を包み込む。
「スパイラルッ! サンダーーーーー!!」
 バーンガーンを包むプラズマの奔流が光の龍となって、〈デスマレフィック〉を拘束する。
「くっ!?」
 振りほどこうとする〈デスマレフィック〉だが、バーンガーンの力はそれをはるかに上回っていた。
 セルツの眼前で、バーンガーンはさらに姿を変えていく。人の姿から、青い巨大な龍へと。
(私の知らない力がまだあるのか、バーンガーン!?)
「ドラゴンッ! ブレーーーク!!」
 今やプラズマに包まれたドラゴンと化したバーンガーンが吶喊し、〈デスマレフィック〉の身体を貫いた!!

 * * *

「どや! みたかぁ! これがワイらとバーンガーンの力や!」
 艦橋でまさるは思わずガッツポーズを作った。不眠不休で作り上げたこの空中戦艦がこれだけの威力を発揮するとは誰も思わなかった。
「……まだよ」
 だが、愛美はひとり、油断していなかった。
 爆炎の向こうに、白い死神の影を捉えていたからだ。

 * * *

「フン、地球人ども…それで勝ったつもりか?」
 砕けた装甲の向こうから、紫色の炎が覗いた。
 憎悪と怨嗟の色だった。
 傷ついた〈デスマレフィック〉が斧を振るうと、〈モビィ・ディック〉の上空に次元の穴が開いた。
 虚空より現出したのは、〈ガニメデ〉の群れである。

 * * *

「まだこれだけの戦力を!?」
 ひろみの眼前で、レーダーが真っ赤に染まった。これまでナイトメアが投入してきた〈ガニメデ〉の総数より多いかもしれない。
「まさか、これだけの部隊を隠し持っていただなんて……!」
 暁もまた、驚愕を禁じ得なかった。
 だが、ここで戦いを止めることはできない。対空火器を全開にし、襲い来る〈ガニメデ〉を次々と火球に変える。
「うわあああっっ!」
 艦が大きく揺れた。
「動力部被弾!」
「こちらの対空砲火、効力を急激に失いつつあります! 敵に動きを予測されています!」
「ちいっ!」
 圧倒的な数の〈ガニメデ〉が、〈モビィ・ディック〉に取り付きつつあった。
 必死にコントロールを取り戻そうとする部下たちを横目に、愛美は戦術プログラムを確認し続けていた。
(編隊をコントロールしている指揮官機がいるはずよ……)
 愛美は〈ガニメデ〉の編隊の中に、黒と黄金でペイントされた機体を見いだした。
(あれか……?)

 * * *

 その黒い〈ガニメデ〉は、一直線にバーンガーンへと向かっていた。
「もらったよ、聖勇者!」
「カルラか!」
 バーンガーンは〈ガニメデ〉の振り下ろした拳を真っ向から受け止めた。
「気をつけて、バーン! そいつ、カスタムタイプの機体だ! 普通の〈ガニメデ〉とはパワーもスピードも違うよ!」
「了解だ、瞬兵!」
 そうだとわかれば、なおさら〈モビィ・ディック〉に接近させることはできない。バーンは油断なく二機の〈ガニメデ〉を破壊しながら、黒い〈ガニメデ〉に牽制射を浴びせた。
「これ以上セルツ様には近づかせないということだ!」
 カルラの〈ガニメデ〉から、雷光が飛んだ。
 その雷光を、バーンガーンのプラズマが切り払う。
『瞬兵! 敵の指揮官機がいるはずよ! そいつを探して!』
「姉ちゃん……!」
『バーンガーンのセンサーのほうが、敵編隊に近いから探りやすいはずよ!』
「わかった、やってみる!」
 瞬兵はバーンブレスを通じて、バーンのセンサーにアクセスした。
(目の前の黒い〈ガニメデ〉……? ううん、違う! こいつはただの連絡役だ! 本当に群れをコントロールしているのは……)
 緊張の中でも、瞬兵のタッチタイピングは乱れない。判断は狂わない。VARSの戦いの中で身につけた胆力、そして彼の持って生まれた勇気の力だ。
「あれだ! あの白いロボットの斧が、群れをコントロールしてる!」
「わかった! ならば、セルツに止めを刺す!」
 バーンガーンは全エネルギーを収束させ、雷鳴を放った。
 だが、その前に黒い〈ガニメデ〉が立ちはだかる。
「させないと言っただろう!」
 カルラの〈ガニメデ〉は黒い瘴気のフィールドを展開すると、バーンガーンの稲妻を真っ向から受け止めて見せたのだ。
「これほどの防御力が……!」
「ナイトメアを舐めるな、聖勇者!」
「このままじゃ……押し切られる!」
 バーンガーンと〈ガニメデ〉の出力は前者に分がある。力押しなら、あるいはいずれバーンガーンが勝利したかもしれない。だがその前に、対空防御を食い破った〈ガニメデ〉の編隊が、愛美たちを大地にたたき落とすだろう!
「うおおおおお!」
 バーンガーンの雷鳴が、〈ガニメデ〉の盾を叩く。
 その衝撃で、〈ガニメデ〉のコクピットが砕けた。
(え……女の人!?)
 そこにいたのは、瞬兵より少し年上に見える少女の姿だった。
 それがカルラと呼ばれるナイトメアであることを、瞬兵はまだ知らない。
(この人は……自分の命をかけて、セルツ・バッハを守ろうとしている!?)
 その瞬兵の直感は、正しい。
 カルラは自分の機体が砕けることも構わず、セルツを守り抜くことだけに自分のパワーを注ぎ込んでいた。彼女の身が砕けても、〈モビィ・ディック〉とバーンガーンを叩ければ、それがカルラの勝利なのだ。
「勝ったよ、バーンガーン!」
「カルラ!」
「ハハハハハハハ! 守り通すだけで、こちらはおまえの大切なものを奪えるということだ!」
 刹那!
 一発の銃声が〈デスマレフィック〉の斧頭を打ち砕いた。
「あれは……ギルティ!?」
 発砲したのは、〈モビィ・ディック〉の艦橋に立つ赤い鳥を摸したロボットだった。だから、カルラがそう認識したのは無理はない。
「いや……あれは違う! あれは……!」
 バーンの声が、喜びに満ちたものになった。
 右腕に仕込まれた銃口から硝煙を上げる、紅の戦士の姿。
 それは――
「スペリオン!」
「スペリオン!? じゃあ、一緒にいるのは、ヒロ!」
『ああ。心配かけたな、瞬兵』
 バーンガーンの通信ウィンドウの中で微笑んだのは、確かに彼の親友の姿だった。
 今度こそは幻ではない。
 確かに坂下洋とスペリオンはそこにいた。
「まさか、バーンだけでなくスペリオンまでが、このような顕現を手にするだなんて……!」
「計算が狂ったようだな、カルラ!」
 スペリオンの手にしたサーベルが、カルラのシールドを打ち砕いた。
 その隙を逃すバーンガーンではない。
「うおおおおおおお!」
 猛烈な雷鳴が、カルラの〈ガニメデ〉を吹き飛ばし、統制を失った周囲の〈ガニメデ〉部隊をも爆散させていく。
 青と赤の二体のロボットが行くところ、ナイトメアたちは風の前の木ノ葉のように吹き散らされるばかりだった。
 回避する〈デスマレフィック〉を、スペリオンの銃撃が追い込んでいく。
「セルツ、お前の実験、終わったんだろ?」
 スペリオンの瞳は、セルツ・バッハをじっと見ていた。彼を操っていたのは、他ならぬセルツだ。ある意味では、肝胆相照らすともいえる。
「今日は帰れよ。でなきゃ…死ぬぞ?」
 聖なる勇者とは思えないような口ぶりだが、言葉は本気だった。
「……フフフ……よかろう」
 〈デスマレフィック〉はその場から飛びのいて、マントをたなびかせた。
「退くぞ。カルラ」
 その声に合わせ、カルラもまたも跳び退った。
 〈デスマレフィック〉がマントで身を覆うと、セルツとカルラは闇に溶け込んで、消えていった。
「……許さないよ」
 カルラの捨て台詞を、スペリオンはじっと聞いていた。

 * * *

 傷ついたバーンガーンは、〈モビィ・ディック〉によってVARSの秘密基地に運ばれた。もっとも、巨大戦艦が発進してしまった以上、もはや秘密基地とは呼べないだろうが……。
 だが、そんなことよりも瞬兵にとっては、洋が戻ってきてくれたことのほうがよほど嬉しかったのだ。
「……よかった。ヒロが元気になって」
「瞬兵のおかげさ」
「今日……ヒロがやっつけた奴って、ヒロにズーッと取りついていた奴なんでしょ?」
「セルツ・バッハ……奴がつかさどっていたものは、絶望。希望と対極に位置するもの。セルツは、スペリオンの暗黒面の存在……鏡に写った虚像のようなものなんだ」
「バーンの……勇気の反対側にあるものは、いったい何なんだろう?」
「欲望さ。度を越してしまった無謀な勇気は、欲望へと変わるんだ」
「ボクたちの心次第で、バーンやスペリオンの存在が、全然変わっちゃうんだね」
「そういうことだ」
「ボクたちが、しっかりしなきゃいけないんだ。だって、絶望や欲望で、世界が満たされちゃったら、宇宙は破滅しちゃうよ!」
「グランダークの狙いは、そこにあるのかもしれないな。欲望に負けるなよ、瞬兵!」
「うん!」
 ふたりの少年が出した結論は子どもらしいものではあったが、それだけに正鵠を射たものであった。結局の所、欲望に飲み込まれてしまえばどんな力も悪になってしまうのだ。
 そんなふたりのところに、まさに欲望に満ちた大人たちの相手でげんなりした愛美が戻ってきた。
「お待たせ!」
「姉ちゃん! バーンは……? バーンは大丈夫なの!?」
「あぁ、時間はかかるけど、大丈夫、まかせときなよ、修理だけじゃ終わらせないから」
「よかった!」
「バーンの修理が終了するまでは……洋、あなたとスペリオンに、戦闘に参加してもらうことになるわ……いいわね?」
「はい」
「これでヒロも、勇者の一員だね!」
「オレが……勇者……?」
「でも、今日ボクを助けてくれたのは、他の誰でもない……ヒロなんだよ。ヒロも、立派な勇者だよ!」
 洋は少し照れくさそうに笑うと、うなずいてみせた。
「わかったよ、瞬兵」
「聖勇者がもう一人増えたってことか……」
 そう、これは終わりではない。始まりなのだ。瞬兵と洋、ふたりの戦いの――!