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第十話「絶望を切り裂いて」

 闇が、広がっていた。

 意識がぼうっとする。
 遠く……遠く。
(そうだ、自分は、兄さんの姿を追って……)
 その先の記憶が菜々子にはなかった。
(確か、何か黒い影のようなものが広がって……)
 周囲の闇が、形を取る。
 どこか、巨大な地下の空間。淀んだ空気、埃っぽい臭い。
 すぐ側に、誰かがいる。
 見覚えのある姿だった。
「ナナコちゃん……?」
「愛美さん……?」
 倒れていたのは、兄のかつての婚約者にして幼なじみの姉、愛美だった。
 どうして、自分と愛美がここにいるのか?
 暗闇の中で理解できるのは、愛美の体温と、冷たい床の感触だけだ。
 カツン、カツン、と整ったスタッカートの足音が聞こえた。
「誰……?」
「ふん」
 ぼうっ、とした鬼火のような光が灯った。
 暗闇を照らし出す蒼い輝きの中、立っていたのは冷酷そうな印象を与える仮面の少年だった。
「……起きろ。キサマらが役に立つ時が来た」
「誰? 兄さんは? 真人兄さんは?」
 少年に駆け寄ろうとする菜々子を、愛美の手が制した。菜々子の知らない、気迫のこもった手だった。
「ナナコちゃん、彼はギルティ。絶対悪グランダークの手先よ」
「ギルティ? グランダークの手先? じゃあ、街をおそうロボットたちの仲間……!」
 菜々子はその言葉の意味を半分も理解できなかった。わかるのは、目の前に立つ少年が危険だ、ということだった。
「じゃあ、お兄ちゃんは?」
「いるわけないだろ?」
 ギルティは唇の端をニッと歪めて、菜々子を嘲笑した。
「アイバナナコ、お前の大好きなお兄ちゃん、アンタの大事な相羽真人は……もう死んでんだからな!」
「ひどい!」
 菜々子は大粒の涙を流し、ギルティを睨みつけた。

 * * *

「やめろ! なんでこんなことするんだ!! やめろ! ギルティ!!」
 ギルティの中にいる洋が声をあげる。菜々子や愛美にはその声は聞こえない。
「見えるか? ヒロ? コワイコワイ、お前、アノ子に恨まれてるぞ!」
「ひきょうだぞ、ギルティ! 真人さんは二人にとってかけがえのない兄であり、恋人なんだ。それを……!」
 洋は強い口調でギルティに叫ぶ。
「卑怯? それはホメ言葉だな」
 意識の中のギルティは洋に向かって笑顔を浮かべた。
「オレがオマエの映し鏡であることが、この二人の絶望をより強く演出することとなる…見てみろよ」

 * * *

「やっぱり、アンタだったのね、ギルティ」
 愛美はギルティに憎悪のこもった視線をぶつけていた。菜々子と違い、愛美は大人である。真人が生きているはずがない……生きているはずがない真人が姿を現わしたならそこには理由があるはずだ、という見当はついていた。おそらくは、耐えがたい理由が。
「お前たち二人に最も効果的な“絶望の種”というわけだ。どうだい? 気に入ったか?」
「なんで? …!! ギルティ? なんでお兄ちゃんのこと知ってるの!?」
 叫ぶ菜々子を、愛美は抱きしめるようにした。今動くのは危険だ。闇の中に何が潜んでいるかわからない。
「こういうこともできる」
 ギルティがパチンと指を鳴らした。同時に、洋の意識の中でも。
「知ってるさ、アイバ……お兄さんの事故」
 言葉とともに、ギルティの姿は洋の姿へと変貌していく。ギルティは洋の中にある彼自身の記憶を引き出すことで、彼の姿を模倣してみせたのだ。おそらくは、真人の姿も同様なのだろう。
「久しぶりだな、菜々子」
「……! ヒロくん!?」
「おまえたちはエサだ。奴らをおびき寄せるためのな。すべては“絶望”のために」
 言葉を発するたびに、ギルティの姿は、真人へと変わり、洋へと変わり、またギルティへと変わる。渾沌だ。形のない渾沌が、愛美と菜々子を嘲笑っていた。
「絶望か」
 愛美はどこか哀しそうに笑った。憐れんでいるようでもあった。
「寂しいヤツだね、あんたって」
「なんとでも言え。キサマらが『絶望』に染まることが、オレの最大の喜びだからな」
 ギルティの仮面に戻ると、彼は唇をつり上げて笑った。
 自分自身を嘲笑しているようでもあった。

 * * *

 そう答えたギルティの意識の中で、洋はふと、なにかに気づいた。自分自身でも見たことのない、心の奥深くを覗いたような気になった。
「寂しい? ギルティ、オレの“闇”は――」
 洋はギルティと出逢うまで、自分の中の闇のことなど考えたこともなかった。
 だが、今は違う。
 自分の肉体を奪ったナイトメアが、友達を傷つけるために絶望を振りまいている。その根底にあるものが自分の中の闇だとしたら。
 それを見据えねばならなかった。
 その時だ。
「やめろ……無益なことを考えるな」
 ギルティはそう言って、洋の意識を縛った。
 その声音にはどこか、焦ったような様子があった。
「……来たか、バーンガーン」

 * * *

 東京湾洋上に浮かぶ人工島“スターゲート”。
 それは宇宙開発事業団が主導して建造中の、巨大な洋上プラットフォームである。いずれはそこに、壮大な人々の生活の場が生まれ、宇宙への扉が開かれるはずだ。だが、現在はいまだ人気のない空虚な工事現場であった。
 ギルティが瞬兵とバーンガーンを呼び出したのは、この地である。
「ギルティ! どこ!?」
 人工島に瞬兵の声がこだまする。
「シュンペイ、来るぞ」
 バーンガーンが虚空を見つめながら、静かにつぶやいた。
 空間が、割れる。
 虚無の闇を纏って、ダークギルディオン、そして〈ガニメデ〉型のロボット群が姿をあらわした。
「ギルティ! ナナコと姉ちゃんはどこ!?」
「安心しろ! 二人は無事だ」
 〈ガニメデ〉の一体の胸部に、愛美と菜々子の姿が見えた。
(生きている……!)
 瞬兵がふたりの呼吸を確認して安堵した、刹那。
 〈ガニメデ〉が複数、あたかもシャッフルするかのように交錯し、どれが二人の機体なのかわからなくなってしまった。
「バーンガーン! まさるさん! どのロボットがふたりを捕まえてるの!?」
「ダメだ! ステルスで覆われている。私のセンサーでは追尾できない!」
「こっちもや! VARSの衛星センサリングもジャミングされとる! ほとんど非科学的やでこらぁ!」
「これでは、うかつに攻撃できない!」
「さあ、これで準備完了だ。間違えて姉ちゃんや幼馴染を殺すなよ! シュンペイ!」
 ギルティはダークギルディオンの肩に乗り高らかに笑った。
「撃てぇ!」
 〈ガニメデ〉が一斉にその体に装備された火砲を斉射した。
「ぐっ!」
 バーンガーンの全身を、炎が覆う。
「バーンガーン!」
「大丈夫だ、シュンペイ! この程度で、私は負けない……」
「うん……! なんとしても、姉ちゃんとナナコを取り返すんだ……!」

 * * *

 VARS基地では、まさるが天を仰いでいた。愛美不在時に指揮を執るのは彼の担当である。
「どないせいっちゅ~ねん!?」
 元々ロボットアニメ大好きで、熱血漢でもあるまさるだが、まさか、自分がこんな危機に直面するだなんてことは、予想外である。それは、彼が無能だということではない。愛美という女性の存在感がそれだけ大きかったということだ。
(きいてへん、きいてへんで!)
 バタバタとキーボードを操作し、敵の中にいる愛美と菜々子を探す。
 その時だ。
「グルルルルルッ!ガーー!!」
「ピィーーーッ」
「ギュル! ギュルルルルゥーーー!」
 待機していた三匹の超AIシナプスが、いっせいに騒ぎ出したのだ。
「どうしたんだよ、三匹とも!」
「シンクロ率が、異常上昇している……!?」
 三匹の目は、モニターの中で窮地にあるバーンガーンを見つめていた。
 一心に案じているような、そんな眼差しだった。

 * * *

「うわあああああ!」
 〈ガニメデ〉とそれを率いるダークギルディオンの火力は圧倒的だった。バーンガーンはすべてのエネルギーを防御に回していたが、それが突き破られるのも時間の問題だった。
「やめろ、スペリオン! 正気を取り戻してくれ!」
 バーンガーンの叫びも、かつての友には届かない。
 炎が、蒼い装甲を焼く。
 機体が、激しく揺れる。
 バーンガーンが無事である限り、瞬兵を守る絶対障壁が破られることはない。
 そして、センサーの出力を上げなければ、ジャミングを解いて姉と菜々子の位置を特定することはできない。だが、センサーにこれ以上の出力を回せば、相手の火力に押し切られてバーンガーンは破壊されてしまうだろう。
(どうしたら……どうしたらいいの……!?)
 刹那。
 絶対障壁の中に、声のようにも聞こえるノイズが走った。
(これは……通信……?)
「ガッ!……ガガッピガッ…………!」
 ノイズはやがて、収束して、人の声のような形を取った。
「オレ……チに!」
 瞬兵の知らない声だった。
「バ……ン、ボク……ちニ、イカセ……」
「タスケ……タイ、フタリ」
「この声……バーンを呼んでるの!?」
 バーンガーンはなにかに気づいたようだった。
「ハウンド、グリフ、イッカク! 君たちか!」
「え、三匹ってしゃべれるの!?」
 瞬兵は少なからず驚愕した。そんな素敵な機能がついているとは知らなかったからだ。彼らと喋れたらどんなにいいだろう。
「私と彼らには同じ超AIシナプスが入っている、通常ならば他の人には聞こえないが、いま、瞬兵は私の絶対障壁にいる。だから聞こえるんだ」
「みんな!」
 瞬兵はバーンブレスを開いた。
「まさるさん! 聞こえる!?」

 * * *

 その通信は、VARS基地でも受信された。背後では三匹の超AIシナプスが大騒ぎしていたが、瞬兵からの通信はいつだって最重要事項だ。
「ボン! なんや!? 手短に頼むで!」
「グリフ、イッカク、ハウンドを出してあげて! みんなが、姉ちゃんとナナコを助けたいって!」
「なななな、なんやてえ!? そんな機能はついとらんがな!」
「バーンガーンはできるって言ってます。三匹も」
「三匹も……って、あいつらの声が聞こえるんかいな」
 さとるの後ろで、ハウンドがおごそかにうなずいた。
「ホンマかいなしかし……」
 即答できる内容ではなかった。だが、一刻の猶予もないのもまた事実だ。
「ピーちゃん! イヤッ! そんなのムリだよ!」
 ひろみは思わず自席から三匹のいるハンガーに駆け寄り、グリフの前で声をあげた。だが、グリフはひろみを見つめ返した。機械の瞳は、強い意志を示しているかのようだった。
「グリフ……イッカクに、ハウンドも……」
 その様子を見ていたまさるは、自分が賭けに出なければならないことを知った。結局、指揮官とは決断する仕事なのだ。これまでは愛美が決断してきた。だが、今は愛美はいない。自分がその責任を背負わないといけないのだ。
「確かに…それしかあらへんな」
 まさるは生唾を飲み込んだ。実のところ逃げたかったが、そうも行かなかった。大人になるということは、そうも行かないことを受け入れて行くことなのだ、と痛感した。願わくばもっと安全な局面で理解したかった人生の真理だが、まあ仕方がない。
「さとる、超AIシナプスのリミッター切るで、そっちのロック解除せい!」
「そ、そんなことしたら、三匹の誰もバーンガーンと合体できなくなっちゃいます!」
「わーっとるわ! んなことぉ! けど、他に、二人を助ける方法あるんか!?」
「ムチャいわないでくださいよぉ~!」
 さとるはまだためらっていた。何もかもが、理論の外にありすぎた。
 失敗したら?
 その時は、バーンガーンも、瞬兵も、愛美も、すべてがおしまいになるのだ。
「サトル、ダイジョウブ」
 さとるのインカムに、聞いたことのない、しかし懐かしい声が聞こえた。
(イッカク!?)
 その電子音は確かに、イッカクのものだった。聞き間違えるはずもなかった。
「ゼッタイタスケル!」
「シンクロ率が……!」
 三匹のシンクロ率はいずれも90パーセントを超えていた。これまた信じられない数値だった。彼らは今、バーンガーンの目となり、耳となる完全なシンクロを果たそうとしていた。
「まさる、さとる、ひろみ……みんなのおかげで、三匹の超AIシナプスはロボットにはない心を持った」
「バーンガーン!」
「みんな、三匹を信じて、おねがい!」
 瞬兵とバーンガーンの声は、どうしようもなく本気だった。
 その言葉に、三人もまた、決意をした。
「まさるさん、三匹のバトルリミッター解除、アンカーパージします!」
「くッ! ……っしゃあぁ!! そこまで言うならみせてみぃ! おどれらのトラの魂を!!」
「いやトラじゃないですからね!?」
 VARS基地のハッチが開く。その途端、リニアコーティングされたオレンジとグリーンとグレーの光が飛び出した。言うまでもなく、グリフ、ハウンド、イッカクである。
「ガォォォォォォォォ!」
 空中で、ハウンドが吼えた。
 ハウンドの強力な嗅覚センサーは、グリフとイッカクのサポートを受けて増幅され、懐かしい愛美の匂いを感じとったのだ。
 そのデータを受け取ったグリフが、〈ガニメデ〉の一機へと急降下し、センサーを沈黙させる。
 ほぼ同時に、イッカクのドリルが〈ガニメデ〉の胴体をブチ抜き、装甲を破砕した。中から、拘束されていた愛美と菜々子が飛び出す。そのふたりを空中でくわえたのは、他でもない、ハウンドの口だった。
「ちょ、ちょっと! ハウンド!? 危ないじゃない!! まったく!」
 愛美は言葉ほどには怒っていなかった。
 自分の生み出したシステムがこれほどの性能を見せてくれるとは思わなかったのだ。これほどエンジニアにとって嬉しい驚きがあるだろうか。
『姉ちゃん! 大丈夫!?』
「正直なところ、あんまり大丈夫じゃない。助け方雑すぎ! でも、菜々子ちゃんも生きてるわ!」
 愛美はハウンドの牙から降り立つと、凛々しく号令をかけた。罠に落ちて迷惑をかけてしまった分は、取り戻さねばならない。
「戦いはこれからよ! 瞬兵! 洋を助けたいのなら、コイツを倒すのよ!」

 * * *

「……ヒロを助けるために、ギルティを倒す……?」
 あの夢の中で見た光景が、瞬兵を惑わせていた。
 ギルティを倒してしまえば、ヒロも死んでしまうのではないか? 暴力を止めるために暴力を振るうことは、本当に正しいことなのだろうか?
 だが、迷いはバーンガーンの力の源である勇気を鈍らせる。
 それこそが、瞬兵にあの夢を見せたナイトメアの目論見であることを、瞬兵自身は知るよしもない。
 しかし、愛美の言葉はその迷いを振り払う強さに満ちていた。
『コイツ……ギルティは洋の暗黒意識の結晶なの!』
「え!?」
『ギルティに捕まって感じたのよ。洋はギルティの中で生きてる! 自分自身のギルティという悪の支配を逃れるために懸命に戦ってる! 親友のアンタが、惑わされちゃダメよ! 洋の、本当の心を、救い出すの!!』
「ホントの……心? うわっ」
 バーンガーンの機体が大きく揺れた。
 ダークギルディオンの狙撃が、三匹に襲い掛かり、その爆風がバーンガーンをも揺らしたのだ。
「こざかしい真似を!」
 人質を奪回された怒りで、ダークギルディオンは文字通り真っ赤に燃えていた。猛烈な砲撃が、三匹の機体を次々と砕いていく。愛美と菜々子の盾になった三匹に、回避という選択肢はなかった。
「ハウンド! グリフ! イッカク!!」
「フン! ジャマしやがって!! 粉々にしてやる!!」
 ダークギルディオンが再び、ダークショットを三匹に向ける。
「待て!!」
 バーンガーンが三匹の前、いや、正確にはダークギルディオンの眼前に立ちふさがった。
「!?」
 三匹はバーンガーンのために作られたサポートメカだ。彼らにはバーンガーンと瞬兵の行動が理解できなかった。
「な!? バーンガーン、オレたちに構うな!」
「ニゲテ! コノママジャヤラレチャウ!」
「ボクタチハロボット コワレテモツクリナオシテモラエル」
 三匹は口々に叫んだ。ロボットにもし喉があるのなら、喉も裂けよと叫んだ。彼らに取ってバーンガーンと瞬兵は何よりも守るべき対象なのだ。
 ただでさえ、バーンガーンは傷ついている。これまでの戦いで集中砲火を受けたその蒼い装甲は砕け、関節からもスパークがあがっている。
 だがバーンガーンは盾になることをやめない。決してやめはしない。
「キミたちは……私の仲間だ!」
 バーンガーンはマスクの下で微笑んだ。
 仲間のために傷つくこと、それは勇者である彼にとって当然のことなのだ。
「見殺しになんて、するわけないじゃん!」
 瞬兵も笑顔で胸を張った。
 バーンガーンは再び、ダークギルディオンを見据える。
「スペリオン! 聞こえているか! いま助ける! 必ず、助ける! だから、お前も! 闇に打ち勝て!!」
 ダークショットの銃口がバーンガーンの眉間に向けられている。今撃てば、バーンガーンにとどめを刺せる。だが、その銃口が震えていた。
「バーン……ガーン!」
「どうした、ダークギルディオン、何をしている!」
「私は……!」
 ギルティの言葉にも構わず、ダークギルディオンは銃口を下げた。
「やめろ……ダークギルディオン!」
 そう制止するギルティが、頭を押さえる。
「ヒロ……ヒロか……やめろ!」
「ギルティ! いや、ギルティを支配する者!」
 それは洋の声だった。
(ギルティの中から……ヒロの声がする……!?)
「イタイイタイイタイイタイ! やめろ! ヒロォ!!」
 ギルティの頭輪についた瞳が赤く強い光を放ったが少し、弱まる。ギルティの姿のまま、洋の意識が顕在化している、と見えた。絞り出すような、洋の声が漏れる。
「違う!」
 ギルティが吼えた。
「!」
「オレはオマエの本当の心! 本当の坂下洋はオレだ! そして、シュンペイ! お前はココで死ぬんだ!」
 ギルティの体から、邪悪な赤いオーラが立ち上る。
 そのオーラがダークギルディオンを取り巻くと、まるで操り人形が糸によって引きずり起こされるように、ダークギルディオンの銃口が再びバーンガーンに狙いをつけた。
 破壊寸前の三匹の超AIロボットが、不思議な光を放ち出したのは、まさにその時である。

 * * *

「何……何が起きているの……!?」
 菜々子を抱くようにして、工事現場の物陰から様子をうかがっている愛美にとっても、それは予想外の事態であった。
「三匹の超AIシナプスはバーンガーンとリンクした上で、バトルリミッターを解除している……それが私の想定を超えた機能を引き出して見せているということ……!?」
 三匹の意志は、言葉などなくても愛美には理解できた。
(戦いたい。バーンガーンを守るために)
 三つの心は、ひとつになっていた。
 そして、彼らが戦う術はただひとつ。

 * * *

『さとる! 聞こえてる!? 三匹ともバーンのシンクロ率は上がってるのよね!?』
 VARS基地のモニターに大写しになった愛美の映像は、大迫力だった。
「え、エェ~!? ムチャ言わないでくださいよ!」
 愛美の言外の意図を理解して、さとるは天を仰いだ。
「例の妨害電波でパラメータだって取れないんです! だいたい、機構的には可能でも、システムへの負荷は想定外で……!」
『やるしかないのよ! このままだと、バーンガーンもあの子たちも、みんなやられてしまう!』
「さとる……こんな時は、数値ちゃう! 熱い魂や! 根性や!」
「え? まさるさん世界一のホワイトハッカーでしょ? そんなデータの塊みたいな人が! なんでこんな時に限って、コテコテ熱血関西人なの!?」
「じゃか~しぃワレ!! コレはアネゴが! 世界イチの天才科学者、芹沢愛美が作った超AIやゾ! できる! 奴らにはできる! 勇気と根性や!」
「何が! できるんすか!?」
『できる……じゃないのよ! シンクロ率さえ100%を超えれば理論的には不可能じゃないはず……イチバチでやるしか! ないのよ!』
 愛美は手元の端末を怒濤のようにタイピングし、緊急通信でVARS基地へと送り込んだ。
『コマンド発信!!』
「エーーーーッ!?」
 まさるたちは送られてきたコマンドに驚愕、起動に基地内が騒然となった。秒でそのシステムをコマンド入力につなげなければならない。

 * * *
「えッ、ナニコレ!?」
瞬兵は愛美から届いたコマンドテキストを見て目を回した。
「みんな、行くぞ!」
バーンガーンが三匹と瞬兵に呼びかけた。
(やってやる!)
(できるワ!)
(やれる!)
 VARS基地でのコマンドシステムセット完了! 
 バーンブレスのモニターに、コマンド入力のプロンプト表記が、システム音声と共に現れた。
「ボクらの勇気を、力に変えるんだ!」

COMMAND:Let's Call!!>

『獣甲合体!!!!』

 瞬兵、バーンガーン、そして三匹のAI。
 五つの声のコマンドコールを受け、システムボイスが鳴り響く。

SUCCESS!
Get! Ready? "JUUKOUGATTAI" STARTED!

 瞬兵が送られてきたプログラムを、バーンブレスを介して起動する。
 三匹のシンクロ率を示すグラフが、上限を超えて輝く。
 ハウンドが、グリフが、イッカクが、光の塊となって空へと飛び出し、バーンガーンと「合体」したのだ。


 * * *

「ワイルドバーンガーン!」

 ハウンド、グリフ、イッカクの三匹、いや三機が、バーンガーンの全身に合体した。蒼い龍の魂に、猟犬(あるいは虎)が、鷲獅子が、一角獣が一体となる。その姿は、まるで神話の中から抜けだした勇者のようだった。
「フン! 合体だと!? 悪あがきか?」
 だが、ギルティは余裕の笑みを浮かべる。圧倒的な優位は崩れていない。そう信じた。
「ダークショット!!」
 ダークギルディオンは拳銃を投げ捨てると、素早く構えた二丁のショットガンを連射する! 散弾の嵐が、傷ついたバーンガーンを粉砕する。そのはずだった。
「ライトニングブレード!!」
 雷鳴を伴った暴風の嵐が、ダークショットの散弾をはじき返した。グリフの翼がもたらす、超機動の力だ。次の瞬間には、ワイルドバーンガーンは残った〈ガニメデ〉をことごとく両断すると、ダークギルディオンの懐へと飛び込んでいる。
「遅いぞ! ダークギルディオン!!」
「! ふざけるな! ダークサーベル!!」
 居合抜きに抜刀したダークギルディオンの剣は、真っ向からハウンドの牙によって受け止められた。
「サーベルファングだ! そんなもの効かないぞ、ギルティ!」
 ギリギリと、ハウンドの牙がダークギルディオンの剣を砕いていく。今やパワーはワイルドバーンガーンのほうが上だ。
 サーベルの牙を振り払って飛びのくダークギルディオンは、炎の嵐を繰り出した。
「フェニックスストーム!!」
「ガトリングバースト!!」
 だが、イッカクのドリルがガトリング砲へと変形し、弾幕によってその炎をかき消していく。
「ダークギルディオン! もはやおまえの技は、どれひとつとしてこのワイルドバーンガーンには通用しない!」
 雷鳴を纏い、ワイルドバーンガーンが悪を睨みつけた。
 これまでとは比較にならぬ気迫だった。
 悪への怒りが、瞬兵と三匹、そしてVARSメンバーの勇気が、ワイルドバーンガーンに力を与えているのだ。
「そうだ! ボクとワイルドバーンガーンは、おまえを絶対に許さないぞ!」

 * * *

 もっとも、それを見ているVARSの面々は、バーンガーンと瞬兵ほどハイテンションではいられなかった。
「あ、あかん! 全身の関節がスパークしとるがな! 雷鳴を纏い、とか呑気なこと言うてるバヤイやないでこら」
「やっぱり三機同時合体には無理があったんですよ!」
「と、とにかくシステムを今からでも書き換えて、一分でも長くこの形態を維持しないと!」
 三人は三人なりに、お互いの戦場で戦い続ける。
 それは遠く離れた位置で、データを送り続ける愛美も一緒だった。
 戦っているのは瞬兵とバーンだけではない。
 これは、人間たちとAIの戦いなのだ。

 * * *

「フン! そんな付け焼き刃で…!」
 ギルティもまた、ワイルドバーンガーンが無理を抱えていることを見抜いていた。圧倒的な攻撃力と防御力は、その実、ギリギリのバランスの上に成立しているのだ。
 憎悪と絶望のすべてをダークショットに込め、必殺の一撃を放とうとしていた。
(そうだ……オレはシュンペイのすべてを否定する……! 何もかもをだ!)
 愛美と菜々子をさらったのも、それが瞬兵の光の面、彼を支えているものであるからだ。
 ギルティは瞬兵の何もかもを憎悪した。瞬兵の親友である、自分自身を含めて。

 * * *

「バーンガーン!? すごいエネルギーが来るよ!」
「大丈夫だ!! みんな!」
「やるしかねぇ!!」
「ミンナトイッショダカラダイジョウブ!!」
「ゼンエネルギーシュウチュウ!!」
 バーンの叱咤に、三匹のAIが答える。
「行くぞ!!」
 ハウンドが、グリフが、イッカクが吼えた。
 朱色、翡翠色、白色の光が立ち上り、ワイルドバーンガーンの全身を包む。
「遅い遅い、死ねぇ!」
 ギルティが、吼える。
「ダークネス・フレア・ショット!」
 暗黒の光弾となった銃弾が、ワイルドバーンガーンの頭部、絶対領域目がけて放たれる。
 だが、それはワイルドバーンガーンを包んだ輝きが、螺旋の光となって放出されるのと同時だった。


「三獣弾、スピンッ、ガイザーーーーーーー!」
 螺旋の光は圧倒的なパワーで、ダークショットの弾丸を押し返す、いや、飲み込むようにしてかき消していく。
「な、なんだ、この光は!」
 それはギルティの知らない力だった。これまでのバーンガーンの戦いでは一度も発揮されたことのない輝きだった。その光が、ダークギルディオンの機体を飲み込み、光の中へと溶かしていく。
「ヒロの中から!」
「スペリオンから!」
 瞬兵とバーンガーンの意識が共鳴する。
「出てけーーーーーーーーっっ!」
 キーン、という金属音がして、ギルティの頭の銀環が砕け散った。

 * * *

 光の中で、洋はギルティと背中合わせに立っていた。
「ギルティ……お前はオレの分身。弱い心が生み出した、もうひとりのオレ……」
 静かに、ただ、確信に満ちた声でヒロが告げる。
「……そうだ。オレとお前は、ずっと一緒だ。これまでも……これからも……」
 同じように静かに話すギルティ、その頭に銀の環はない。ただ、もうひとりの洋がいるだけだ。
「……悪かったな……オレが弱かったから、お前が生まれてしまった……」
 背中合わせだったはずの二人が、いつの間にか向かい合っていた。
 ギルティの両方の手のひらを洋の手が包みこむ。
「何っ!? どういう…」
 ギルティは不思議だった。なぜ、洋は自分に触れようとしているのか? 自分のもっとも醜く、汚い部分に……。
「心配するな、お前はオレ、オレはお前だ……」
「バカな! お前はっ……!!」
 ギルティは気が付いた。洋の背中から柔らかな光が漏れ、ギルティを照らし始めた。
「オレは強くなる。希望という言葉のもとで……ギルティ、いや、オレの弱い心よ。オレはお前を受け入れよう。お前もまた、オレの一部なんだ……」
「ヒロ……オレハ…」
 ギルティが完全に光の中に消えた。
「ギルティ、お前の罪は…オレの罪だ…」

 * * *

 そして、光が消えた時……そこには、ダークギルディオンも、ギルティの姿もなかった。
 バーンガーンの全身から、装着された三匹のサポートメカが外れていく。

 * * *

「ハウンド!? グリフ!? イッカク!?」
 VARS基地内では、警告音と赤色灯が鳴り響いていた。
「バーンガーンはどないなっとんのや!?」
「無事です!」

 * * *

「ダークギルディオン……いや、スペリオンは……洋はどうした!?」
 残されたエネルギーで必死に首を巡らすバーンガーン。全身からスパークが上がっているが、決して膝はつかない。
「あれを見て、バーンガーン!」
「む!」
 瞬兵の指差す先には、白銀の甲冑を身につけた人型の生命体がいた。
「あれは……セルツ! ナイトメアの首魁のひとりだ!」
「セルツ……!」
 その名を口にするだけで、瞬兵の背筋には寒気が走った。世の中にあるすべてのものを、憎悪しているような冷たい視線が、甲冑の奥から感じられた。
「久しぶりだな、聖勇者バーン」
「セルツ! スペリオンを取り込んでいた、邪悪な影はセルツ! やはり、お前だったのか!!」
 セルツはバーンガーンの声に応えて、浮かんだまま足を組み、くつろぐように話し出した。まるで安楽椅子に座り、友人でも迎えるような口調だった。
「残念だったよ、彼はもう少しで、完全にこちら側に来るはずだったんだが…実に残念だ」
「キサマ!!」
「お返しするよ、キミと芹沢瞬兵くんのお友だち…生きてるかはわからんがね」
「!?」
 セルツのさした指の先には、自分の手の中の少年を守り抱く……深紅のロボットが空に浮かんでいた。
「スペリオン!!」
 確かにそれはバーンガーンの友、勇者スペリオンの姿であった。そのままゆっくりと、重力に引かれてスペリオンは落下していく。洋もろともに。
「バーン!!」
「ウオーーーーッ!!!」
 バーンガーンは最後の力で、落下するスペリオンを抱きかかえ、機体の重力制御でそのショックを打ち消した。スペリオンの機体は破損していたが、その光は失われていなかった。そして、スペリオンに守られたヒロも。
「スペリオン!」
「聞こえてる……声がデカいんだよ。相変わらずだな、オマエは……」
 スペリオンは苦笑したようだった。
「ありがとう、瞬兵。君のおかげだ。私は、友を守れた」
「それはボクも同じだよ。ヒロが……無事だったんだもの」
 瞬兵の瞳からは涙がこぼれて止まらなかった。嬉しい時にも涙が止まらなくなるんだと、瞬兵ははじめて知った。
 そして
「許さんぞ……セルツ! おまえは、私たちの友を弄んだ……!」
 バーンガーンはセルツを睨みつけた。
「残念だが、今はその時ではないだろう」
 セルツが指を弾くと、空間が裂け、黒い〈ガニメデ〉が姿を現わした。
「お待たせいたしました、セルツ様」
「カルラ、来たか」
(カルラ?)
 バーンガーンはその名前を持つナイトメアに心当たりがなかった。ギルティ同様、新しく生み出された存在なのだろうか?
「決着は次回まであずけておこう…聖勇者よ」
 黒い〈ガニメデ〉の手に乗ったセルツは、〈ガニメデ〉とともに姿を消した。
 バーンガーンにそれを追う余力はなかった。だが、次は決して許さない。それはバーンと瞬兵の誓いだった。

 * * *

 セルツが去り、敵の反応が消えたことを確認すると、バーンガーンから飛び出した瞬兵は、洋の元へと走った。もちろん、姉の手配した救急隊がすぐにでもやってくるはずだったが、それよりもまずは洋の無事を確認したいのは当然のことだ。
 スペリオンに抱かれたヒロは、苦しそうに目を開けた。
「…シュンペイ…オレは、お前のこと…」
 ギルティが瞬兵にかけた憎悪と恨みの言葉の数々、洋はそれが嘘であるとは言い切れない。自分の中には間違いなく、その想い、闇の感情とも言えるものがあるのだ。決して表に出さないはずのマイナスの言葉だ。
 洋はいたたまれない気持ちだった。
「あのさ、ヒロ」
 けれど。
 すうっ、と瞬兵は深呼吸をして、笑顔を作った。
「ボクだって、ちょーーーヒロのことウラヤマしいし、ニクタらしいんだからね!」
「え」
 それは洋には予想もつかない言葉だった。
「イケメンで、勉強ができて、スポーツ万能で! クラスのみんな、ヒロに憧れてるんだよ! そんな風になりたいってボクだって思うよ! あったりまえじゃん!」
「……だが、ギルティも、オレの一部だ……だから、あの時の言葉がオレの本音かもしれない。それでもオレのこと……」
「どれもヒロなんでしょ? ヒロはボクの友達だもん! ギルティの気持ちもヒロの気持ちも…ヒロ自身でいいんだよ」
「フフ……瞬兵はいつも、のーてんきだな?」
 洋は小さく微笑み、疲れたように目を閉じた。

(……ギルティ、お前のおかげで、オレは素直になれるかもしれない)