
第八話『本当の敵』
白い空間が広がっていた。
瞬兵は最初、自分の眼が見えなくなったのかと思った。
そこには上も下もなく、右も左もなく、ただ茫漠たる優しい光だけがあって、白く輝いて見えたからだ。
が、やがて自分の手も足も認識できて、瞬兵はまだ生きているのだ、と悟った。
体が、痛む。
ダークギルディオンとの戦いの衝撃が、瞬兵の小さな体を痛めつけていた。
「……よ、勇気ノ……もとよ」
「だ…誰?」
白い空間の中、目の前に金色の光があった。
そして声があった。
声は男のようでも女のようでもあり、また老いているようでも若いようでもあった。
「……勇気の、源よ」
横たわった瞬兵の上に、金色の光が舞い降りてきた。まばゆい光に目が眩み、瞬兵は顔に手をかざす。
「我が名は、アスタル」
アスタル。
その名前には聞き覚えがあった。そうだ、確か、バーンが……。
「バーンのお師匠さん? ……」
「少年よ、友の心音(しんおん)を聞いたか?」
「シンオン?」
「こころのおと、友の心の内を聞いたか?」
「…ヒロは…」
瞬兵はうなだれてしまい、言葉が出てこなかった。
それは、彼が生まれて始めて接した、悪意だったからだ。
悪意と害意は違う。
これまで立ち向かってきたナイトメアは、瞬兵に害意を持っていたとしても、瞬兵個人への悪意を持ってきたわけではない。だが、今瞬兵の前に立ちふさがっているヒロは違う。
愛されて育てられてきた瞬兵は、これほどの悪意を向けられたことはなかった。
「ヒロは……ボクのことがダイキライだって……」
我知らず、涙が頬を伝った。
涙は水晶のように輝いて、白い空間に散っていった。
「ヒロが、ボクのことを、そんな風に思っていただなんて…」
「その言葉を信じるか?」
「わかんない。でも、ギルティが言ってるのに、ヒロが言ってるみたいで……」
「勇気の源よ……本当の敵を、見定めるのだ」
「本当の、敵?」
瞬兵は少しきょとんとした。
ナイトメアのこと? ギルティのこと? ダークギルディオン、それとも……ヒロのこと?
「本当の敵は見えるものに非ず」
金色の光は、ゆっくりと小さくなっていった。
「みえるものにあらず?」
瞬兵はもう一度、その言葉をオウム返しに問い返す。
見えるものではない、敵。
それは――
光が拡がっていく。
金色の光が、瞬兵を飲み込んで、そして――。
* * *
「ここは?」
瞬兵はふわふわと浮いているような感覚の中、目の前に移る光景に見入っていた。
光。
それは時間、空間を超えた世界だ。
宇宙の創造とともに存在し続けてきたアスタルが見せるビジョンは、まるで巨大な万華鏡のようだ。
そこには、瞬兵が産まれる前の時間、産まれた時の時間、その後育ってきた後の時間、すべてが存在する。もしかしたらその先の未来すら見えるのかもしれなかったが、今の瞬兵には光そのものとしか知覚できなかった。
(シュンペイ、ギルティの言ったことは、……真実だ)
瞬兵の心そのものに、アスタルは語りかけてきた。
(ギルティはヒロに取り憑いているのではない)
「!」
(ギルティはヒロの“一部”なのだ)
「一部? じゃあ、やっぱりギルティはヒロってことでしょ? ヒロはボクのこと……」
(……気になるのか?)
「……うん」
(シュンペイ……だからこそ…本当の敵、見えざる本当の敵を探せ)
アスタルの声が低く響く。
「わからないよ、たとえそれが分かったからって、ヒロのホントの気持ちは変わらない……」
(だが、それはヒロの「一部」であるギルティの言葉だ。思い出せ、シュンペイ。ヒロは何と言っていた?)
瞬兵の心にあの時のヒロの声がよみがえってきた。
『シュンペイ、いまのオレは“悪い意識”に支配されてる』
「!」
(ビジョンを見せよう)
ふたたび、優しい光が瞬兵を包んだ。
瞬兵の前に見える景色が、書き換わっていく。
* * *
そこは、港の見える丘だった。
海からの風に吹かれて、ひとりの女性が空を見上げている。
黒い服を着たその女性のすぐ側には、真新しい墓石があった。
それが誰の墓石か、瞬兵は知っている。
相羽真人。
幼なじみの菜々子の兄であり――そして愛美の恋人だった宇宙飛行士の遺体なき墓標だ。
宇宙開発事業団に所属していた真人が死んだのは、数年前。衛星軌道上でのことだった。
瞬兵にとってはおぼろげな記憶だったが、目の前のビジョンはどこまでも鮮明だった。
「真人……あなたが私の研究で人類が宇宙に行ける、って言ってくれた意味、やっとわかってきた」
姉が語りかけているのは、瞬兵に対してではない。
そこにいない、死者に対してだ。
「私、決めたよ。あの技術、C-Naに売る」
C-Na。C-Naゼネラルカンパニーのことだ。
「社長は高い給料も、莫大な研究費も約束するって言ってくれたけど、その見返りは当然〈超AIシナプス〉のパテントをよこせって話だった」
愛美はカバンの中から小さなデバイスを取り出した。瞬兵も見覚えのあるそのユニットは、VARSの初期モデルだ。
「でも、この技術をシーナに渡したら、自ら考え、行動する最凶の兵器が出来上がってしまう。それだけは絶対避けなきゃ! って思って最初は逃げ回ってたんだけど……やめた」
愛美の瞳が強い光を帯びる。
「逃げ回っててもC-Naから逃げ切れるもんじゃないし、ネット上のバッシングや、脅し、誹謗中傷も正直、もうへこみそう。最近はC-Na以外にも接触してくる海外の怪しい組織? も出てきたから、こりゃ逃げてても逃げ切れん! 殺されちゃう! って思ってさ」
まるで真人がそこにいるかのように、愛美は苦笑いをした。決して弟には見せることのない無防備な笑顔。
「それに…逃げてるだけじゃVARSは完成しない」
丘まで昇ってきた海風が愛美の髪を揺らした。
「だったらいっそのこと、自分から懐に入った方が早いと思って。この技術は、戦争のために使わせない。真人と約束した通り、未来の人類のために使う」
愛美は涙を浮かべてはいたものの、その表情は決意に満ちていた。
何もかもが、知らない姉の姿だった。
「真人が褒めてくれたこの技術を、ちゃんと人類のために使う! そう決めたの! 自分に負けそうだけど、負けるわけにいかないじゃん?」
(こんなことがあったんだ……)
瞬兵はビジョンの中で、呆然としていた。
それまでずっと、自分が見ているものだけが、家族の姿なのだと思っていた。姉が泣く姿など、想像もできなかった。
でも、自分が見ている芹沢愛美は、あくまで姉としての芹沢愛美なのだ。
(目に見えるものだけがすべてではない)
アスタルの厳かな声が響いた。
(キミと彼の間にもそんなことはなかったか?)
アスタルの言葉とともに、ビジョンはまた光の中に消えて行った。
(そうだ、ヒロ――!)
* * *
次のビジョンは、すぐ最近のものだった。
そこは海浜ドームの地下にあるVARSの本部。
まさる、さとる、ひろみの三人が、三体のサポートロボを前にしているところ。
一月か……もう少し前のことだ。
「二週間、こいつらのAIの教育を担当か……」
「あの姉御が、頭下げるとか、尋常やないで…」
「ホントにいっしょに暮らすだけでいいの? 特訓! とか、バトル! とかしなくていいの?」
ひろみは、グリフの前でファイティングポーズを取ったりしながら、二人に聞いた。
「バトルAIについては、本社の戦闘用AIをそのまま入れ込めば完了しちゃうんだ」
C-Naゼネラルカンパニーは防衛部門にも深く食い込んでおり、自律型AI兵器の開発も行っている。そこには愛美の技術の一部が転用されている。これはやむを得ない事実だ……VARSのテクノロジーのすべてを秘匿することはできなかった。愛美が技術を秘匿したとしても、ディープラーニングによる兵器開発は全世界のあらゆる企業が行っている。遅かれ早かれ、だ。
ならば、自分がコントロールできる範囲で技術者としての良心を貫く。愛美の考えは、そこにあった。
「でも、それだけじゃただの殺戮兵器や、姉御の特許、〈超AIシナプス〉を組み込むことで、この三匹は“兵器”じゃなくて“生きてるメカ”になる。姐御の狙いはそれや」
「すっごーーい、さっすが、お姉さま♪」
動物の姿をしているけれども、この三体のサポートロボには〈超AIシナプス〉、つまり完全自律型のAIが組み込まれている。ネットワークから切り離され、自分だけの判断……そして自我を持ち得るということだ。
「見た目同様、生き物のように考えることができるから、ただの武器とか、アイテムとは違った効果が出るかもしれない……と愛美さんは考えているんだと思う」
「なるほどぉ~。スゴいのね! ピーちゃん!」
ヒロミはグリフの頭をなでながら言った。
「ピーちゃん? グリフ、でしょ?」
「だって、ぐりふとかコワそうだもん。ピーちゃんの方が呼びやすいし、カワイイでしょ?」
「Pi!」
グリフはヒロミの声に応えて羽根を広げた。女子的にうれしいらしい。
「よっしゃ! 手始めに甲子園いくで! 本物の虎をたたっこんだる! ついてこいや!」
まさるのその反応もどこかズレたものだったが、そのまさるを「フン」と鼻で笑いながらも、ハウンドは後について部屋を出て行った。
「こういうことなの?」
さとるはあきれつつも、この人選が愛美の狙いにも思えた。
個性。
それだけは無味乾燥なプログラミングでは与えられないものだ。個性だけは豊かな三人に〈超AIシナプス〉を預けることで、何かを生み出そうとしているのだろう。
「じゃあ、ボクらも行こうか? よろしくね、イッカク」
さとるはかがみこんで、机の下に隠れ込んでしまったイッカクに挨拶した。
「ギュル」
イッカクは返事するかのようにドリルを回して、(ちょっとバックして)応えた。
* * *
正体不明の“異星人”の攻撃が始まって、毎週のように怪ロボットが都市を攻撃するような異常事態が訪れても、襲撃を受けていない地域では日常が営まれているし、その中にはプロ野球だって含まれている。人間同士の戦争と同じだ。
『9回裏梅田タイガースの攻撃! 2アウトランナー2塁3塁一打逆転サヨナラのチャンスです!!』
「いてこませーーーー!!」
盛大に散らかった部屋の真ん中で、缶ビール片手にまさるがTVに向かい叫ぶ。
ハウンドはまさるの隣でTV横目に伏せていた。
「ハウンド、よく見とけ! ここからがタイガースの真骨頂やで! ダイナマイト打線の復活や!」
眼を血走らせてまさるが叫ぶ。
ビジョンを見ている瞬兵は、まさるがここまでヒートアップするのを見て、驚愕していた。
が、一分後。
『ゲームセット! タイガース残念ながらサヨナラならずです!』
「アホボケカス! なにやってんねん!」
さっきとは打って変わっての罵声の応酬、乱暴にテレビを切ると、まさるは缶ビールを一気飲みした。
(人間てのは、おもしれーな。こんなボール遊びで興奮できるんだ)
瞬兵の心に、ハウンドの意識が伝わってきた。
ハウンドが、自分の教育担当である逢坂まさるの家に来て今日で3日目、毎日のスケジュールは12時起床→13時VARS本部に出勤、基地内のシステム管理18時終了→帰宅してタイガース戦観戦。終了次第、勝てば勢いづいて近所の飲み屋に繰り出し、負ければふてて酒飲んでそのまま就寝、だった。
(負けたから…今日は荒れるか?)
今日もタイガースの結果に合わせた動きかと思ったが……まさるの動きはちょっと違った。
「しかし、オドロキやな…」
まさるはまるで猫のように伏せて寝ているハウンドを見て、2本目の缶ビールを開けた。
「姉御…いつから、作ってたんや、こんなもん。まるでほんまもんのトラやんか?」
ハウンドの背中をつつく。ハウンドもまさるを一瞥、むっくりと起き上がった。
「ボンがおらんようになって、ホンマは一番心配なはずなのに、バーンのお師匠さんを信じろという言葉を信じて、帰って来た時のことに自分の気持ちを切り替えた」
(酔うとよくしゃべる。関西人の特徴か?)
確かに、少し酔っているようにも見える。まさるは続けた。
「お前たちのバトルAIはワシが調整済みやったんや。デザインもプログラムの“熱血”やからな! 普通だったら、今度あのなんちゃらでぃおんが出てきたら、お前ら三匹だけでも楽勝! のはずなんや」
パッドを操作して、まさるはハウンドのシステム画面を立ち上げた。
彼は元々、天才プログラマーと称賛され、様々な企業からのオファーを受けていた。しかし、企業間の争いに巻き込まれ、それに厭気が差してプログラマーを引退しようとしていたその時、愛美と出会った。
愛美がまさるに提示したのは高額の報酬でも豪華な社宅でもなかった。
『一緒に正義を貫こう』
彼女はそう言ったのだ。
正義。およそシステムエンジニアリングには無縁なその言葉を臆面もなく口にする彼女のことを、まさるは心底から気に入った。
「だが、姉御の答えはNO! や、なんでやと思う?」
ハウンドに解答する機能はない。いやそもそも、機械であるハウンドに語りかける“感情移入”という概念自体、AIには理解しがたいものだ。が、ハウンドはそのまま聞いているフリをした。
「お前たち三匹を殺戮兵器にしないため、つまり、心を持つアニマルロボットとして育てる、と決めたんや」
(知ってる)
と言いたそうにハウンドはうなずいてみせると、それがまさるの話を加速させた。
「お前の中に入ってる〈超AIシナプス〉……それはバケモンプログラムや。全世界の企業がねろとる」
(そんな大それたものなのか?)
ハウンドはちょっと驚いた。瞬兵も驚いた。全世界の企業を相手に姉が戦っていたなんて、これっぽっちも知らなかった。
その表情を見て、更にまさるのトーンが上がる。
「C-Naにおるんも、他の企業や国に狙われるよりC-Naの中に入って特許取って守ってもらった方が安全やっちゅうことやな。その上でC-Naの防衛産業部門にはその特許を全部開示せんと、戦争とは全く関係ない、おもちゃと通信部門だけに使用を制限したわけや!」
まさるの語り口はテンポがよく、浪曲師か何かのようだった。酔うと口が滑りやすくなるタイプだ。
「もちろん技術応用で防衛産業に転用されてまうのはどもならんけどな。それでも、野放図にコピーされるよりはずっとずっとマシや。せやけどなあ」
プシューッ、と小気味良い音をさせて、まさるは三本目のビールを開けた。
「ワシには、なんでお前ら三匹をわしらに預けんのか? まっっっっっったくわからん! お前、タイガースの試合と酒飲んでるのを見て、何を覚えるんや? 姉御の頼みやから……でも、これでええんか? なぁ?」
そのまま喋りながら、まさるは眠りについていった。
その優しそうな表情を見ながら、瞬兵にはなんとなく、姉の意図がわかる気がしていた。
* * *
次に瞬兵の前に映し出されたのは、ひろみの部屋だった。
パステルカラーでまとめられたその部屋は、ガサツな姉の部屋とは何かが違っていて、瞬兵の心を少しどぎまぎとさせた。
「う~ん、どれがいいかなぁ~」
そのひろみはネットショップの画面を見ながら、頭を抱えていた。
「ピーちゃん用の服って……ないわよねぇ~」
グリフはロボット、かつ始祖鳥モチーフなので、ペット用の服やぬいぐるみ用の服を合わせてもいかつい見た目は隠せない。
「ピーーッ」
グリフも残念そうにうなだれる。
愛美からグリフを預かるとき、
「この子、中身女の子だから、ひろみが担当よ」
と言われたのをひろみは覚えている。
ロボットに性別という概念があるのかどうかはわからないが、少なくとも愛美の中ではそういうことになっているらしい。
「仕方ないなぁ~作るしかないか~!」
クッションを抱いたままひっくり返るひろみ。
「Pi?」
「ウフフ」
ひろみはクローゼットに飛び込んで、わらわらと何かを探し始めた。
「お姉さまに言われて、ピーちゃんを預かったはいいけど、なにをしてあげたらいいのか、わかんないんだぁ~」
ひろみはグリフに、頼りなく微笑みながらクローゼットをひっくり返す。
「お姉さまが初めてうちの会社に来てくれた時、私に言ったの。世界中の子どもたちに“自分だけのパートナー”をプレゼントしに来たの…って、それがVARS」
「Pi!」
「私もイベントとかを手伝ってたんだけど、こんなに早く世界中に流行するだなんて思わなかった」
「Pi―――――」
「世界中の子どもたちが、VARSがあることでみんな仲良くなれるの。通信で、ゲームで、自分だけのパートナーが世界を自分をつなげてくれる。そのVARSの技術が……」
徐々にひろみの声が涙声になる。
グリフはゆっくり、服に埋もれたひろみの下に近寄った。
「ピーちゃんには絶対、アブないことしてほしくないの。でも……」
「Pi」
「シュンちゃんだけじゃなくて、ヒロくんも、まさか、イベントであんなことになるだなんて…」
グリフはひろみのそばに来て翼で頭をなでた。
「お願いよ……ピーちゃん、シュンちゃんとヒロくんを助けて……」
ひろみはクッションに顔を押し付け、消え入るような声で泣いた。
* * *
まさるの部屋とは打って変わって整えられた部屋の中で、さとるもまたパソコンに向かっていた。そのかたわらには、イッカクの姿がある。
「まさるさんが『ロボットの武器といえばドリル!』っていうから、キミにはドリルがついてるんだろうけど、キミの場合は攻撃よりも防御の方にスペック振ってるんだよね」
イッカクはそれにこたえるようにベッドの上に跳ねると、元気にごろごろと転がって見せた。
「それにガーンダッシャーとの合体機構システムは急ごしらえだから、キミたちの内で最もバーンとのシンクロ率が高い一体が戦闘に参加することになる…」
「ギュル」
「とはいえ、ウチは軍事部門じゃないもんなぁ~、玩具事業部だってーの、やりたくないなぁ~!」
「ギュルギュル!」
イッカクもさとるに同意というようにベットの上をキャタピラで走り回った。
「だよなぁ~」
さとるは苦笑いした。
玩具開発を志して愛美の部下になった彼にしてみれば、VARS技術を使っての戦いは、たとえ正義のためだとしてもやりたくないことなのだ。戦えば、建物も壊れるし、人も傷つく。
「とはいえ、あのギルディオンは、元がウチのVARSと思えないぐらいの戦闘力だった……バーンガーンのいまの武装と出力じゃあのスピードとパワーには追い付けない」
「ギュルギュル」
イッカクはさとるの言葉におびえるように後ずさった。
「所定期間に、一定の“シンクロ率”が出せないと、誰もバーンガーンと合体できない……それも困るしなぁ~」
さとるは天井を仰いだ。
「それに瞬兵くんが戻ってきたとして、あの時のギルティの言葉……」
VARSの実運営スタッフであるさとるは瞬兵とも洋とも仲がいい。二人が一緒にヴァルスで戦う姿を何度も見てきたのだ。
「助けなきゃ……あの二人はホントの、ホントの親友なんだ……」
さとるは顔を赤くして腕で顔を覆った。
「ギュル」
いたわるように、イッカクがドリルを回してみせた。
* * *
(そうか……)
瞬兵はそれまで、どこかで自分とバーンだけが悪と闘っているのだと思っていた。
けれど、それは違うのだ。
姉や、VARSの人々が一丸となって、自分たちを支えてくれている。
その事実を、瞬兵は目の当たりにした。
(ボクは……ひとりじゃないんだ……)
* * *
一方、その頃。
瞬兵がバーンの中から姿を消してから、一週間が経過していた。
幸いにもダークギルディオンの再攻撃はなかったが、バーンとVARSは焦燥のうちにあった。
「瞬兵は、アスタルの元へ導かれたのだ」
バーンは愛美たちにそう告げた。
だが、アスタルの意思はバーン自身にも計り知れぬものである。
アスタルがどのような啓示と試練とを瞬兵に与え、いつ戻るのか。それはバーンにもわからぬことなのだ。
そして、バーンの悩み事はそれだけではなかった。
(スペリオンは簡単にナイトメアに取り憑かれるような奴ではない)
この、一事である。
VARSのメンテナンス台の上にちょこんと座り、バーンはずっと考え込んでいた。
「ギルディオン……いや、スペリオンはバーンと同じ聖勇者なんだね?」
そう聞いたのはさとるだった。
「ああ……スペリオンは私の友だ」
「瞬兵くんと洋くんも友だちだよね」
形のよいアゴに指を当てて、ひろみが考え込んだ。
「ギルティとギルディオンは二人の友だちに取り憑いたってこと?」
確かに、二人はギルティ、ギルディオンに乗っ取られているかのようだった。ということは、二人もグランダークの手先なのだろうか? 絶望の化身とは?
バーンにはどうしてもわからないことがあった。
洋がギルティに乗っ取られた原因が、海浜ドームに落ちてきた時の衝突ならば、あの赤い光はギルディオンということになる。だが、ギルディオンとギルティは別人格のように見えた。ということはギルティがヒロに取り憑くと同時に、ギルディオンもスペリオンに取り憑いたということなのだろうか? 同時に取り憑かねばならない理由は?
スペリオンは、先のグランダークの戦闘で敗れたとはいえ、バーンと同じ聖勇者である。そのスペリオンが、グランダークの手に堕ち、操られているとはにわかに考えにくかった。
(スペリオンが操られているのには、きっと何かそうせざるを得ない理由があるはずだ……)
「バーン、サトル、それにお嬢、みんな始めるで」
まさるの合図とともに、メンテナンス台にライトがともった。
バーンの横にはまさる預かりのハウンド、ひろみ預かりのグリフ、そしてさとる担当のイッカクがいる。
「サトル、これは何のチェックなんだ?」
「あ、ゴメンゴメン、愛美さんからの指示でね、バーンと三匹の〈超AIシナプス〉の“シンクロ率”のチェックをしたいんだ」
「〈超AIシナプス〉……私のボディに組み込まれているAIと同じものか」
「せや。VARSの基本システム、〈VARS・OS〉の大元や。この三匹は、VARSやないけど、ヴァルスと同じ〈超AIシナプス〉が入っとる。しかも、姉御の開発では初の<戦闘モード>多めのアルゴリズムや」
まさるの声が少しこわばったように聞こえた。
「戦闘に特化した能力を三匹は持ってる……でも、その戦闘能力解放の“カギ”を、愛美さんはバーン、アンタとの“シンクロ率”に任せたんや」
「“カギ”?」
「三匹が“戦いたい”と思ったときに戦ってしまったら、それは兵器と一緒だろ? だから、バーンが瞬兵くんの勇気の力(ブレイブチャージ)で戦う力を得た時のみ、バーンとの“シンクロ率”に合わせ、一緒に戦うことができれば、って愛美さんは考えた。つまり、バーンの体内の〈VARS・OS〉を“カギ”にしようとしてるんだ」
「なるほど……」
バーンには愛美の危惧している“超AIの暴走”――生物でないものが“心”を持つこと-に対する懸念は理解できた。“心”そのものは善でも悪でもない。機械がエゴを手にいれ、人間や自然に牙を剥く可能性を懸念するのは当然のことだ。
(だから、本当は力には力で対抗すべきではないのだ)
だが、ダークギルディオンに今のバーンガーンの力が通用しないこともまた事実だ。力に溺れるべきではないが、無法な暴力に対しては毅然と立ち向かわねばならないこともある。聖勇者の為すべきことが何か、バーンはきちんとわきまえていた。
「みんな、よろしく頼む」
バーンは並んでいる三匹に声をかけた。
三匹のAIデータがバーンへと流れ込んでくる。
それぞれが蓄積した、それぞれの想い。
バーンにはそれが、暖かいものとして感じられるのだ。
(そうか……これが人間が持つ無限の可能性か……)
バーンは瞬兵と離れ、孤独感を覚えていた自分が癒やされるのを感じていた。
(後は、瞬兵さえ戻ってきてくれれば……)
だが、その時である。
「!」
VARS基地の緊急警報が鳴り響いた。
「ナイトメアの出現……これはダークギルディオンです!!」
* * *
ダークギルディオンが出現したのは、東京、それも麻布の住宅街の上空だった。
高層ビルを背に、ダークギルディオンの漆黒の巨体が繁華街を睥睨する。
防衛軍の戦闘機も出動しているが、人口密集地でまさかミサイルや機銃を使うこともできず、遠巻きに見守るばかりだ。いや、もし全火力を投射できたとしても、ダークギルディオンの敵ではないだろう。
だが、その前に立ちふさがる影があった。
聖勇者バーンである。
無論、瞬兵がいない今、バーンはただのVARSに過ぎない。
しかしだからといって、聖勇者たる彼に、破壊をただ見過ごすことなどできるはずがなかった。
「ギルディオン! なぜ人々を襲う! 目的はなんだ!!」
「絶望……」
ダークギルディオンの答えは不気味で、そして無慈悲だった。
「そうだ。この世に、希望なんて必要ない」
その肩に乗るギルティが、冷たく付け加える。
「シュンペイはどうした? 逃げ出したのか? 純粋な者ほど、裏切りに弱いからな。その心に受けた傷は大きく、深く……。そして、簡単に希望を捨てる」
「そうだ、ギルティ。希望を失った人間ほど、もろいものはないからな」
ギルティの言葉にダークギルディオンが応えた。
「やめろ! 攻撃をやめるんだ! スペリオン!」
「フッ……! 誰のことだ!? このオレを止めたければ力づくで来るがいい」
「クッ……!」
バーンが歯がみをした、その時である。
「のぞむところだ!」
凜とした声が、響いた。
ビルの屋上に立ち、バーンブレスを手にしたその姿。
「バーン!」
「瞬兵! 待っていたぞ、その声を!」
光に包まれ戻ってきた瞬兵を、バーンは歓喜とともに迎えた。
* * *
「さとる! ガーンダッシャーのストッパーを外して!」
VARS本部では愛美たちが奔走していた。
「大丈夫です! バーンから亜空間ゲートにはオートで転送されるって聞いてます!」
「よし!!」
(瞬兵、アスタルと何を見てきたの?)
モニターに映る弟の姿。以前と変わりないのか? 少し大きくなったのか? その表情にはどこか、頼もしさが感じられた。
(あんたに託すわ。世界の運命を……!)
* * *
「バーン!!」
その声に応えるかのように、一瞬にしてVARS車形態のバーンが瞬兵の手元に召喚される。
「いくよ!!」
瞬兵は上空に浮かぶギルティを真っ直ぐ見据え、バーンを飛ばす!
「ブレイブッ! チャージ!! バーンガーーーーン!!」
瞬兵の勇気の力(ブレイブチャージ)がバーンブレスを通して放たれ、空を飛ぶバーンへと届く!
「オォォーーーッ! ガーーンダッシャーーーッ!!」
バーンの呼ぶ声に応え、VARS本部に格納されていたガーンダッシャーが光に包まれる。
「さとる! 来たで!」
「行っけぇ!! ガーンダッシャーバージョーーン2!」
VARS本部から転送されたガーンダッシャーが、夜空をバックに出現する。
変形機構に変わりはない、機体から逆ブーストの煙が上がり、トレーラーの前面が立ち上がり、見る見るうちにバーンガーンの姿に変形していく!
「タァーーッ!!」
背面バックパック部分が開きバーンが飛び込んだ!
(本当の、敵……それは目に見えるものだけじゃない)
瞬兵がバーンガーンの額のクリスタルに取り込まれる。“勇気の源”を守るため、バーンガーン内部の空間に収容されるのだ。
同時にバーンガーンの瞳に光が宿った。
「「龍神合体! バーンガーン!!」」
バーンと瞬兵の声が、一体となった。
* * *
「なんだ、シュンペイ、帰って来たのか!?」
瞬兵の存在に気付いたギルティは嘲笑した。
「だがおまえには何も出来ない。おまえは無力な子どもに過ぎないのだから」
「ヒロ……いや、ギルティ」
だが、瞬兵はその言葉にはいささかも動じなかった。
アスタルの見せてくれた光の中で、瞬兵はひとつ強くなった。その強さは、瞬兵だけのものではない。
「……ボクは、もう、まどわされない! 本当の敵を、知っているから!!」
「本当の……敵だと……?」
「行こう、バーン!」
「おうっ! デュアルランサー!」
バーンガーンは龍牙の双槍(デュアルランサー)を構え、突進する。瞬兵の言葉が、バーンに力を与えてくれる。
「それでいい。やれ! ダークギルディオン!」
「さぁ、かかってこい」
夜空を背負い、バーンガーンとダークギルディオンが切り結ぶ。
一合、二合。
そのたびに激しく火花が散り、鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う。
『瞬兵! 市街地の上空は不利よ! 芝公園に誘導して! あそこの避難は完了しているわ!』
「了解! 東京タワーのほうに引っ張ればいいんだね!」
足下に見える広大な芝公園の敷地を確認し、瞬兵は叫ぶ。
「バーン、おねがい!」
「了解だ!」
バーンガーンのスラスターが全開になり、ダークギルディオンを大地へと押しつける。公園の草木が砕け、緑色の霧になる。
(ごめん!)
物言わぬ植物にだって命があるのはわかっている。だが今は、こうするしかない!
「シリウスインプルード!」
そのままの勢いでデュアルランサーを回転させ、龍牙一閃! 怒濤のような攻撃を繰り出すバーンガーン。だが、ダークギルディオンは、速い!
「フッ、それでも攻撃しているつもりか!」
黒い機体はバックステップでバーンガーンの一撃を回避してみせる。
しかしバーンガーンの追撃は止まらない。
「まだだ! クロス! インパクト!!」
十文字に切り裂くデュアルランサーの一撃が、受けたダークサーベルごとダークギルディオンを吹き飛ばした。
東京タワーをバックにした二機のロボット。
パワーはバーンガーンが優位、速度はダークギルディオンが優位、と見えた。
だが、決定打ではない。
「……ダメだ! 効いてない!」
クロスインパクトの一撃はダークギルディオンの体勢を崩しただけだ。スラスターで機位を立て直すと、すばやくショットガンを抜く。
「ダークショット!!」
「!」
「踊れ! バーンガーン!!」
まるで機関砲のように連続で射出されるダークショットの弾丸が、バーンガーンの装甲表面で爆ぜ、その動きを封じ込める。今は致命打にならなくても、連射を浴び続けていればセンサーや関節を潰されるのは明白だ。
「このままじゃ!」
「わかっている! ランサーシュート!」
バーンガーンはためらわず、手にしたデュアルランサーを稲妻のように投げた。光の矢となったデュアルランサーがダークギルディオンを貫いた――ように見えた!
「バーン!」
貫いたと見えたのは、ダークギルディオンの残像だった。
瞬時に射撃を中断した黒いロボットは、バーンガーンの背後に回りこむと、新たな攻撃態勢へと移行していたのだ。
そのスピードは、バーンと瞬兵には瞬間移動(テレポーテーション)ではないかと思えるほどであった。ショットガンでありながら、超速で繰り出されるダークショットがバーンガーンの動きを封じる!
反撃! バーンガーンのランサーシュートもダークギルディオンに弾き返された。
「ヌルい! そんなものか? バーンガーン!!」
いきなり、バーンガーンの懐にダークギルディオンが瞬間移動のように現れた。
「ダークネス……フレア!」
ダークギルディオンの全身が真紅のプラズマに覆われ、紅蓮の炎がバーンガーンと周囲の木々を焼き尽くす。
「グアァァァーーッ!」
「くううっっっっ!」
バーンガーンに守られた瞬兵にすら、その熱気は伝わってきた。バーンの装甲が溶けているのがわかる。圧倒的な火力だ。
(やっぱり……ダークギルディオンは……強い……! このままじゃ……!)
バーンブレスから通信音が鳴ったのは、そんな時である。
「姉ちゃん!?」
* * *
VARSの整備ドックはてんやわんやの大騒ぎであった。
なにしろ、人類初の異種文明に対する防衛支援活動である。
本当に自分たちが構築したシステムがバーンと適合するのか? ハードウェア的に、ガーンダッシャーのようなオーバーテクノロジーと融合できるのか? なにもかもがぶっつけ本番であり、エンジニアたちは愛美も含め、鬼気迫る迫力に包まれていた。
(これが失敗すれば、人類が滅びるかもしれない……!)
のである。
「まさる! サポートメカのシステムいけるの!?」
自らパソコンを叩く愛美、かたわらには〈超AIシナプス〉のシステム担当のまさるが目を血走らせていた。
「直前のバーンとのシンクロ率は、グリフが67%とトップやった! いけるよな! グリフ!!」
"Pi!"
グリフは頼りなく返事した。
グリフ、イッカク、ハウンド三匹は、愛美の計らいにより、いままでのペットサイズではなく、バーンガーンのサポートメカとしての大きさを持つボディに組み込まれてアップサイジングされ、ドックに待機していた。
「ピーちゃん! がんばって!!」
コントロールルームのひろみが涙目になって叫ぶ。
「さとる! 出せるの!?」
「……ちょっと、待ってく、ださい!」
さとるもモニターを凝視し、三匹のパラメータをチェックする。
「戦闘力ならハウンド、スピードならグリフ、防御力ならイッカク、シンクロ率順位はグリフ、ハウンド、イッカクです」
「じゃあ、グリフで行くよ!」
「でも、このシンクロ率じゃあ、狙ってた合体ができるかどうか…やっぱり、〈超AIシナプス〉の育成には時間が足りないんですよ」
さとるはあくまでエンジニアとしての慎重論を口にした。〈超AIシナプス〉の育成があまりにも不足しすぎている。本当にバーンガーンのシステムと結合できるとは、断言できない。それはいわば、闇夜にコインを投げて自動販売機の収納口に見事ホールインワンさせるような確率なのだ。
「いま、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
モニターの中では、バーンガーンの装甲表面温度が想定危険域を大きく超えつつあった。このままでは、バーンガーンは東京タワーごと火葬にされてしまうだろう。だが、防御に回しているエネルギーを捨て鉢に攻撃に回せば、瞬時に燃え尽きるだけだ。もはやバーンガーン単独での反撃の道は、閉ざされている。
もはや、決意するしかなかった。
人生には闇夜にコインを投げなければならない時がある。
今がそうなのだ。
さとるは生涯に一度、エンジニアにはあるまじきことに、神に祈った。
「了解! グリフ出します!」
「バーンガーン! コードネームは“獣甲武装”よ!!」
* * *
「バーン! ボクのことは心配しないで! フルパワーで離脱するんだ!」
「ああ! 瞬兵、行くぞ!」
バーンガーンの機体が、青い輝きに包まれた。
瞬兵の勇気が、バーンに力をくれる。
防御に全力を回したバーンは一瞬、ただの一瞬、ダークギルディオンの炎を振り切ると、月光を背に天高く舞い上がる。
「「獣甲武装!!」」
それは完全に賭けだった。
人類によってガーンダッシャーと接続されたシステムが、ガーンダッシャーの転送システムと連動できるかどうか。テストすらされていない完全なぶっつけ本番、理論上ですら確立はされていない、技術というよりは魔術に近いシステム。
もし本部のドックからの強化システム転送に失敗すれば、全エネルギーを使い切ったバーンガーンは完全に無防備になる。その隙をダークギルディオンが見逃すはずはない。
(お願い、姉ちゃん!)
瞬兵は祈った。バーンのために祈った。VARSのみんなのために祈った。この戦いを見守っているであろうすべての人々のために祈った。
(たとえ……ヒロがボクのことを嫌いでも……もう口も効きたくなかったとしても……だとしても、ボクはヒロをナイトメアから取り戻さなくちゃいけない! だって、ボクはヒロの友達だから……!)
そして、輝きは来た。
本部のドックから転送されたグリフが、バーンガーンの眼前でパーツに分離。そのまま、バーンガーンを包むように合体していく。
「「獣甲武装! ウィングッ! バーンガーン!!」」
鷲獅子(グリフォン)を彷彿とさせる姿になったバーンガーンが、きらめく光とともに、夜空に輝く。それは闇を切り裂く希望の灯火だった。
* * *
「グリフ……いや、ピーちゃんと呼ばれているのだったな。大丈夫か、戦えるか?」
バーンは優しく、自分と一体化したグリフに話しかけた。
(コワイケド ミンナマモリタイ! グリフハ、タタカウ! ワタシ、バーンガーンノアタラシイツバサ!!)
グリフの意思は、その主であるひろみ同様に、固く、強かった。
「うむ! ……いくぞッ!!」
* * *
電光のごとく、ウィングバーンガーンが舞い降りる。
エネルギーとの合体時に供給され、バーンガーン状態でのフルパワー、いやそれ以上の出力が発揮できている。
「ライトニングブレード!」
振り下ろすは雷鳴の剣、鷲獅子の刃がダークギルディオンに迫る。
「ク!」
ダークサーベルで受けるダークギルディオンだが、その動きはこれまでのような余裕はなかった。
「どうした、ダークギルディオン!」
「……速い」

ダークギルディオンとギルティが弱体化しているのではない。グリフと合体したウィングバーンガーンが、それ以上に速く、強いのだ。
間合いを取り、ダークショットの散弾を高速連射するダークギルディオン。だが、その弾雨をかいくぐり、ウィングバーンガーンがキャノンの一撃をいれる。黒い装甲が弾け、オイルが飛び散る。
さらに追うウィングバーンガーンの斬撃。一撃、二撃と繰り出されるそれをダークギルディオンは真っ向から切り払うが、押しているのがウィングバーンガーンなのは明白であった。
連続攻撃が八回目に及ぶと、ついに形勢不利とみたか、ダークギルディオンは攻撃をやめ、間合いを取った。
「フフフ! やるなぁシュンペイ! バーンガーン!」
ギルティの言葉にはいささかならぬ驚愕の色があった。
「私の力は瞬兵の勇気の力だけではない! 仲間の“心の力”が私を強くする」
「心の力だと……?」
「そうだ。このグリフはただの強化システムではない。地球の人間たちが、誰かを思いやり、誰かを守るために開発してくれた私の鎧であり武器だ。彼らの思いが、瞬兵の勇気とともに、私に力をくれる。だから!」
バーンガーンの瞳が、エメラルドに輝く。
「そうか。だが、思い違いをするなよ、バーンガーン」
ダークギルディオンの言葉は冷たかった。
「お前は私を凌駕したのではない。同じ次元に足を踏み入れただけだ。私は全力をまだ出してなどいない」
「……!」
それがハッタリではないことはあきらかだった。
ダークギルディオンの装甲こそいくつか砕けていたが、フレームには致命的なダメージは入っていない。対してウィングバーンガーンは、パワーアップを遂げたとはいえ、機体全体がガタガタであることに変わりは無い。
(これからが、本当の勝負になるのか……!)
瞬兵が覚悟を決めたその時。
「……待て、ダークギルディオン」
ギルティが苦しそうに、ダークギルディオンを制した。息が荒い。
「今日はここまでにしてやる。未知数の力に深入りをして、つまらん手傷を追いたくもないしな……」
「……」
ダークギルディオンはギルティの言葉に無言で従い、虚空へと消えた。
「行っちゃった……」
それが残念なのか、あるいは勝利したことの喜びなのか、瞬兵には判断がつかなかった。結局、ヒロの本心を聞き出すことはできなかったからだ。
「だが、よかった」
「え?」
「正直、こちらもこれ以上は厳しかったかもしれない」
そう言うと、ウィングバーンガーンは力尽きたように着地した。
「バーン!?」
「私は大丈夫だ。だが、グリフが……」
(モウムリ……)
グリフのシステムがアラートを上げていた。地球製の〈シナプスAI〉が、合体の負荷に耐えられなかったのだ。
まさに薄氷の上の勝利、と言えるだろう。
「ありがとう、グリフ」
「Pi……!」
イメージの中で、グリフが優しく翼を振った。
そう、これは全員が全力を出し切り、ようやく手にした勝利なのだ。
「……バーン」
「なんだ……?」
「本当の敵……なんとなくわかったよ」
「……そうか」
「本当の敵は、自分自身……ボク自身の心の弱さなんだ」
「うむ」
「そんな弱い自分を、認めてあげられないことなんじゃないかって」
「……なるほど」
「だから、次にギルティ……ううん、洋に会ったら、言うんだ」
瞬兵はバーンに笑みを向ける。
「洋はボクの大切な友だちだよ……って」