novel

第六話『少年たち』

 少し、前のことである。
 海浜ドーム駅は最近作られた駅だけあって、きらきらと輝くガラスの天井から差し込んでくる光がなんとも美しい。といって、まぶしいばかりでどこに何があるかわからないということもなく、使いやすくまとまった駅である。
 通勤客、観光客、通学の子どもたち……。
 たくさんの人々が行き交い、色とりどりの輝きを見せている。
 が、その昼下がりの喧噪の中で、ひとり、際だって浮かび上がる少年がいた。
 淡い光の中で、その少年はあたかも光輝そのものから削り出したような、整った顔立ちをしていた。何人か、タレントだろうか、と振り返る人すらもいる。が、本人はその美しさにさほどの価値を認めていないらしく、あくまでも自然体である。そこが、また良かった。
 少年の名を、坂下洋という。
「ヒロ! ごめん……待った?」
「ん……ちょっと」
 芹沢瞬兵の呼びかけに、少年はゆっくりと顔をあげて応えた。
 その仕草さえも、絵になっている。一挙手一投足に、なんともいえぬ優雅さがあるのだ。単なる訓練では身につかぬ、天性のものである。
「今日のチコクの言い訳は? 言ってみ?」
 涼やかに微笑みながら、その美少年は、自分と比べて背丈が小さめの少年の肩に腕を回した。
「イヤァ~。今日も姉ちゃんが朝からうるさくってぇ~。なかなか出かけらんなかったんよ」
「へぇ? 愛美さんが?」
 人込みの中に溶け込んでいく二人の手には、道具箱のようなケースが握られ、入場券のようなネックストラップがつけられていた。
 “Vertual Robot Simulator”、通称“VARS(ヴァルス)”は子どもたちにとってスマホ同様のパートナーAIナビロボットである。更に、VARSは子どもたちのパートナー、通信機器であると同時に、玩具でもあった。
 子どもたちは自分でカスタマイズしたVARSを、ゲームセンターやショッピングモールなどに設置されたシミュレーターを使って、戦わせることができる。VARSのパーツは一般のオモチャ屋で売っており、細かいセッティングパーツや装甲の組み替えで、自分だけのロボットを作ることが可能なため、『究極のロボットゲーム』として人気を博していた。
 そして、瞬兵の姉である芹澤愛美は『VARS』の生みの親であった。
 今日はその全国大会当日である。駅のあちこちに、彼ら同様VARSの箱を持った子どもやその保護者の姿が見える。
「そー、大会の日はいつもうっさいんだ、今日もセッティング間違えてる! だの、今日のフィールドにはこの装備は合わない! だの…」
 辟易した表情で瞬兵は肩を落とした。
 愛美は大会関係者なので、本当は出場者である瞬兵にそんなことを言ってはいけない立場なのだが、放っておけなかったのであろう。
「で、まさか、セッティング換えたんじゃないだろーな?」
「まっさか! それじゃズルじゃん! それに、今日はヒロとの勝負に決着つけるんだ! ズルしたっていわれたくないからネ!」
 瞬兵はにっこり笑って、洋に手を差し出した。
「9勝10敗2引き分け、今日こそ決着つけよう! ヒロ!」
 ――瞬兵の笑顔には、不思議な力がある。
 洋は、瞬兵に対してそんな印象を持っていた。

 * * *

 洋は、人付き合いの上手い方ではない。むしろ、自ら交流を求めないタイプの人間だと思っていた。
 洋には兄弟姉妹はいない。両親は洋が生まれてすぐに離婚、父は行方知れずになり、引き取ってくれた母はすぐに病死した。
 唯一の家族は母方の祖母のみである。彼女は自分の娘の残した洋を大切に育てた。
 物心がついた時に自分に親がいないことに気が付いて、洋は自分の両親を恨んだ。
 だが、親がいないからと言って、自分を育ててくれている祖母がいる。
 祖母は洋に親がいない分、有り余るほどの愛情を注いでくれた。
 洋は自分の「現状」を受け入れた。自分にとって、親がいないことは「普通」なのだ。
 だから、そんな達観した小学生の洋は、人混みが苦手、人と話すのが苦手な子どもに育った。学校のクラスメイトと話すことはあまりなく、親がいないという家庭環境も相まって、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
 いわゆるコミュ障、という陰口をたたく者もあったが、それを否定するつもりにもなれなかった。
 詮索されたり、お仕着せのやさしさを受けたくない、煩わしいと思っていたので、そういう雰囲気で見られることはかえって好都合なのだとすら、思っていた。
 けれど。その都合のいい状態をぶち壊して、乗り込んできたのが芹沢瞬兵だった。
 瞬兵との出会いは、二年前のこと。
 四年生に進級した春だった。
 普通に同じクラスになって、席が近くて、大きな瞳で周囲に話しかける瞬兵が、洋にも声をかけた。
「ボク、芹沢瞬兵! 坂下くん、かーーっこいいよねぇ…! よろしくネ!!」
(――なんだ……コイツ?)
 洋は、こういう何にも考えず懐に飛び込んでくるようなヤツは好きじゃないはずだった。が、目の前で目を線にして、くしゃくしゃの笑顔を見せるちびっこに、不覚にも懐への侵入を許してしまったのだ。
 犬っぽい、とでも言おうか。「ボクのことを拒むなんてしーんじらーんなーーい!」とでも言いそうな、笑顔だ。
 決して厚かましいとか、そういう意味ではない。愛されて育ち、愛されることに疑問を持たず、人への信頼をさらけ出すことにためらいのない、そんな笑顔である。
(――この感覚はナンだろう?)
 考えてもわからない感じ、しかし、なぜかイヤな感じがしない。と同時に、そう思ってしまう自分らしくない自分に驚く。
(――コイツ、苦手かも……)
 初対面の時はそう思ったが、あれから二年、六年生のクラス替えでも、瞬兵は同じクラスになった。
 そして今日も瞬兵は、今日もあの時と同じ笑顔で目の前にいる。

 * * *

「だからさぁ! 予選で落ちないでよ~! ……洋? 聞いてる?」
 またあの子犬のような目で、瞬兵が上目遣いに洋の瞳を覗き込んだ。これだ。この笑顔がくせ者なのだ。
「あぁ……! ……って、オマエこそ、予選落ちして泣かないようにな」
 洋は瞬兵の差し出した手を握り返すと、会場へ向かって歩き出した。

 * * *

 会場は駅よりもひどい混雑で、参加者の数は、会場の収容人数キャパシティをはるかに越えているかに見えた。
 受付ブースには長蛇の列ができ、それは抽選会場にまで伸びている。
「ふぁ~っ、あいかわらずスゴイ人……」
 会場に入るなり、洋は人の列と熱気に体感温度が上がるのを感じた。
「でも、よかったね。ボクたちシードだから、抽選並ばなくていいし……」
 大会の受付ゲートを通り、VARSのレギュレーションチェックブース、割り振られた対戦会場に流れていく。
「ヒロ! じゃあ、本戦でねぇ~!」
 別ブロックの瞬兵は、洋に手を振って、自分のブロックに向かっていった。
 洋は握りしめた自分のVARSを見て、我知らず苦笑いを浮かべた。
(全国大会、か――なんか、アイツに流されて始めたけど、オレらしくないな……)
 少し前まで洋は、VARSをナビロボ、通信機器としてしか使っていなかった。そんな洋を大会に誘ったのは、もちろん瞬兵だ。
「ぜーーったい! やった方がいいよ! ヒロは運動神経いいんだし、VARSもチョ~カッコいいじゃん!」
 そんな言葉だけで、自分がここまでVARS競技にのめり込むとは思っていなかった。
 VARSは奥が深い。金をかければいいパーツは手に入るが、それだけでは勝てない。
 日ごろは人間をサポートするナビロボットのVARSは、ゲームの中では自分のメンタルとリンクするパートナーとなる。
 以前、瞬兵の姉が洋に教えてくれた。
「ナビロボの時のVARSと、ゲームロボの時のVARSは、全然ベツモノ。ナビロボはただの端末だけど、ゲームロボの時は、VARSのメインOSである超A1シナプスが全開! 学習するだけじゃなくて、考えるAIが動き出すの」
 熱っぽく語るその横顔は瞬兵そっくりで、洋はこの二人は似たもの姉弟だと痛感したものである。
 洋はそんな芹沢姉弟の姿を微笑ましく見ていた……と同時に、その姿を見るたびに「自分にはない」「ウラヤマシイ」という相反する気持ちもわいてきているのが分かった。
(自分は、こうはなれない。こんなふうに屈託なく笑えない)
 祖母が自分を愛していてくれることはわかっている。
 けれどどこかで、洋のことをいたわる余りに、遠ざけるような表情をすることがある。わかっている。祖母だって、接し方に悩んでいるのだ。
(おばあちゃんに対して自分はあんな風に笑顔を向けられない。どこかで、他人だと思っている。おばあちゃんだけじゃない。瞬兵に対してもそうだ。あんなふうには、なれない)
 洋の心のどこかには、そんな澱のような感情があった。
 それは怒りでも悲しみでもない。どうしようもない、羨みである。
 自分が持っていないものを持っている友を評価し、愛するが故に、その羨望の念はどんよりとした塊になって、魂の奥底に沈殿していくのだ。
 瞬兵の笑顔に触れれば触れるほど、自分の中で湧き出てくる嫌いな自分を洋は受け入れられないでいた。
 鏡面処理をしたドームの壁に、醜く歪んだ洋の横顔が映っていた。
 自分を羨望と妬みが支配しているのが、よくわかる。
「予選Bブロック出場者はこちらへ!」
 大会アナウンスが流れる。
「! クソッ!」
 洋は、我に返ると受付に向かった。

 * * *

 ――無論。
 それらのことは、少年なら誰でも抱く、ほんのささやかな悩みである。
 誰でも、人が持たないものを羨み、妬むことはある。
 だが。
 それだけのこと、としてすまされなかったのは、その日海浜ドームに落ちてきた、あの禍々しい流星の導きによるものだ――

 * * *

 そして、現在。
 新設されたVARS基地で、モニターを前にした愛美は目を剥いていた。
「まさる、どーゆーことよ? コレ?」
 関西弁のオペレーター、天然パーマの逢坂まさるは肩を小さくすくめて見せた。
「ご覧のトーリ、バーンはシーナ製VB-3型のバトルナビロボ。ガーンダッシャーは、メーカー不詳のオリジナルデザインやけど、中身は普通のトレーラーですわ」
「トレ-ラーって……」
 ガーンダッシャーが何度も虚空から出現し、巨大なバーンガーンの機体を構成するよう変形しているのは、愛美たちも見ていた。そのシステムがガーンダッシャー内部に存在しない?
「合体機構とか、龍の頭とか、ロボヘッドは? 拳とか足首とか、油圧シリンダーとかは?」
「なーんも、あらしまへん」
「なんと……」
 バーンが自律活動して巨大化するだけでも驚くべきことだったが、ガーンダッシャーのそれはそもそもハードウェアという概念に対する挑戦だった。いや、バーンの言う通り、彼らが神や精霊に近い存在だとするならば、カミサマのようなものが、たまたま我々に理解できる機械の形を取っているだけ、と言えるのかもしれなかった。
「エンジニアにとっては悪夢みたいなもんね……」
「……逆に燃える!」
 普段弱気な守山さとるは目を輝かせた。
「さとるゥ! それじゃメンテでけへんやろが!」
「ヒィ!」
「直接本人に聞くしかないわね」
 愛美はマイクのスイッチを入れた。
「バーン、聞こえる?」
 メンテナンスキットの上で寝ていたバーンは、驚くほどなめらかにその瞳と口を動かして答えてみせた。
「愛美か? 聞こえている」
 いまはVARSの状態なので、全長15cmほどだ。VARSのバーンは強化プラスチックなのに、全長10mの巨大ロボットになると敵の攻撃を受けても壊れない硬度を持つのだ。ガーンダッシャーも、トレーラーの状態では普通の車だ。
 常識で考えてあり得ることではない。ただのおもちゃに過ぎないバーンを巨大化させ、その構成材質はおろか内部構造まで変化させるエネルギー源――バーンの言葉を信じるなら、それは瞬兵の勇気、ということになる。
「ネ……聞いてたでしょ? どうやって、バーンとガーンダッシャーは合体しているの?」
「もちろん、瞬兵の勇気だ。勇気が私たちを支えてくれる」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて、メカニズムの話をしているの。バーンにもガーンダッシャーにも、合体機構のようなものは見つけられないわ。それなのに、どうやって?」
「……難しい問いかけだな」
 バーンは少し悩んだ顔をした。
「正確かどうかはわからないが、キミが朝起きて目ざめ、台所で一杯の水を飲むとする……その時キミの体の中でどう筋肉や骨が動いているか、キミは理解しているか、愛美?」
「……してないわね」
 確かにそうだ。
 有機生命体である自分たちは、自分の体がどう動いているか厳密に生理学的な理解を行わなくても歩けるし、水の入ったコップを手にすることもできる。
 だとすれば、情報生命体であるバーンもまた、自分の身体がどのように構成されているかを理解しないまま、勇気とやらの導きによって、自身とガーンダッシャーを自在に操ることができるのだろう。
(第一ブレイクスルーを迎えたAIはディープラーニングによって自己の内部に取り込んだ情報ひとつひとつを理解せず、必要な結果だけを取り出すことができる……理論上の存在だったものが、今、私の目の前にいる……)
「私たち人間の言葉で言うなら、無意識のうちにやっている、ということね」
「そう考えてもらっていい。すべての聖勇者が揃えば、もっと別の知見も提供できるだろうが……」
「配られたカードで勝負するしかないっていうものね。それは、仕方ないわ」
 愛美は形のよい長い足を組んで、しばし考えた。
 バーンとガーンダッシャーが合体してバーンガーンになる、というよりも、バーンガーン、という合体後の理想型に合わせて召喚されたガーンダッシャーが必要な形質を獲得し、これに変形・合体しているというほうが現実に近い。いわばあの合体シーケンスは後付けの演出、テクスチャーのようなものなのだ。結果に合わせて原因が出現しているのである。まさに因果すら操る、神々の力だ。
「姉ちゃん、バーンは?」
 遅れてコントロール・ルームに入って来た瞬兵が素っ頓狂な叫び声をあげた。
「あーーー! ちょっと、バーンのパーツ替えちゃダメだよ! ボクのセッティングなんだからね!」
「瞬兵くん、でも、バーンはもうただのVARSじゃないから」
「でもさとるさん、やっぱりバーンは……」
「さとる、バーンはこのままでいいよ。基本のメンテは瞬兵に任せましょ」
「いいんですか?」
「バーンの口ぶりじゃ、戦闘時の基本的なアクションデータはVARSのものを参照してることになるわ。超AIシナプスOSを使って、シュンの意志を適宜参照してる……たぶん、VARSと融合したときにそういうシステムが構築されたのね」
「なるほど、ちゅうことはボンがVARSとして使いやすいようにカスタマイズしてあるのがバーンにとっても一番っちゅうことか」
「ってことは、これまでといっしょでいいの?」
「えぇ、ただし、チップ関連は定期的にさとるにみてもらって。ソフトはともかく、ハードにどういう負荷がかかるかは未知数だから」
「オッケー♪」
 瞬兵はコントロールルームを後にした。バーンのところに行くらしい。
「愛美さん、大丈夫ですか?」
 さとるが心配そうな顔で、出ていく瞬兵を見送った。
「バーンは任せておいていいと思うわ……問題はガーンダッシャーね。あれのメンテそのものは大丈夫そう?」
「まぁ、中身は普通のカーゴトレーラーですから。たとえば外装も一般的なステンレスですけど、軍用の複合装甲材に変更したり、あるいはチタン系の合金に取り替えるようなことはできると思います」
「……問題はそれに意味があるのかどうかね。どうなの? バーン」
「先ほども言った通りだ。あくまでガーンダッシャーは私のイメージがこの星の乗り物を映したものにすぎない。合体後にはバーンガーンの機体を構成する素材へと変化する」
「つまり、どんなにガーンダッシャーをいじっても、合体後には意味がないわけね……まあ、それはそうか」
「やめときます?」
「やってみましょう。合体前にガーンダッシャーを破壊される確率は下げられるはずよ。それにどれだけの意味があるかはわからないけど……」
 愛美は不完全燃焼の様子で腕を組んだ。

 * * *

 それから何度か、ナイトメアの襲撃はあった。
 敵の狙いがバーンガーンなのは確実だった。彼らの出現地域は、この街に限られていたからだ。
 そのたびにバーンと瞬兵は共に戦い、これに勝利した。
 VARSの支援もあって、人々や政府機関も、謎の蒼いロボットが自分たちを守ってくれるものだ、と認識するようになり、TVやネットではヒーローのように扱われるようになった。
 それはいい。
 問題なのは、現れるごとにナイトメアが少しずつ強化されていることだった。
 最初に現れた怪ロボットの攻撃はバーンガーンの装甲を貫通できなかったが、最後に現れたロボットは、装甲を砕いてバーンガーンをよろめかせた。
 敵が、進化しているのだ。
 彼らは闇雲に毎週毎週、律儀にバーンガーンに襲い掛かっているわけではない。そのたびにバーンガーンと瞬兵、VARSの戦い振りを学習して強くなっている。
 もちろん、それはこちらも同じだ。
 愛美は瞬兵に頼んで、意図的にバーンのセッティングを変更して戦ってみた。もちろん、瞬兵の考える強さを損なわない範囲である。
 結果として、VARSとしてのバーンのセッティングを最適化すれば、バーン、そしてバーンガーンの戦闘力が向上することは明らかになった。VARSの蓄積した戦闘経験値は、超AIを通して宇宙意識体としてのバーンと、バーンガーンというマシーン自体のつながりを強めているということがわかる。
(つまり、VARSの機能を拡張することはバーンの強化につながると言える)
 そこまでは確実だった。
 だが、それだけでは、VARSとナイトメアとでいたちごっこを続ける、ということでしかない。
(何かもっと、抜本的な対策を……)
 愛美は一月近く、家に戻らなくなった。

 * * *

 久しぶりにVARS基地に呼び出された瞬兵が見たのは、予想された巨大な新兵器ではなく、大きさにして60センチくらい、動物を模した三体のナビロボだった。
「姉ちゃん、全然家に帰ってこないと思ったら、これ作ってたの?」
瞬兵は興味津々で言った。
「そうよ」
 愛美の瞳の下には、わずかなクマができていた。よほど根を詰めていたらしい。
「コレって、例のサポートメカですか?」
 三体を覗き込みながら、さとるがつぶやく。呼び出されたのは瞬兵だけではなく、さとる、ひろみ、まさるのトリオも一緒だった。
「お、さとる、大正解! バーンガーンのサポートメカ“候補”の三匹!」
「えっ? サポートメカって猫と鳥とクジラなんですか!?」
「あ、バカ、ちがう」
 愛美は顔を手で覆った。
 刹那。
 ナビロボのうち、猫と鳥と呼ばれた二体が、さとるに襲い掛かり、追いかけ回し始めたのである。
 どうやら、猫と鳥と呼ばれたのが気に入らなかったらしい。
 クジラと呼ばれた最後の一体だけが、ぼーっとその光景を見ている。
「ワーーーッ! 助けてぇ!」
「猫じゃなくてサーベルタイガーの〈ハウンド〉、鳥じゃなくて始祖鳥の〈グリフ〉、クジラじゃなくてイッカクの〈イッカク〉」
「ゴメン、ゴメン! 間違えてゴメン!」
 言葉は理解できるようで、二匹の動きが止まった。
「えっ、じゃあ姉ちゃん、このナビロボ、自律型超AIを積んでるの!?」
 自分が猫ではなくサーベルタイガーだ、と認識して怒る、というのは相当高度な疑似人格だ。それが自我と呼べるものであるかどうかはともかく、外部からは自我と見分けを付けることができないほど高度なAI……自律型超AIだ。それをこのサイズのナビロボに組み込んでしまうとは、やはり愛美は天才と呼ぶしかない。
「この三体の超AIは、バーンの支援を目的としているわ」
 愛美は部下たち三人に、三体のナビロボを差し出した。
「まさるは〈ハウンド〉、ひろみは〈グリフ〉。さとるは〈イッカク〉をお願い。世話をしてくれればそれでいいわ」
「ネットワークにつないでのディープラーニングじゃダメなんですか?」
 さとるはそう問うたが、愛美はユウガに首を振った。
「もちろん基本的なデータは学習済みだし、今後も反復訓練は継続するけど、聖勇者であるバーンをサポートする以上、生の感情の学習は必要でしょ? そのためには、単なるデータプールと触れあうより、コミュニケーションを取るほうがいいのよ」
「なるほど! よっしゃ、ええで! ハウンド、虎や、おまえは虎になるんや!」
 まさるの眼鏡がキラリと光るや、嬉しそうにハウンドを抱き上げてみせた。
「うわ、ベタベタな関西人リアクション」
 言いつつも、ひろみもグリフの頭を撫でた。イッカクもいつの間にか、さとるの腕の中に収まっている。
「でも姉ちゃん」
「ん?」
「このサイズじゃ、バーンと一緒に戦えないんじゃ?」
「バーンの超AIとこの子たちの超AIはリンクしているわ。戦闘時にはこの子たちも巨大化させて戦うことができるはず。バーン自身と同じよ。バーンができる、と認識したことはできるの」
「なるほどね」
 バーン自身はVARSの枠を超えて改造することはできない。だが、メカを追加することはできる、というわけだ。
(だけど)
 瞬兵はふと、不安になった。
 あの時、ガストと戦った時に戦った赤いロボット。
 あの赤いロボットはあれから姿を現していないが、バーンガーン以上のスピード、もしかしたらバーンガーン並みのパワーを持っているのではないか、と思えた。
 あの赤いロボットが姿を現したとき、果たしてバーンと超AIたちは本当に勝利できるのだろうか?
 それだけではない。
 結局、海浜ドームが襲撃された日以来見つかっていない、ヒロのことも気にかかる。
 死んでしまったなら、遺体か遺品くらい発見されるはずだが、ドームのどこからもそんな痕跡は見つけられなかった。地球人の技術だけではなく、バーンのセンサーを使っても、結果は同じだった。
 だとしたら、あの時、ナイトメアが地球に出現した時にヒロにはもっと良くないことが起きてしまったのではないだろうか?
 三体の超AIナビロボとはしゃぐ大人たちをよそに、瞬兵は不安だった。
 そして不幸なことに、その不安は、時を経ずに適中するのである。