第四話「その名はバーンガーン」
いまどき珍しいことではあるが、小学校の屋上は生徒たちに解放されていた。海と自然の調和した海浜市の自然と親しんでもらいたいという教育方針の結果だった。もちろん、金網ごしではあるが、瞬兵はそこから眺める青と緑のコントラストが好きだった。
「どうしちゃったのよ、シュンペイらしくない!」
菜々子が屋上に瞬兵を連れ出してくれたのは、重苦しい教室の空気から救い出してくれようとしたというのは、わかる。
「うん……」
「バーンのこと? それとも、ヒロのこと?」
「両方、かな」
瞬兵は金網に手をあてて、遠くの海浜ドームを見た。戦いで破壊されたそこは、緊急補修用のシートで覆われて、無惨な姿を晒していた。
「ヒロがいなくなったことに……バーンとナイトメアの戦いが関わっているなら……ボクは……」
「バーンだって、シュンペイを戦いに巻き込みたいって思ってたわけじゃないんでしょう? 本当なら、もっと大人の人を選んで……」
「そうだと思う。どうしてボクが勇気の源なんだろう」
「うーん……ウチュウイシキタイにはウチュウイシキタイにしかわからない理由があるんだろうね、きっと」
「今度のことは、バーンにもわからないんだから、余計だよね」
勇気って何だろう。
プロレスのチャンピオンでも、メジャーリーガーでも、ソウリダイジンでもない自分が持っているもの。
バーンブレスを見ながら、瞬兵は考えたが、わからなかったし、菜々子にもわかるはずがなかった。
「!」
その時である。
学校全体を紫色の禍々しい霧が取り囲んだ。
霧は、換気のために開け放たれていた窓から侵入し、学校全体に拡散していった。
「これは……!?」
考えるより先に瞬兵と菜々子は駆けだしていた。
ただのガス漏れや自然現象でないことは明らかだった。
自分に何ができる、と思ったわけではない。ただ、身体が動いていた。
* * *
廊下と教室では、クラスメートたちがバタバタと倒れていた。
死んでいるのか、と瞬兵は恐怖したが、胸の上下が呼吸をあらわしていたことには、安堵した。
が、倒れかたは尋常ではない。
机に突っ伏している者はまだマシなほうで、床に大の字になっているもの、窓枠にもたれて上半身を風に揺らせているもの。まるで、生きる気力を失ってしまったかのようだった。
「み、みんな、いったいどうしちゃったの!?」
瞬兵は机の側で座り込んでいる知世と成予に声をかけたが、わずかにうめき声が返ってくるだけだった。
(熱は……!)
額に手を当ててみたが、発熱はない。
突然伝染病が発生した、というわけではなさそうだった。
「めんどう……くさい」
「え!?」
「放っておいて……めんどうなの……」
いつもハツラツとした知世らしくもない言葉だった。
「大地!」
「そうだ……もう……ど~うでもいいだろぉ……」
机に突っ伏している大地も同じだった。いつもの憎まれ口はそこにはなく、休日の朝のお父さんを百倍に煮詰めたような怠惰さだけがそこにあった。
「ナナコ! 手伝って! みんなを保健室に運ばないと……」
だが、返事はなかった。
「ナナコ!?」
くたっ、とまるで糸の切れた操り人形のように、菜々子もまた、教室の床にへたり込んでいたのだ。
「あ……シュンペイ」
その細い肩を抱き留めて揺さぶる瞬兵の言葉にも、菜々子は虚ろな目と表情で言葉を返すばかりだった。
「まあ……いいじゃない……めんどくさいし……ジコセキニンってことで……」
「そんな、おかしいよ! ナナコ、ナナコ!」
「うるさいなあ……」
瞬兵はぞっとした。
言葉は通じるのに、意志が通じていないのだ。
まるで、映画の中の宇宙人みたいだった。
生きる意志を失った菜々子は、先ほどまでの元気さはどこにもなくて、空気の抜けたゴム風船の人形のように思えた。
機械的に、めんどくさい、うるさい、ほっといて、と返すだけの菜々子とクラスメートたち。
難しい言い方をするなら、そこには人格の連続性がなかった。
さっきまで見知っていた顔が、知っている顔ではもはやない。
(もし、これが学校だけじゃなかったら……)
姉、祖父、母、父……
それらが皆、こんな風になってしまったら、自分に何ができるのだろう? 生きる屍のようになった家族や友達に、何がしてあげられるのだろう?
それは幼い瞬兵のまだ知らない、心の奥底からの恐怖だった。
瞬兵はへたり込んでしまった。
霧の影響ということではない。
ただ、怖かったのだ。
本に書いてある“腰が抜ける”というのは本当なのだと、瞬兵はその時知った。恐怖すると、腰骨が沈み込んだようになって、立ちあがることができなくなるのだ。まるで、お尻から下がクラゲにでもなってしまったかのようだった。
紫色の霧はさらに広がって、もう、窓の外の景色も見えない。
教室の中で、たったひとりだけ。
たったひとり、自分だけが正気を保っている。
その理由は、すぐに分かった。バーンブレスだ。
バーンから託されたブレスレットが、暖かい光を放って、紫色の霧を跳ね返しているのだ。
(?……虫よけ?)
こんなに怖いのに、バーンブレスにつっこんでる+自分が瞬兵はちょっと不思議だった。
改めてバーンブレスを見て、バーンの言葉を思い出した。
「バーンブレス。通信機のようなものだ。これで、私と連絡を取ることができる」
「バーン……」
その名前を、おそるおそる呼んでみた。
答えが返ってこなかったら、どうしよう、と思った。
一瞬の、しかし、瞬兵にとっては永劫にも思える沈黙があって。
そして、それは来た。
「シュンペイ!」
紫の霧を切り裂いて、飛来する一条の光。
手の平に乗るほどに小さく、流星のようにまぶしく。
風をまとって少年の手の平に降り立つ、慣れ親しんだ金属とプラスチックの重み。
彼のVARS、聖勇者バーンが、そこにいた。
「バーン!」
「シュンペイ! 無事だったか!」
「う、うん……! でも、みんなが……」
瞬兵は泣き出したいのを必死にこらえた。それよりも、今何が起きているのか、バーンに伝えなければならないと思った。
「この邪悪な思念は……間違いない。グランダークの手先、ガストのしわざだ」
「ガスト?」
その名前には、響きだけで空気を淀ませ、腐敗させるような力があって、瞬兵はちょっと不快になった。
「醜悪と怠惰を象徴する意識体だ。ガストはこの霧を使って、この学校の……いや、この街の人間すべてを無気力にしてしまうつもりなのだろう」
「そんな……!」
気力を奪われるということは、生きるための意欲を失うということだ。このままでは菜々子たちは、活動することはおろか、食べることや飲むことも忘れて衰弱死してしまうだろう。
ずしん、と校舎が大きく揺れた。
「!」
窓の外、紫色の濃霧の中を、小山ほどもある影が歩いて行く。三角頭のそのフォルムに瞬兵は覚えがあった。海浜ドームを襲撃したあの怪ロボットだ。その頭部から、シャワーのように霧が噴き出しているのが見えた。
「あれは……!」
「〈ガニメデ〉。グランダークの軍勢ではそう呼ばれている」
「海浜ドームのやつだけじゃなかったの!?」
「ヤツらの本格的な侵攻が始まったということだ。私のセンサーが認識している限りでは……四機。この学校を取り巻くように展開している」
「そんな……!」
一機でもあれだけの被害を及ぼしたロボットが、四機もいる。
その事実は、瞬兵の魂を再び怯えさせるのに十分だった。
だが、バーンはいささかも恐怖していないようだった。
いや、そもそも彼が言うとおり、人間の言う意味での感情を持ち合わせていないかのようにすら見えた。
「行こう、シュンペイ! このままでは手遅れになる!」
だが、へたり込んだまま、瞬兵は力なく首を横に振った。
「ムリだよ、バーン。やっぱり、ボクにはできないよ……」
「なんだって?」
バーンは戸惑っているようだった。
そうだろう。何しろ瞬兵は勇気の源なのだ。だが、今その勇気を必要としているのは、他ならぬ瞬兵本人だった。
人間の存在そのものを書き換えてしまうような怪異に、腕の一振りでビルをも粉砕するであろう脅威に、一介の小学生が立ち向かえるものだろうか?
「シュンペイ、よく聞いてほしい。このままでは、たくさんの人がガストの邪悪な力に飲み込まれてしまう。私だけでは、それを阻むことはできない」
「…………」
「私は信じている。シュンペイの“勇気”を! だから、シュンペイ、信じて欲しい! 私のことを!」
「でも……」
「戦わなくてもいい。シュンペイが仲間を助けたいという気持ちを、育てればいいんだ」
瞬兵はバーンを見た。バーンの機械の瞳は、優しく瞬兵を見守ってくれているようだった。
「ガッコウのみんなは、シュンペイのことが好きだろう? シュンペイは違うのか?」
「みんな……」
そうだ。
こうしている間にも危機に陥っているのは、自分だけではない。
学校にいるクラスメートの皆が、生命の危機に陥っているのだ。
瞬兵は自分がもう洋に会えないかもしれない、と思った時の胸が締め付けられるような恐怖を思い出した。それが、クラスのひとりひとりに及ぶと考えれば、耐えられなかった。その恐怖は、紫色の霧や巨大ロボットに対するものよりも、ずっとずっと強いものだった。
そんな瞬兵の心情を知ってか知らずが、バーンは瞬兵に少し近づいて、言った。
「戦うことが“勇気”じゃない。守ろうとする心が“勇気”なんだ」
「え」
瞬兵はバーンの言葉の意味を図りかねた。
けれど、その声音の中にある暖かさのようなものが、心の中にしみ通って、紫の霧がもたらした恐怖をぬぐっていくのを感じていた。
「守ろうとする、心……」
瞬兵は、ぐったりとしている菜々子を見た。大地を見た。知世を見た。たくさんの、たくさんのクラスメートを見た。
(ボクは、ひとりじゃない)
今、友達に降りかかっている運命に立ち向かえるのは、今、友達を守ることができるのは、自分だけなのだ。
そう思うと、不思議と力がわいてくるのだ。
震えて、萎えていた足が、動く。
抜けてしまっていた腰が、ようやく立ち上がり方を思い出す。
そうだ。
(勇気の源がなんのことかなんて、わかんない)
足が、大地を踏みしめる。
瞳が、前を向く。
(けど、コワくなんかない。バーンのことを信じて……!)
立ちあがった。
震える足を必死に押さえた。
流れる涙をぬぐった。
「バーン!」
「瞬兵! 私に勇気を!」
「うん!」
何をすればいいかわかっていた。
なすべきことはひとつだった。
たぶんそれが、勇気だった。
「ブレイブチャーーーーーーージ!」
バーンブレスが、蒼く輝く。
車に変形したバーンが、窓から飛び出していく。
そして、光に包まれたVARSのボディが、巨大な人の姿を取る!
「バーン、おねがい! あいつらをやっつけて!」
「もちろんだ、シュンペイ!」
窓のそばにいたガニメデが、突如出現したバーンに戸惑いながらも、巨大な腕を振り下ろそうとする。
だが、早いのはバーンのほうだ。
最適化を繰り返した運動プログラムそのままに、最短の動きでバーンマグナムを抜き、発砲する。
至近距離の、砲口と装甲が触れあうような射撃。
ガニメデの装甲が砕けて、断末魔の叫びのように紫の霧をまき散らし、倒れる。
「やったあ!」
瞬兵は小躍りした。
(そうだよ、バーンがいれば怖いものなんてあるもんか!)
「シュンペイ! そのままバーンブレスで私に指示をくれ!」
「うん! 任せてよ、バーン!」
バーンブレスには、VARSにコマンドをインプットするためにふたつの入力システムがあった。ひとつは通常の音声入力システム、もうひとつはブレスから空中に投影されたAIに視線を送って入力する視線入力システムである。瞬兵の腕ならば、戦闘しながらでも必要なデータを随時出入力することが可能だ。
瞬兵は決して、戦いを遊びのように捉えているわけではない。
だが、剣術の達人が日々の稽古から剣の術理を見いだすように、消防士が大火災に備えて毎日の訓練を繰り返すように、VARSで何千何万回と繰り返したシミュレーションは、瞬兵にプロのVARSプレイヤー顔負けの判断力を与えていた。
(来る!)
霧の中から、二体のガニメデが左右より距離を詰めてくる足音が聞こえた。
バーンのセンサーが得た情報が、バーンブレスに投影される。
「ジャンプだ、バーン!」
「タァッ!」
蒼いジェットの奔流を噴いて、バーンが学校の屋上より高く舞い上がる。
バーンを捕えようと突っ込んできた二機のガニメデが衝突し、派手な火花が上がった。
「今だ!」
瞬兵の叫びを受けて、バーンの頭部にある三本の爪“ドラゴネイル”にエネルギーが集中する。
イオン化した大気の刺激臭が漂い、ついで集積したプラズマが雷鳴へと変わる。
「バーンサンダァァァァァ!」
ドラゴネイルから放たれた雷霆の一撃が、ガニメデを貫き、煙を噴いて擱座させた。内部の電子機器をバラバラに破壊したのだろう。
着地し、ファイティング・ポーズを取るバーンには傷ひとつなかった。
瞬兵はそれを見て、本当に、心からたのもしいと思ったのだ。
* * *
「何が……起きているの……?」
校門の外では、授業参観に訪れた親たちが、不安げに霧に包まれた学校を見守っていた。
校内からは巨大な金属がぶつかり合う音と銃声、爆音がひっきりなしに聞こえてくる。ただ事でないのは誰の目にも明らかだった。何人かの親たちがスマートフォンで警察を呼んでいる。
その中に、瞬兵の父である徹と、母である薫の姿もあった。
多忙の中を縫って、息子の授業参観に顔を出そうと駆けつけたふたりである。徹はC-Naゼネラルカンパニーのエリート営業マン、薫は高名な料理研究家であった。
「瞬兵……!」
今にも駆け出そうとする薫の肩を、徹がおさえる。
「大丈夫だよ、母さん。瞬兵なら大丈夫だ」
「でも」
薫が霧の中に飛び込もうとしたのは、親としての当然の情であろう。だが、霧がどのような性質かもわからず、中で何が起きているかわからないのに飛び込むことはできない、という徹の判断もまた、正しかった。
ふたりは互いの判断を信じ合うことができる夫婦だったから、そこで仲違いをすることはなかった。
「薫さん、せがれの言う通り。瞬兵なら大丈夫じゃ」
そんなふたりに声をかけたのは、アロハ姿の厳五郎だった。本来、授業参観に顔を出す予定だった祖父その人である。
「え?」
厳五郎の言葉には、願望や祈りを超えた何かがあった。もっと、確信のようなものである。
「ちょうどいい。瞬兵の勇姿、よく見ておけ」
「え……!?」
徹と薫は、厳五郎の言葉を図りかねながらも、彼の指差す先を見た。
紫色の霧の中、黄金の雷鳴をまとって、蒼い龍のごときロボットが、校舎を守って戦っているのが、確かに見えた。
「あそこにいるの……瞬兵……!?」
* * *
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」
戦いを見ていたのは人間たちばかりではない。
霧の奥深くに身を潜め、ガニメデたちを操っている邪悪の意識体、ガストは部下たちのふがいなさに怒り、身を震わせ、口から腐汁をしたたらせていた。
ガストにしてみれば、すべては“善意”で為したことである。
人間の子どもたちが学校を、生きることを面倒に思っているのなら、何もする気をなくさせてやればよい、というのは彼の“善意”であった。
人の望みを叶えてやるのは素晴らしいことだ、と本気で考えているのである。
その結果については知ったことではない、いや、認識することができない、というのが彼の存在のあり方なのだ。
そのガストにとって、望みを叶えようとする彼の意志を砕く、バーンのありようは悪、ということになる。
「そうか……あれは聖勇者か……!」
ガストの認知は歪みきっていたが、愚かではない。
聖勇者ならば、そのエネルギーの源となる感情を与えている人間がいるはずだ、と考える。
「どこだ」
ガストは目と耳を蠢かせた。
その間にも、三機目のガニメデがバーンの回し蹴りを喰らって頭を吹き飛ばされ、倒れる。
そしてついに、ガストは霧の中、ひとり動き続け、バーンに指示を送っている少年、すなわち瞬兵を見いだした。
「あの子どもか……! オレの善意をスナオに受け取らないのは……!」
ガストは全身から湯気を噴き出さんばかりに怒った。
怒り、その肉体を大気に溶かすと、破壊されたガニメデの残骸と一体化させていった。
* * *
四機目のガニメデを破壊したのと、バラバラになったガニメデの残骸が動き出したのは、同時だった。
「!!」
バーンは残骸が動き出したことにも驚いたが、その動きにこれまでにない邪悪な意志が宿っていることに、人間で言うならば戦慄を覚えた。
(これまでのガニメデはただ、意志に従う人形だった……だが、あれは違う! あれには、人を苦しめようという邪念がある!)
残骸が、人の形を取る。その大きさは、これまでのガニメデの何倍もあり、校舎を圧するほどに大きい。ガニメデの装甲やケーブルが外殻を形成し、腐り、膿んだ緑色の肉体がその内部で蠢いているのだ。生物と機械が不気味に入り交じった、悪夢そのものの姿。
「ガストかッ!」
「その通りだよォん、聖勇者!」
バーンがVARSを依り代としたように、ガストもまた、破壊されたガニメデを依り代に実体を得た。
そのガストの肉体から、緑色の触手が伸びる。
伸びた先は、瞬兵のいる校舎だ。
「あぶないっ!」
迷うことなく、バーンはその肉体を投げだした。装甲が砕け、スパークが上がる。だが、触手のことごとくははじき返した。それでいい。瞬兵が傷つくくらいなら、このボディなどいくらでも砕かれていい。
「バーンッ! 大丈夫!?」
自分を案じる瞬兵の声がした。
不思議な気分だった。
これまで、永い悠久の時の中で、自分を案じてくれるこのような意識を感じながら、戦ったことはなかった。
バーンの思考回路に、温かいものが宿る。
知らない感覚だが、不快ではなかった。いや、ずっとその温かさに浸っていたいと思った。
「ボクは大丈夫! だから、一緒に守ろう! 守ろうとする心が“勇気”なんでしょ!?」
「シュンペイ……!」
やはり瞬兵は勇気の源なのだ、とバーンは確信した。まだ小さな勇気だが、確実にその器は成長している。
「瞬兵! 私に勇気を!!!」
バーンは叫んだ。
そして瞬兵は応えた。
バーンブレスが反応し、先端のドラゴンヘッドから緑色の光がほとばしる。
その輝きに導かれるように、瞬兵は知るはずがない言葉を口にした。
「ブレイブチャージ! バーーーーーンッ! ガーーーーン!!」
バーンガーン。
それが勇気の力を引き出す鍵だった。
その言葉こそ、光の源だった。
バーンの意識に、人間の言葉でいう閃きにも似たとてつもない情報量のデータが光となって流れ込む。
(な、なんということだ! 瞬兵の大きな勇気が、私にさらなる力を与えるというのか……!?)
それはバーン自身にも知り得ぬ、大いなる意志だった。
目覚め始めた瞬兵の勇気は、聖勇者バーンの本質そのものに介入し、さらなる輝きを引きだそうとしていた。
「オオオオオオオオオオオオッッッ!」
流れ込んできた情報、すなわち勇気がVARSの“超AIシナプス”を介して機体の隅々に行き渡る。そして、バーンが融合したVARSの全パーツに瞬兵の勇気がみなぎった刻、バーンはその心に浮かんだ新たな力の名を叫んだ。
「ガーン! ダッシャーーーッッ!」
空間が割れ、巨大なトレーラーのようなメカニックが姿をあらわす。
それこそがガーンダッシャー。
バーンの新たなる力が形をとったマシーンだった。
バーンは確信した。
(これが勇気の源! 成長する勇気(シュンペイ)の力だ!)
スラスターの噴射炎を引いて、ガーンダッシャーが立ちあがった。
トレーラートップは上半身、トレーラー部は下半身、すなわちバーンよりもはるかに巨大なロボットへと姿を変えていく。それはいわば、人間におけるパワーローダー、強化外骨格装甲服にも似ていた。
真っ二つに割れたトレーラートップの内部から、収納されていた胴体部のドラゴン・ヘッドが出現する。その上に、美しい頭部が現われる。両拳が展開され、プラズマの輝きで周囲を満たす。
「タァッ!」
跳躍したバーンが、人型に変形したガーンダッシャーの背部へと吸い込まれる。バーンの意識は、すぐさまガーンダッシャーへと融合した。
そう、これがバーンガーン。
聖勇者バーンが、瞬兵という勇気の源を得て獲得した、新たなる勇者の姿。
(勇気(シュンペイ)を守らねば!)
バーンの意識に呼応して、バーンガーンの頭部にあたる部分の宝石、“ドラゴンストーン”から光が伸び、瞬兵を内部へと収容した。これでもう、ガストに害されることは絶対にない。なぜなら、バーンガーンの内部こそ、この宇宙でもっとも安全な場所であるからだ。
「龍神合体ッ! バーンガーン!!」
その瞳が勇気の緑に輝く。
その巨大な拳に力が溢れ閃光を放つ。
それは暗雲を切り裂く蒼き稲妻。
弱者を守護する巨大なる龍の神。
人の姿をしながら人にあらず、機械でありながら機械でない。
ただ勇者と呼ぶ他にない、蒼く輝く巨神。
バーンは驚愕していた。
宇宙意識体であった自分が、強大な勇気というエナジーに満たされたのだ。その勇気の力が、こんなにも強く、温かいものだとは!
「ありがとう、瞬兵」
「え!?」
瞬兵はバーンガーンの内部、光の中にいることにまだ戸惑っている様子だった。
「キミの勇気が私の新しい力となった! キミの勇気で満たされたことで、私はバーンガーンになることができたんだ!」
「バーン……ガーン……!」
瞬兵は、そしてバーン自身も、その新しい名前を噛みしめた。
ふたりが見ているものは、同じだった。
ふたりの願いも同じだった。
ただひとつのことのために。
バーンガーンの瞳は、勇気の色に輝いていた。
「行こう! みんなを守るんだ!」
瞬兵の言葉は、いつでもバーンガーンに勇気を与えてくれる。
その勇気がある限り、どれだけでも戦うことができる。
「ゲゲエッ! お前、合体するなんてズルイぞ~!」
妬みに満ちたガストの触手が、バーンガーンへと伸びる。
「バーンナックル!」
バーンガーンの両腕からクローが伸び、そのまま射出される。射出された拳、すなわちバーンナックルは、触手をズタズタに切り裂いて大地にたたき落とすと、ふたたびバーンガーンへと装着された。
「なななななな。許さないぞ! おまえのやる気をコワしてやる!」
ガストの身体から噴出した紫色の霧が、結晶体となって降り注ぐ。
「バーンガーン! あれをたたき落として! でないと、学校が!」
「わかっている!」
バーンガーンの全身を怒りが満たす。それは憎悪ではない。純粋に、悪に憤る心だ。弱者を守ろうとする想いだ。
その願いが、炎となって胴体のドラゴンの口から噴出される。
「ドラゴンバーーースト!」
紅蓮の炎が、バーンガーンに襲い掛る紫色の結晶体を焼き尽くした。
そればかりではない。周囲を満たしていた重苦しい霧もまた、炎の中に消えて行く。
見えるのは青空。
バーンガーンの装甲と同じ、果てしない勇気の色だ。
「あ……」
目を覚ました子どもたちが最初に見るのも、そう。
自分たちを守ってくれる、蒼穹の色をした勇者の姿。
雷鳴を纏い、巨大な剣を手にして空へと舞い上がる。
「デュアルランサー!」
巨大な二振りの剣を正面で合わせ、両刃の槍に変えたバーンガーンが、X字にガストを両断する。
「クロスインパクト!!」
雷鳴がガストのボディを完全に焼き尽くし、断末魔の声を走らせた。
* * *
だが、聖勇者の力であっても、ガストを打ち倒すには至らなかった。
緑色の幻影のごとき意識体に戻ったガストが、ガニメデの残骸から抜け出す。
しかし、それを逃すバーンガーンと瞬兵ではない。
逃げ出そうとするガストの前に、仁王立ちになる。
たとえ意識体であっても、今のバーンガーンならば捕えることができる。
「逃がさんぞ、ガスト!」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
今や人間ほどの大きさになったガストが逃げられないのは明白だった。
が、その時である。
一陣の赤い風が舞って、バーンガーンの巨体を弾き飛ばした。
「なにっ…………!?」
「ギルティ!?」
そう叫んだのは、ガストだった。
ガストの肉体は、全高10メートルほど、巨大化した時のバーンとほぼ同じサイズの赤いロボットの手の中に収まっていた。
「ガストはオレがもらっていく」
赤いロボットが、口を開いた。
有無を言わさぬ迫力があった。
「悪く思うな」
次の瞬間、風が竜巻になったかと思うと、赤いロボットの姿は消えていた。視界からだけではない。バーンガーンのセンサーからもである。この場から超高速で飛び去ったことを、残されたデータは示唆していた。
* * *
「逃がしちゃったね」
瞬兵は少しだけ残念だった。
追い返すことはできたけれど、またあのガストというヤツが悪事を働くことはわかっていたからだ。残念ながら、反省させて改心させるところまでは行かなかったようだから。
「そうだな。あの赤いロボットは気になる……が」
バーンガーンの言葉は、バーンブレスを通して聞こえていた。
その言葉のひとつひとつは、優しかった。
「下を見てごらん、瞬兵」
「下……?」
バーンガーンの足下には、たくさんの人がいた。
菜々子がいた。大地がいた。母がいた。父がいた。
たくさんの人々が、バーンガーンに自分たち、そして自分たちの大切な人々が救われたことを確信し、口々に感謝の言葉を述べていた。
「君の……いや、私たちの勇気が守ったんだ」
「ボクたちが、守った……」
瞬兵はとても嬉しかった。
そして、誇らしかった。
そうだ。
ナイトメアが何度攻めて来たとしても、自分とバーンガーンなら、何度だってやっつけてやる。
それが、自分にしかできないことなら――!