第2話『その名はバーン』
海浜ドームのコントロール・センターでイベントを確認していたVARS開発室長、芹沢愛美は自分がコンソール・パネルに叩き付けられて気を失っていたことを自覚した。
「う……」
気絶していたことはわかる。それが何秒か、何分かは定かではなかった。壁の時計は砕けて地面に落ちており、コンソールの表示は完全に死んでいた。
(信じられるのは、目視だけか……!)
コントロール・センターはイベント会場全域を見下ろせる構造になっている。そこから見る景色は、彼女の想像を絶するものだった。
「な……!」
会場の屋根に巨大な穴が空き、何か、巨大な何かが会場に墜落してきたのだ、とわかった。コントロール・センターがその衝撃によって崩壊しなかったのは奇蹟の部類であろう。
もうもうとした煙……あるいはガスのようなもの……が立ちこめ、会場で何が起きているのかをここから見ることはできなかった。
「ひろみ!」
愛美はインカムの通信が生きていることを確認すると、MCを務める広報係の椎名ひろみを呼び出した。女子高生のバイトという立場だが、その機転とルックスの双方が買われてMCに抜擢された逸材であり、イベント運営においては愛美の片腕のような存在である。
『お姉さまっ!?』
ひろみの声は多少かすれていたが、元気そうだった。
「ケガはない!?」
『はいっ! でも……何が起きているのか……!』
「わからないけど、今はとにかく避難誘導を優先して!」
爆炎の中には、弟の瞬兵とその親友の洋や菜々子がいるはずだった。
幸いなことに、非常口の誘導灯そのものは生きているし、警備スタッフも健在だった。彼らはひろみの指示で素早く動き出すと、パニック寸前の参加者たちをドームの外へと誘導していく。
(これでいい……後は……)
刹那。
煙の中で、何かが光った。
赤と青の、禍々しい光。
(あれは……対人感知用の光学センサー……!?)
それは愛美の専門分野……すなわち情報科学やロボット工学に分類されるテクノロジーだった。
煙の中に、巨大な影が見える。
全高10メートル近いその影は、人を不格好に戯画化したようなそんな形をしていたが、機械であることは明らかだった。
(そんな……!)
軍用ドローンを発展させたロボット兵器、というアイデアそのものは珍しいものではないし、愛美自身も思考実験のひとつとして考えたことはある。いや……もっといえば、VARSの技術を軍事利用したがっているライバル企業がひとつやふたつでないことも知っている。
(けど、実用にこぎつけたなんて話は聞いたことがない……)
「!!」
煙の中から、光が放たれた。
緑色の光線が、海浜ドームの屋根を切り裂き、燃やしていく。
(光が目に見えたということは、レーザーじゃなくて荷電粒子砲かプラズマ・ビーム……!? そんなもの、どこの軍隊だって実用化していないでしょう?)
燃え落ちるドームの屋根を見ながら、愛美は眼前の非日常を完全に受け入れることができないままでいた。
第二撃が来る。
カッ! と放たれた緑色の光が、煙の中から出現した青いプラズマに弾かれて、消える。
そうでなければ、愛美はコントロール・センターもろともに消滅していただろう。
その青いプラズマはまるで、ドラゴンのようにも見えた。
「何が……一体、何が起きているの!?」
わかっていることはただひとつ。
青いプラズマの下には、瞬兵がいるはずだ、ということだけだった。
* * *
「何が……起こったんだ……!?」
瞬兵の目の前で、青いプラズマの光が消えて行く。
煙が晴れて見えてきたのは、全高10メートルほどの黄色く禍々しい巨人の姿だった。
その巨人の動きはゆっくりとしていたが、センサーの輝きは何かを探しているようで、頭部に備えられたビーム砲からはバチバチと電光が輝き、第三射の準備をしていることは明白だった。
「何が……何が起きてるの!?」
瞬兵の周囲だけが、ひどく静まり返っていた。
煙の向こう、逃げ惑う人々の声や、誘導するひろみの声が、現実感を伴わず遠く聞こえた。
その時だった。
ゆっくりと瞬兵のVARSが、淡いグリーンの光に包まれて浮かび上がったのは。
「VARS……!?」
それは彼の愛機だった。
だが、このような機能が備わっているはずもない。
(そうだ……さっき見た青い龍と、同じ感じがする……いったい……これは……)
戸惑う瞬兵の目の前で、VARSが口を開いた。
「少年!?」
「!?」
「こんなに幼い少年が、聖なる心を持つ者なのか……?」
(なんだろう……戸惑っている……ボクが子どもだから……!?)
VARSが喋る、という事実を前に、瞬兵は文字通り腰を抜かした。
それは目の前に巨大ロボットがいることよりも、はるかに非現実的なものに感じられた――なぜって、巨大ロボットは世界の誰かが開発していてもおかしくないけれど、VARSは自分が作ったものだから機能のすべてを把握している。
「私の名は、バーン」
そして確かに、VARSはそう告げた。
それは、これからの瞬兵にとって決して忘れることのできない名前であった。
「ボ、ボクは、芹沢瞬兵!」
瞬兵は何を言えばいいのかわからなかったが、とにかく姉から
「どんな相手にであっても名前はちゃんと名乗らなきゃダメ」
と躾けられていたので、自分の名前を名乗ることにした。
「聞いてくれ、シュンペイ」
ふわふわと浮いたまま瞬兵のVARS――いや、バーンはその緑色の瞳で瞬兵をじっと見ていた。
そこになにがしかの生命が宿っていることは、疑いの余地もなかった。どれほど高度な超AIでも、生きているような演技ができるとは思えなかった。
「この世界に、恐ろしい敵が迫っている」
「おそろしいてき……!? それって、あのロボットのこと……!?」
瞬兵の向こうで、黄色いロボットがまたビームを放ち、ドームの施設が粉砕された。
「そうだ。敵の名は、ナイトメア」
「ないと、めあ……」
敵。
その言葉は、瞬兵の中で、容易に想像できるものではなかった。
敵とか味方というのは、VARSのチーム戦の中でだけ意味を持つもので、命のやりとりをする敵などというものは、少年の認識する世界には、ない。
だが、目の前で繰り広げられている破壊は、現実だった。
そして。
「私は宇宙の平和を守るため、この地球へやってきた。シュンペイ、どうか私と共に戦って欲しい!」
確かにバーンは、そう言ったのだ。
「ボ、ボクが!?」
アニメやゲームの中でなら、是非とも言われてみたい言葉だった。
だが、現実のそれが瞬兵に与えたのは、喜びではなく、恐怖だった。
「ダメだよ、そんなの!」
「ダメ……不可能ということか? なぜだ?」
バーンは失望というより、当惑しているようだった。まるで、瞬兵がそう答えることをいささかも予期していなかったかのようだ。
「だって……突然、そんなこと言われたって……困るよ。それに……ボクは弱虫だし、力だって強くないもん……戦うなんて、できないよ」
そう吐き出すように言うと、瞬兵の目からは大粒の涙がぼろぼろと流れていた。それは瞬兵の心からの言葉という表れでもあった。 そして、誰もそれを責めることはできないだろう。
いったいどこの小学生が、巨大な殺人ロボットと戦う決意を固めることができるだろうか?
だが。
バーンだけは、この不思議なロボットだけは、瞬兵に戦う力があると、そう信じているようだった。
「私がこの星で戦うためには、君の勇気が必要なんだ」
「ボクの……勇気……!?」
瞬兵はバーンの言葉の意味が、しばらく理解できなかった。
それは綺麗事でも、比喩でもないようだった。
確かに目の前に浮かぶこの小さなロボットは、瞬兵の勇気を必要としているようだった。
「ムリだよ、できっこないよ!」
大地が激しく揺れた。
退避しようとしている人々を、巨大ロボットが追い始めたのだ。
天井が崩れて、バラバラと瓦礫の破片が瞬兵の髪に落ちてくる。
遠くのどこかで、誰かが瞬兵に逃げるよう叫んでいるのが聞こえた。
(このままだと……みんな死んじゃう……姉さんも……ヒロも……菜々子も……そして、ボクも……!)
そして、その危機感を共有しているのは、バーンも同じようだった。
「今は、詳しい話をしている時間はない。私に勇気を……!」
そう懇願するバーンの瞳は、切迫感に満ちていた。
「ダメだってば……!」
「さあ、唱えてくれ。ブレイブチャージ! ……と!」
「イ、イヤだ。怖いよ……!」
瞬兵にはどうしても、バーンの言葉に首を縦に振ることができなかった。
バーンが信じられないのではない。
自分と苦楽を共にしてきたVARSに心が宿ったなら、それはうれしいことだ、と信じたい気持ちはある。
だが、目の前で起きている戦いという現実はあまりにも無慈悲で、恐ろしかったのだ。
だから、そのままなら瞬兵は何も出来ないまま、死んでいたのかもしれない。
その時である。
「……シュンペイ? そこにいるの!?」
聞き慣れた声がした。
少しお節介な幼なじみ、相羽菜々子の声だ。
(ナナコ……!? 逃げなかったの……!?)
ほとんどの人が避難している中、瞬兵の姿がないことに気づき、戻ってきたのだろう。おめかしをしていたはずの服は埃と煙に汚れ、髪もぼさぼさになっていたが、外傷はないようだった。
「シュンペイ、大丈夫!?」
「! 来ちゃだめだ!」
ふたりのやりとりに、黄色いロボットが気づいた。
巨大な足が、ふたりの方を向く。
それだけで十分だった。
数十トンの巨大な質量が歩く、ただそれだけで、人を殺せるのだ。
その重みがドームを揺らがせて、何十キログラムかある瓦礫の塊が、菜々子に向かって、落ちるのが見えた。
「ナナコッ!」
反射的に瞬兵は涙を拭い、立ちあがった。
もうそこには、何かを恐れる心はなかった。
ただ、目の前の少女を守らねば、と思った。
だから、叫ぶ。
「ブレイブチャーーーーーーーーーーーーーーーーーージ!」
その声は、時空を切り裂く力だった。
闇を打ち払う「勇気」の光だった。
瞬兵のVARSが青く輝き、龍のオーラを再び放つ。
それは奇蹟の始まりだった。
* * *
「そんな、あれって……!?」
破壊されたコントロール・センターを脱出し、椎名ひろみと合流していた愛美は、目の前で起きている光景が信じられなかった。
黄色いロボットの前に、降り注ぐ瓦礫の前に、瞬兵と菜々子を守って立ちふさがる、青く美しい巨体があった。
そのデザインは最新のVARS〈VB-3〉型、つまり彼女が開発したVARSそのものに見えた。車形態からロボット形態に変形するギミックを詰め込んだ15センチほどのマシンは彼女のお気に入りだったが、今目の前に立つ鋼の巨人は、人間の五倍ほどの大きさがあった。
「なんで? ナンデ、あんなデカいの!?」
愛美がこれまで知っていた科学の常識すべてが否定されていた。
だが、起きていることは疑いもなく現実である。
現実であるからには受容しなければならない。
これまでの認識が誤っていたなら、訂正せねばならない。
それが愛美の科学者としての矜恃だった。
そしてこれが、彼女自身の人生が大きく変わる、その瞬間でもあった。
* * *
崩れた瓦礫はバーンによってはじき返されたが、その衝撃で菜々子は気を失っているようだった。
「さあ、シュンペイ。この少女を……」
巨大化したバーンは瓦礫を苦にすることもなく、菜々子をそっと瞬兵のほうへと押しやってくれた。
「う、うん!」
瞬兵は菜々子を抱き起こし、その小さな体が温かいことに安堵をした。
「このままでは危ない。……わかるな? シュンペイ! いつものように、私に指示を!」
「いつものように……」
そうだ。
大きくなっても、言葉を話すようになっても。
目の前にあるのは、瞬兵が精魂を込めてプログラミングしたVARSだ。
だったら、やることはひとつしかない。
(そうだ、どんな相手であっても、ボクとVARS(バーン)は……ひとつだ!)
「バーン! そいつをここからたたき出すんだ! でも、他の人を巻き込んじゃダメだよッ!」
「わかった、シュンペイ!」
青い流星のように、バーンが走った。
その巨大な腕で、黄色いロボットを掴む。
「うおおおおおおおおおおおおおおっっ!」
バーンの背中からバーニアの光が放たれ、一気にロボットを海浜ドームそばの広場に押し出して行く。そこは新機種の発表会場に使われていた場所で、すでに避難誘導を終えて完全に無人になっている場所だ。
が、ナイトメア、と呼ばれた黄色いロボットも、やられるままではない。
押し出されて海に投げ出された勢いのままに、ビームを放ち、バーンの装甲を焼く!
(そうか……後ろにボクらがいるから、バーンは敵の攻撃をよけられないんだ!)
勝つだけなら、自分たちを見捨てればいい。だが、バーンは「優しい」のだ、と瞬兵は理解した。
ならばどうする。
その優しさを優しさのままに、勝利させねばならない。
それがVARSプレイヤーとしての計算だった。
「バーンッ! ブキ! なんか、武器とかはないの!?」
「! あるとも!」
バーンの前腕の装甲が開き、手首を挿し込むと巨大な拳銃が引き出された。人間のスケールに直せば戦車砲ほどもある銃だ。それを軽々とガンスピンさせ操ると、バーンは素早く狙いをつける。
「バーンマグナムッ!」
咆哮と共に、銃弾が放たれた。
狙い過たず、必殺の一撃が黄色いロボットの砲口へと撃ち込まれる。
(やった! これでもうビームを使えないぞ!)
瞬兵は心の中で喝采を上げた。
これでもう、周囲の被害を気にすることなく戦うことができる。
だが、敵には手もあり足もある。
ボクシングのようなファイティング・ポーズをとって、抵抗する構えを見せた。
(望むところだ!)
「バーン! 今度は格闘戦だ!」
「ああ!」
大地を蹴って、バーンが走る。
「うおおおお!」
咆哮とともに繰り出された拳は、怪ロボットのブロックした腕ごと粉砕し、吹き飛ばして海にたたき落とした。
遠巻きにしていた野次馬たちから、歓声が上がる。
* * *
「すごい!」
愛美は、巨大な青いロボットに指示を出しているのが弟だとは微塵も想像していなかったが、技術者としてそのなめらかな動き、躍動感ある一撃に息を呑んだ。
「あのおっきなVARS、お姉さまが作ったんですか!?」
そうひろみが問うてくれるのは光栄だったが、実のところ、人類の科学が到底到達しうるものではないのは明らかだった。
(たぶん慣性制御、もしかしたら質量軽減? ……そうでなかったらあの自重を支えながら、あんな格闘戦ができるはずがない……! 存在そのものが、ニュートン力学の限界に挑戦している……!)
だが、それは黄色いロボットも同じことだ。
全高10メートルの巨大な鉄の塊が殴り合いを繰り広げるなどということは、アニメや特撮の中だけのことであるはずだった。
今、愛美の眼前で、幻想と現実は入り交じろうとしていた。
* * *
海に放り込まれた黄色いロボットは、傷つき、スパークを上げながらも抵抗を止めようとはしなかった。
それはまるで、自分の命を省みることなく、居合わせたすべての人間を殺し尽くそうとする、悪意の権化のようにも感じられた。
(このままあいつを放っておいちゃ、ダメだ!)
「バーン! 全力でアイツをやっつけて!」
瞬兵の叫びに、バーンは全霊で応えてみせた。ロボットに全霊という言葉がふさわしいのかどうかは議論の余地があるかもしれないが、少なくとも次に行なわれたことは、それにふさわしいように感じられた。
「おおおおおおおお!」
青い戦士の叫びと共に、真っ青なプラズマが機体に集積されていく。
「バーンサンダァァァァァ!」
雷鳴は青い稲光となり、黄色いロボットめがけ放電された。
大気がイオン化する臭いが鼻をつき、衝撃波がごうごうと木々を揺らした。
凄まじい衝撃だった。
二、三度、ロボットは断末魔のように体を震わせたが、やがて動かなくなった。
そうして次の瞬間には、バーンと呼ばれた青いVARSもまた、姿を消していたのである。
* * *
(そうだ……あのカラーリングは……)
細部こそ変わっていたが、愛美はようやくに、あの巨大なVARSが誰のものかに思い至っていた。
(あれは……シュンのVARSだ……!)
他人にはわからないかもしれないが、あの機体のフォルムは、瞬兵のVARSにドラゴンの意匠を付け加えたものだ、とわかった。
(だとしたら……!)
「シュン!」
愛美は迷わず、瞬兵の元へと走り出した。
もっとも、VARSのことがなくても、そうしていただろうけれど。
* * *
「ナナコッ! ねェ、しっかりしてよナナコ!」
我に帰った瞬兵は、気を失った菜々子に駆け寄っていた。
その目からは涙がこぼれ、菜々子の頬へと落ちていく。彼にとっては、人生で始めて体験する災厄であった。家族のように育った幼なじみの菜々子が死ぬかもしれない、という想像は、これまでしたこともなかったし、現在であっても、耐えられないことだった。
(息をしていたって……意識が戻らないことだってあるって……そうなったら……ボクのせいだ……! ボクの試合を見に来たから……!)
その不安はどれだけ続いただろう。
瞬兵は菜々子が目を覚ましてくれるなら、苦手な梅干しだって次からは残さず食べようと思った。
「大丈夫だ」
「バーン!?」
その声はすぐ近くで聞こえた。いつの間にか、元のVARSのサイズに戻ったバーンは、瞬兵の肩にいたのだ。
「彼女の生命反応も脳波も正常だ。衝撃で気を失ったのだろう。すぐ、目を覚ます」
「ほんとに?」
「ああ」
バーンの声は、優しかった。
それでもなお、瞬兵にとっては永遠と思える時間が流れて。
「……うーん…………」
菜々子はゆっくりと目を開いた。
それは、自分のVARSがヒーローになったことよりもずっと、瞬兵にとっては嬉しいことだった。
抱きつきたいとすら思ったが、他人のプライベートエリアに断りなく踏み込むのは良くないことだ、と教わっていたから、それはこらえた。
その代わりに、瞬兵は顔を喜びでくしゃくしゃにして、笑顔と涙とが入り交じった不思議な表情を作った。
「シュンペイ……?」
まだ朦朧としている眼差しで、菜々子は瞬兵を見た。
「よかった! 気がついたんだね」
「シュンペイが……助けてくれたの?」
そう言われて、瞬兵は少し考え込んだ。
確かにそうだ、と言えないこともない。
(でも、助けたのはバーンだよね)
いやそもそも、自分がバーンと共に戦ったということは、口にして良いものだろうか? アニメや特撮では、そういうのは秘密にしなければならないことになっていた。
「えっ? えーと……まさか!」
結局、瞬兵は事実を隠蔽することにした。
なんとなく、自分がやった、というのは自慢たらしく思えたからだ。
「……あと、大きなロボットを見たような気がするんだけど……」
「うーんと……」
それについては、さてどう説明したものか。
が、言葉に詰まった瞬兵よりも先に、肩に乗っているバーンが答えを出してしまった。
「少女よ、ケガは、ないか?」
「キャッ! ナニ!?」
菜々子は飛び上がって驚いた。どんなVARSにも、いまのところ音声合成機能など搭載されてはいない。驚くのも当然のことだ。
「え!? ああ、コレは……」
「これって、瞬兵のVARSじゃ……」
「まぁ、そうなんだけど……なんて言ったらいいの?」
瞬兵は困って、自分の肩につかまっている声の主に目を向けた。なにしろ瞬兵自身にも、自分のVARSに何が起きたのかはわからなかったのだから。そもそも彼自身、聞きたいことで一杯だった。ただ、菜々子が心配だから、その想いが押し流されていただけのことなのだ。
「驚かせてすまない。私の名はバーン、聖勇者バーンだ よろしく」
バーンは菜々子にやさしく微笑みかけた。金属の塊であるはずなのに柔らかい表情が作れるのは、持ち主である瞬兵にとっても不思議なことだったが、微笑んでいる、としかいいようがないのだ。
「よ、よろしく……」
もちろん、それに答える菜々子自身も、何が起きているのかは理解できていない様子だった。
「シュンペー、コレって? その……超AIってやつなの?」
「アハハ……とりあえず、無事でよかったってコトで!」
結局、瞬兵は笑ってごまかすことしかできなかった。
笑っていられるのは、生きているからだ。
それだけで、今は十分だった。