少年の権威と引き換えたもの - It was exchanged for the leadership of the boy. -


トロンメルの王都エタファの南に位置する、貿易都市トラバンデンシュタット。雨の上がった午後、その郊外で、響と彼とともに北へ向かう英雄と歌姫たちは、女王ソルジェリッタが率いるハルフェア本国への帰還部隊と分かれた。
全軍の指揮を執っていたカノーネも、この時点でソルジェリッタへ指揮権を返還していた。カノーネは、部隊が渡航するツィナイグンクの町まで同行し、そこでハルフェア軍と別れ、原隊に復帰するため、シュピルドーゼの都シュピルディムへ向かう手はずとなっている。クアリッタは、ソルジェリッタが到着した日の夕刻には、フォイアロート・シュヴァルベと共に立ち去って久しい。
響はこの町から北へ向かい、評議会軍と白銀の暁の戦線の状況によって、ノイン・パス方面へ進むか、東のリーズ・パスからアーカイア東海岸へ抜けるかを選択する予定とした。彼とともに北へ向かい、彼の指揮の下で行動する奏甲は6機。つまり響とラナラナをあわせると総勢14人が、評議会と白銀の暁が戦うアーカイア北部への旅を決めたのである。その中には、奇声蟲退治でひびきと部隊を組んでいた、玲奈とカレン、ディーリとリフィエもいる。
響が、このリーダーとして本当に認められたのは、まだポザネオ島にいる間に起こった苦い出来事のためだった。その出来事で、ハルフェア軍は奇声蟲退治の戦いより多くの死傷者を出した。それほどの危機に、とっさの勘と行動を見せたことは、ハルフェア軍の中で誰もが認めるところだったからである。

ラナラナ皇女がパートナーで、ソルジェリッタの後押しがあるとはいえ、元の世界の見かたでは、響は一介の高校生でしかない。ソルジェリッタが出発するとした朝に始まる一日には、ソルジェリッタの依頼を受けて、北への旅に同行してくれる英雄と歌姫を探していた響に対し、元の世界で心得がある者―軍隊や格闘技、スポーツの経験者など―が、響がリーダーであることが気に入らないという人々もいて、あからさまにそれを態度に出す者もいた。それを覆す事態がハルフェア軍を襲ったのは、本島へ渡してくれるシュピルドーゼ艦隊が待つ、ポザネオ市を目前にした、森の淵を走る街道を移動中のことであった。

ハルフェア軍が撤退の移動を開始する時、動かない奏甲は放置され、逆に外装がどこまで壊れていようとも、歩行が可能な奏甲は、即席の座席や荷台をつけたりして、なるべく多くの人と物を運べるよう、整えて出発した。
もちろん、損傷が少ない奏甲を持つ英雄と歌姫たちは、交代で警戒をおこなう。奇声蟲はほぼ駆逐されたはずだったが、カノーネは監視を維持させた。
「別の場所で戦いが続いているのだぞ。言っていることや目指していることは異なっても、戦争をしていることには変わりはない。どんな理由で、その余波を受けるか予測できない以上、軍事行動として偵察、監視は当然だ。」
彼女はそう言った。
だが、召喚された人々のほとんどは、戦争など知らない人々である。協力者との合流を前にして、気が緩んだのも無理からぬことではあった。そして、響が後から思うに、相手も悪かった。
草地と森の境目で、しゃがんで長い筒のようなものを担いだ人影が、ハルフェアの部隊の方をうかがっていることに気づいたのは、ブリッツ・ノイエに乗る響だった。
かすかに噴出音が聞こえて、その筒から何かが飛び出し、高速で飛んできた。それを防いだのは、一般起動しかしていなかったものの、とっさに射線に割り込んだ響のブリッツの左肩だった。その行動がなければ、この時点で歌姫たちの集団に着弾していたところである。
コクピットの響を、爆発音と振動が激しく揺さぶる。それがおさまり爆炎が消えると、ブリッツの左肩の装甲は大きく歪み、左腕の稼動範囲を狭めるほど損傷を受けていた。
「なっ、バズーカ砲って言うのかあれ!?歌って、ラナラナ!敵だ!」
響が見ようとするほうへ、ブリッツの頭が稼動する。視線の中に、ラナラナとソルジェリッタの無事を確認する。そして再び、森を見た。
歌姫たちは、歩行する奏甲たちの中央に守られるようにして、集まって歩いていた。響はラナラナの歌で戦闘起動したブリッツを、歌姫たちの集団をかばう様に移動させる。奏甲に剣を抜かせ、襲撃に備える。周囲でも他の奏甲が戦闘起動し、それぞれ行動し始めた。
「奏甲は集まれ!歌姫を守るのだ!」
カノーネの指示が飛んでいたが、元の世界の重火器を前にして、機奏英雄たちはすでに冷静さを欠いていた。
「密集してたら的じゃないかっ!攻撃こそ最大の防御だろ。」
どの英雄が叫んだかわからないまま、数機のシャルラッハロートが火砲を放った敵へと突進する。
「だめだ、歌姫を守るほうが先だ。そんなの罠にきまってるだろ!」
響は怒鳴った。だが、間に合ったとはいえない。森へ奏甲の足でもう数歩というところで、2発目の砲撃が、先行したシャル2に命中。奏甲の顔面に被弾し、頭部は破壊された。地響きを立てて、その奏甲が転倒する。
それを合図にしたかのように、森から3機の絶対奏甲が躍り出た。ケーブルにも数機の奏甲による調律が混じる。その新たな3機に響が気を取られた瞬間、ブリッツの足元から、連続して乾いた金属のはじける音がした。とっさにブリッツの視点で足元を見ると、ブリッツや他の奏甲の、足の間で抜けがあるところにいた歌姫数名が倒れていた。その下に、血の池が広がっていく。カノーネも肩を押さえてうずくまっていた。
「ガンだ!奏甲で歌姫を囲んでっ。隙間から銃撃されたら、ひとたまりもないわ!!」
その声はディーリだったが、響は意識していなかった。ラナラナとソルジェリッタ、そしてほかの歌姫を奏甲で踏んだり、押しつぶさないよう注意を払い、ブリッツに低い姿勢をとらせ、足や腕の装甲でかばうように姿勢を取らせる。
ブリッツの首をまわし、森と周囲を見回す。視界の中に、キューレヘルトが見えた。それは紫月城で奇声蟲の女王と一緒に戦った機体に間違いない。
「気をつけろ!そいつは手ごわいんだ。」
「ほう。その奏甲は、ハルフェアの坊やか。」
<ケーブル>に、無線で混線したように雑音交じりで聞こえたのは、紛れもなくコーダ・ビャクライの声だった。
「おまえも来ないか?『現世騎士団』ってんだ。
元の世界で、発破や銃で人を吹っ飛ばして稼ぐのに比べたら・・・いや、ここでならそれで天下だって取れそうだぜ。奏甲もあるしな。なんせ女しかいない世界なんだからな。ハッハッハ。」
「歌姫を撃ち殺すなんて!そんなやつのところへ行くものか!」
響は感情的な声で言い返した。
それを代弁するかのように、前に出たうちで砲撃を受けなかったハルフェアのシャルラッハロートの1機が、キューレヘルトに打ちかかった。だが、突起も禍々しい灰色のコーダの奏甲は、それをほんの少し位置をずらすだけでよけ、シミターで切り返す。それほど大きな動きでもないのに、シャルラッハロートの腕が切り飛ばされた。腕とともに武器を失ったシャルラッハロートが後退する。
だが、そのシャルラッハロートはまだ幸運だった。突出した奏甲の中に、歌姫を撃たれた英雄がいた。その奏甲は、すでに障害状態に陥って自由には動けないでいる。その1機の奏甲の首を、キューレヘルトが切り落とした。
「降りな!奇声蟲の女王と戦った坊やに免じて、抵抗しなきゃ命は助けてやらぁ。
野郎どもっ、止まってんのだけ、とっとと回収しろ!パイロットが出てこないなら引っぺがして、放り出せ!」
キューレヘルト以外―それはプルプァ・ケーファとシャルラッハロート―が、障害状態に陥って止まっている奏甲1機を、2機で挟んで腕を取った。とらわれた奏甲のコクピットから、英雄があわただしく飛び降りる。
森からはさらに4機のプルプァ・ケーファが現れ、もう2機のハルフェア側奏甲を取り押さえた。そのうち1機の英雄は降りなかったため、コクピットの位置にプルプァ・ケーファの拳がたたきつけられた。ひしゃげたコクピット・ハッチをもぎ取り、衝撃で気を失っている英雄をつまみ出し、放り出す。身長が10mある巨人に投げ出された人体が、鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。
「これで幻糸炉が3機。まあまあか。」
コーダのつぶやきをケーブルを通して聞きながら、響はじっと観察していた。油断しているのか、ブリッツから森を出てきたキューレヘルトまでは、ブリッツなら数歩走れば到達できる距離だった。歌姫を守る響のブリッツから見て、コーダのキューレヘルトが立つ方向には人影もみあたらない。それは、ブリッツがキューレヘルトに打ちかかっても、その方向から歌姫たちが銃撃される危険はないことを意味する。足元では、歌っている歌姫たちの中で、ソルジェリッタがカノーネを助け起こし、応急処置を施していた。
「せゃっ!」
掛け声とともに、響はブリッツをキューレヘルトの方向へ飛び出させた。目いっぱい腕を伸ばして剣を振り下ろす。ブリッツの剣の切っ先は、キューレヘルトのシミターを構えた腕に命中した。切り落とすところまでは行かないが、手ごたえは確実にあった。
キューレヘルトがはねるように後退する。
「ちっ!ぬかった。
坊主、音羽響とか言ったな。今度、会うときは手加減しねぇ。邪魔するなら殺してやる。
野郎ども、引き上げだ!」
コーダがそう声を上げると、他の奏甲も追随した。もちろん、捕獲した奏甲も持ち去っていく。
銃撃の危険のため、歌姫を守る位置からハルフェア側の奏甲は動くこともできないまま、敵の撤退を見送った。
この襲撃で、英雄2名、歌姫5名が戦死し、10人以上の歌姫が銃撃によって負傷。奏甲を強奪され、敵の奏甲という存在と、アーカイアに持ち込まれた重火器の威力を思い知ったハルフェア軍は、襲撃から数時間後、逃げるようにポザネオ市に入ったのだった。

ポザネオ島から本島に渡る船旅では、他国の艦船の世話になったがトラブルは発生しなかった。そのトラバンデンシュタットまでの船旅の中で、響は同行してくれる英雄と歌姫を見つけていったのである。


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