知るための目的の地 − It's place to know. −


岩だなを整えて造られた港についた帆船から、ミリアルデ・ブリッツを操作して、がけの上まであがった。ノイエンはミリアルデの手のひらに乗り、奏甲の起動歌を歌っている。
それは海に沿っている大街道からも、さらに海岸側にある隠れた港だった。船の船長もクアリッタから指示されて始めて知ったらしい。不慣れな港に入るときの船員たちは、ひびきにも伝わってくるほど緊張し、慎重な操船が行われた。
無事に入港が済んで、次に緊張することになったのは、当のひびきである。船のバランスを崩さないようにミリアルデを下船させるのは、乗せるとき同様に冷や汗をかきながらの奏作だった。ノイエンが歌ってくれて、戦闘起動している敏感な状態でも、それは変わらなかった。
ほかの乗客が、港になっている岩棚から崖を登ってくるまで、ひびきとノイエンは待っていた。
「ノイエン。黄金の工房の人たちと一緒には行かないの?」
「ひびきは、わたしと一緒じゃいや?」
ノイエンの言葉に、ひびきは顔をしかめた。ひびきはノイエンの判断を問いただしているのだ。聞き返すのはずるい。
「うそうそ。ひびきと一緒に行くよ。あの人たちは違う部署の人たちで、よく知らない。
あの人たちは歌術で、すでに出来上がってる絶対奏甲を、いろいろ変えたり操作しようとすることを研究していたみたい。この『青い』ミリアルデみたいにね。
私はもっと単純で、この手で奏甲を直したり、整備したりということを、まだ教えてもらってただけ。」
そういったノイエンは、実際に黄金の工房の面々とは、あっさりと別れの挨拶をしただけだった。工房の人々は、東西に伸びている街道を伝い、東へ向かうらしい。船は外洋へ一度出て、ポザネオ島の西を回るようにして南下し、ポザネオ島、本島に沿って東へ、ハルフェア方面へ向かう。それはクアリッタとの契約の続きなのだと、船長は言った。
「風と歌が、いつも帆に張りますように。」
たくましい女船長は、よく通る凛々しい声で別れを告げた。

ひびきとノイエンは、ミリアルデにくくり付けた荷もそのままに、一般起動の状態で奏甲を歩かせて行く。行く先はノイエンが案内する「隠者の洞窟」。クアリッタも、ノイエンも、ここにいる隠者に尋ねるのが疑問の解消の早道だという。
本来、この洞窟はアーカイアでも、高位の歌姫や各国の要人などにしか知られておらず、そのような人々が答えや判断をどうしても得られないとき、お忍びでやってきて助言をもらうというような場所であり、存在であると言う。

途中、ミリアルデでも横切るのに、大またで5歩も必要とする幅広の石畳の道路があった。
「これは大街道。その中でもこの道は、トロンメルのヴェストリッヒ・トーアから西に向かって、海岸線に沿って、突風平原の西を迂回して、リート・グロッテに至る道。
アーカイアにある大きな町は、互いにこんな大街道で結ばれてるんだよ。」
ひびきは、この石畳の街道を見て、アーカイアが多くの人たちが生活している場所だということを、ようやく実感した。ハルフェアからは転送施設で移動し、ポザネオ島では奏甲に乗っての行軍だった。だがそれとは違う道があり、人々は行き来し、その先には都市がある。都市があれば人が住み、生活があって、働いたり勉強したりといった営みがあるのである。

街道を横切って進むと、高さは低いものの木が生い茂ってきた。地面はくだりになり、くぼ地に降りていく形となる。踏み込んでいる突風平原にしては、めずらしい風景だとノイエンが説明した。突風平原は、そのほとんどが見渡す限りの草原で、北からの風が一年中吹き抜ける、快適とは言いがたい地方だからだ。
唐突に岩の壁が立ちふさがり、進んでいくミリアルデの行く手をさえぎった。向きを変えて壁に沿い、ノイエンが言う方向へ向かうと崖に一筋の隙間が通っていた。隙間とはいえ、奏甲が入れるほどの切り通しになっており、明らかに通廊として整えられていた。
「ここ、ここ。さあ、入っていこう。」
ノイエンの言葉は気楽なものである。ひびきはノイエンの案内にしたがって、ミリアルデを切り通しに入らせた。左右の壁は、そのまま崖の斜面であるが、ミリアルデではまだ、余裕がある幅である。だが、真上からなにかを落とされたら避けられないことに、ひびきは気づいて寒気を感じた。
とはいえ、ミリアルデは何事もなく切り通しを通過し、開けた場所へ出た。そこは、ほぼ円形をした岩のアリーナとなっていた。そして切り通しの出口の反対側に、小さく洞窟の入り口が見える。
その洞窟の前に、立ちふさがった者がいた。それは絶対奏甲であったが、一般に見られる奏甲ではない。ポザネオ島での奇声蟲討伐の戦いにおける奏甲の種類には、いないはずだと、ひびきは思った。それを確信させるのは、目の前の奏甲が備えた4本の腕だ。リーゼ・ミルヒヴァイスと同じものと、色も外装も異なるものの2組の腕を備え、リーゼと同様の外装の手には戦斧を、つくりが異なるもう一方には、ハルバードを構えている。
そしてノイエンではない歌が聞こえ、調律が成りはじめた。4本腕を持つ奏甲が戦闘起動しようとしているのだ。
「ノイエン!」
ひびきは思わず叫んだ。
「いえ、戦う必要は無いはずなの。
ねえ、聞いて!私は萌黄の歌姫ノイエン。機奏英雄はひびき。『風の女王のつるぎ』の奏者よ!隠者に取り次ぎなさい!」
ノイエンは<ケーブル>にも響くよう、相手の奏甲、そして歌姫へと呼びかけた。
それでも、戦闘起動した四本腕の奏甲は、ゆっくりと歩を進めてくる。ひびきは、一般起動のまま、ミリアルデに空いている手で抜刀させた。
「ダメみたいだよ、ノイエン。はやくはなれて、起動の歌を歌って。」
ひびきは相手から目を離さず、抜いた剣を向けさせたまま、ミリアルデをしゃがませ、一方の手でノイエンを地上へ下ろした。ノイエンはすぐさまミリアルデに背を向け、切り通しの方へ走り出した。その口から、奏甲起動の歌が流れ出す。
「さあ、来てみなさいよ。」
一般起動から戦闘起動への変化を感じながら、ひびきはそう言って自分に気合を入れた。立ち上がったミリアルデが、剣を正面にかまえる。だが、宿縁ではない歌姫の歌で動くミリアルデは、ひどく重く感じられる。彼女の背中を冷や汗が伝った。


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