少年が気づくこと − The fact the boy noticed. −


  ルリルラ宮に閧の声が響き渡ることになる日の朝、巨大ロボット「絶対奏甲」によって、響は今までになく異世界にいる事を思い知らされた。
  背中合わせに座っている2体の一方は、ひびきとソルジェリッタの機体として起動準備をしている。背中合わせのもう一機が響とラナラナの機体「ブリッツ・ノイエ」だった。  このハルフェアの旗機が座している椅子には、人間が操縦席まで上がれるよう、階段が彫ってある。幅は狭く、段も奥行きがない急な階段を響ひとりでならともかく、ラナラナも登るというから大変だった。ひびきがミリアルデ・ブリッツを起動させて、立ち上がらせたとき、まだ響とラナラナはブリッツ・ノイエの操縦席、奏座に着いたばかりだった。
  狭い操縦室には、立ったまま乗るジェットコースターのような姿勢になる、体にかなり忠実な型のバケットシートがあり「奏座」と呼ぶ。ひびきと一緒に聞かされた昨夜のソルジェリッタの説明によれば、それに体をはめれば、座のほうが体にあわせて変形、保護してくれて、操縦は思考で行う。ラナラナも奏座を見るのは初めてだという。
「狭いのね。ラナラナが乗るところはないみたいょ。」
  絶対奏甲を動員する戦いでは、本陣を敷き、稼働時間が一時間に満たない絶対奏甲が交代できるよう部隊に分けられ、支援を行う歌姫たちは陣内でかたまり、護衛の絶対奏甲の部隊によって守られつつ歌う。
  そんな理屈を頭に浮かべながら響は狭い空間に入り、奏座に背を向けてハマるように身をつけた。
  すると、乾いた枯枝を折るような軽い音が発せられ、座の形がみるみる変わり始めた。足のほうは膝の少し上まで、胴は寄りかかっている尻から背中はもちろん、両脇と両肩にマッチするように部分が伸びてくる。戦闘機のコックピットのように腰周りのベルトに両肩に上からかぶさるベルトが腹部で接続するのかと、響は思って待ったが、そこまで両脇と肩の部分は伸びてこない。
「これって、これ以上、伸びたり締めたりしないよな・・・。」
  と、思いつつ、脳裏に奏座が伸びた部分が腹に回され、肩も締め付けられて動けなくなる自分が思い浮かんだ。想像の自分は、奏座から逃れようともがいている。
  と、次の瞬間、思い浮かんでいる映像の中で、もがいている自分が見慣れたセーラー服姿のひびきに置き換わった。ひびきが奏座についた途端、奏座が変形して彼女の足から、膝、太ももへと這い上がり、別の部分が手の先、腕、肩へと伸びて拘束していく。ひびきが抜けない四肢を引き剥がそうともがく。変形する奏座の部分が、彼女の鎖骨のあたりから、さらに先端が首を一回りし、ひびきの目の前で、まるで蛇のように鎌首をもたげた。
「はゃっ!?」
  間の抜けた声を上げて響は顔を上げ、思わず現実のひびきの姿を探した。すでに奏座についていたため、彼の視線はブリッツ・ノイエのそれになっており、彼のあわただしい首の動きに、巨人サイズの頭部が追随する。頭に備わったツノが、風を切る音が聞こえた。ブリッツ・ノイエは座ったまま後ろを見る形で、ミリアルデ・ブリッツを見る。
  ミリアルデ・ブリッツが座ったままであったら、両機ともに備わっている左右に広い角が激突してひと悶着おきただろう。幸い、ミリアルデ・ブリッツはすでに立ち上がって一歩踏み出したところにいたため、衝突は起きなかった。さらに響にとって幸いだったことに、あわてて首をめぐらしたことに彼女は気づいていないらしい。響の耳に、自らの鼓動がやけに大きく聞こえていた。
「びっくりしたぁ。おっきな頭がブンブン振り向くんだもん。
どしたの?響兄ちゃん。ひびきおねぇちゃんに怒られそうなの?」
  響は、そう訊かれてギクリとした。「女は怖い。」と初めて思った瞬間だった。
「い、いいや別に。ひびきはなんでもすぐ怒るからね。ラナラナも気をつけたほうがいいよ。」
「ふーん、ひびきおねぇちゃんて、怒りんぼなのね。」
  響は、この時だけは冷や汗をかいたものの、あとは平静を取り戻し、起動した絶対奏甲を立たせ、歩かせた。想像以上に簡単だった。
  奏座のハッチを開けたまま、そのふちにラナラナが座って、機外へたらした両足をブラブラさせたりしている。彼女を振り落とさないよう、もとより歌がなければすばやい動作ができないのだが、響はさらにゆっくりとブリッツ・ノイエを動かした。だがしばらくして、それでも怖くなり、彼はラナラナを絶対奏甲の手のひらに乗せ、床へおろした。
  各種動作をさせてみたり、剣を腰に佩き、ゆっくりと抜いてみる。絶対奏甲の目で見ているため適切なサイズに見えるのだが、実際の戦いに使う実剣の重さと大きさに、響は畏怖と興奮を覚えていた。
  午前中が終わるころ、ひびきが声をかけてきた。
「響、もう行くって。」
「ああ、わかったよ。」
  絶対奏甲と絶対奏甲の間の会話は、直接に話し合っているように感じる一方で、実際には絶対奏甲の<ケーブル>の機能で、歌姫を介した伝達により成り立つ。そのため2人のそれぞれの歌姫、ソルジェリッタとラナラナは発言はしていないが、その存在を感じることができる。
  響は、さっそくコロセウムの出口へブリッツ・ノイエを歩かせ始めた。あとからミリアルデ・ブリッツも続く。

  コロセウムの隣の広間もコロセウムの内周に近い広さがあり、百機以上を数えるハルフェア・カラーの絶対奏甲が、狭い中で整列しつつあった。
  前方で取り仕切っている軍服の女性がおり、絶対奏甲を所定の位置に停めさせ、機奏英雄と歌姫たちを集めていた。彼女の一声で中央に陣取っていた絶対奏甲がどいて、前への通路が出来る。響はそこを通って全体の前に出て、彼女の指示に従いブリッツ・ノイエを決まった位置に停める。そして機体から降りて、ラナラナとひな壇の前へ行った。
  絶対奏甲を受領している機奏英雄と歌姫は、ほぼ同じ隊列で並び、それ以外は外周を囲むように人垣になっている。
  響は、自分の立つ場所の脇にいる2人の機奏英雄に声をかけた。その2人と、チームを組むだろうと思ったからだ。
「こんにちは。僕は音羽響。『音の羽が響く』て書くんだ。よろしく?」
「やあ、オレはナルド。隊長さんもヤポニシュかい。大丈夫かよ。」
  響にとっては、見上げる程の長身で、落ち着いた茶色の髪を短く刈り込んだアジア系の男が不満げに言った。響と同様の機奏英雄用のプロテクターをつけ、その下はワイシャツとスラックスのようだった。有名どころの赤いスニーカーを履いている。体格も良く、たくましい印象を受ける。
「ビジネスではいい相手だけど、戦争やるのは苦手だろ。」
「失礼ですわ、ナルド様。」
「苦手なんじゃなくて、野蛮な戦争なんてしないんだよ。」
  ナルドのそばにいる女の子と、もう一方の機奏英雄が同時にナルドに突っ込みを入れた。
「歌姫のミリヌです。響さま、ナルドをよろしくお願いします。」
  ハルフェアの歌姫衣装の女の子が、丁寧に話した。たらしたままのグレーの髪が、背中の中くらいまで伸びている。容姿の印象からしても、学校なら優等生になるタイプだな、と響は見立てた。
「どっちだかねぇ。ま、いいや。そっちが和司。響隊長と同国人だ。」
  ナルドは、隣の真面目そうな男の子と、その右腕を抱くようにしている小柄な歌姫を紹介した。男の子もワイシャツにスラックスだが、それは学生服のようだった。響とナルドの間くらいの身長に、太っているというほどではないが、若干、ふくよかな体躯と顔つきをしている。顔や目つきもやさしげで、争いごとやスポーツに打ち込んできた、といった精悍さはない。
「有加津和司です。この子が僕の歌姫のエレナハ。よろしく。響くん。」
「よろしくね。響さん。」
  エレナハもハルフェアの歌姫装束で、肩の位置で切りそろえたであろうウェーブがかかったボリュームのある髪を、左右の先で簡単に縛っている。和司と同じように優しげなかわいさだが、おっちょこちょいさも伝わってくる。
「ま、死なんように頑張ろうや。そろそろ女王様の説教が始まるで。」
  ひな壇で、ソルジェリッタが訴える。機奏英雄への詫びと、力を貸して欲しいこと。歌姫には機奏英雄と共に世界を救うことに努力して欲しいこと。指揮官のこと。
「彼女の指示に耳を傾け、敵の撃退に功を立ててください。」
  ソルジェリッタにカノーネと紹介された凛々しい女性は、軽く頭をさげたが、響はそれよりソルジェリッタの言葉に引っかかりを感じた。
  『奇声蟲だとわかってるのに、なんでいま「敵」という言葉をつかったんだ?
奇声蟲以外に敵がいるかもしれないってことか。』
  ソルジェリッタは、カノーネが元の直立不動の姿勢に戻るのを待って、手を上げながら鬨をつくる。
「勇気ある機奏英雄に、麗しき歌姫に、ルリルラの旋律よ、響きあれ!」
  ソルジェリッタの言葉に、歌姫たちが「響きあれ!」と鬨の声を上げた。響のかたわらでも、ラナラナが可愛い声で「響きありぇ!」と発している。
  響も唱和に加わった。旗機であるブリッツ・ノイエを、王女ラナラナとともに任される責任を感じながら。

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