コロセウムの隣の広間もコロセウムの内周に近い広さがあり、百機以上を数えるハルフェア・カラーの絶対奏甲が、狭い中で整列しようとしていた。 「中央を空けろ!ハルフェアの旗印、ミリアルデ・ブリッツとブリッツ・ノイエとともに、女王陛下がお通りになる!」 前方で士官と思われる軍装の女性が、声を張り上げた。それに従い、ソルジェリッタ、ラナラナ、そしてひびきと響の乗機の前に道が開けた。絶対奏甲が左右に居並ぶ、威風堂々たる回廊が開く。徒歩の歌姫2人と白い絶対奏甲2機が進み、全体の前へ出た。 『ひびき。振り向いて右側の二機が、あなたがご一緒するお二人です。わたくしは士気鼓舞のためにも少しお話をしなくてはいけません。ごめんなさい、あの印の位置へミリアルデをたたてせください。』 <ケーブル>を通してソルジェリッタは言った。ミリアルデの視線でブリッツ・ノイエの方を見ると、ちょうど対になる左の先頭の位置に、やはり3機の絶対奏甲が立つように印がつけてあり、その一つが空いている。そこへブリッツ・ノイエは歩を進めていた。 ひびきがミリアルデを位置につけると、前方のひな壇の中央にソルジェリッタ、その脇に先ほど号令をかけた士官が立っているのが目に入った。その士官が、話し始めた。 「全員、絶対奏甲を所定の位置に停めたら、下機して歌姫とともにあつまれっ。 出陣に際し、ソルジェリッタ陛下よりお言葉を賜り、出陣の儀とする!」 絶対奏甲の数の倍の人数の人々に加え、宿縁の相手が見つかっていない機奏英雄や歌姫もいる。ひな壇の前の場所に、絶対奏甲を駐機したのと同じ形で整列していき、それ以外の人たちは、その周囲に集まる形になっていく。もちろん、ひびきは一番前だったが、ソルジェリッタは壇上にいたため、ひとりでいた。 「あなたが、ひびき?」 ひびきが振り向くと、セミロングでおとなし目の金髪に、紺色の瞳をもつ白人の女性が、相方の歌姫とともに立っていた。 「そう。あなたは?」 「私はディーリ。デュレガリート・カティランてのがフルネームだけど、みんなにそう呼んでもらってる。男の子みたいだって言われるけどね。 こっちは私の連れの歌姫リフィエ。あっちの、あなたと同じジャパニーズは玲奈。それに彼女の歌姫カレン。」 ひびきは、ディーリの紹介に沿って目を向けていった。 リフィエは短く刈り込んだ男の子のようなカットの赤い髪に、大きな瞳がかわいい印象を与える、小柄な子。 玲奈は、ひびきに似た背格好に、すこし気弱そうな丸い目とロングヘアで、両側のこめかみから細い三つ編みがさがっている。 玲奈の歌姫カレンは、背が高く、腰までのロングヘアを末の方で細く留め、鋭い感じがハンサムといっても通る顔の造作が「頼りになる姉」という印象を与えるタイプ。 ディーリと玲奈は、肩、腕や足に装備している防具 ― 奏座でのクッションの役を果たす ― はひびきと同一だったが、ひびきのアンダーウェアがセーラー服であったのに対し、ディーリはなにかのアルファベット・ロゴが胸元に大きく入っているトレーナーに、下はジーパン、玲奈は袖、襟がしっかりある白いブラウス、下はキャロットスカートにハイソックスという出で立ちである。 歌姫2人は典型的なハルフェアの歌姫装束で、ウエストから下は体にフィットするワンピースに、肩のところが膨らんだ袖で腰下までの長さのあるベストを羽織り、腰周りにはベルトと短いスカート、足は太ももの中くらいまで上げる長いハイソックスに、膝下まである飾り気の多い白いブーツを履いている。さらにカレンはハイソックスの上端をガーターで吊っていた。 「玲奈です。よろしくおねがいします、ひびきさん。」 玲奈が軽く頭を下げつつ言った。声もしっかりしていて、見た目ほど引っ込み思案でもない。 「おっと、歌姫と、深い紹介は後にしよ。女王さまのお話が始まるわ。」 ディーリがひな壇の方へ向き直った。絶対奏甲を持つ機奏英雄と歌姫たちは整然と並び、その周囲の者たちも位置こそばらばらであったが、これから自分たちの行方について、どのようなことが話されるのかに耳を傾けるべく静まっていた。 「聞け!ハルフェア女王陛下のお言葉だ!」 仕切っている士官の声がホールに響く。その脇、ひな壇の中央でソルジェリッタが一歩踏み出し、居並ぶ機奏英雄と歌姫を見渡した。 「みなさん、いよいよ出陣のときが来ました。 奇声蟲という滅びの使者に対し、アーカイア五国が結束し、先人たちが為した奇声蟲の撃滅という偉業を私たちの手で再び実現するため、剣を掲げるときです。 機奏英雄の皆さん、宿縁という結びつきで巡り合ったパートナーと、戦場へ送り出すことを許してください。そのお力をお借りして世界を救わなければ、そのパートナーを含めアーカイアそのものが滅びてしまうのです。そして世界を救うことができるのは、絶対奏甲を駆る皆さんだけ。平和なアーカイアをパートナーの歌姫と迎えるためにも、その力をお貸しください。 そして愛すべき歌姫たちよ。機奏英雄と巡り合った者も、そうではない者も、幻糸の力を駆使する歌の才を持つあなたたちに、アーカイアの命運がかかっています。機奏英雄に任せきりにせず、アーカイア人にも世界を救うためにできる努力、それこそがあなた方が機奏英雄にする力添えなのです。 奇声蟲のために、これ以上わたくしたちの世界を荒らされるわけにはいきません。ハルフェアという国に限らず、アーカイアを慈しんでおられる黄金の歌姫に対して、そのアーカイアという大地そのものに対して、いまこそ愛と誠実さを抱いて立つ時です!その心を見失うことなく、機奏英雄とともに生還を期待します。 わたくしのこの身はルリルラを離れることはできませんが、わたくしの機奏英雄であるひびきとハルフェアの旗機、ミリアルデ・ブリッツにより結び付けられ、みなさんとともに戦場に立ちましょう。」 そこまで言うと、ソルジェリッタは先ほどから場を仕切っていた、剣を佩く士官を手でしめした。 「今回の遠征では、隣国のシュピルドーゼより任官していただいているカノーネが指揮を執ります。彼女の指示に耳を傾け、敵の撃退に功を立ててください。」 カノーネと紹介された凛々しい女性は、軽く頭をさげた。邪魔にならない短めのヘア、しっかりした作りの上衣にシュピルドーゼ軍を示すマントと、紋章が入った前垂れも誇らしく、短いスカートから伸びるタイツを履いた足は、実用的な皮のブーツに納まり、そのかかとが綺麗に打ち合わせされている。ひびきは自分の国の高名な、凛々しい男装がウリのミュージカル・ショーを思い浮かべた。 カノーネが元の直立不動の姿勢に戻るのを待って、ソルジェリッタは手を上げながら、鬨をつくる。 「勇気ある機奏英雄に、麗しき歌姫に、ルリルラの旋律よ、響きあれ!」 ソルジェリッタの言葉に、歌姫たちが「響きあれ!」と応えた。それはハルフェアの人々にとって「あなたの幸運を祈る。」という意味もある歓声である。機奏英雄たちもかたわらの歌姫に習い、声を上げた。 ルリルラ宮の最深部に、戦いに赴く人々の鬨の声が響いたのであった。 | ||
<< 9 | 戻る | 11 >> |