ビースリー先輩の教育講座 人種とジョブステータス編
□【聖騎士】レイ・スターリング
トルネ村から王都への帰路、俺とネメシスは先輩と雑談を交わしていた。
「ですから使用可能スキルを考えると、メインジョブは各サブジョブと関わりのあるものを設定することが重要です。上級職は複数のジョブの要素を内包しているものが多いので、使えるサブジョブのスキルも広範に亘ります。親和性が高いとも言えますね。例えば、レイ君の【聖騎士】なら騎士系統、司祭系統、騎兵系統。あとは盾や剣、槍といった武器メインのジョブのスキルとの親和性が高く、私の【鎧巨人】、【盾巨人】ならば防御系スキルとの親和性が高くなっています」
「なるほど」
デンドロにおいて〈エンブリオ〉と並ぶ要素であるジョブ。
その中でも特にファンタジーな要素であるスキルについてのためになる解説を、俺は先輩から受けていた。
「そうした関連のあるサブジョブのスキルの他に、《看破》などほとんどのジョブで使用可能な汎用スキルもあります。レイ君は変則的に上級職から取得していますが、今後取得するジョブはそうしたシナジーも考えて取ることをお勧めします。以前、リアルの方でジョブごとの親和性や、有用な汎用スキルとそれを取得可能なジョブをまとめたノートを作りましたから、今度リアルで会った時にコピーを渡しますね」
「助かります」
「ビースリーは物知りだのぅ」
なんだか始めた当初に兄やマリーに色々教えてもらったことを思い出す。……俺の周りって解説してくれる人多い気がするな。
「……そういえば」
「どうかしましたか?」
ふと、先輩からジョブの話を聞いていて、少し横道に逸れたことが気になった。
これも先輩なら知っているかもしれない。
「先輩のジョブって【盾巨人】と【鎧巨人】ですよね?」
「ええ。それが何か?」
「デンドロって、巨人いるんですか?」
基本はファンタジーらしいデンドロには、様々な人種がいる。
俺はかつて人馬種の【大死霊】と戦ったし、ギデオンではエルフやケモミミなどレジェンダリア出身らしき多種多様な人種も見ている。
しかし、巨人と言うほどの巨躯の持ち主は見なかった気がする。
ユーゴーと戦ったという牛頭の頭目が四メートル前後だったらしいから、それが最大か。
大きいことは大きいが、巨人と言うには少し足りない気もする。
だけどジョブに【巨人】という文言が入っているのだから、巨人もいるかもしれないと思ったのだけど……。
「巨人はいます」
「あ、いるんですね。やっぱりレジェンダリアとかに?」
「いえ、人里離れたどこかに住むと言われる絶滅危惧種です」
…………絶滅危惧種?
「……イエティ的な?」
「まぁ、それが近いでしょうね。成人なら最低でも体高は一〇メートルを超えるそうですが」
……あ、かなりでかい。
「何で絶滅危惧種なんですか?」
「生存競争に負けたらしいので」
「…………何で?」
巨人って、巨人だよな?
デカくて強くて神話でもおなじみの。
それが何で負けてる?
「あ。そうか恐竜が絶滅したみたいに大型化した生物は生き残れないとかそういう……」
大昔の気象変動か何かで滅んだ幻の種族的な……。
「いえ、六〇〇年ほど前の記録に残っています。普通に他の種族に負けて住処を追われたそうです」
「……あ、そうなんですね」
六〇〇年前か。大きな戦があったみたいな話は前にどこかで聞いた気もするし、仕方ないのかな。きっと色んな種族が協力して強大な巨人と戦ったんだな。神話みたいな光景が脳内で想像され……。
「妖精に力負けしてレジェンダリアを追い出されました」
「どういうこと⁉」
なんか急に想像しづらくなったんですけど⁉
「のぅ。妖精というのは、あの妖精のことかの?」
「はい。手のひらサイズのあの妖精です」
……うん、ギデオンで見かけたことあるから知ってる。
「妖精はレジェンダリアで最も有力な種族の一つです」
「……ああ、魔法の力で」
やっぱり妖精と言えば魔法の……。
「いえ、妖精は種族としては魔法と物理のどちらも良適性ですし、当時は戦士系統がメインになって巨人の戦士系統を潰していたそうです」
「……イメージできない!」
妖精が巨人を潰すってどういうことさ!
「巨人の方が力は強いんじゃないんですか?」
「そうですね。力は巨人の方が強いですよ。デフォルトでは」
「……デフォルト? 妖精は何かパワーアップでもできるんですか?」
「パワーアップというなら、私達は全員がそれをしていますね」
「?」
どういうことだろうか。
「ここで先ほどの話に戻りますね」
「話が戻る? …………あ」
先輩が何を言わんとしたのか、理解した。
「――ジョブか」
そうだった。この〈Infinite Dendrogram〉には、ジョブがある。
ジョブレベルをあげれば、見た目……どころか体の作りさえも変わらないままに、剛力にも、頑健にも、俊敏にもなる。
「〈エンブリオ〉によるステータス補正を除けば、ジョブレベルを上げたときの上昇率は共通ですから。体格が大きかろうが、小さかろうが、得られるSTRは同じです」
「……なる、ほど」
妖精と巨人の力が同じというのは想像しづらいが、ステータスに関しては既に何度も体感しているので納得するしかない。
「ジョブに万能の適性を持つ〈マスター〉と違い、ティアンだと普通は肉体的に貧弱な種族は物理前衛ジョブの適性が低くなります。ですが先ほど述べたように妖精は魔法物理両面で適性が高い種族なので、普通に戦士系統のレベルも上がります」
「あー……」
「巨人は生まれながらのSTRやENDは確かに妖精より高いですが、その差も下級職一つ二つで埋められます。そして発揮する力がほぼ同じなら、的が小さい妖精が圧倒的有利になります。さらに言えば妖精の方が数も多い上に後衛の魔法職も充実しているので、巨人が負けて当然ですね」
「巨人の大きさはメリットにならぬのか?」
ネメシスの質問に、先輩は首を振った。
「なりません。力で劣る多数を相手取るならリーチや攻撃範囲が利点となりますが、小さくとも同等の相手を複数相手取る場合は利点たりえません。体のサイズが違おうと、STRが同じならば拮抗しますから。巨体を有効に使えるのは重量を武器にする時だけですね」
「先輩が【狼桜】に使った《ストロングホールド・プレッシャー》みたいな?」
「ァ?」
そう言うと、先輩にギロリと睨まれた。
ビースリー先輩ではなくバルバロイ・バッド・バーンの目つきである。
コワイ。
「……コホン。あれは防御力を攻撃力に変換するスキルです。決して重量依存の攻撃ではありません。決して私の体重はあの筋肉達磨の狼桜を潰せるほど重くありません。いいですか? 決して私は重くありません。OK?」
「い、イエス、マム!」
思わず軍隊みたいな返答をしてしまった。
口調は丁寧なままだったけど、今までで一番先輩が怖かった……。名前騙った奴を前にしたときより遥かに……。
「話を戻しますが、私と違って物凄く重い巨人が重量を武器にしても、小さな妖精相手だとそうそう当たりません。何より、スキルでもないただの攻撃の範疇なので、STRとENDを上げてればさほど効きません」
「なるほどのぅ」
……ここまで聞いていて思ったが、ジョブの最もファンタジーな点はスキルではなくステータスなのかもしれない。
「これが巨人に似たモンスターなら普通にジョブをカンストするよりも高いステータスを持っていたりしますが、人間範疇生物の巨人は基本値が低くなっています。もっとも、これは鬼のモンスターと鬼人種などにも言えますが」
人間範疇生物とモンスターの最大の差異がジョブを持つかどうか、らしいからな。あとは頭上の名前表示。
「ティアンである以上、巨人は図体が大きくてもステータスは他と大差ない人種になるということです」
「……まぁ、それだと負けても仕方ない感じですね」
少年漫画よろしく巨人のパンチを受け止めて、逆にその巨体を持って振り回すような構図もありえたのかもしれない。
「レジェンダリアには妖精の【戦士】が巨人の【戦士】を放り投げる絵画もありますね。図書館に置かれた関連本にも写真が載っています」
……少年漫画シチュエーションは本当にあったらしい。
「そもそも、どうして巨人と妖精で争いに?」
「六〇〇年前までは争わずにやってきたらしいですが、巨人の数が増えて他の種族の生活圏や食料を脅かし始めたので、妖精によって追放されたそうです」
「ふむ。巨躯である分だけ食料の消費も激しかったのであろうな。人の一〇倍大きければ、当然食料はそれ以上だからの」
「…………」
お前はサイズ変わらないのに人の一〇〇倍は食うじゃないか、と言おうと思ったが空気を読んで言わなかった。
「ところで、〈マスター〉で巨人や妖精のアバターを作った人はいないんですか?」
キャラメイキングのときに、アバターはかなり自由に作れる。
俺は最小限の変更だけだったが、身長・体重・体型はいじれるし、俺はつける気皆無だったがケモミミをはじめとする他人種のパーツもあった。
であれば、巨人や妖精もメイキング出来そうなものだと思って訪ねたのだが……。
「いましたね。ほとんどのプレイヤーが引退に直行したと聞いていますが」
「Why?」
引退って……なんでまた?
「まず巨人ですが、先ほど言ったようにリーチと攻撃範囲以外はステータスに利点がなく、的が大きいという欠点があります。しかし、これはさほど大きな問題ではありません。〈マスター〉ならそれを補う〈エンブリオ〉になる可能性もありますし、ジョブ適性は全てのジョブに対して万能ですから」
「たしかに。だったらどうして引退に……?」
俺の疑問に、
「生活できないからです」
先輩はあっさりとそう言った。
「…………あ」
そして、すぐに納得する。
巨人は六〇〇年も前に人里離れたどこかに行ってしまった。
ならば、デンドロのどの街であろうと、巨人に合わせた生活様式などない。
家屋も、店舗も、風呂も、トイレさえも、巨人サイズはない。
リアルからログインしているプレイヤーにとって、文化的な生活を送れないことはストレスだろう。空腹や睡眠を感じて一々ログアウトで対応するのも大変だ。
「さらに空腹は感じやすくなりますし、それをこちらでの食事で満たそうとすれば食費が圧迫します。装備もサイズが巨大になって値段が跳ね上がります。マジックアイテムの装備でも、流石に巨人サイズに適応したものは希少に過ぎます。六〇〇年前から巨人の客がいなかったので製法自体がロストしていますから」
「……おぉう」
それは、どうしようもない。
既にデンドロの文化から、巨人の席が消え失せてしまっている。
食事に不自由し、寝床に不自由し、挙句に衣服もままならない。
そんな環境でも巨人を続けられるとしたら、それはかなりの剛の者だろう。
「じゃあ、妖精は? そっちはレジェンダリアの主流派だから、生活に困ったりはしませんよね?」
「はい。戦闘面でも生活面でも、妖精に巨人ほどの不足はありません」
「ふむ。では何が不足しておるのだ?」
ネメシスの問いに、先輩は空を仰ぎ見て……。
「精神面です」
と静かに答えた。
「精神、面?」
……どういう意味だろう?
「少し想像してほしいのですが」
「はい」
「自分が手のひらサイズになって、街中に放り出されたらどう感じると思いますか?」
「…………ああ。理解しました」
道行くのは、見上げるような巨人ばかり。
道に舞う土煙に煩わされ、頭上から降ってくる足に恐怖する日々。
さらに言えば、モンスターとの戦闘もそうだ。
ただでさえ、戦闘が怖くてやめるという人もいる。
だというのに妖精では、仮に相手が【ティールウルフ】あたりでも、【デミドラグワーム】並みに巨大な化け物にしか見えないだろう。【デミドラグワーム】そのものなら……ちょっと怖すぎる。
「元から妖精として生まれたティアンならともかく、リアルから妖精になると心理的負担が大きそうですね」
「もっと言えば、妖精の羽をつけても〈マスター〉のアバターではただの飾りなので飛べません。〝黒鴉〟のジュリエットのような〈エンブリオ〉でもない限り、強制的に小さな体で地べたの上を進むことになります。そういう意味で、レジェンダリアであっても必ずしも適応できるとは限りません」
「難儀な生き方になるのぅ」
「そうだな……」
巨人と妖精、どちらも引退者が多い理由に納得した。
デンドロはメイキングのやり直しなんてできないからな。
兄もそれでずいぶん苦労しているそうだし。……かなりノリノリな姿見てると『素顔じゃなくても着ぐるみ着てたのでは?』って疑惑が湧くけど。
「そういう理由じゃ辞めても仕方ないですね」
「ええ」
でも、そういう人達も辞めてなかったらすごく強かったかもしれない。
仮に兄のようなSTRおばけだとすれば、最小の妖精も、最大の巨人もどちらも恐ろしいことになっていただろう。
的が小さい妖精が接近して必殺の一撃。
巨体の巨人がそのSTRで放つ広範囲攻撃。
どちらも想像するに恐ろしい。
何より、そこまで強くなった人は、生き難い世界でも自分を曲げなかった信念ある〈マスター〉ということなのだから。
きっと、強いに決まっている。
「…………」
いつか、そんな〈マスター〉と出会う時が、あるいは戦う時が来るのだろうか。
……まぁ、その時はその時か。
◇
この日の予感が現実のものとなるのは、しばらく経ってのことだったが……それはまた別の話だ。
Episode End