チャリティークッキー
□【聖騎士】レイ・スターリング

『レイ君。こちらの生地も捏ね終わったから型抜きを頼む』
「分かりました、ライザーさん」
 フランクリンの事件からデンドロ時間で一、二週間ほど経過したある日のこと。
 俺は中央闘技場内のレストラン、その厨房にいた。
 そこにいるのは俺だけでなく、決闘ランカーのマスクド・ライザーさんやビシュマルさんも一緒だ。最近は模擬戦でよく胸を貸してもらっている人達でもある。
 今日このメンツで厨房に集まったのは、闘技場のチャリティーイベントのためだ。
イベントの内容は決闘ランカーがお手製のクッキーを作り、それを販売して収益は孤児院などへの寄付に回すというもので、定期的に行っているらしい。
 今回は男性編であり、先日はジュリエットやチェルシーといった女性の決闘ランカーがチョコレートを作っていたそうだ。
 そんな訳で、今回は男性の上位ランカーであるライザーさんとビシュマルさんが参加している。
 ライザーさんは特撮ヒーローのような仮面を被った奇妙な人物だけれど、手際よくクッキーを作っている。
 また、筋骨隆々としたビシュマルさんもオーブンの扱いが上手く、先刻からクッキーを綺麗に焼き上げている。人は見かけによらない。
 さて、そんな決闘ランカーのイベントにどうして俺が混ざっているのかと言えば、リクエストがあったそうだ。
 こうしたイベントは闘技場の観客へのアンケートの結果により、決闘ランカーだけでなく有名な〈マスター〉やティアンにも参加要請が届くことがある。
 俺の場合は先日のフランクリンの事件の中継で俺の名前が広く知られてしまったため、今回のチャリティーへの参加を打診されたのである。
 普段から模擬戦でお世話になっている人達からの頼みであったので、参加することを決めた。
 まぁ、今の俺は左手が義手なのでクッキーを作るにも多少の難儀はある。
 けれど、この義手も物を掴むことは普通にできるので、クッキー生地の型抜きを手伝うくらいは問題なく行えている。
 ……なお、うちのネメシスは味見と称して焼く前のクッキー生地を食べていたので、今は厨房から締め出している。
 『ちょっとだけならいいではないか!』と抗議されたがそういう問題ではない。クッキー生地を生で食うな、生で。
「よぅし、あとはこれを焼くだけだな」
 ビシュマルさんはそう言って、型抜きしたクッキーをオーブンへと入れた。
 それが最後のクッキーであり、これで予定数には達した形になる。
『ビシュマル、レイ君。おつかれさま』
「おぅ、おつかれ」
「お疲れさまでした」
 あとは一〇分から一五分ほど焼き上がるのを待ち、ラッピングするだけだ。
 待っている間に俺達は世間話を始める。
「あ、そうだ。少し前から気になっていたことがあるんですが」
 その際、良い機会なので闘技場で疑問に思っていたことを聞くことにした。
『何かな?』
「闘技場のオッズなんですけど、おかしくないですか?」
『ああ。そのことか』
 俺がそう言っただけで、ライザーさんも何のことだか分かったらしい。
 闘技場のオッズだけれど、実はバランスが取れていない試合が度々ある。
 先日は闘士Aが一・三倍で、闘士Bが五・〇倍だった。
 これでは闘士Aに五万、闘士Bに一万三千と賭ければ、どちらが勝っても配当は六万五千リル。費用が六万三千リルなので、金額にして二千リルほど儲かってしまう。
 そもそも競馬や競輪のように一度の競技で多数競うわけでも、サッカーのように点差を当てるものでもない。
 純粋に、二つに一つという高確率で勝てるのだ。
 それについての疑問を問うたのだが……。
『その問題は三つのことから解決できる。一つ目の理由は、闘技場のシステムだ。公的な賭けは入場チケットと連動していて、どちらか一方にしか賭けられない』
「ああ。なるほど。……でもそれだと」
『そう。二人の人間で示し合わせ、分担して賭ければ問題なく両方に掛けられる。だがそもそも、それで得をできるようにはなっていない』
「?」
『言っただろう。入場チケットと連動している、と。そして入場チケットはただではない。それなりに値が張る。それが二つ目の理由だ』
「あ」
 そもそもの入場チケット自体が、安くともスポーツ観戦のチケットかそれ以上に値が張るものだ。
 加えて会場内の物販も含めると、闘技場全体では黒字収支ということか。
『そして三つ目の理由として、チケットの種類によって賭ける金額の上限がある。一番安いチケットでは小遣い程度の額までしか賭けられないのさ。配当の割合を大きくして賭けやすくしつつも、制限はかけている』
「そこも考えられていたんですね」
 ……あれ?
でも俺ってこの前……。
『ただ……伯爵によると先日の〈超級激突〉では少し大変だったそうだ』
「?」
『オッズがほぼ確定した競技開始の直前に、フィガロに数千万リルという超高額を賭けた人間がいたそうだ。そのため、先日の興行ではかなり大きく持っていかれたらしい』
「…………」
 ……俺だな、それ。
『チケットも最上級……賭け金上限が一億リルにもなるVIP用のボックスチケットだったらしくてな。わざわざそんなチケットを用意して大金を賭ける以上、かなりのギャンブラーなのだろう』
「…………」
 ……偶然にもマリーがそのチケットを用意してくれただけです。
 ともあれ、これで疑問は解決した。
「ま、俺らランカーはオッズなんて気にせず決闘で戦って勝ちゃあいいのよ。細かい計算なんて知ったこっちゃねえさ!」
 ビシュマルさんのすごくビシュマルさんらしい発言に、俺とライザーさんは笑った。
 ただ、ビシュマルさんの言葉を聞いてふと新たな疑問が思い浮かんだ。
「そうだ。ランカーと言えば……あ、これって聞いていいことか分からないんですけど……」
「おう、気にせず聞きな」
 ビシュマルさんがそう言ってくれたので、遠慮せずに聞くことにする。

「何で今日はランカーがライザーさんとビシュマルさんしかいないんですか?」

『「…………」』
 俺がそう言うと、二人は目を逸らした。(ライザーさんは仮面越しだったけれど逸らしたのは一目瞭然だった)
 そう、疑問と言えば疑問だったのだ。
 男性の上位ランカーというならば、真っ先に決闘王者であるフィガロさんの姿が思い浮かぶ。
けれど、ここにいるのはライザーさんとビシュマルさん(それとおまけの俺)だけだ。
その理由はなぜかと気になったのだが……。
「……消去法だ」
「消去法?」
 ビシュマルさんの言葉に首を傾げた俺に、ライザーさんが補足するように言葉を繋げる。
『上位ランカーでは、俺とビシュマルの上に三人は男性のランカーがいる。しかし、三位のランカーは連絡がつかなかった。最近はログインしていないのかもしれない』
 まぁ、そういうこともあるのか。
『二位、君も会ったことがあるトム・キャットは……常にネコと一緒にいるからな。ネコの毛がクッキーに混ざっても困るので辞退してもらった』
 ……そういえば頭の上に大きなネコを乗せた人だったな。
 たしかに異物混入は怖い。
『そしてフィガロだが……』
「…………」
「あの、フィガロさんが何か……?」
 ライザーさんとビシュマルさんはどこか疲れたような顔で(ライザーさんは仮面だけど)俯いた。
『フィガロの場合は純粋に…………』
「純粋に?」

『――純粋に料理がクソマズい』

「…………え?」
「あいつ、多分リアルでも料理したことないんだろうな。漫画でもやらんようなアレンジをぶちかましてきやがるぞ。その癖、あいつ自身は毒物でも状態異常耐性装備つけたら平気で食うような奴だから気にも留めずに食うし、……相手にも出す」
『チャリティーイベントで食中毒を起こすわけにはいかなかったから、俺とビシュマルで必死に参加を止めたんだ』
「……俺達は、以前に一度食ったことがあるからな」
『思い出させるな』
 そういう二人の表情は真剣そのもの(ライザーさんは仮面だけど)。
 余程のことがあったのだろうと察せられた。
「…………」
 人間、誰しもどこかに欠点があるものだ。
 ……俺達の仲間のマリーも大概ひどい料理出すので、割とある話なのかもしれない。
 そんなことを思っていると、オーブンがチーンと軽快な音で焼き上がりを知らせた。
『「「…………」」』
 寸前までの話の内容からか、「このクッキーは大丈夫か?」という疑念が三人共通の無言の言葉となってオーブンに注がれた。
 オーブンの蓋を開け、三人の誰からともなくクッキーを一枚つまんで、同時に口に入れる。
『「「……良かった、美味い」」』
 普通に美味しいクッキーが無事に出来上がったことに安堵しながら、俺達はラッピングに移ったのだった。

 Episode End


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