■<叡智の三角>本拠地
 その日、ドライフ皇国トップクランである<叡智の三角>の本拠地の一室で、とある映像が流されていた。
 それは戦闘映像のようであった。
 無音の映像の中で、人型をした一機の<マジンギア>が戦っている。
 映像の中で機体は軽快に動き、圧倒的な強さで無数の地竜を相手に無双していた。
 しかし、代表的な<マジンギア>である【マーシャルII】を知っている者は思うだろう。
『<マジンギア>はここまでの性能を持っていない。精々で亜竜クラスだ』、と。
 実際、その指摘は正しい。コスト度外視な上に偶然が味方したとある試作実験機は純竜クラスの性能を発揮できたが、それ以外の全ての機体は良くて亜竜クラス。<亜竜級マジンギア>という呼称もそれを証明している。
代表的な量産機である【マーシャルII】は、下級職一職目のティアンや亜竜よりも弱いモンスターに対しては強いが、映像のように地竜種の純竜相手に無双などできるはずもない。

 先の戦争においても、【マーシャルII】はあまり活躍していない。
 ベテランの<マスター>は亜竜どころか純竜とも対等以上に戦える。その<マスター>同士が戦う戦場において、【マーシャルII】は兵器として微妙な戦力だったのだ。
 しかしそれは<マスター>の基準であり、ティアンの場合は異なる。人の手で量産が可能な亜竜クラス戦力である【マーシャルII】は有力な兵器だ。モンスターに襲われることも多い小さな村や、そこに駐留するティアンの衛兵には特に喜ばれている。
 だから【マーシャルII】は決して役立たずではないのだが、開発時に夢に描いた活躍が出来なかったので<叡智の三角>のメンバーも悩んだ。
 そこから発奮して改良機である【マーシャルII改】などを作成するわけだが、……一部の者達はそれとは別にとある活動を始める。
 その者達の名は、通称『二次創作部』。<マジンギア>を題材とした二次創作で、気の赴くままに<マジンギア>の活躍を描いた作品を作ろうとする者達である。
 始まりは<魔神機甲グランマーシャ>という題をつけられたポスター風のイラスト。
 それから悪ノリ……もとい創作活動が加熱し、技術を持つ者が漫画を描き、文章を書けるものが小説を書き、手先の器用なものが立体模型を組み、トドメに衣服関連の作成スキルを持つ者が劇中のパイロットスーツを実際に作り、と創作の幅は徐々に広がっていった。
これについて、オーナーであるフランクリンはコマーシャルの一種として活動を許可している。
 というか一部の貴族子弟(たまに当主自身)に漫画作品の受けが良く、実際にスポンサーが増える効果があった。

 そして現在、本拠地の一室で流れている<マジンギア>が無双する映像は、二次創作部が新規に製作した映像作品版<魔神機甲グランマーシャ>のパイロットフィルムである。
 アニメではなく、模型を用いた特撮である。<マジンギア>も地竜も実物ではなく精巧な模型だが、<エンブリオ>のスキルを使って動かしているので本物のようによく動く。
 スキルを使っているので、下手をするとリアルの特撮以上に特撮の出来が良い。
 相当な傑作だったが……ここで二次創作部は一枚の分厚い壁にぶつかっていた。
「……やはり、無音だといまいちだな」
「サイレント映画の時代なんてリアルじゃ一〇〇年以上前ですしね」
 動画は無音だった。
 音楽を流すことは出来るが、流せる音がないのだ。
 つまりは……。
「……これだけ手先が器用な人間が集まって、音楽を作れる奴が一人もいないとはな」
「まぁ、手先の器用さとは関係ないですよね。音楽」
 彼らの中には……BGMを作れる者がいなかった。
「パートは何ができる?」と聞けば「ボーカル!」とのたまう者が殆どであり、しかも素人のカラオケレベルである。
それでも音楽家系統のスキルレベルを上げれば「己の考えたとおりに演奏できる」のだが、そうなると今度は本人のセンスの問題で上手いBGMが作れない。
「……こっちで既存の音楽探すか?」
「ここまで完全オリジナルでやってきたのに、音楽だけ他所からもってくるのは……」
「だよなぁ……。こだわりたいよなぁ」
「戦争後から新規メンバーも増えてるし、上手いこと音楽できる人が来れば……」
「そんな上手くいきますかね?」
「駄目っぽいよなぁ。はぁ……。……ん?」
 二次創作部が揃って溜め息をつくと、自動ドアが開く音と共に室内に一人の人物が入室してきた。
 それは古参のメンバーも顔を知らない人物であり、<マスター>にしては珍しく見た目も老齢の男性であった。
「おお、すまない。クランに入ったばかりで、施設内を見学していたのだが……取り込み中だっただろうか?」
「大丈夫ですよ。それより、お爺さんがうちのクラン入ったんですか?」
 ロボットに興味のある人しか入らないクランだと二次創作部の面々は考えていたので、老人の加入が彼らには少し意外だった。
 二〇四五年の現在はロボットアニメの歴史も長くなっているので、年配でロボットが好きな人も勿論いるだろうが。
「ああ。私の名は【奏楽王】ベルドルベル。オーナーであるフランクリンに頼み込み、客分としてこのクランに置いてもらうことになった。これからはメンバーとしてよろしく頼む」
 老人――【奏楽王】ベルドルベルはそう言って、一礼した。
「へぇー、【王】ってことは超級職なんすね。なんかすご…………【奏楽王】?」
 ベルドルベルの自己紹介に、二次創作部にざわめきが生じる。
「あの、もしかして音楽関係の超級職でしょうか?」
「その通り。私は指揮者系統の超級職だ」
「……作曲とか、できますでしょうか?」
「もちろんだ」
 段々と言葉の態度がへりくだっていく二次創作部に、ベルドルベル……リアルでは作曲家をしているオットー・エンゼルバーグは特に気にした風もなく答えた。
「…………」
 そして二次創作部の面々は一時沈黙した後、
「お願いします!! 作曲してください!!」
「お願いします!!」
 揃って、その場にDOGEZAしたのだった。
 リアルでは欧米に住むメンバーもいたが、ジャパニメーションで学習済みだった。
「う、うむ……」
 しかし突然DOGEZAされたベルドルベルの方が面食らったので、DOGEZAの効果があったかは未知数である。

 この後、「次の戦いが起きるまで特にすることもなかったので構わない」とベルドルベルは彼らの懇願を快諾し、<魔神機甲グランマーシャ>のBGMと主題歌の作曲を担当することになった。
 そして<魔神機甲グランマーシャ>は完成し、<エンブリオ>のスキルを使った映像効果と躍動する模型、そして超一流の作曲家が作り上げた楽曲によって一大傑作として知られるようになるのだが、それはもう暫く先の話であった。


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