このSSはネタバレを含みます。
必ず「インフィニット・デンドログラム」第14巻を読んだ後にお読みください。





 □■【光王】エフ

 犬派? それとも猫派?
 世間において、珍しくもない話題である。
 それこそ、両者が同時に存在する文化圏ならば数千年前から話題になっていただろう。
 エジプトなど、イヌ科とネコ科両方の神を祭っているのだから。
 とある統計によれば犬派の方が多いらしいが、『だから猫は嫌い』となる人間は少数派であろう。結局、どちらかを選ぶ時点で動物好きには違いない。
 私も基本的には、『どちらも良い』を選ぶ。
 優柔不断ではない。どちらも愛らしいのだから仕方ない。
 考えが詰まったときは、犬や猫の動画で思考を解す。偶に爬虫類も混ざる。
 だが、絶対に犬か猫かで選択しなければならないならば……犬だろう。
 飼うと苦労も多いしちょっとおバカだったりもするが、それが可愛くもある。
 さて、どうしてこんなことを延々と考えているのかと言えば……。
「…………」
『……(ぷるぷる)』
 私の目の前に犬がいるからだ。
 そう、犬である。
 それも、どう見てもポメラニアンだ。白くてふわふわとしている。良い。
 見てみると、名前も【ティールポメラニアン】というらしい。
 そうか、ポメラニアン種もこの世界にはいたのか。もっと早く知りたかった。
 余談だが、【ティールウルフ】などに代表される【ティール】という名称の語源は諸説あるが、どうやらルーン文字のティール(テイワズ)らしいと妹の知り合いに聞いた。
 『勇気』や『戦略』を意味するルーンだ。恐らく、【ティールウルフ】が戦力に勝る相手にもよく挑む傾向を持ち、群れで狩りをする性質からそう名付けられたのだろう。
 だからもしも【ティールウルフ】から〈UBM〉が誕生するとすれば、そうした側面が強調されたモンスターになるはず、というのも妹の知り合いの推測だ。
『…………(ぷるぷるぷるぷる)』
 思考がかなり横道に逸れた。その間にポメラニアンがどこかに行ってしまわないか不安だったが、その場に留まってくれている。
 しかし何かに怯えているのか、プルプルと体を震わせている。
「……ふむ」
 念のためにゾディアックを飛ばし、周囲の状況を確認する。
 ここは王国南部の森の中。今は先日の【ブラッディ・ドラグタイガー】のような純竜クラスモンスターの姿もない。
 レベル上げ中の〈マスター〉は何組かいるが、PKの類も見当たらない。
 しかし、PKかどうかなどこの犬には関係なく、単純に人間が怖いのかもしれない。
 それでも私の傍を離れないのは、懐いてくれているのだろうか。良い。
「…………ふむ」
 私はアイテムボックスを漁り、何か犬にあげても良い食べ物はないかと探し始めた。
 これは……先日手に入れた卵か。
 しかし犬に食べさせてもいいものだったかどうか。
 ……いまいち覚えていないので、ちょっと通信魔法で妹に聞いてみよう。
「もしもし、私です」
『あ、兄さん? 通信魔法届くってことは近いの? 最寄りなの?』
「最寄りではないですが、王国でも南にいますね。ところで一つ聞きたいのですが」
『兄さんが私に聞くって珍しい! レアね!』
「そうかもしれませんね。それで質問なのですが」
『うんうん! 何でも聞いて! オールオーケー!』
「犬は卵を食べさせて良かったんでしたっけ?」
『……ごめん、わかんない。答えもわかんないし、兄さんが聞いてきた経緯もわかんない』
 分からなくても仕方ない。
『ログアウトしてググる?』
「今、目の前にポメラニアンがいるのでそれは……」
『ポメちゃん? 今度スクショ見せて!』
「いいですよ。さて、卵の安全確認ができないとなると他に何か……」
『あ、ちょっと待って! あいつにも聞いてみるから!』
 通信先でガサゴソと物音がし始めた。
 そして、他の誰かとの通信を始めているようだった。
『もしもし! アイ! 起きてる? 起床中? ちょっと聞きたいんだけどー……』
 漏れ聞こえる呼びかけで、妹が誰と通信しているのか理解できた。
〝知識欲〟とも呼ばれる妹の知り合い――【蔵書王キング・オブ・ライブラリー】ISBN。
 妹のゲーム仲間・・・・・であり、私も話が合うのでVRチャットで何度か話していた。
『分かったわ兄さん! 加熱した卵なら犬にあげてもいいそうよ! ゆで卵よ! 栄養満点のスーパーフードなんですって! でも生卵はゼッタイあげちゃダメ! NG!』
 そしてISBNから答えを得られたらしい妹が、胸を張った様子でそう述べた。
 完全に受け売りのようだったが、聞いてくれたのはありがたい。
「ありがとうございます。御礼は……」
『ポメちゃんのスクショで良いわ兄さん! じゃあね兄さん』
「ええ、それではまた」
 そうして妹との通信が終わり、私は準備を始める。
 台座を組み立て、鍋を乗せ、水を注ぎ、固形燃料にレーザーで火を点ける。
 ポメラニアンは火が怖いのか怯えていたが、しかし離れない。
 そうして熱湯になったら、アイテムボックスに入りっぱなしだった卵を投入。
 以前、たまたま行商人を助けた際に――見捨てるのではなく助けるパターンの取材の際に――御礼にと渡されたものだ。
 高級品らしいが、食べないまま保存用のアイテムボックスに仕舞っていた。
 しかし折角なので、出会ったばかりの私に懐いてくれたポメラニアンに進呈しよう。
 やがて、十分に煮えたと見て湯から引き揚げ、ポメラニアンの前に置く。
 うん。ずっと私を見ているあたり、本当に懐いてくれたのだろう。
「ゆっくり食べるといい」
 促すが、ポメラニアンは不思議そうに私と卵に視線を行き来させている。良い。
 可愛いので写真撮影を実行する。写真を撮るのは先日のギデオンの一件以来か。
 しかしこのポメラニアン、はたしてこの環境で生きていけるのだろうか。
 実際ここに生息しているのだから、生存するためのスキルは備えているのだろうが……。
「……ん?」
 今までモコモコとした毛に埋まっていて気づかなかったが、よく見れば首輪をしていた。
 なんと飼い犬だったらしい。こんなか弱い犬を放置するべきではない。
 ともあれ、安心でもある。野良であれば、なんとか保護しなければならないかとも思っていたところだ。
 恐らく、ここでレベル上げをしている〈マスター〉のいずれかが飼い主なのだろう。
 ならば、戻ってくる前に去るとしよう。
「じゃあね」
 私はポメラニアンの首と背中を撫でてから、その場を立ち去った。
 今度、妹にも写真を見せよう。

 ◇◇◇

 □【群狼王 ロボータ】

『……(ぷるぷる)』
 こ、腰が抜けて動けないのである……!
 我輩を片目でジーッと見てる人間、前に森の中で虎をバラバラにしてた奴である?
 わ、我輩が〈UBM〉だとバレたらコロコロされるのである?
 ぶ、部下一号が食料調達で留守のときに限ってこんなことに……?
 あ、影の中の部下たちは絶対出たらだめである! これ、出たらバラッバラである?
 でもこのままでもバラバラアワアワ……?
『…………(ぷるぷるぷるぷる)』
 か、身体の震えが止まらないのである……ハッ!
 こ、このままではいかんのである!
 ビークールBe Cool! ビークールBe Cool
 震えよ止まれ! 我輩はきっと勇気凛々!
 よ、よし。おっかない人間が誰かと通信している隙に、逃げ出して……。
「ええ、それではまた」
 あ、ビビってる内に通信終わっちゃったのである。
 怖い人間は……なんか鍋とか置き始めたのである。
 え? 料理するの? ここで?
 ともあれ、今が逃げるチャン……。
「点火」
 きゃあ? なんか浮いてる玉が光ったら火が点いたのである?
 速すぎて意味不明というか、こんなので狙われたら絶対逃げられない奴である?
 そしてお鍋がグツグツ煮え始めてるのである。
 もしかして我輩を食べる気であるか?
 我輩は《忠犬偽装》で飼い犬にカモフラージュしてるのに、それ食うのであるか?
「さて、と」
 と思ったら何か我輩より大きな卵を取り出して鍋に放り込んだのである。
 ……ゆで卵? なんでここで?
 とか思ってたら、我輩の前に差し出されたのである。
「ゆっくりと食べるといい」
 ……あれ? こいつ、すごくいい奴なのでは?
 なんか写真撮ってるけど……それ以外は特に何もしてこないのである。
「じゃあね」
 そして我輩を撫でてどこかに去っていったのである。
 ……い、生き延びたのである!
 しかも大きくておいしそうな卵付きである!
 ふふふ、我輩が逃げなかった(逃げられなかった)お陰であるな!
 部下一号が戻ってきたら自慢話&卵パーティーである!

 ――パキ。

『……パキ?』
 なんであるか? 今のひび割れみたいな音は?
 ゆで卵が冷めた拍子に割れたのであるか?
『あ、やっぱり割れて……』
『…………(ジーッ)』
 …………卵の内側と目が合ってる気がするのである。
 え? これってもしかして……。
『ギャーウ』
『生まれたのであるー?』
 どうなってるであるかー?

 ◆◆◆

 ■レジェンダリア某所

『ジー。さっき言いそびれたことなのだけど』
「何かしら?」
『あれはあくまで鶏卵の話だから、別の生き物の卵だとまた違うよ』
「あ、それはそうね。盲点ね。けど、きっと鳥の卵だとは思うわ」
『それなら良いのだけど。栄養価が違うくらいならあまり問題ないのだけど、火属性の天竜種は高温に晒されると孵化するらしいからね。それだと犬が食べられるかもしれない』
「嫌だわ。ブーイングだわアイ。兄さんがドラゴンの卵を犬の餌にする人に見えるの?」
『あー、うん。好奇心のために手段を選ばない人だけど、それはないよね』
「ええ! 私は兄さんを信頼しているわ! 犬派だから素で変なムーブすることもあるけど、きっと問題ないわ!」
 後日、ポメラニアンと卵(ドラゴン)がセットになったスクショを見て、言葉を失う二人であった。

 To be continued

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