人はなぜ夢を見るのか。諸説ある。ただ、その中でも夢は願望の現われだと、リオは聞いたことがあった。人の抑圧された潜在的な願望が夢として表現されるのだと、何かの本で偉い人が言っていた気がする。それがリオとしての自分が読んだ本なのか、天川春人としての自分が読んだ本だったかは、覚えていないけれど……。
 リオはそんなことを、夢の中でぼんやりと思った。そう、今のリオは夢を見ている。その自覚があった。なぜなら、そうでなければ説明がつかない状況に置かれているから。
 今のリオは岩の家の自室にいて、エルダードワーフであるドミニク特製のベッドに横たわっている。夢の中だけど、身体は自由に動く。それがわかった。  だから、リオは非現実的な光景を確かめるために,首を動かして右側を見る。果たして、そこには――、

「すう、すう……」

 美春が穏やかな寝息を立てて、眠っていた。どうして美春と一緒に寝ているのだろうか。ありえない。だが――、

「……可愛い」

 と、リオは思わず呟く。本心が漏れ出たのは、夢の中だからだろう。リオは冷静にそう分析し、今度は左側を見やった。そこには――、

「すう、すう……」

 アイシアが穏やかに寝息を立てて、眠っている。

「アイシアは綺麗だな」

 リオはまたしても本心を呟いた。ストレートな褒め台詞が口から漏れたのは、夢の中だからに違いない。そう、これは夢なのだ。夢に違いない。そう思って、リオはおもむろに半身を起こした。すると――、

「っ!?」

 リオは愕然と硬直してしまう。ドミニク特製の広々としたベッドの上に、ざっと十人以上の美少女達が穏やかに寝息を立てて眠っていたから。
 美春とアイシアの他にも、セリア、ラティーファ、サラ、オーフィア、アルマ、コモモ、サヨ……、誰もが無防備に寝顔をさらけ出している。他にも見知った顔がいたが、リオは強い忌避感を抱いて、途中で数えるのをやめた。
 代わりに、リオは頭を抱えて自問自答する。同じ場所にいるはずのない面々が、よりにもよってどうして同じベッドで眠っているのだろうか。しかも、その中心には自分がいる。この状況はいったい何なのだ? ハーレムか、ハーレムなのか?

(そんな馬鹿な?)

 リオはさらなる忌避感を抱き、強くかぶりを振った。本人達が聞いたら怒るかもしれないが、ホラー映画よりも怖い。こんな状況はありえない。

「落ち着け、落ち着け……」

 と、リオはぶつぶつと呟き、自分に言い聞かせる。すると、そんなリオの呟きを聞きとったのか――、

「ん、う……、ハル、くん?」

 リオの右隣に眠る美春が、小さく身じろぎした。ぼんやりと目を開き、眠そうに目をこすって、リオに語りかける。

「え、いや、あ、はい……」

 リオは困惑して返事をした。すると――、

「……ハルくん?」

 美春は不思議そうにリオの名を呼ぶ。いや、かつての彼の名を呼ぶ。リオが天川春人だった頃に、喋りかけられていた呼び方で……。リオはそのことに違和感を抱いたが――、

「は、はい」

 すっかり緊張してしまい、上ずった声で返事をした。

「……なんで敬語なの?」

 美春は訝しそうに問いかける。

「え、いや、なんでって……、むしろどうして美春さんが?」

 リオは色々と困惑して訊き返した。

「……美春、さん?」

 美春は呆然とその呼称を呟き、リオの顔を覗きこむ。

「は、はい。美春さん」

 リオは再び美春の名を呟いた。すると、美春は寂しそうな顔をして――、

「もしかして、寝惚けているの? それとも、意地悪している?」

 少しだけ唇を尖らせて、リオに問いかける。

「い、いや、そんなことはないと思いますけど……」

 リオは苦し紛れにかぶりを振った。

「じゃあ、どうしてそんな口調なの? 私のことも美春さんって……」

 美春はやや不服そうに訴える。

「どうしてって……、じゃあ、普段はどんなふうに呼んでいる……んでしょうか?」

 リオは思いきって尋ねてみることにした。

「そ、それは……、昔みたいに、み、みーちゃんって……」

 美春はひどく恥ずかしそうに答える。

「そう、なんですか?」

 そんな馬鹿なと、リオは面食らって確かめた。だが――、

「そ、そうだよ! ハルくん、本当に意地悪しているでしょ?」

 美春は顔を真っ赤にして頷くと、リオに訊き返す。眠気などすっかり覚めてしまったようで、唇を尖らせている。

「し、してない。してないですよ」

 リオは慌ててかぶりを振った。すると――、

「……じゃあ、いつもみたいにして?」

 美春はリオの顔を覗きこんで、可愛らしくおねだりする。

「えっと、美春さん、いや……、みー、ちゃん。これでいい……んだよね?」

 リオは美春が望むであろう口調と呼び方を、恐る恐る確認する。

「う、うん」

 美春がぎこちなく首肯すると――、

「み、みーちゃん?」

 リオはおっかなびっくりと、改めて美春の名を呼んだ。かつて美春と幼馴染だった頃の呼び方で。

「え、えへへ」

 美春はすっかり安心しきったのか、嬉しそうにはにかんだ。すると――、

「美春さん?」

 リオは思わず意地悪してみたくなって、元の呼び方に戻す。なんだろうか、この感覚。なんだか本当に美春と幼馴染だった頃に戻ったみたいだった。それが堪らなく楽しい。

「やっ、みーちゃんって、言って。やっぱり意地悪しているよ、ハルくん!」

 美春はむうと唇を尖らせ、ジト目でリオを見つめた。

「あはは、ごめん、ごめん。みーちゃん、これでいい?」

 リオは微苦笑して謝罪すると、再び美春のことを「みーちゃん」と呼び直す。意外というべきか、美春の幼い一面が垣間見えて、すごく嬉しかった。

「うん。……えっとね、もう少しそっちに行ってもいい?」

 美春は満足そうに頷くと、気恥ずかしそうにリオの顔色を窺って尋ねる。

「もちろん」

 リオは鷹揚に頷くと、半身を起こした姿勢から、再び横になった。もはや同じベッドの上で他の少女達が眠っていることなど完全に失念している。それは美春も同じだった。

「ありがとう」

 美春は幸せそうにはにかんで、もぞもぞとリオに近づいてく。すると――、

「あーっ! 美春お姉ちゃん、ずるい!」

 室内にラティーファの声が響いた。薄暗闇の中でリオと美春を指差している。

「ひゃん!?」

 美春は驚いて可愛らしい声を出すと、反射的にリオに抱き着いてしまった。

「なになに?」

 他の少女達の声が上がり始める。どうやら今のでみんな起きてしまったようだ。各々がもぞもぞと身じろぎして、半身を起こしていく。

「もう、なんですか、ラティーファ、大きな声を出して……」

 サラは寝惚け気味にぴょこぴょこと狼耳を動かし、ラティーファに問いかける。

「だって美春お姉ちゃんがこっそりお兄ちゃんと仲良くしているんだもん!」

 言って、ラティーファはぷくりと頬を膨らませた。

「……え?」

 サラは不意にリオと美春が寝ているはずの方向を見やる。もともと薄暗かった室内は、いつのまにか明るくなっていた。ハイエルフのオーフィアが精霊術で灯りを作ったのだ。だから、周囲の少女達から、リオと美春の姿は丸見えになっている。そこには――、

「あ、あはは……」

 リオに抱き着いている、美春がいた。

「ミハル、今日はみんなで一緒に寝る日だから、抜け駆けはしないと……」

 サラはジト目で美春を非難する。

「ち、違うの! 違うんだよ! ハルくんの様子がおかしかったから、お話をしていて! ラティーファちゃんの大きな声が聞こえて、びっくりしちゃって!」

 美春は慌てて今の状況に対する弁明を行った。だが――、

「ずるいよ、ミハルちゃん」
「ですね」

 オーフィアとアルマが可愛らしく頬を膨らませる。

「リオ……、ずるいわよ」

 セリアもむうっと、可愛らしくリオに抗議の視線を送っていた。すると、いつの間にか年少組のラティーファとコモモがリオに接近していて――、

「って、ラティーファ、コモモ! 貴方達もなんでしれっとリオさんのところへ移動しているんですか!? それにアイシア様も!?」

 サラは泡を食って抗議した。

「眠い」

 アイシアはそう言って、左側からぴたりとリオに密着する。

「勝負は非情なんですよ」
「そうなんだよ、えへへ!」

 コモモとラティーファに至っては真上からリオに乗っかった。美春もさりげなく右側からリオに密着する度合いを強めている。

「ちょ、みんな……」

 リオは堪らず抗議を試みた。だが、もはや風前の灯火だ。左右と上から少女達が密着しているので、身動きが取れない。他の少女達がラティーファ達に抗議しているのが、ぼんやりと聞こえていた。

(まあ、夢だし。こういうのも、いいのかな?)

 と、リオは第三者的に考える。

(あれ、でも、確か夢って潜在的な願望が……、いやいや)

 気づいてはいけないことに気づいた気がしたので、リオは冷静にかぶりを振った。夢にはこんな言葉がある。正夢とか、予知夢とか。だが、この状況だけはありあえないだろうと、思わず苦笑してしまう。
 すると、そこでリオの意識が急速に覚醒していく。夢から覚めていくのがわかった。

「っ!?」

 リオはパチリと目を開く。すると――、

「……ん?」

 くいくいと、左腕の袖を引っ張られていることに気づく。リオは首を動かし、左側を見やった。そこには夢と同じくアイシアが寝ていて、真横からリオの顔を覗きこんでいた。

「春人、あけましておめでとう。初夢、良い夢が見られた?」

 アイシアは可愛らしく小首を傾げて、リオに囁きかける。

「あはは……、どう、だろう?」

 リオは堪らず引きつった笑みを浮かべた。寝惚けているのだろうか。反対側にも誰かが眠っているのか、他にも誰かが眠っているのか、色々と確かめるのが怖い。
 これはとある新年の日の物語……、かもしれない。そんなお話である。