■ミスミドより帰還して数週間後。
「ギルド主催の冒険者競技会?」
冒険者ギルドに張り出されていたそのポスターのタイトルに僕らは目を留めた。
冒険者競技会とはなんぞや?
「一般市民にも冒険者とはいかに素晴らしく、頼りになる者たちかということを知ってもらうため、その技術を活かした競技会を行う。参加資格はギルド登録者であれば誰でも可。優勝賞金は白金貨十枚。副賞としてミスリルの武具を一つ進呈……だそうです」
ユミナがポスターの下に書かれていた文字を読んでくれた。賞金は白金貨十枚……だいたい一千万円か。そりゃすごい。金回りのいい冒険者稼業でもなかなか手にできない金額だぞ。
それにミスリルの武具だって、一流の鍛冶師が造ったものならかなりの貴重品だろう。
それだけ冒険者ギルドがこのイベントに力を入れているということだろうか。
「面白そうでござるな。どういったことをするのでござろうか?」
「冒険者としての技術っていうんだから、魔獣とかと戦うんじゃないの?」
「素材とかの剥ぎ取り技術を競う、のかも」
八重、エルゼ、リンゼは口々にポスターを見ながら自分たちの考えを述べていく。なぜかみんな乗り気だ。
僕らの冒険者ランクはユミナだけが緑、他のみんなは青である。青ランクの冒険者といえばベテラン冒険者の範疇に入るらしいが、僕らは登録してからまだ一年も経っていない。王都のギルドでは変に目立っているようだった。
ちなみにこの国の王女であるユミナがパーティにいるため、ではない。ユミナはベルファスト王家に伝わる、認識阻害の効果がある魔道具《アーティファクト》を身につけているため、周りの誰も王女本人とは気付いていないのだから。
あんまり目立つようなことしない方がいいかとも思うんだけどなあ。
そんなことを思いつつ、ポスター下部に書かれている詳細な内容を読んでいく。
「ああ、パーティ制なのか。五名までのパーティで参加するんだな」
僕、エルゼ、リンゼ、八重、ユミナで五人だから問題はない。
「で、本当に出るの?」
「面白そうじゃない。こういうイベントには積極的に参加しなきゃ」
「これも修業。己の実力を測るいい機会でござる」
エルゼと八重はやる気満々だ。リンゼは苦笑しているが反対ではないようで、ユミナも小さく頷いていた。ううむ。優勝できるかどうかはわからないが参加してみるか。
「じゃあ、この五人で参加申請してくるよ」
ギルドの受付嬢さんにギルドカードを提出して、パーティ名は新しく作った武器と同じ名前の『ブリュンヒルド』で登録してもらった。
参加料として一人銀貨二枚と言われたが。金取るのかよ……。二万円の参加料って高くない? 五人分で十万円……むむむ。
多少不満に感じながらも参加料を払っていると、僕のギルドカードを返却しながら受付嬢さんが話しかけてきた。
「てっきり望月様は参加しないものと思っていましたが……」
「? なんで?」
受付嬢さんの言葉の真意がわからず、思わず首を捻ってしまう。そんなにインドアだと思われているのだろうか。
キョトンとする僕に苦笑しながら受付嬢さんが口を開く。
「なんでと言われましても。あなたは『竜殺し《ドラゴンスレイヤー》』ですから。青ランクとはいえ、他の参加者から徹底的にマークされるでしょうし、一番に潰したい相手だと思われるんじゃないですか?」
「あ」
忘れてた。
ミスミドで黒竜を倒したことにより、僕らは『竜殺し《ドラゴンスレイヤー》』の称号をもらったんだった。
手渡された青のギルドカードにもきっちりとそのシンボルが浮かんでいるではないか。もっと早く気付けよ!
「むむむ……しまった……」
「ま、まあ他の上位ランクの方も参加されるかもしれませんし、標的は分散されるかもしれませんけど」
僕より上、ということは赤ランク以上の冒険者か。赤ランクともなると一流冒険者と呼ばれる。赤と青のランクには高い壁があると言われ、その数は極端に低くなるそうだ。
「ちなみにこの国に僕より上位ランクって何人くらいいるんですか?」
「この国だけに限りますと、赤ランクの冒険者はざっと百五十人ほどですね。その上の銀ランクとなると、三人になります」
「またガクンと減りますね?」
「銀ランクともなると超一流、英雄に一歩手前の冒険者たちなので。まあ、銀ランクの冒険者は今大会には出場しないと思いますが」
苦笑気味に受付嬢さんは断言する。なんでだろう? 銀ランクの冒険者にとっては白金貨十枚ってのは安過ぎるとか?
「この国で銀ランクの冒険者が出たのは十八年前が最後です。その時点でその方は三十過ぎでしたので……」
「ああ。すでに引退している、か」
冒険者の寿命は短い。エルフなどの長命種なら別だが、大抵は三十代半ばほどで別の職につく。その手腕を見込まれて、冒険者ギルドの職員になる者もいるとか。
『銀月』のドランさんや、『武器屋熊八』のバラルさんなんかも引退組だったな。
「では参加を受理します。パーティ『ブリュンヒルド』は当日の朝、こちらの参加カードを持って集合場所にお越しください。はい、次の方」
いつの間にか他の冒険者が後ろに並んでいたので、そそくさと参加カードを貰って受付前から離脱する。
赤ランクの冒険者も出るなら狙われる可能性は少ないかな。
でも『竜殺し《ドラゴンスレイヤー》』って赤ランクでも滅多に持てない称号らしいからなあ……ま、なんとかなるか。みんなで参加して楽しめりゃいいや。
僕は参加カードを持ってみんなのところへ足を向けた。
競技会当日。
「意外と大きなイベントだったんだなあ……」
ベルファスト王都にある中央広場は普段は庶民の憩いの場として活用されている。
いつもなら美味そうな屋台が並んだり、商人たちが路上で商品を並べたりしているのだが、今日に限っては規制されているのかそういったものがひとつも見当たらなかった。
広場には早朝だというのに、すでに何組もの冒険者が集まっていて、それぞれ競技内容を予想し合ったり、武器を点検したりと余念がない。
「みんな気合いが入っているでござるなあ」
周りを見渡しながら八重がつぶやく。
確かにな。お金のこともあるんだろうけど、名前を売り出すチャンスでもあるんだろう。ここで有名になっておけば、指名依頼もたくさんくるかもしれないわけだし。
「なんか、注目されてない、ですか?」
「そりゃ久しぶりに出た『竜殺し《ドラゴンスレイヤー》』だもの。目立つなって方が無理よ」
エルゼが妹の言葉にそう切り返す。遠巻きにだが、チラチラとこっちへ視線が向くのを感じる。こういうの慣れないなあ、やっぱり。
参加するのは僕とユミナ、エルゼ、リンゼに八重の五人パーティ。それに琥珀もついてきた。
「ユミナは平気っぽいね」
「城のパーティーなどで注目されるのはよくありますから。私の場合、認識阻害の魔法がかけられているのでみなさんほどではないですしね」
まあ、なんてったってお姫様だしなぁ。目立つのは慣れてるか。にしても……。
なんかみんなと僕に向けられている視線の種類が違うような気がするんだが。
「ヤロウ、女ばかりのパーティだと?」
「モテモテ気取りか、コンチクショウ」
「呪われろ呪われろ呪われろ」
おっと不穏な声が聞こえてきましたよ。どうやら僕に向けられてたのは警戒の視線ではなく、嫉妬の視線だったらしい。
みんな可愛いからなあ。気持ちはわかるが絡んでくるなよ。毎回面倒なんだ……と口にすれば火に油を注ぐようなものなんだろうな。
「はあ……」
『どうしました、主?』
「いや、なんでもない」
琥珀に笑いながら軽く手を振って返すと、会場に設置されていた壇上に一人の女性が上がった。ギルド職員か?
女性がなにやらつぶやくと、彼女の両サイドにこちらに向けた大きな魔法陣が、彼女の口元に小さな魔法陣が展開された。なんだ?
『はい、お静かに────っ! これから競技内容の説明をいたしまぁす!』
その魔法陣から増幅された彼女の声と思われる音が響き渡った。なんだなんだ!?
『競技進行役を務めさせていただきます、冒険者ギルド職員のオデットと申しますぅ! ちなみにこの魔法は私の無属性魔法【スピーカー】ですっ。危険はありませんのでご安心くださいっ!』
【スピーカー】……音を増幅させる無属性魔法か。確かに司会進行役にはうってつけの魔法だな。ちょっとボリュームとテンションを上げすぎな気もするが。
『さっそく競技を始めたいと思いますっ! まずは第一競技! 【かりものきょうそう】~!」
ハイ? 借り物競争?
『これはクジ引きで指定された魔獣の討伐部位をいかに早く狩ってくるかという競争です! 的確な魔獣の捜索力と討伐技術が必要となる競技ですね!』
『狩り者競争』かよ!? なんだその競技! ……いや、冒険者としては相応しい、のか?
『クジに書かれている魔獣は全て、王都の南、歩いて一時間ほど先にあるビエラの森に棲息しています! あまり危険な魔獣はいないので見つけさえすれば狩るのは難しくないでしょう! しかーし! 期限は今より二時間! つまり歩いて行っては間に合わないということです! ちなみに馬とか乗り物を使ってはいけませーん! さあ、パーティの代表はさっさとクジを引いて、森へ全速力で向かってくださーいっ!』
オデットさんの説明が終わると同時に、ウオオオォォォォオォ!! と、我先にとクジ箱に群がる冒険者たち。
「一角狼か、よっしゃ!」
「げっ、水晶鹿ぁ!?」
「ちょっと待て、紅蝙蝠って夜行性だろう!」
悲喜交々《ひきこもごも》、クジを引き終わった者はすぐさまダッシュで広場を出て行く。だいたいパーティの中から代表一人が走っていった。まあ、一角狼とかを倒すのに二人もいらんだろうからな。
と、思ったら複数人で森へ向かうパーティもあった。低ランクの冒険者か? あ、獲物を手分けして探そうって作戦なのか。
どれだけ早く森に着き、どれだけ早く獲物を見つけるか、そこがこの競技の肝なんだろう。長く走るための持久力と獲物を見つける観察力か。
意外と冒険者としては必要なスキルな気もする。
おっと僕らもクジを引かないと。
パーティの代表として、僕は壇上に置かれた箱の中に手を突っ込み、中にあったカードを取り出した。
「サーベルジャガーか。ま、無難なところかな」
サーベルジャガーはその名の通り、二本の鋭い犬歯が伸びた豹で、それなりに大きいがさして強いわけではない。確か討伐部位は牙だったな。
「で、誰が行くでござるか?」
「僕が行ってくるよ。南のビエラの森なら何度か行ったことがあるから」
会場に【ゲート】を開く。一歩先はビエラの森だ。
「え!? それアリなの!?」
「魔法が禁止とか言われてないし、ルール違反ではないはずだけど。じゃ、行ってくる」
ルール違反と説明されてない以上、やったもん勝ちだ。
驚くギルドの職員たちを尻目に、ビエラの森の中へと僕は足を踏み入れた。
『うぉっとおー! 一番乗りはチーム『ブリュンヒルド』! さすが竜殺しのパーティ! まだ十分も経ってないぞぅ!? でもちょっとズルい気も!』
ほっとけ。だったらちゃんと転移魔法は不可と説明しとけっての。僕以外にも転移魔法を使えるやつは何人かいるって話だぞ? この国にはいないようだけど。
取ってきたサーベルジャガーの牙をギルド職員に渡す。簡単な鑑定をされた結果、それが保存された取り置きの物ではないことが証明された。
「お疲れ様です、冬夜さん」
「お疲れってほど疲れてもいないけどね」
ユミナの言葉に苦笑しながら答える。
しかし冒険者の技術的なものは何ひとつ使ってないな、僕。ほぼ魔法の力だけでなんとかしてしまったし。ま、魔法を禁止していなかったギルド側のミスってことで。
一時間も過ぎると、やっと獲物を狩ってきた冒険者たちが帰還してきた。汗みどろになってへたり込む者もいれば、涼しい顔の者もいる。ここいらがレベルの差だな。
『規定時間経過! 第一競技終了────っ!』
ピィィィィィィィィッ! と、司会進行役のオデットさんが笛を吹く。
ゴールした順位ごとにポイントが加算されていく方式らしい。当然ながら僕ら『ブリュンヒルド』が一位だった。暫定順位表の一番上に僕らの札が掛けられる。
『狩ってこれなかったパーティには得点が入りません! 残念でしたー!』
会場のいたるところでため息や小さな悲鳴が聞こえる。代表者が帰還しなかったパーティのメンバーだろう。獲物が見つからないということもあるし、こればっかりはな。
『それでは第二競技の用意をいたしますので、しばしお待ちくださーい!』
司会進行役であるオデット嬢の声を聞きながら、僕はみんなの方に向き直る。
「次は誰が出る?」
「内容次第でござるかな。せっかく出場したのになんにも参加しないってのもつまらないでござるし」
「ま、冬夜はさっき出たから一回休みってことで」
「職員さんたちが何か持ってきましたけど、あれって……」
ユミナの視線の先にはギルドの職員さんたちが二人で重そうな箱を次々に会場に運び込んでいた。あれって宝箱……だよな?
職員さんたちは大小様々な宝箱を何列にも並べていく。
『さあ、第二競技を始めます! 【宝箱鍵開けバトル】────っ!」
宝箱を並べ終わると、オデットさんの声が会場に再び響き渡った。鍵開け? やはりあれを開けるのか?
『冒険者たるもの、ダンジョンや古代遺跡、盗賊団の根城など、宝箱に出会うこともよくあります! この競技はいかに安全に、かつ早く宝箱を開けて、中のお宝を取り出せるかを競う競技です!』
そうきたか。確かに探索依頼なんかだと宝箱を見つけることも多い。鍵がかかってなかったり、古すぎて鍵の役目を果たしてなかったりするものもあるけれど。
あいにくと僕らはそれほど宝箱に出会うこともなかったので、鍵開け技術は誰も持っていない。
『ちなみにここに用意されたいくつかの宝箱にはトラップが仕掛けられており、それに引っかかったとみなされると問答無用で失格、0ポイントとなります。トラップは簡単なものから難易度が高いものまで様々なものが用意してあります! 中にはミミックもいますので要注意です!』
はあッ!? ミミックってアレだろ、宝箱に擬態して開けようとする冒険者をパクッと食べてしまうっていう危険な魔法生物だよな!?
そんなものまで混ぜて大丈夫なのか!?
『今回もどの宝箱を開けるかはクジで決めさせてもらいます。代表者は前へ来てくださーい。それとひと通りの鍵開け道具はこちらで用意してあります。また、なにか必要な道具があればなるべく用意するようにしますので』
会場端の長机の上には、いろんな形をした針金や、細い糸のようなものなどが置かれていた。小さな盾とかも置いてあるが、なんに使うんだ?
「鍵穴、もしくは偽装された穴から、小さな毒矢などが射出されるトラップがあるかもしれません、から。それを受けないために、でしょう」
リンゼが僕の疑問に答えてくれた。なるほどなぁ。宝箱のトラップにはその他にもガスが吹き出るとか、宝箱の表面に強酸が塗ってあるとか、宝箱自体が爆発するなんてものもあるらしい。
「で、誰が行く? ギルドの用意したものだから大きな危険はないと思うけど……」
とはいえ、ミミックが気がかりだが。僕は今回出ないことになっているので、誰が出るか、だな。
「ではここは拙者が」
「え?」
予想外の声に一瞬みんなの動きが止まる。
「なんでござるか、その反応は……。拙者とて冒険者。宝箱を安全に開ける方法くらい知っているでござるよ」
「あ、いや、そうか。うん、じゃあ任せた」
僕がそう言うと、八重がクジを引きに壇上へと向かった。意外だ。ものすごく意外だ。
「大丈夫でしょうか……? こう言ってはなんですが、八重さんはそういった細かいことがあまり得意ではないように見受けられますけど」
そろそろ八重の本質を理解しつつあるユミナがなかなかに辛辣な言葉を放つ。
確かに八重は大雑把なところが多々ある。細かいことを気にしないというか、おおらかというか。鍵開け技術とか、対極に位置する能力だと思うんだが……。まあ、なにか八重にも考えがあるんだろう。
そうこうしているうちに、すでに何組かのパーティがトラップを解除し、中にあった水晶玉を取り出していた。
その水晶玉にはそれぞれ数字が浮かんでいる。箱に触れて鍵が開くまでにかかった時間らしい。つまりはそのタイムが短いほど高い点数になるんだな。
「あ、冬夜さん、八重さんが」
リンゼの指し示す先に八重が立っていた。目の前にはひとつの宝箱。あれを開けるのか。
と、ここで八重が何の鍵開け道具も持っていないことに気付く。え、あれでどうやって開けるんだ? ちょ、まさか……。
僕の嫌な予想通り、八重はその腰にあった鞘から刀を引き抜く。やっぱりぃ!?
刀を上段に構えた八重がピタリとその動きを止めた。
「はあッ!」
裂帛の気合いとともに唐竹割りに刀が振り下ろされる。白銀に輝く刃は鍵を真っ二つに叩き斬り────勢い余って宝箱まで真っ二つにした。
「あ」
八重が、しまった、という顔でこちらに視線を向けてくる。僕は思わす天を仰ぎ、顔を手で押さえた。
「すまんでござる……」
シュンとした八重が小さな声でそうつぶやく。
真っ二つになった宝箱からはこれまた真っ二つになった水晶玉が出てきた。
「こう……鍵を切り裂いたところで止めるつもりだったのでござるが……」
わかるよ。蓋と鍵だけを斬り裂きたかったのは。わかるんだけどさ……。
「なんでこう、宝箱の端の方を斬らなかったんです、か? その方が簡単なのでは?」
「ッ、その手がござったか!」
リンゼの言葉に八重がポンと手を打つ。いや、その方法も問題がないわけじゃないからな。
まあ、仕方がない。うちのパーティではどうせ誰も開けられなかったんだし。
僕らが例えばダンジョンなんかで宝箱を見つけた場合、一番いい方法は【ストレージ】でそれを収納し、王都に持って帰ってからその道のプロに開けてもらう、とかなんだろうな。
他のパーティの何組かは鍵を無事に解錠して、ポイントをゲットしていた。
今回は0ポイントだった僕ら『ブリュンヒルド』はあっという間にランキングを落ちていく。それでも真ん中あたりで留まっているのは第一競技のポイントのおかげか。
「ま、これからこれから。まだまだ逆転のチャンスはあるさ」
まだ少し落ち込んでいる八重を励ましていると、壇上のオデットさんが再び声を発した。
『第三競技は知識力を競ってもらいますっ! 【常識非常識? 冒険者クイズ】──っ! 出題された問いに正解すればポイントが入ります!』
知識力? 冒険者としての知識を競うってことか?
『ただし! 答えるためにはこちらの問題用紙が入った封筒を見つけてこなければなりません! ギルドの封蝋がされたこの封筒は街中のいたるところに置いてあります。それを見つけて持ってきて下さい! もちろん封蝋が開いた物は無効です!』
オデットさんは封蝋がされた青い封筒を高々と掲げる。ギルドの紋章が入った封筒だ。あれに問題が入っているのか。
中の問題も難易度が高いものから低いものまでピンキリらしい。正解すればポイントが加算、間違えればポイントが減点される。
五回正解、あるいは五回失敗するまで何度チャレンジしてもいいらしい。何度でもというか、最大で九回ってことだが。
もちろんそのためには、また封筒を取りに街を巡らなければならないけど。
『この競技で魔法は禁止です。高いところにある封筒も登って手に入れて下さい。制限時間は二時間! では第三競技、始めっ!』
オデットさんの声と同時に、広場にいた冒険者たちが一斉に四方八方へ散っていく。
蜘蛛の子を散らすように、とは、こういうことを言うんだろうか。
「僕らも行こう。手分けして探すか?」
「そうですね。この場合はその方が早そうです」
「よし、そっちは二人一組で探してくれ。僕は琥珀と探す」
ユミナは八重と、エルゼはリンゼと組んで探すことにし、僕らは各々王都に散った。
僕は広場のある南区から西方面へと向かった。南区の東側は歓楽街が多く、それ故に人も多い。物を探すには向かないと判断したためだ。
「さて、どこにあるのやら。魔法が使えりゃ一発なんだけど……」
《主、あれを》
街中の通りをキョロキョロと歩いていると、レンガ造りの民家の二階、屋根から伸びる煙突に封筒が貼り付けてあるのを琥珀が見つけた。
間違いない。ギルドの封筒だ。あんなところにあるとは。見つけること自体は難しくないけど、取るのにひと苦労ってことか。
僕は【ゲート】で屋根に転移しようとしたが、途中で思いとどまった。危ない危ない。魔法はダメなんだっけ。
「ったく面倒な……」
塀をよじ登って民家の屋根に飛び移り、なんとか煙突に貼られていた封筒を手に入れた。
封筒を手に入れた僕が広場へと戻ってくると、すでに何人ものギルド職員さんの前に、封筒を渡す冒険者たちが並んでいた。出遅れたか。
僕もその後ろに並ぶと、すぐに前の人の順番が来た。女性冒険者で、受付の職員は男の人である。
「時間内に答えて下さい。後ろの方は答えを教えないように」
ギルド職員のおじさんがそう前置きをする。おじさんの胸には砂時計がはめ込まれたリングがぶら下がっていた。あれで回答時間を計るんだろう。
女性冒険者の渡した封筒からギルドのおじさんがカードを取り出して読み上げる。
「では。『問いに答えよ。一角狼の討伐部位はどこか?』」
「えっ、と……角?」
「正解。おめでとう」
不安そうに答えた女性冒険者に、おじさんが笑顔で言葉を返す。
おじさんは問題カードに赤い筆で丸を書き、彼女のパーティ名を書いて足元のボックスに入れた。
割と簡単な問題だったな。あのレベルなら僕にも答えられるぞ。
女性冒険者が喜びつつも、その場から横に移動する。次は僕の番だ。封筒をおじさんに渡す。
「では。『問いに答えよ。伝説の冒険者、竜殺しのバクラムが使っていた愛用の武器の種類は?』」
「はあ!?」
誰よ、バクラムって!? なに、有名な冒険者なの!? ちっとも知らないんですけど!
武器の種類ってことは、剣とか槍とかってことだよな? ええっと……!
おじさんの胸元にある砂時計の砂がどんどん落ちていく。マズい、このままじゃタイムアップだ!
「け、剣!」
「残念。不正解」
おじさんはカードにバツ印と『ブリュンヒルド』と僕らのパーティ名を書いて足下にあったボックスに入れた。
「正解は斧。はい、次の人」
後ろの冒険者の邪魔になるのでその場から僕はそそくさと離れた。
くそっ、問題が歴史的なものだと僕は全くダメだ。少しは勉強したけど、この世界の歴史なんてほとんど知らんし。
ええい、次だ次! もたついている暇はない。僕は気を取り直して、琥珀と一緒に再び封筒を探しに街中へと駆け出した。
「『問いに答えよ。王都にある冒険者御用達の娼館、【花の蜜】の特級コースのお値段は?』」
「知るかぁっ!」
半分八つ当たりに近いが、ギルドの職員である目の前の青年にそう怒鳴る。
なぜかというとさっきから難易度の高い問題ばかりなのだ。難易度が高いというか、変に意地の悪い問題というか。
『ベルファスト王国に冒険者ギルドはいくつ存在する?』
『火車草、月光草、雷帝草。一番高く売れるのは?』
こんなんわかるわけないだろ! いや、三択の問題の方は冒険者なら知っててもおかしくないかもしれないが。
ちなみにみんなはとっくに五つ正解して、ポイントを取っている。そして彼女たちの稼いだポイントを、僕が不正解で打ち消しているという、なんとも情けない状態だ。せめて三択は当てたかった……。
第三競技のタイムリミットも迫っている。これは僕が一番、物を知らないってことなのか? いやまあ、そうだけどさ! 異世界から来ましたんで!
とにかく次だ、次!
広場を出て街中を走りながら辺りを見回す。封筒、封筒、封筒やーい。
こりゃかなり向こうまで行かないとないか? そう覚悟を決めた僕が全力で走り出そうとしたとき、後ろから走ってきた白い動物に目が留まる。
「琥珀!?」
ウチの虎の子が僕と並んで並走していた。しかもその口に咥えているのは青い封筒。
《主、お探しのものはこれに》
「おお! ナイスだ、琥珀!」
厳密に言うと琥珀も召喚獣なので、召喚魔法を使ったと取られるのかもしれないが、競技中に魔法の『使用』はしてないので大丈夫だろ。
琥珀から封筒を受け取り、Uターンして広場へと戻る。
さっき怒鳴りつけたばかりのギルド職員の青年に、再び封筒を渡す。時間的にもこれが最後の問題だろう。五連続不正解だけは避けたい。せめて一問くらいは正解したいじゃないか。
職員さんが封筒からカードを取り出す。
「おっと、チャンスカードです! 正解すれば3ポイント獲得できます。これは簡単な問題ですよ」
え、ホント!? ラッキー! と思ったが、正解してもマイナス1ポイントだよ、ちくしょう!
これって状況次第では問題を持ってこない方がマイナスにならないのかも……。
まあ、いい。ここでマイナスポイントを減らしてやる。名誉挽回といこう!
「では。『問いに答えよ。この国の国王の名をフルネームで答えよ』」
「えっ?」
思わず顔が強張ってしまった。王様の名前……? あれ? えっと、ちょ、ちょっと待って! えっと、確か……!
あああ、顔は浮かぶし、しょっちゅう話してるのに、名前が出てこない! 『王様』『国王陛下』で通るから、ど忘れしてる!
ユミナが『ユミナ・エルネア・ベルファスト』だろ? なら『エルネア・ベルファスト』が最後に付くのは確実……いやいや! 確か『エルネア』ってのは一族の女性だけに付くって言ってた!
男性だと……そう、『エルネス』! オルトリンデ公爵にも付いてた! 『エルネス・ベルファスト』だ!
……だからファーストネームは!?
「確か……と、トリ……トリス、トリスロリン……いや、ウィン……?」
「はい? 答えはハッキリとお願いします」
「トリス……ト、ウィン・エルネス・ベルファスト……か、な?」
「………………」
おい。溜めるなよ! 不安が増すでしょお!?
「正解! 3ポイント獲得!」
目の前のギルド職員の声にかぶせるように、壇上の【スピーカー】を通してオデットさんの吹く競技終了のホイッスルが鳴り響いた。
職員さんはカードに丸を付けて僕らのパーティ名を書き込む。なんとか正解した、か。
いやー、いかんいかん。仮にも義父になる人の名前を覚えてないって、ありえないわ。反省しよう。
結果、僕がマイナス1ポイント、ユミナとリンゼが5ポイント、エルゼと八重が3ポイントの、計15ポイント。一人頭平均3ポイントだ。悪くはない。僕が平均値を減らしてしまったわけだが……。
やはり順位はそれほど上がらず、真ん中よりも少し上ぐらいで止まっている。
「意外と難しいわねー。あたしたちまだ冒険者になって一年経ってないし、仕方ないのかなあ」
「まだまだこれからです。頑張りましょう!」
少しテンションが下がり気味のエルゼをユミナが励ます。そうだな、ここからが正念場だ。頑張ろう。
『さて、お昼も少し過ぎました。ここで昼食といたしましょう。軽い食事を用意しております。それぞれ代表の方が取りに来て下さい』
お、昼食が付いているのか。これはありがたい。太っ腹だな、冒険者ギルド。いや、十万円も取ってるんだから、これくらいは当然か?
僕らはギルド側が用意した食事を受け取り、みんなで食べることにした。
なにやらよくわからないスープで、お椀いっぱいに入っている。具材も野菜や肉がけっこう入っていて、豚汁に近い感じだ。
「あ、けっこう美味い」
見た目は野趣溢れるワイルドな料理だが、なかなかどうして。かなり美味い。
まあ、なんの肉かが気になるところだけど。やっぱり魔獣の肉かなァ……。
複雑な気持ちで肉を咀嚼していると、再び壇上のオデットさんが声を発した。
『さて、冒険者というものは料理の一つもできなければなりません。これからみなさんには限られた時間、食材、調味料、調理器具で、できるだけ美味しいものを作っていただきます。そう、第四競技は【創作料理勝負】ですっ!』
む、そう来たか。くじを引き、ランダムで選んだ食材と調理道具が渡される。食材は肉と野菜、バランスよく手に入れた。調理道具は鍋がひとつと包丁。料理できないことはない。しかしこれは……。
「まずいですね……」
「だね」
僕らはどこへ行くにも【ゲート】を使うので、基本的に日帰りが多い。故に食事は普通に家で食べる。
それでなくても【ストレージ】があるので、ほとんど料理をする機会がないのだ。なにせあったかい料理がいつでもどこでも取り出せるのだから、作る必要なんかない。
加えてメンバーも心もとないわけで。
僕はあまり料理をしたことがないし、ユミナもお姫様だから調理経験はほとんどないだろう。
八重も剣術一筋だったから手の込んだものは無理。
残るはエルゼとリンゼだけど……。
「仕方ないわね、あたしがちゃっちゃと……」
「ダメッ! お姉ちゃんはダメ、です!」
姉が腕まくりして包丁を取るのを妹が必死の形相で押しのける。おや、リンゼがここまで前に出るのは珍しい。
「いいじゃない、少しくらい……」
「私が、作ります! お姉ちゃんは野菜を洗って!」
「むう」
むくれながらもリンゼに従い、エルゼは水の張ったタライの中で野菜を洗い始めた。
リンゼはどうしてもエルゼに料理を作らせたくないらしい。ちょっと気になったのでリンゼを手伝いながら、こそっと聞いてみた。
「……そんなにヒドいのか?」
「食べられないことはないかもしれませんが、万人向けじゃありません。やめといた方がいい、です」
彼女の姉はずいぶんと個性的な料理を作るらしい。なら、やめといた方が無難か。独創的な料理ってのはハマる人はハマっても、受け入れられない人はダメだろうからな。
そんなチャレンジャーなことをして、これ以上順位を下げることはない。ここは賭けるべきステージじゃないだろう。
テキパキとした作業でリンゼは料理を作っていく。限られた材料と調理道具で、簡単な肉野菜炒めを作った。余った食材で野菜スープも作ったようだ。ちょっと味見したけどなかなか美味い。絶品というほどではないが、冒険中のキャンプなどでこれが出てきたら充分ではないだろうか。
ギルド職員が完成したパーティの料理を次々に食べて審査していく。中には口に入れた途端、真っ青な顔になる職員もいた。ご愁傷様。
うちの料理は可もなく不可もなくといった評価で、あまり順位を上げることはできなかった。しかし、それについては誰も何も言わない。自分たちが作っていたら、上がるどころかもっと下がったはずだとわかっているからだ。
「なんとかギリギリ、トップ集団にしがみついているって感じだな」
別に賞金が欲しいわけではないが、出場した以上、どうせなら優勝したい。
『では最後の競技です! 冒険者にとって一番大切なもの、それは危機回避能力です! 自分の実力を見極め、できることとできないことを判断して生き残る。死んでしまっては元も子もありません。生き残ってこその冒険者です!』
ほう。確かに一理ある。冒険者とは常に危険と隣り合わせ。その危険を回避するように動かなければ、最悪その生命を散らすことになる。
『まずはこちらをご覧下さい』
オデットさんがボードに貼られた大きな地図を壇上に持ってきた。王都の地図だ。なにかコースのようなものが描かれており、街をぐるっと回ってここに戻ってくるようになっている。
レースでもするのか? にしても随分裏路地とか細い道を通るなあ……。
『最終競技はこのコースを通り、早く戻ってきた者ほど高ポイントが入ります。しかし、コース途中には様々なトラップが仕掛けられていて、簡単には辿り着けないようになっています。当然罠にかかるとマイナスポイントです。また、コースを外れると失格になるのでよく覚えて下さいねー』
要は障害物競走か。トラップってのがちょっとアレだが……。どんなトラップなんだろうか。
この時間、道は封鎖されていて住民は立ち入ることができないようになっているらしい。大掛かりだなあ。ある意味ギルドの力を見た気がする。
「慎重に進んだ方がいいのでしょうか……?」
「でも、もたもたしてたらどんどん先に行かれちゃうわよ?」
「しかし先頭ほど罠にかかる可能性は高いでござるしなあ」
「難しいです、ね」
遅れるのはマズい。さりとて先頭集団もマズい。付かず離れず真ん中辺りをキープして、後半にチャンスがあれば追い越すって感じかな。
『ちなみに! 転移魔法を使って罠を回避するのはダメです! 失格にしますからね! それ以外の魔法なら使ってもかまいません。もちろん町を破壊するようなものや他の競技者を妨害するようなものは失格です!』
ち。明らかにこっちを見て釘を刺したな。最悪それもアリかと思ったんだが、どうやらダメらしい。
「とりあえずみんなで固まって動こう。何かあっても助けられるように」
「そうですね。それぞれ違う方向に注意を払って進みましょうか」
ユミナが小さく頷く。コースの距離自体は長くない。普通に走れば二十分もせずに帰ってこれるはずだ。罠がどれだけあるかにもよるが。
スタート地点にぞろぞろと冒険者たちが集まる。みんな鎧などを外し、なるべく軽装で走ろうという考えが見て取れる。
僕らはわざと先頭から外れ、真ん中辺りに陣取った。この手のスタートは団子状態になって転ぶ可能性があるからね。
『では最終競技、【障害トラップ競走】スタートッ!』
オデットさんの声で一斉に僕らは走り出した。広場を出ると最初はまっすぐな道が続く。前を走る冒険者の背で見えにくいが、これといってトラップは……。
「うおっ!?」
「どわああぁぁぁぁ!?」
「ちょ、止まれって! うわあぁぁ!?」
突然の叫び声にみんな足を止める。なんだなんだ!?
前の方に進むとぽっかりと空いた穴に、十名くらいの冒険者が泥だらけになって落ちている。
「落とし穴だ! くそっ、ご丁寧に底には泥がありやがる!」
土魔法で掘ったのか、崩れないように周りは固められているようだ。泥もクッションがわりかな。やっぱり先頭は危険だったか。
落ちた奴のパーティメンバー以外は落とし穴を回避して先に進む。冷たいようだが、これも勝負、悪く思うな。
「やはり気をつけて進んだ方がいいですね」
「うーん、あんまりもたもたしてるわけにも……」
いかない、とユミナに言おうとしたら、「うひゃあああぁぁ!?」と一人の冒険者が足をロープで縛られて、一瞬にして木の上に逆さまに吊し上げられていた。
「……気をつけて進もう」
前を走る冒険者が角を曲がる。それに従うように、僕らも同じく曲がり角を曲がると、その冒険者が勢いよく転んで地面に背中をぶつけていた。
「ぐはっ!?」
悶絶する冒険者の足元にはなにやら液体が撒かれている。どうやらこれに足を滑らせて転倒したようだ。油か? いや、なんかもっとヌルヌルした別のなにかだ。
キラキラしたその液体を避けるように慎重に僕らは石畳の上を歩いていく。曲がり角を曲がったすぐ先にあるところがいやらしいな。この冒険者がいなかったら僕らもコケていたに違いない。
「どわっ!?」
僕らの後ろから来た別の冒険者がヌルヌルに足を取られて転倒する。ほらな。
ヌルヌルロードを抜けて大きな長い石橋の前にくると、大きな爆発音がして一人の冒険者が宙を舞い、川へと落ちていった。ええええ!?
「ちょっ、地雷原かよ!?」
『音と爆風が強いですが、安全は配慮されていますのでご安心をー。しつこいようですがご安心をー』
「安心できるか!」
どこからか飛んで来たオデットさんの声に思わず突っ込む。そのタイミングでまた他の冒険者がトラップを踏んだらしく、足元に出現した魔法陣で川に吹っ飛ばされていた。
「爆音はしてますが、爆発《エクスプロージョン》系ではなくて、暴風《サイクロン》系と閃光《フラッシュ》系みたい、です。確かにダメージは少ない、かと」
「いや、そうはいってもなあ……」
リンゼが解説してくれたが、全然安心できない。ダメージは少なかろうと吹っ飛ばされるのに変わりはない。それに川に落ちたらコースアウトだ。失格になってしまう。
「なにか見極める方法があるのか?」
しゃがんで目線を低くしてみる。……わからん。橋の石畳になにか目印でもあるのかと思ったんだが。
「冬夜殿、あれを!」
「え?」
考え込んでいた僕が視線を上げると、他の冒険者たちが橋の欄干を丸太橋を渡るようにして渡っていた。くっ、その手があったか!
欄干の上は細いため、一人が通れるほどしかない。そのため、順番待ちのような列ができつつあった。
「せっ、拙者たちも早く並ばねば……!」
いや、今から並んだところで遅い。どうすれば……ん? そうか。要は橋に足を乗せなきゃいいんだな。
「【岩よ来たれ、巨岩の粉砕、ロッククラッシュ】」
威力を絞った土魔法を橋に向けて放つ。バスケットボールほどの石がいくつも橋の上に落ちて、そのうちのいくつかは爆発して吹っ飛んだ。町を破壊しているわけじゃないからこれは大丈夫だろ。
いくつか爆発で吹っ飛んだが、それが終わると橋の上にまるで飛び石のように岩が向こう側まで残っていた。よし! この上を渡れば安全に辿り着ける!
「すごい! これなら渡れますね!」
「やるじゃない、冬夜!」
さっそく身軽なエルゼがポンポンポンと岩の上を跳んで、あっという間に向こうへと渡ってしまった。僕らもそれに続き、全員が無事に渡ることができた。
欄干を渡っていたやつらは今さら橋の方にも戻れず、もたもたとバランスをとりながら進んでいる。
さっさと進むとしよう。僕らが作った飛び石を使って、後続がやってくる前に。
その後、投網を使ったトラップや、突風が巻きこるトラップ、甘いお菓子の誘惑トラップ(眠り薬が入っているようだった)などをクリアして、僕らはいつしかトップを独走していた。
先頭を走るのは危険だが、ここまできたら突っ切るしかない。
「このままいけば優勝できそうでござるな!」
横を走る八重に僕も頷く。とは言え油断は禁物だ。この手のレースは最後まで勝負はわからない。どんでん返しのオチがあるかもしれないからな。
正面に橋が見えてきた。さっき渡った橋とは別の橋だ。架けられている川は同じ川だが。
「また地雷原でしょう、か?」
「わからないけど一応、さっさと同じ方法で渡ろう」
僕は再び【ロッククラッシュ】で向こう側まで岩をいくつも落とす。やはり地雷原だったらしく、何個かの岩が爆発して吹っ飛んだ。
先ほどの橋と同じように飛び石となったその上をみんなが先に渡っていく。僕は最後に渡りながら、渡り終えた後方の岩をブリュンヒルドの【エクスプロージョン(小)】が付与された弾丸で砕いていった。
幸い後続はまだ見えない。この岩を利用されたら追いつかれるかもしれないからな。壊しとこう。
「ん?」
ふと横を見ると橋の欄干を子猫が渡っていた。え、なんでこんなところに子猫が? と、思う間も無く、その子猫はなんでもないことのように地雷原の橋の上へぴょんと飛び降りる。
「ちょっ!?」
思わず子猫を助けようと反射的に身体が動いてしまった。岩からジャンプして、空中で子猫をキャッチする。
が、そのまま着地した足元に魔法陣が浮かび上がり、僕は己の失敗を悟った。とっさに後方にいた八重に子猫を投げたのは、我ながらいい判断だったと褒めてやりたい。
「どぅわっ!?」
「冬夜殿!?」
「冬夜さん!?」
閃光と爆発、そして爆風に晒された僕は、そのまま橋の欄干を飛び越え、川へと真っ逆さまに落ちていった。
『優勝は、チーム【白銀の風】────っ!!』
うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ! と、広場に歓声が鳴り響く。全身ずぶ濡れになりながら、僕はそれを見て周りに同調するように機械的に拍手を送っていた。
「惜しかったわねー」
「まあ、仕方ないでござるよ」
「ごめん、みんな。僕のせいで」
「そんな、冬夜さんのせいじゃないですよ」
「たまたま運が悪かっただけ、です」
わずか一ポイント。一ポイントの差で僕らは負けてしまった。失格になってしまった僕以外のみんなはゴールしたのだが、トップに一ポイント届かなかったのだ。僕もゴールしていれば、間違いなく優勝だったのに。川にさえ落ちなかったら、マイナスポイントはついたけどレースは続けられたのに。つくづく惜しい。
「優勝はできなかったけど、準優勝だし。ミスリルの武具はもらえないけど、白金貨五枚よ? 大したもんよ、あたしたち」
エルゼがエヘンとばかりに胸を張る。これは慰めてくれているのだろうか。
確かに準優勝はすごいかもしれない。白金貨五枚といったら五百万円相当だ。五人で割ったって一人百万。なかなかの大金だよな。
もらった白金貨を握り、僕はひとり頷く。これは景気付けにパーッと使ってしまう方がいいか。
「よし、このお金で屋敷のみんなにお土産を買って帰ろう!」
「いいでござるな! ならば拙者はクレア殿に食材をたくさん買って帰るでござる!」
それはお土産というか……そのほとんどが八重の胃袋に入るような気がするが。言わぬが花か。
「あっ、あたしはレネに似合いそうな洋服を買って帰ろうかな……」
自分用のも買うんですね、エルゼさん。何も理由を付けなくても普通に買えばいいのに。
「私は、ラピスさんとセシルさんにアクセサリーを買って帰り、ます」
「じゃあ、私はじいやに時計でも」
リンゼとユミナがそれぞれ提案する。となると僕はその他の男性陣に帽子でも買って帰るかな。いやいや、百万も入ったのにケチくさいことは無しだ。フリオさんには造園道具一式、トムさんとハックさんにも装備一式をプレゼントしよう。
「よし、じゃあ商店街の方を回って帰ろうか」
歩き出した僕のところにユミナがやってきて、横に並び、足下を歩いていた琥珀を抱き上げる。
「今日は楽しかったですね! またこんな催しがあったら参加しましょう!」
「そうだね」
楽しげに微笑むユミナに僕も笑って返す。にこやかに笑う彼女やみんなを見て、参加してよかったなと思った。こうしてワイワイと騒ぐのもいいよな。また機会があったら参加しよう。
そんなことを考えながら、僕らは暮れなずむ王都を歩き始めた。