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平塚城



平安~室町時代まで、いまの東京都23区の北部・西部は「豊島氏」という豪族に支配されていました。
豊島氏の東京支配の名残りは、23区の「豊島区」の名に残っていますが、
その豊島氏が鎌倉時代末期まで根拠地にしていた考えられているのが、この平塚城です。

平塚城のあった場所は、いまでは「平塚神社」という神社になっています。
神社はJR上中里駅方面に突き出した崖の端に位置しており、ここの要害ぶりを今も物語っています。
また、神社脇の崖下を通る坂道は空堀の遺構とも考えられます。





切り立った坂道。
「蝉(せみ)坂」という名がついています。
北区教育委員会の所見によれば「攻坂(せめざか)の転訛とも考えられる」とのこと。

豊島氏は、この城と西方の石神井城(現在の練馬区・石神井公園近辺)を根拠地として、
大きな勢力を持ちましたが、名将・太田道灌に攻められ1478年に滅亡。
平塚城も廃城になったと考えられます。






城跡に建つ平塚神社。
神社の裏手には、城名の由来にもなった土の塚があります。
この塚には、源頼朝がこの近辺に布陣した際に豊島氏に与えた鎧が埋められているそうです。





現在、塚は鉄柵で囲われて立ち入り禁止となっています。
門が開いているようにも見えますが……もちろん中には入りませんでしたよ。

往時の平塚城は、ここの北西にある王子神社や、
飛鳥山公園の周辺まで広がる大城郭だったと考えられています。
「東京の支配者」豊島氏にふさわしい城塞でした。

(権)