オペレーション・マジックファイアとMP5

 9月26日(土)に発売された「月刊ガンプロフェッショナルズ11月号」では、2019年に発売となったヘッケラー&コッホ SP5を巻頭で詳しくご紹介している。SP5は傑作サブマシンガンMP5が持つイメージを最大限キープしながら、市販型としたラージフォーマットピストルだ。
 この記事の補足として、MP5が持つ卓越した機能を世界中に知らしめた43年前のテロリスト制圧作戦“オペレーション・マジックファイア”について解説する。

 


 

H&Kが2019年に発売したSP5は、MP5と同じバレル長を持つラージフォーマットピストルで、アメリカ市場では大人気となっている。現状、プレミア付きで取引されており、MP5の人気が依然として高いことが証明された

 

 1977年10月13日、スペイン・マヨルカ島からフランクフルトに向けて飛び立ったルフトハンザ航空181便(乗客86名、乗員5名)が、男女2名ずつのパレスチナ解放人民戦線(PFLP)のテロリストによってハイジャックされた。この事件にはドイツ赤軍(RAF)が深く関与している。RAFはその前月に西ドイツの実業家ハンス=マルティン・シュライヤーを誘拐、その身柄と引き換えに刑務所に収監されているRAF幹部11名の釈放と身代金を要求していたが、西ドイツ政府はこれに応じることはなかった。そこでRAFは西ドイツ政府にさらなる揺さぶりを掛けるべく、共闘するPFLPにこのハイジャック事件を起こさせたわけだ。
 この時、PFLPのテロリストが機内に持ち込んだ武器は、.357マグナムリボルバー、7.62mmトカレフ、9mmマカロフ、6個のプラスチック製手榴弾、1.5kgのペンスリット(高性能爆薬)であった。
 ハイジャックされ、中東に向かった181便だったが、中東各国はハイジャック機の着陸を許可することはなかった。しかし、燃料が少なくなり、181便は南イエメンのアデンの砂地に強硬着陸する。滑走路には侵入妨害のための車両が置かれていたため、その横に着陸したのだ。ダメージを受けた機体の点検のため、人質となっていたユルゲン・シューマン機長は一時的に機外に出ることをテロリストから許された。このタイミングで、機長は南イエメンの当局者にハイジャック犯についての情報を提供している。機内に戻った機長は、そのことで人質の乗客全員の前で射殺されてしまった。
 アデンを出発した181便は、次にソマリアのモガディシュ空港に着陸した。すでに西ドイツのシュミット首相は、連邦国境警備隊のグレンツシュッツ・グルッペノイン(GSG9)によるテロリスト強制排除を決断していた。GSG9は1972年のミュンヘンオリンピック事件で西ドイツ警察がテロリスト制圧に失敗し、人質11名が殺害されたことがきっかけで組織された対テロ特殊部隊だ。そのGSG9の主力装備が、ヘッケラー&コッホMP5だった。MP5は高価なサブマシンガンで、登場から13年が経過しているものの、これまで目立った活躍は一度も見せていない。

 

アメリカ ボブキャットウエポンズ製MP5クローン 

 

 シュミット首相はソマリアのシアド・バレ大統領と政治交渉をおこない、同国内での特殊作戦実行の承認を得た。オペレーション・マジックファイア(Operation Feuerzauber)の始まりだ。
 テロリストが定めた交渉の最終期限が迫る10月18日午前2時、ウルリッヒ・ヴェゲナー指揮下のGSG9とそれに協力する二人のイギリス特殊部隊SAS CRWの隊員合計28名は、漆黒の装備とともに108便の後方から接近、その間、西ドイツ政府の交渉チームは、刑務所に収監されていたRAF幹部が解放され、移動中であるという偽情報をテロリストに伝えていた。
 2時7分、181便の機内に突入するため、GSG9が機体に黒い梯子を掛けた。そのタイミングでソマリア軍兵士は108便前方60m地点で突然火をおこした。何が起きたのか確認するため、テロリストの一部がコクピットに移動する。その瞬間、GSG9は非常脱出ドアを開き、機内に突入した。同時にSAS CRWがスタングレネードを投入、テロリストはその瞬間、閃光で身動きが取れなくなり、GSG9は手にしたMP5を用いて、テロリストの無力化することに成功する。この突入作戦でテロリスト3名が射殺され、ひとりは、重傷を負って逮捕された。このひとりはGSG9の突入を受けて機内のトイレに逃げ込み、ドア、または壁面越しにMP5によるバーストショットを受け、被弾したため死に至らなかったのだと思われる。
 人質の乗客4名と、108便の乗員1名、GSG9の1名が軽傷を負ったが、この突入作戦の被害者はそれだけだった。2時12分、GSG9の突入作戦は終了した。
 西ドイツ政府は、この事件解決後、今後テロリストの要求は一切飲まないことを宣言、その結果、RAFに誘拐されていた実業家のシュライヤー氏は殺害された。一連の事件における犠牲者は、このシュライヤー氏と、勇敢にも当局にテロリストの情報を伝え、処刑されてしまったユルゲン・シューマン機長のふたりだ。

 

MP5で射撃するとエンプティケース(空薬莢)はこのような跡が付く。チェンバーにフルートが切られているからだ。これはローラーディレイドブローバックが、ボルトロッキング機能を持たず、撃発直後からボルトがわずかに動き出すため、膨張中のケース(薬莢)を無理やり引っ張ってしまうことによるケースヘッドセパレーション(薬莢切れ)を防止するためのものだ。火薬の燃焼ガスの一部をチェンバー内に流入させ、そのガスがケースとチェンバー内壁との間に流れ込んでケースヘッドの貼り付きを防ぐ。このフルート跡がついてもケースのリロードは可能だが、これを見るとリローディングをする気が失せてしまうだろう。

 

 このオペレーション マジックファイアこそ、ヘッケラー&コッホ MP5が実戦投入された最初の作戦であり、この成功によってMP5の銃としての評価は一気に高まった。従来のサブマシンガンは近距離戦闘において弾幕を張るだけの単なる銃弾発射装置で、正確な射撃は不可能であった。しかしG3アサルトライフルをベースとした、ローラーディレイドブローバックのMP5はクローズドボルトファイアリングによる高精度射撃が可能だ。9×19mm弾を使用するため、150m程度が正確に射撃できる限界ではあるが、対テロ作戦のほとんどはそれ以下の距離で実行される。オペレーション マジックファイアで一人の犠牲者も出さずにテロリストを無力化できたのは、高い射撃精度と操作性をMP5が持っていたからだろう。これ以降、世界中の対テロ部隊はMP5を装備するようになり、事実上市場を席捲した。
 この事件から2年半後の1980年4月、ロンドンで起こった“駐英イラン大使館占領事件”でSAS CRWはテロリスト制圧にMP5を使い、5人のテロリストを射殺、ひとりを逮捕した。これはニムロッド作戦(Operation Nimrod)として知られている。

 


 そんなMP5も開発から56年が経過している。コンパクトアサルトライフルの台頭により、対テロ部隊の装備としても、MP5は時代遅れという声も聞かれるようになった。それでもサブマシンガンの需要は依然として消えておらず、貫通力が限定的で二次被害を防げるという利点から、現在でも新たな製品が開発され続けている。それら新時代のサブマシンガンはいずれもシンプルな構造ながら、クローズドボルトファイアリングを採用しており、高精度射撃はもはやMP5だけのものではなくなっている。
 それでもMP5はまだ輝きを失ってはいない。長い時間を掛けて特殊部隊用サブマシンガンとして築き上げた実績は大きなものだ。冒頭にも書いた通り、2019年ヘッケラー&コッホはMP5からフルオートマチック機能とストックを取り去ったSP5を民間市場に向けて発売した。いわばラージフォーマットピストル版のMP5で、これが現在米国市場で大評判となり、$2,799と高額ながら品切れで入手困難な状態となっている。
 


MP5 MLI (Mid-Life Improvement)

2013年に開発された現行型MP5。 カラーはRAL8000(Brown Earth)の他、コンベンショナルブラックもある。 写真では外されているが、レシーバートップにピカティニースペックのモジュラーレールが装着可能だ。

 

 「月刊ガンプロフェッショナルズ11月号」では、そんなSP5とかつて民間市場向けに発売したHK94、およびMP5クローンについて、詳しくレポートしている。最新のSP5を合法的にフルオートマチック化するプロセスの詳細解説 “SP5フルオートコンバージョンとEvil Knob(邪悪な突起)”も掲載されている。かなり難解ではあるが、こちらも併せてご覧いただきたい。

 

TEXT:Satoshi Matsuo

(月刊ガンプロフェッショナルズ副編集長)

 


 

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