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大いなる勇者たちに大いなる冒険を――『第4版 ダンジョン・マスターズ・ガイド』 1月31日(土)発売!

更新情報
第2章:ゲームの進行はこちらです
第3章:戦闘遭遇はこちらです
第4章:遭遇の作り方はこちらです
第5章:非戦闘遭遇はこちらです






第1章:DMになろう

 ほとんどのゲームには勝ち負けがある。しかし『ダンジョンズ&ドラゴンズ』をはじめとするロールプレイング・ゲームは、基本的に参加者全員が協力しあうことによって成り立っている。ダンジョン・マスター(DM)はアドベンチャーにおいて敵役を演じるが、DMはプレイヤー・キャラクター(PC)と対戦をしているわけではない。DMはPCたちの敵や障害となるもの――モンスターやノンプレイヤー・キャラクター(NPC)、罠といったもの――すべてをコントロールするが、かといってプレイヤーたちのキャラクターをコテンパンにやっつけてやろうなどとは思っていないのである。プレイヤーの目標は、全員で協力しあって、自分たちのキャラクターを成功に導くことだ。そしてDMの目標は、プレイヤーたちが協力し合わなければ克服困難で、それでいてキャラクターが全滅してしまわない程度の、ちょうど良い難易度の挑戦を提供すること、そしてプレイヤーたちに最高に心地良い達成感を味わってもらうことなのである。
 ゲームの席では、楽しむことが一番重要な目標だ――これはキャラクターの冒険が成功するかどうかより、ずっと大切なことなのだ。卓に集まっている全員がゲームを面白くしようと協力し合うことは、アドベンチャーの中でプレイヤー・キャラクター全員が協力し合うのと同じくらいの最重要事項なのである。
 本章には以下のような項目がある:




ゲーム・グループ

 D&Dをプレイするにはどんなものが必要だろう? ゲーム・グループの中核になるのは、ダンジョン・マスターが運営するアドベンチャーに参加して、キャラクターをロールプレイしてくれるプレイヤーたちだ。プレイヤー全員の協力があるからこそ、ゲームは面白くなり、ファンタジー世界が活き活きと感じられる。


プレイヤー

 D&Dというゲームにおいて、参加者は2種類の明確な役割――プレイヤー・キャラクターとダンジョン・マスター――のいずれかをプレイする。これらの役割は、相互に不動のものではない。今日キャラクターをロールプレイしていたプレイヤーが、明日はDMになってキャラクターたちのためにアドベンチャーを運営しても一向に構わないのだ。一般的なゲームでは参加者全員をプレイヤーと呼ぶが、D&Dでは通常、プレイヤー・キャラクターを操る参加者のことだけを“プレイヤー”と呼ぶ。
 D&Dは想像力のゲーム――ファンタジックな世界と生き物、魔法と冒険のゲームだ。ルールブックとマップ類とダイスを広げることができる快適な場所を用意したら、友達を集めてみんなで1つの物語を共通体験しよう。その物語というのは、ファンタジー・アクション映画のようなものである。そしてその映画の主人公は君たちのキャラクターなのだ。そのストーリーはキャラクターたちが決断を下したり行動したりするたびに少しずつひもとかれていく――そして次に何が起きるかを決めるのがDMたる君なのだ! グループが6人の場合:このゲームのルールは、6人1組のグループで遊ぶことを前提に書かれている:その内訳はDMが1人と、他のプレイヤー5人である。
 グループが6人より多い/少ない場合:プレイヤーが4人ないし6人の場合でも、ちょっとした修正を加えればプレイできる。グループがそれより多かったり少なかったりする場合、君は人数により生じる差を調整するために本書のルールを一部変更する必要がある。
 キャラクターが2人ないし3人しかいない場合、君のグループでは“役割” の分担がしきれなくなる。そうすると、たとえ小人数のグループに合わせて遭遇をスケール・ダウンしていたとしても、戦闘遭遇は厳しいものになってしまう。
 キャラクターが6人以上いる場合、グループをまとめて扱うのが困難になるため、いくつかのサブグループに分かれることがある。大人数のグループを運営するためのアドバイスや小技については第2章の『パーティの人数』の項で解説するが、君はグループを2つに分けて、それぞれ別々の時間にプレイしたいと思うかも知れない。


プレイヤーの嗜好

 ほとんどのプレイヤーは、その時々でいろいろな要素を楽しいと思うものである。しかしここでは便宜上、プレイヤーの主立った嗜好傾向をいくつかのプレイヤー・タイプに分類して定義する。プレイヤー・タイプには以下のようなものがある:演技重視型異世界体験型しでかし屋型強さ重視型ぶち殺し型物語重視型謎解き重視型観客型


演技重視型

 演技重視型は自分のキャラクターになりきって演技するのを好む。彼らはキャラクター作成において数値やパワーよりも、自分のキャラクターがどれだけファンタジー世界に実在する人物らしく感じられるようにできるかという点にこだわる。彼らはグループの他のメンバーや、ゲーム世界のキャラクターやモンスター、そしてファンタジー・ワールドに住む一般の人々と、“キャラクターになりきって” 会話するのを楽しいと思う。そして彼らは自分のキャラクターの行動を一人称で描写する。
 演技重視型はゲーム・システムよりも語りの要素を重視する。物語重視型との違いは、演技重視型の方は自分のキャラクターの性格設定を他のストーリー的要素より重んじる点にある。

異世界体験型

 異世界体験型はファンタジー世界の目新しい場所をあちこち見物し、綺麗なところであれ汚いところであれ、そうした場所の住人たちに出会うのを好む。異世界体験型が求めているのは、興味深い名所や異文化に出会ったり、そうした場所に寄り道をしていく機会である。
 異世界体験型はゲーム世界が提供する不思議な物事を体験したいと思っている。また、彼らは発見可能なものはすべて見つけ出したいと思っている。彼らは詳細な設定を大切にする:キャラクターや場所の正確な名前、環境に関する描写、次の丘を越えた先にどんなものがありそうかという予測といった物事についてのことを。彼らは冒険の筋書きや自分のキャラクターの行動動機にも興味を示すことがある(彼らは演技重視型と物語重視型両方の同類なのだ)。新発見のワクワク感。それが異世界体験型を満足させる鍵なのである。

しでかし屋型

 しでかし屋型は、とにかく何かが起きるのが楽しい。彼らは慎重な計画や話し合いが我慢できない。彼らは「何が起きるか見てみよう」と言って、明らかに罠のかかった宝箱を開ける。わざと権力者を怒らせてみたり、ただでさえ戦況が厳しい時にダンジョンの扉を開けまくって増援のモンスターを呼び込んでみたりする。しでかし屋型はスリルあふれる仮想体験が大好きで、一か八かの馬鹿げた危険を冒したり、わざと間違った選択をしてみたりする。
 しでかし屋型はまわりに迷惑をかけることもあるが、他のプレイヤーたちを大いに楽しませる可能性もある。しでかし屋型のいるパーティが行き詰まって停滞してしまうことは滅多にない。そして“あいつがやらかした今週の馬鹿”は、しばしばゲーム・セッションが終わった後も繰り返し話題にのぼるネタになることがある。

強さ重視型

 強さ重視型はレベルアップを目指して邁進し、レベルアップに伴って得られるすごい能力を喜ぶ。彼らはモンスターを倒して所持品を奪い、それを来るべき敵に対して使用する。アクションとすごい能力や魔法のアイテムの前には、ストーリーやロールプレイなど二の次である。
 ほとんどのプレイヤーは若干の強さ重視型的傾向を持っている。少しずつパワーアップを重ね、そのパワーを使って驚異的な偉業を成し遂げるというのは、D&Dというゲームの根幹をなす楽しみ方であり、この要素を楽しむことは何ら間違ったことではない。

ぶち殺し型

 ぶち殺し型は強さ重視型に似ているが、彼らを喜ばせるのはさらに簡単である。彼らはモンスターをやっつけるのが大好きなのだ。彼らは安全な方法でちょっとしたガス抜きをしたいのかも知れないし、優越感に浸るのが好きなのかも知れない。もしかしたら悪者に天誅を下せる力を持つこと自体が嬉しいのかも知れない。
 D&Dの戦闘はスリリングである。ゲームの中でキャラクターがこれほどあからさまな死の危険にさらされる状況は他にほとんどない。悪い奴らをぶちのめすのは単純明快な成功である。たいていのプレイヤーはD&Dのこうした要素を楽しんでいるが、ぶち殺し型はそれを最重要視しているのだ。

物語重視型

 物語重視型は個々のキャラクターの動機付けや性格設定よりも、ゲームの物語的な部分を好むプレイヤーである。このタイプのプレイヤーは、あるファンタジー世界を舞台に繰り広げられている年代記としてゲームをとらえており、この物語の行く末を見届けたいと思っている。
 物語重視型にとって、ルールはゲームで展開中のストーリーを補強するために存在するものである。彼らはルールと物語が衝突するなら物語を優先すべきだと信じている。また、作劇上の都合はキャラクターの個人的動機より重要だと考えている。

謎解き重視型

 謎解き重視型は選択肢を慎重に検討し、チャレンジの内容を吟味し、それを克服する最良の道を見つけ出すことを好む。また、彼らは自分の立てた計画のおかげで危険やリソース消費を最小限に抑えつつ成功を収めることができた時に一番の喜びを感じる。
 謎解き重視型にとって、独創的な手段でチャレンジを解決することは、キャラクターが強くなることやロールプレイより重要である。実際、彼らはキャラクターの視点で考えたり、真正面から力押しで攻めるよりも、しっかりとした作戦を立てて行動するのを好む。

観客型

 観客型は社交的イベントに参加したいからという理由でゲームをしに来る不定期参加のプレイヤーである。観客型は内気な性格だったり、ものすごくおっとりしているだけであるかも知れない。彼らは参加はしたがるものの、自分が深く熱中できているかなんてことはまったく気にしない。そして彼らはゲームやルールやストーリーの細かな点に思い入れを持っていないし、深く関わりたいとも思っていない。仲間うちの集まりに混ぜてもらうこと自体が、彼らにとってのゲームの楽しさなのである。


ダンジョン・マスター

 D&Dではゲーム参加者の1人がこの特別な役割につく。ダンジョン・マスターは物語の進行をコントロールし、その過程で行なうアクションの成否を判断する審判である。DMが1人いなければ、D&Dをプレイすることはできない。
 DMは何をする役?:ダンジョン・マスターはゲーム・セッション全体を通じていろいろな役割を果たす。ある時はルールの調整役であり、またある時は物語の語り手になる。さまざまなキャラクターのプレイヤーであることもあれば、ゲーム世界やキャンペーンやアドベンチャーを創造する上で主導的役割を果たすこともあるのだ。
 誰がDMになるべきか?:君のゲーム・グループの誰がダンジョン・マスターになるべきか? やりたい人がいれば誰でもいい! 普通はグループの牽引役になるような、一番やる気にあふれた人がなるものだが、必ずそうでなければいけないということはない。
 ダンジョン・マスターは共同で受け持ったり、途中交代したり、当番制にしても構わない:ダンジョン・マスターの役割は、1回ないし複数回のセッション、あるいはキャンペーンが続く限りずっと1人に固定せねばならないわけではない。うまく行っているゲーム・グループの多くは、頻繁にDMを交代している。複数のキャンペーンを交互にプレイしたり、数ヶ月ごとにDMを交代したり、数週間ごとにアドベンチャーの運営役が切り替わる当番制にしていたりするのだ。


楽しもう!

 D&Dというゲームを構成する最後の要素は“楽しむ” ということだ。プレイヤーたちを楽しませたり、彼らが楽しめるように手を尽くすというのはDMの仕事ではない。ゲームを面白くするのは参加者全員の義務なのだ。みんなが一緒にゲームを進め、みんなでドラマを盛り上げ、みんなでどのくらいのなりきり度でロールプレイするのがこのグループに丁度良いのかを決め、みんなの想像力でゲームの世界に生命を吹き込むのだ。参加者は皆、互いを尊重し配慮せねばならない――個人的な諍いやキャラクター同士の争いは、みんなが楽しむ上で妨げになるのだ。
 D&Dの何を楽しいと思うかは人によって異なる。忘れないで欲しい。君とプレイヤーたちが合意の上で楽しめる方法こそが、D&Dをプレイする“正しい方法”なのだ。卓を囲む全員がゲームに貢献しようと心掛ければ、みんなが楽しむことができるのだ。



テーブル・ルール

 D&Dのゲームを始める準備をしている間に、すべてのゲーム・グループが例外なくやっておくべきことがある。それはテーブル・ルールを決めることだ。テーブル・ルールとはゲームを楽しむ上で各人が果たすべき責任を大まかにまとめた約束事のことだ。テーブル・ルールにはゲーム上の必要性と現実での生活に齟齬が生じた場合の対応――たとえば、あるプレイヤーが欠席して、その人のキャラクターがプレイできなくなった場合にどうするのか、といった事柄が含まれる。他にも、ロールしたダイスが傾いて止まった時の処理など、特殊な状況に関する取り決めもある。
 マナー:欠席しない。時間を守る。議論を大声での罵り合いに発展させない。個人的な諍いをゲームの卓に持ち込まない。他のプレイヤーに対する侮蔑的発言をしない。他のプレイヤーのダイスに手を触れない(特に相手が嫌がっている場合には)。ダイスがテーブルの反対側まで飛んで行ってしまうような乱暴な振り方をしない。
 気が散るもの:内輪で気楽な軽いノリのゲームをしているなら、プレイヤーが席を立ってどこかに消えたと思ったらしばらくしてまた戻ってくる、なんてことをしても問題にならないかも知れない。しかし、大部分のグループは、D&Dをプレイするためにわざわざ集まっているのである――そう、D&Dをプレイするために。テレビは消す、携帯ゲーム機は持ち込まない、必要に応じてベビーシッターを雇う。気が散るものを減らせば、キャラクターになりきりやすくなるし、ストーリーを楽しんだり、ゲームのプレイに集中しやすくなるのだから。
 食べ物:セッションの時の食事について合意をまとめておこう。プレイヤーたちは集合前に食事を済ませておくのか、みんなが集まったところで一緒に食べるのか? プレイヤーの1人が皆にごちそうするのか? 割り勘でピザの出前をとったりテイクアウトを買ってくるのか? お菓子や飲み物は誰が用意するのか?
 キャラクターの名前:キャラクターの命名に関する基本原則をある程度決めておこう。シシス、トラヴォク、アナストリアンナ、カイロンという名のキャラクターたちがいるグループに、人間の戦士ボブ2号という名前はあからさまに変である。しかもそれが以前コボルドに殺されたボブ1号のそっくりさんだときては。全員が軽いノリの名前をつけるというのなら、それはそれで構わない。しかし、もしグループがキャラクターやその名前をシリアス寄りに考えているなら、ボブのプレイヤーを説得して、もっとまともな名前をつけさせよう。
 プレイヤー・キャラクターの名前はその雰囲気やコンセプトに似合ったものにするべきだが、君のキャンペーン世界の雰囲気とも合っていなければならない。だから君は名前(ノンプレイヤー・キャラクターの名前や地名など)をつける際にはよく考えて命名する必要がある。トラヴォクとカイロンはコンペイ島という名前のお菓子の島を訪れたり、ティムという名の魔法使いと話したいとは思わないだろう。
 (訳注:魔法使いティムは映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』の登場人物で、爆炎魔法をバカスカ撃ちまくりながら話す変人。円卓の騎士たちをかの有名な人食いウサギ、キラーラビットの巣に案内した人物である)

 発言の仕方:ゲームの席でプレイヤーたちが会話する時のルールもいくつか決めておいた方が良いかも知れない。

 ダイスの振り方:プレイヤーたちがダイスをロールする際の基本的な約束事を決めておこう。まず最初は「全員の目に見えるようにロールする」というのがいいだろう。プレイヤーが攻撃ロールやダメージ・ロールをする際に、他の誰かが出目を確認する前にダイスを拾い上げてしまったのを見たら、君はそのプレイヤーに対して決まりを守るように警告すること。
 ダイスが変な転がり方をした場合はどうだろう? ダイスが床に落ちてしまった場合、その出目を採用するのか、それとも振り直すのか? ダイスが本に当たって傾いて止まった場合、その本をどかした後で止まった目を採用するのか、それともやはり振り直すのか?
 DMである君の場合はどうなのか?
君はプレイヤー全員から見えるようにダイス・ロールを行なうのか、それともアドベンチャーに関するメモと一緒に、『ダンジョン・マスターズ・スクリーン』の影に隠してロールするのか? それは君次第だ。しかし以下のことについて考えておくこと:

 時として、君はプレイヤー・キャラクターの代わりにロールせねばならないことがある。判定結果がどれくらいうまく行ったかをプレイヤーが知るべきでない判定というのもあるのだ。たとえば、女男爵は魅了の魔法にかかっているのではないかと疑うキャラクターが〈看破〉判定を試みたがっているとしよう。このロールはスクリーンの後ろで君が行なうべきである。プレイヤーが自分でロールして高い目を出し、君が彼女にどこも変なところはないと伝えてしまったら、そのプレイヤーは女男爵が魅了されていないことに確信を持ってしまう。プレイヤーの出目が悪かった場合、芳しくない内容の答えを伝えてもあまり意味はないだろう。ダイスを隠してロールするのは、ある程度の不確実性を演出するためでもあるのだ。

 ルールに関する議論:ルールに関する議論について、その卓の方針を固めておこう。ルール解釈の相違が生じた場合はゲームを中断して徹底的に議論しても構わないというグループもあれば、判断はDMに任せてゲームを進めるべきだというグループもある。プレイ中にルール関係の問題が生じたら、いったん仮の裁定を下して、問題点のメモを作ること(これはプレイヤーの1人に委任していい仕事だ)。そして議論の続きは、ゲームがキリのいいところまで進んでからにしよう。

 メタゲーム的思考:無粋な疑念を自発的に心の奥にしまいこんでいる時、一番ゲームを楽しむことができるのがプレイヤーというものである。ロールプレイング・ゲームは架空の人々になって架空の世界を体験することが前提になっているのだから。
 メタゲーム的思考とは、ゲーム内でゲーム的に考えてしまうことをいう。これは映画の登場人物が、自分が映画の中にいるのを知りつつ役柄通りに演じているのに似ている。あるプレイヤーは「このドラゴンは僕らより少しレベルが高いみたいだ」なんて言うかも知れない。「このDMがそんな強いモンスターを僕らに出してくるわけないよ!」とか、「あの扉は読み上げ文が他のよりずいぶん長かったな――もう一度調べてみようぜ!」なんてセリフを君は耳にするかも知れない。
 これについては丁重に口頭でプレイヤーたちに注意すること:「でも、君のキャラクターはどう考えるかな?」と。あるいは、何もないところで〈知覚〉判定を求めてみたり、キャラクターたちよりはるかに高いレベルのモンスターとの遭遇を仕組んだりして、メタゲーム的思考を牽制するという手もある。ただし、遭遇を回避したり撤退したりする手段は用意しておくこと。